生まれて来たけどどういう訳か分からない
純文学にしたかったのですが、描写がいまいち足りないのでその他にしました。
自分が基準なのは皆も同じだから、自分の事を普通だなと思って生きていた。それが壊れたのは、20代の頃で、アルバイト先でものすごく仕事ができなかった。マラソンに例えるとみんなが走ってるのに自分だけ歩くスピードというか動かない。でも必死なんだ息を弾ませ思いっきり腕を振って地面を蹴っている。土埃がもうもうとして前がよく見えない。
後ろを振り返ると、スタート地点から50センチぐらいしか進んでいない。みんなはるか先に言ってしまっている。
「どうしてだ? 同じ学生じゃないか」
そうなんだ。アルバイト経験は等しいはずだ。その頃は高校生から働いているやつなんてほとんどいなかった。なのにこの差はいったい・・・・・・。
何が悪いのか分からない。同期のアルバイトはテキパキと仕事を進めていく。私も頑張る。だけどいくら頑張っても先に進まない。
家に帰って両親に訊いてみた。母親曰く「ベリーはおばあちゃん子だったからねえ」と言われる。どうやら過保護に育てられると仕事が上手くできなくなるみたいだ。理屈はわからない。
それから何年もたち就職もしたが、どうしても仕事が上手く行かなかったりする。毎日何かしらのへまをしでかして上司に怒られる。そんな毎日。
「お前の理屈は普通と違う」みたいなことを言われていた。何がまずいのかさっぱりわからない。「常識で考えたらわかるだろう」ん? 常識ってなんだ? NATOの意味みたいな物か?
運動と仕事と恋愛が人生の苦手科目で、これに関してはまったく駒が進まない。すごろくでスタート地点から動けない状況で、目に見えない透明な壁が遮っている。
退職後に入学した介護専門学校の球技大会。バスケットボールの試合で味方を妨害した。身体が上手く動かない。1分ぐらい時間がずれている感じ。同級生に「あんた何やってるの」と言われた。
告白しては振られ続ける人生。ぼさぼさの寝ぐせ頭に無精ひげの男から告白されてOKする女性はいないと気づいたのが去年だ。それまで鏡を見る習慣がなかった。スマートな誘い方はできない。「食事どうですかなんて怖くて言えない」そもそも知ってる店が立ち食いソバ屋と焼きそば屋。告白方法は「好きです」の無骨な一点張り、しかも自分に自信がないから「ごめんね」つきである。
仕事はいくら説明されても頭から抜け落ちていく。伝票整理の仕方が何度言われても覚えられない。私が棚を整理すると、雑に置かれた商品がドミノのように棚からこぼれ落ちる。高校生のアルバイトの方がいい仕事をしていた。彼ははるかな高みにまで上り詰めた。一般人から見たら普通の成長、でもできない私からは富士山の頂に届いているように思える。
今でも私は普通の人の理屈とは違う世界に生きている。この世界を脳の別の部分で把握してなんとか、しがみついている。親兄弟や親戚からはどうしようもない怠け者だと思われている。確かに体は重い、カメが甲羅を背負ってるぐらいは重い。原因不明の疲労感に朝から襲われる。
私の生きている世界は、他の人には違う切り口を見せていて、私にとってはザクロの断面でも、みんなにはバナナの表面のようにすべすべとしているのかもしれない。もうこのポンコツな脳ではかなわないけど、普通の人の目でこの世界を見てみたかった。上下関係のない友人が欲しかった。いちゃいちゃできる想い人が欲しかった。考えずとも動く手足が欲しかった。
この世界で私は気を使って生きているのにもかかわらず、周囲をひっかきまわして顰蹙を買い続けている。脳の仕様は世間様には怠け者の言い訳としかとらえられず。常に努力を要求される。私が努力したと認められるには障害を治すしかないのです。
このままどうなるかわからない。私たちの平均寿命は短いからだ。高齢になった私たちのサンプルの絶対数は少ない。若い発達障害者は社会の枠組みの中で生きられるような気がしている。私は破門された落語家のように、寄席に頼らず世の中を渡って行かなきゃならない。いびつな芸を心の支えにして。得意を生かせず苦手な仕事に就かざるを得ない。今生の人生はたぶん何かの罰。前世は強欲な独裁者。そんなファンタージーにでも縋らなきゃやってられない。




