第37話 雑貨屋、一階に降りる
朝食を食べ終えたユカは、1階へと向かうために、部屋から出て階段を下りる。
この『雑貨屋オソビニウス』では1階が雑貨屋、2階が生活空間となっていて、住環境の全てが2階に集約されている。
だから仕事をするためには1階に降りる必要があるのだ。
そしてユカは1階に降りるなり、
「おぉ、結構おしゃれじゃん」
そんな言葉が口から漏れた。
「えーなんか大人な空間って感じー」
雑貨屋の雰囲気は一言で言うなら"シック"だ。
全体的に薄暗い照明、高級そうな木材で出来た家具や陳列棚。
商品でさえワイングラスや香木といった、妙に気取った物ばかりが取り揃えられている。
そしてこのシックな空間の店員は――
「別に俺がデザインした訳じゃないけどな」
スーツ姿のキマドリウス。
「おぉ! キマ、かっこいい!」
「そ、そうか?」
「これが『馬子にも衣裳』ってやつなのかな?」
「それ、褒めてないぞ……」
苦笑いするキマドリウス。
「あはは、まぁいいじゃん! 似合ってるんだし! それでその制服、私の分もあるの?」
「無いぞ。だってこれ制服じゃないし」
「えぇ!? じゃあ、そのスーツは?」
「これ前の職場の制服だぞ」
キマドリウスのスーツは魔王城勤務の悪魔の制服だ。
だがそんな事をユカが知るはずも無い。
「……もしかしてキマってリーマンだったの?」
「りーまん? よく分からんが、人間で言うなら下級貴族に近いな。一応城に勤務してるし」
「マジ……上級国民ってやつ!? え、えっ!? じゃあ何でこんな所で仕事してんの!? 何で辞めちゃったの!?」
「妹が駆け落ちしてな。やりたくも無いのに、継がなくてはならなくなったんだ」
「えぇー災難ー。でもやりたくないんでしょ?」
「まぁ気にするな。これも運命だ」
割に達観したキマドリウス。
だが、年若い少女にその考えが理解できるはずも無い。
「『運命』だとか言い訳して、自分の道を閉ざしちゃうの?」
「むっ」
少女の発言が癇に障る。
だが反論もせずに、キマドリウスは黙って聞く。
「辞めたいなら雑貨屋なんて辞めちゃえばいいし、本当にキマがやりたい事をやればいいじゃん!」
「……」
「何かないの? キマのやりたい事とか、将来の夢とか」
「……無い」
悲しそうに告げるキマドリウス。
本心から「無い」と言っているからこそ、こんな表情が出てしまうだろう。
「……」
「そう……」
流れる気まずい空気。
だが、
「……それなら、探そうよっ!」
「え……?」
「ほら! 世の中って広いし、キマのやりたい事が絶対あるはずだよ! あたしも手伝ってあげるし、絶対見つかるから!」
あまりにも下らない台詞、現実はそんなに甘くない。
それに下手な話し方、おそらく頭に浮かんだことをただ口にしているだけだ。
……だが……いや、だからこそ伝わる。
だからこそ刺さる。
人間とはそういう生き物だ。
「……ふっ! フッ! フハハハハ!!」
「ど、どうしたの!?」
急に笑い出したキマドリウスに驚くユカ。
自身が彼を動かしたとは微塵も思っていないようだ。
「き、キマ?」
「フハハ! 面白い事を言うな、ユカ! ならばこの俺に『やりたい事』とやらを見つけてみるがいい!」
ありもしないマントを、はためかせる仕草をするキマドリウス。
その表情は笑顔だ。
そして、元気になったキマドリウスを見て、ユカにもつい笑みがこぼれる。
「……ふふっ。あたしが見つけるんじゃなくて、一緒に見つけるんだけどねっ!」
「当然分かっている! フハハ!」
シックな空間には似つかわしくない笑い声が、響いた。
◇◇◇
「――という風に、俺達は二人で『やりたい事』を探すことにしたんだ。ふぅ……ごくっ」
休憩がてらに、砂糖たっぷりの紅茶を飲む領主キマ。
「えー、でも以外ね」
「何がだ?」
キマドリウスは剣の勇者に、眉をひそめがら聞いた。
こういう時。
大抵剣の勇者の口からは、ろくでもない言葉しか出てこない。
そして今回も、その例にもれなかった。
「あんたの事だから、『俺のやりたい事はお前と……うへへっ!』とか言って襲いかかると思ったわ」
「俺を何だと思っているんだ!?」
「変態の犯罪者」
「それはお前の事だろ」
「あ゛ぁ!?」
「す、すいません……」
とっさに謝るキマドリウス。
その様子を見て、剣の勇者も溜飲を下げた。
「はぁ……あんたホントすぐに謝るわね」
「仰る通りです、剣の勇者様」
「でも主様」
「なんだ、ダンジョンコア?」
剣の勇者"様"とダンジョンコアでは急に態度が豹変する。
だがダンジョンコアに、その事を別段気にした様子はない。
「そういえば、この頃の主様って全然謝りませんよね」
「そうだな。……でも、そろそろ謝る事へのきっかけみたいのなものが出てくるぞ」
「おぉ、なんと。それでは是非続きを聞かせて下さい」
「……仕方ないな」




