第2話 魔王、領主になる
「……お腹空いた……ごはん……」
勇者との激闘から五日――
魔王キマドリウスは何もない平原で行き倒れていた。
「……くそ。せっかく生き残ったのに、こんなとこで死ぬのか……」
勇者たちに殺されそうになった時、彼が発動したスキルは二つ。
その一つは『転移』。
膨大な魔力と引き換えにどこかへとワープするスキルだ。
そしてもう一つは『転生』。
今までの自分を捨てて、レベル1からリスタート出来るスキルだ。
彼はこの二つを使う事によって、生きながらえていた。
……代わりにレベルとダンジョンを失くしてしまったが。
「回復する魔力が足りないから仕方なかったとはいえ、『転生』で毒から逃れる事になるとはな……レベルさえ高ければ、食べ物も手に入るのに……」
転移してから、五日も平原を歩き続けた。
しかし何も無いし、食べ物も大して手に入らない。
「……このままじゃ、そろそろ死ぬかもな……」
もう体力もない。
残ってるのは命だけだ。
しかし、
「そこな者よ、大丈夫かの?」
突如として話しかけられた。
「たっ、食べ物をくれ!」
キマドリウスはその声を聞くなり、一気に立ち上がった。
「おおっ! 行き倒れていると思ったら、存外に元気じゃの」
「ですね」
彼の目の前にいるのは一組の男女。
その一人は短い白髪に、白いひげを蓄えた裕福そうな老人。
もう一人は黒い瞳に、黒髪ポニーテルのメイドだ。
「お、お願いだ。腹が空いてるんだ」
キマドリウスは懇願した。
魔王としては情けないが、これも仕方ない。
「ほれ、こんな物しかないが構わんかの?」
老人はパンをキマドリウスに差し出した。
当然彼はそれを受け取り、
「はむッ! はむはむ! は、はひはほうほはいはす!」
凄い勢いで食べ始めた。
「ははは、余程お腹が空いていたのか」
「はひっ! ……ん、ごっくん。ありがとう!」
(人間によく似た見た目も存外役に立つんだな……)
異常な速さで食べ終わり、パンはもう無くなってしまった。
「まだお腹は空いているかの?」
「あぁ!」
「なら、うちに来なさい。きちんとした食事を提供してあげよう」
この提案は明らかに怪しい。
しかし空腹のせいもあってか、彼は何も疑わずに老人についていった。
◇◇◇
その後、老人とメイドに案内されるがままに彼が辿り着いたのは、大きな屋敷だった。
三階建てで、庭や塀もある。
一般人の家にしては、かなり立派だ。
そして、キマドリウスはそんな屋敷の一室で、
「ぱく、ぱく。……美味しいな」
お粥を食べながら素直に感謝を述べた。
「ありがとうございます」
黒髪のメイドはお淑やかに頭を下げた。
「彼が満足ならあまり口を挟む事じゃないかもしれんが……アオイ、客人をもてなすのにお粥はどうなのだ?」
老人はメイドの料理に不満そうだ。
せっかくだからもっといい料理を出してあげなさい、という事だろう。
「申し訳ありません。飢餓状態の人間にいきなり栄養を与えすぎると、リフィーディング症候群を発症する恐れがありますので、お粥にさせて頂きました」
「り、りふぃーでぃんぐ? アオイの言う事はいつも難解だな……」
「いえいえ」
「ま、まぁ、アオイなりに気遣ってくれているのだろう、分かってやってくれないか」
老人はキマドリウスの方をちらと見た。
「大丈夫だ、気にしてない」
「ありがとう。ところで、君の名前は何というのだ?」
キマドリウスは魔王だ。
そして老人とメイドはおそらく人間だろう。
なら本名を名乗るのはまずい。
「……キマだ」
「キマ、か。いい響きだな」
「ありがとうございます」
「それで、その……いきなりですまないが、キマ君に折り入って頼みがあるのだ。聞いてくれないか?」
キマドリウスは助けてもらった恩を感じ、是非力になりたいと考えた。
「もちろんだ。俺に出来る事なら何でも言ってくれ!」
「なら――ここの領主になってくれんかの?」
「え……?」
「聞こえんかったかの? 『ここの領主になってくれ』と言っとるのだ」
「ええええええぇぇぇぇぇ!!!」
キマドリウスはあまりの衝撃にイスから転げ落ちてしまった。
「いたた……」
「大丈夫かの?」
「だ、大丈夫だ……ただ、めちゃくちゃびっくりしてしまって……」
彼はイスを立てて、座り直した。
しかしまだ動揺は収まっていない。
「領主様、理由を説明した方が宜しいかと」
「あぁ、そうだな。……ではまずキマ君。わしはこの土地、ダイーオの領主だ」
メイドに促され、老人は理由を語り始めた。
「しかしわしには後継ぎがおらんでな、領地を誰かに渡さなければならんのだ。そこで白羽の矢が立ったのが君なんだよ、分かったかね」
「い、いや何で俺なんだ? 別にアオイさんとかでもいいんじゃ……」
「いや君がいいんだ」
「え……?」
「わしの見た所、君にはどこか覇気を感じてな。個人的な私見かも知れないが、君には任せられると思ったんだよ」
褒められて、少し嬉しがるキマドリウス。
そんな彼に老人は紙を一枚取り出した。
「これは……?」
「この領地の権利書だ。よく目を通してサインしてくれ」
彼は用心しながらその権利書に目を通した。
騙されている可能戦もあるからだ。
だが、いくら細かく見ても怪しい点は無い。
「これ、本物の権利書だな……」
「そうだ。わしは本気で君にこの領地を渡そうと思っておるのだ」
「……マジか」
キマドリウスは物凄く悩んだ。
明らかに怪しいからだ。
だが今の彼はレベル1の"元"魔王。
初めから選択肢は無かった――
「……やろう、いや……やらせてくれ!」
キマドリウスは権利書にサインした。
そして、彼はこのダイーオの領主となった――
◆領主生活1日目
領民:252人