第10話『間接-タピオカ-キス』
放課後。
今日は紗衣のバイトがないので、彼女の提案で咲夜と3人で夕立駅近くにあるショッピングモールへと足を運んでいる。金曜日の放課後ということもあってか、特に咲夜はテンションが高めだ。
学校ほどではないけど、ここでも俺の方を見てくる人がちらほらいるな。でも、咲夜や紗衣と話していることもあってか、何か言われたりすることはなかった。
「ねえ、颯人君、紗衣ちゃん。あそこのお店に並んでみない? 最近できたタピオカドリンク店なんだけど」
「うん、いいね。並んでみようか。颯人はどう?」
「最近開店したのは知っていたから、どんな感じなのか気になってた。じゃあ、3人で並ぶか」
俺達はタピオカドリンクのお店の待ち行列に並ぶ。夕方という時刻もあってか、咲夜や紗衣のように制服を着た女子が多いな。
「颯人君ってこういうお店に興味があるんだ。でも、お昼ご飯を食べているときにスイーツも作るって言っていたっけ」
「ああ。甘いものが俺にとって癒しの一つだから。スイーツも作るし、コンビニとかでも買うことはあるぞ」
「そうなんだ。ちなみにタピオカドリンクは飲んだことある?」
「あるよ。コンビニで売ってるタピオカミルクティーを買ったこともあるし、家でも作ったことがあるぞ」
「えっ、タピオカから作るの!?」
驚いたのか、咲夜が大きな声でそう言う。そのせいで周りの人から視線を向けられ、俺を見た人の一部が「きゃっ」と声を出す。今みたいに、周りの人に恐怖の待ち時間を過ごさせたくないので、こうして店に並んでまでタピオカドリンクを買ったことは一度もない。
「さすがに一からは作らない。100均でタピオカが売っているから、それを家で茹でるんだ。茹でたタピオカを好きな飲み物に入れて、太めのストローで飲むんだよ。妹が色々と試したいって言うから、普通の紅茶、サイダー、コーラ、アイスココアとか色々飲まされたな」
冷たい飲み物だから、その日は夜までずっと腹がゆるかったな。
「へえ、そうなんだ。あと、颯人君には妹がいるんだね」
「ああ。とても可愛い妹だ」
俺はスマートフォンを取り出して、妹の小雪の写真を表示させ咲夜に見せる。
「うわあっ、かわいい! 目もクリッとしていて」
「私も小雪ちゃんは凄くかわいいって思ってる。小さい頃からかわいいよ」
「そうなの。さすがは兄妹だけあって白い髪は同じなんだね」
似合っていてかわいいなぁ、と咲夜はうっとりとした様子で写真を見ている。自慢の妹なので、可愛いなどと褒められると俺まで嬉しくなる。
そんな話をしていたのか、あっという間に俺達の順番になった。
「な、何になさいましょうか!」
バイトをしている学生なのか、若い女性店員が緊張した様子で言ってくる。きっと、俺がいるからだろうな。
メニュー表を見てみると、結構な種類のドリンクがあるんだな。てっきり、ミルクティーかカフェオレくらいしかないと思ってた。
「あたし、ミルクティーにする」
「私は抹茶ラテにしよう」
「俺は……ミルクコーヒーにしようかな」
「分かった。じゃあ、抹茶ラテとミルクコーヒー、ミルクティーのレギュラーサイズを1つずつお願いします」
「か、かしこまりました! 合計1050円になります!」
後ろに待っている人もかなりいるし、俺がとりあえず1050円を払うことを提案したが、それぞれが350円を硬貨で出せる状況だったので、その形で料金を支払った。
店員さんからタピオカドリンクを受け取り、俺達はお店の近くにある休憩スペースに。
運良くテーブルと4人分の椅子が空いていたので、そこでゆっくりとタピオカドリンクを飲むことにした。ちなみに、座る位置は昼休みにお弁当を食べたときと同じ。
「じゃあ、タピオカドリンクいただきます!」
「いただきまーす」
「……いただきます」
俺はタピオカ入りのミルクコーヒーを飲む。タピオカが甘いからなのか、意外と苦味がしっかりとしているコーヒーだ。これは結構美味しいな。
「ミルクティー、甘くて美味しい! タピオカもいい!」
「抹茶ラテも結構美味しいな。意外と渋味があって甘ったるくない」
「コーヒーも美味しい。もっと甘いと思ってた」
2人の買ったものが口に合ったみたいで良かった。コンビニで買ったり、家で作ったりするのもいいけれど、こういうお店で買って飲むのもいいもんだな。
「紗衣ちゃん、ドリンクを一口ずつ交換しようよ」
「うん、いいよ」
すると、咲夜と紗衣はお互いのタピオカドリンクを一口飲む。いかにも仲のいい友人っていう感じがするな。そういえば、女子高生がたくさん登場する日常系漫画でもこういう一コマがあったな。
「うん! 紗衣ちゃんの言うとおり、渋味もあってさっぱりしてるね。タピオカの甘さがよく分かる」
「でしょ? ミルクティーも茶葉の味がしっかり出てていいね」
ミルクティーも抹茶ラテも甘ったるくないなら、次にあのお店に来たときに飲んでみることにするか。
「颯人も抹茶ラテ飲んでみる?」
「……俺が飲んでいいのか?」
紗衣の抹茶ラテを飲んだら、彼女だけでなく咲夜とも間接キスすることになってしまう。それを考えたら、咲夜とのファーストキスのことを思い出してしまった。
咲夜のことを見ると、彼女は頬を赤くしながら俺のことをチラチラと見ている。目が合うと頬の赤みが増し、視線を露骨に逸らした。
「ま、まあ……色々と事情はあったけど、唇を重ねた経験はあるし、ストローでの間接キスくらいなら……そ、そ、そんなに気にしないけど?」
そう言う割には、なかなかの反応を示しているが。
「颯人から色々と話を聞いてるよ。しつこい先輩からラブレターをもらってから、落ち着くまで大変だったね。告白された流れで颯人とキスしたんだよね」
「う、うん。あのときは恋人がいるって嘘ついちゃって。そうしたら、キスしろって言われて。それで……し、しちゃった」
紗衣に当時のことを説明してとても恥ずかしくなってしまったのか、咲夜は真っ赤になった顔を両手で覆う。
咲夜の頭を紗衣が優しく撫でる。そのおかげもあってか、咲夜はすぐに再び顔を見せてくれる。
「紗衣ちゃんも覚えていると思うけど、それをきっかけに颯人君とあたしが付き合っているっていう話が広がって。その影響で、中学からの親友には縁を切られて。それが悲しくて颯人君に話したら、颯人君から友達になってほしいって言ってくれて。そんな颯人君のおかげで、あたし達が友人関係だって佐藤先輩に知られても、ちゃんと告白を断ることができたんだ」
「……颯人は優しいからね。そんな颯人と、これからも友人として仲良くしてくれると嬉しいな」
「もちろんだよ! あと、紗衣ちゃんとも友達として仲良くしたいと思ってるよ」
「……嬉しいね。私も友達として仲良くしていきたいと思ってる」
「うん! よろしくね!」
すると、咲夜と紗衣は嬉しそうな笑みを浮かべて握手をしている。美しくも微笑ましい光景だなと思う。2人ならきっと、いい友人関係を築いていくことができるんじゃないだろうか。
「そうだ。2人さえ良ければ、明日……私がバイトしてるスイーツ店においでよ。夕立駅から3駅のところだから。颯人は前から何度も来たことがあるから覚えているだろうけど、バイト先のお店は店内で洋菓子を食べることもできるからさ。そのお店からは家まで歩けるところにあるから、私の家に遊びに来てもいいし」
「行ってみたい! 颯人君はどう?」
「予定ないし、一緒に行くか」
「うん!」
咲夜、スイーツ店や紗衣の家に行くことが決まったからなのか嬉しそうだな。
休みの日は家にいたり、花畑の作業をしたり、一人で買い物をしたりすることが多いけれど、誰かと一緒に出かけるのもいいかもしれない。
「話は戻るけど、抹茶ラテを颯人が飲んでもいい?」
「いいよ。その後にミルクティーも飲んでいいからね」
「分かった。じゃあ、お言葉に甘えて抹茶ラテとミルクティーをいただきます」
俺は紗衣の買ったタピオカ抹茶ラテ、咲夜の買ったタピオカミルクティーの順番で一口いただく。
さっき2人が言っていたように、抹茶ラテは渋味があり、ミルクティーは茶葉の味がよく出ている。甘ったるくなくていいな。
「うん、どっちも美味しいよ。2人ともありがとう。お礼に俺のミルクコーヒーも飲んでいいよ。紗衣はコーヒーを飲めるけど、咲夜は大丈夫かな」
「砂糖やミルクが入っているやつなら何とか」
「じゃあ、咲夜も大丈夫だと思う。苦味もそれなりにあるけど、タピオカも入っているし」
「そうなんだ。じゃあ、挑戦してみようかな」
紗衣、咲夜の順番で俺のタピオカミルクコーヒーを一口ずつ飲む。
コーヒー好きの紗衣は満足そうにしていたけど、咲夜は許容範囲を超えた苦味だったのかそれまで見せていた笑みがすっと消える。
「コーヒーも美味しいね。ありがとう、颯人。咲夜は……ダメだったかな?」
「……思ったよりも苦かった。タピオカは美味しかったけど。これを美味しいって言える颯人君と紗衣ちゃんは大人だよ! リスペクトだよ!」
そう言って、咲夜はタピオカミルクティーをゴクゴクと飲む。笑顔になりながら、タピオカをモグモグとしている姿がとても可愛らしく見えたのであった。




