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4月 学園登校二日目

 波乱の入学式を終えて二日目の朝。お父さんとお母さんが、朝倉家の居間でお互いを抱き合ったまま号泣していた。

 原因は昨日突然、月の名家がアタシを全面的に援助したいと申し出て来たことで、もしかして娘が何か粗相をしたのではと不安に思ったものの、実際にはそんなことなく。たまたま友達候補として目に止まっただけなのは昨日の時点で説明されており、アタシ専用の通帳も受け取っている。


 それでも小学一年生になったばかりのアタシが卯月家に気に入られたということは、将来は丁稚奉公のように当主である友梨奈ちゃんに仕えることとなり、まだ甘えたい盛りの娘を親元から引き離されてしまうのではないかと、喜んでいいやら泣いていいやら複雑とのこと。

 普通の家庭なら約束された勝利の出世だと大喜びして、嫌がる娘を一にも二にもなく送り出すのだが、何処までも優しい両親の姿を見て、アタシは自分の心が暖かくなるのを感じる。


 アタシは朝食を食べ終わり学園に向かう準備を簡単に整えたものの、卯月家の令嬢とは学園で会ってお話するだけの関係で、直接仕えるわけではない。

 自宅から学園に徒歩で通うのは変わらないはずなのだが、どうにも上手く説明出来る自信がなく、おまけに今の泣き顔の両親に行ってきますと声を掛けるタイミングも掴めず、二人が落ち着くまで黙って見守ることにした。


 しかしただ待っているのも暇なので、忘れ物がないかと学園鞄のチェックを行う。

 友梨奈ちゃんに持っていくと約束した日記帳も、引き出しの奥から引っ張り出し、忘れずに持ってきたことを再度確認する。

 両親が相変わらず硬直しているので、そろそろテレビでもつけようかなと考え始めたときに、玄関のインターホンが鳴った。


 お父さんとお母さんは動ける状況ではないので、唯一手の空いているアタシが、もうこのまま登校しようと学生鞄を片手に、玄関に向かうことにした。

 扉を開ける前に外の様子をカメラで確認すると、たった今インターホンを押したのは、卯月家令嬢である友梨奈ちゃんだということがわかった。


「ええっ!? 今開けるからちょっと待ってて!」


 アタシは慌ててマイクに向かって呼びかけ、靴を乱暴に履くと玄関を開けて昨日出来たばかりの友達を出迎える。

 しかし扉を開けたアタシは、二度びっくりすることになった。


 外に立っていたのは友梨奈ちゃんだけでなく、光太郎君と裕明君の二人もいたのだ。

 もちろんちゃんと学園の制服姿で鞄も持っている。辺りに三家のボディガードたちが警戒していなければ、何処から見ても普通の新一年生にしか見えないだろう。

 目鼻立ちについては普通ではなく圧倒的に整っているのだが、その点は考えないことにする。


「えっと…今日はどうしたの? 家に来るなんて聞いてないんだけど。いや、別に迷惑とかじゃないんだけど、ちょっと急だったからびっくりしちゃってね」

「お友達なら一緒に登校するのは、普通ではありませんの?」


 その知識が何処から来たものかはわからないが、家が離れているのに一緒に登校は無理がある。せめてお互いの家がお隣か近場でなければ駄目だろう。

 好意は嬉しいのだが、どう答えたものかとアタシが頭を悩ませていると、光太郎君が横から声をかけてきた。


「おはよう智子ちゃん、例のノートは持ってる?」

「あっ…おはよう光太郎君、うん、今持ってるよ。はい、これ」


 正直自分の黒歴史を他人に見せるようでいい気分ではないが、せっかくアタシを助けようと頑張ってくれているのに、無下には出来ない。

 学園鞄から封印を解かれた日記帳を取り出して光太郎に手渡すと、彼はノートの裏表をマジマジと観察した後、一枚ずつ丁寧にページをめくっていく。


 他の二人もやはり興味があるのか、玄関横の生け垣に隠れるように、邪魔にならない場所に座り、別の未来の出来事を一つずつ紐解いていく…が、なかなか思うようにはいかない。


「ええと、智子ちゃん。この漢字は何かな?」

「これは…」


 いくら専属の家庭教師の教えを受けた御曹司だろうと、まだ小学一年生なのだ。

 そんなに何でもかんでも出来るわけがない。読めない文字も多かった。

 そのたびにアタシが読み方と意味を教えて少しずつ進めるが、このままでは埒が明かないと感じた裕明君が、一つの提案をする。


「このノートは分析班に渡そうぜ。俺たちは気になったことを直接智子に聞いたほうがいいって」


 この提案に友梨奈ちゃんは光太郎君は同時に頷いた。しかしアタシは分析班と聞いて、ただの夢なのにそんなに大事にしなくても…と内心かなりビクビクしていた。


「いやいや、分析班なんてそんな大事にしなくても。そもそも小学一年生が書いた夢日記なんて、多分誰も調べたがらないよ」

「いえ、そんなことはないよ。この日記には、本来なら智子ちゃんがどうやっても知ることの出来ないことが書かれていたよ。まあ、その殆どが僕には読めなかったけどね…あはは」


 つまりネット上に溢れているなんちゃって予知とは違い、多少なりとも信憑性のある未来日記ということだろうか。

 書いた本人としては発狂状態だったため、もはや自分でも何を書き殴ったのかまるで覚えていないのだ。


「とにかくこの日記を分析すれば、何かしらの情報は確実に得られるはず。それが智子ちゃんの未来のヒントになるかは、まだ不明だけど…」

「うん、わからないけどわかったよ。それじゃちょっと恥ずかしいけど、夢日記の分析をお願いしてもいいかな?」


 包丁で刺される終わりだけは何としても回避したいので、そのために協力してくれるのなら、ありがたく頼むことに決める。アタシは光太郎君にペコリと頭を下げてお願いする。


「わかりました。智子ちゃん未来は睦月家が必ず守ります」

「おい、分析は弥生家でやらせてもらうぞ。智子は絶対に死なせねえって、約束したからな」

「何を言ってますの? お友達である卯月家こそが、智子ちゃんを助ける義務がありますのよ」


 それぞれが三者三様の言い分を持ってアタシの日記を取り合っている。そこでアタシは三人の真の目的に気づいた。

 もしかして結末が違う未来だとしても、過程を知るということは、それだけで世界のパワーバランスが崩れてしまうのでは?


 月の名家がそれを手に入れて独占すれば、世界中を脅かすのは確実だ。だからこそ三人は取り合っているのだ。しかし今はまだ日記はアタシの物である。まだ間に合うはずだ。


「ええと、日記は三家の協同分析でお願い。これは絶対に守ってね」

「僕が智子ちゃんを守るつもりだったのに」

「ちっ…確かに仲違いして智子を危うくするよりはマシか」

「一番のお友達だと思ってましたのに、今回は仕方ありませんわね」


 皆不満そうだけど、三家のパワーバランスが崩れるよりは、現状維持のほうがいいと理解してくれたようだ。

 光太郎君は近くに待機していた使用人にアタシの日記を渡して指示を送ると、軽く頭を下げて厳重にトランクの中に収納し、何人かのボディガードと一緒に車に乗って、風のように去っていった。


「それでは行きましょうか。智子ちゃんも、当然車で通うのですよね?」

「違うよ。アタシは徒歩通学だよ。っと…出かける前に済ませることがあるし、ちょっと待っててよ」


 アタシは玄関の扉を開けると、奥の居間にいる両親に行ってきますと大きな声を出してから、再び閉めて今度はしっかりと鍵をかける。

 いつ復帰するか不明な状態では、来客が訪れてもまともに対応できない。なので今だけは、居留守を使わせてもらう。


 徒歩通学と聞いて目の前の名家の三人が少し驚いているが、確かに国内の御曹司や令嬢が集まり、田舎の小高い丘に建てられた学園に通うには、各家の運転手による車通学が一般的だ。それか高級ホテルのような学園寮に住むか、少し離れた場所に家を借りるという手段もある。

 アタシのように地元生まれで地元育ちでも、お金持ちの家の子なら、わざわざ歩いて学園に通わせることはしないだろう。



「じゃあ、アタシはのんびり歩いて行くから。皆はそれぞれの車で先に行っててよ。また学園でね」


 玄関前で驚いて棒立ちになっている三人に軽く手を振り背を向けると、アタシは一人で学園を目指して歩き出す。防犯ブザーやその他のグッズもちゃんと持っているし、何年も通った通学路なので、今さら迷うこともない。


 歩いて三十分程度の距離を高級車の送迎で移動するよりも、春の温かな日差しを受けながら、木の枝を拾って意味もなくブンブン振り回したり、途中の野っ原で道草を食ったりするほうが、アタシにとっては何倍も楽しいのだ。


「なあ智子、その木の枝は何に使うんだ?」

「別に意味はないよ。適当に振り回したり、道に絵を描いたりするぐらいかな」


 歩きながら落ちていた小枝を拾ったアタシの隣には、いつの間にか裕明君が並んでおり、興味深そうに質問してくる。


「裕明君はやったことないの? こう、木の枝を持って役になりきったりとか」

「俺の家では木の枝を拾おうにも、庭は毎日手入れされて枯れ葉すら落ちてないから無理だな」


 朝倉家の庭は年に一度庭師さんに頼むか、お父さんが剪定鋏で庭木を整えるかぐらいなので、枯れ葉が一枚もない庭というのは想像出来なかった。


「取りあえずその辺に落ちてるから、拾ってみたら? こうやってブンブン振り回すだけでも、正義の味方になったみたいで案外楽しいものだよ」

「そうだな。…っと、これは確かに楽しいな! ところで、正義の味方って何だ?」


 アタシが拾った枝よりも少し長いものを手に持って、裕明君は何度か振ってみた。実際には何もないところで振り回しているだけだが、木の枝が風を切る音がするだけで、何だか自分が正義の味方のように急に強くなった感じがするのだ。

 取りあえず、悪役を叩きのめして平和を守る人と説明しておいた。多分合っているはずだ。


「わっ…わたくしには、理解できない世界ですわね」

「チャンバラごっこは男の子向けだからね。友梨奈ちゃんだったら、泥団子か笹舟じゃないかな?」

「どっ…泥団子? 笹舟?」


 流石に学園に行く前に泥だらけになるのはマズイし、お団子はおままごとの補助的な役割だ。お人形遊びも考えたが、学園にうさぎ家族の家を持ち込むのはどうかと思うので却下だ。

 それに笹舟も女の子向けかと言うと首を傾げるものだが、小さい頃は男女の差はあまりなかったので大丈夫だろう。


「ええと、あった…一枚ちぎって…」

「その葉っぱをどうしますの?」


 その辺りに自生してた笹の葉を一枚拝借して、友梨奈ちゃんと男子ニ名…さらには、多くのボディガードにハラハラとした視線で見守られながら、慣れた手付きで笹舟を折っていく。

 構造が簡単なために、一分もかからずスプーンの先端のような小船が出来上がる。


「これが笹舟ですの?」

「そうだよ。これを田んぼの横の用水路に浮かべて…」

「うっ…浮かびましたわ! 凄いですわ!」


 どうやら今回は失敗せずに、ちゃんと浮かんだらしい。水に浮かべてもすぐに沈むことも多いので、無事に成功して一安心だ。

 アタシの作った笹舟は、田んぼの用水路をゆっくりと流れていき、それを追うように、友梨奈ちゃん、光太郎君、裕明君の三人とアタシは、のんびり学園に向かって歩く。

 時々水苔等の障害物に引っかかったりするが、その時は持っている小枝でチョンチョンと退かして通れるようにする。


「笹の葉でこんなにことが出来るなんて知らなかったよ。智子ちゃん、他にはないの?」

「ええと…笹笛? それとも草笛かな? やり方はこんな感じに…」


 笹の葉を指で少し曲げて口元に当て、そこに軽く吹きつけるように息を送ると、笹の葉がブルブルと震えてポーポーという風変わりな音が周りに響いた。

 それを聞いて三人だけでなく、何故かボディガードの皆さんからも目を輝かせて大きな拍手が送られる。

 大したことはやってないのに、何でこんなに馬鹿受けするのか理解出来なかったが、喜ばれてるし別にいいかと、気にしないことに決める。


「光太郎君の家では、こういう遊びはしなかったの?」

「家の両親が僕に遊びを教えることはなかったよ。食事のときに少し話すぐらいかな?

 一応世話係が側に居たけど友達じゃないしね。欲しがれば玩具は買ってくれたけど」


 アタシは役割を終えた笹船が田んぼの用水路に沈んでいくのを見届けて、再び学園を目指して歩きながら光太郎君の話を聞く。

 どうやら名家は名家なりの悩みがあるようだ。


「昨日までの家族の関係はそうだったよ」

「ふーん、今は違うの?」

「ある人のおかげで、家族の皆と仲良くなったからね。それでも僕の両親は、笹舟や泥団子はちょっと知らないと思うよ」


 適当に相槌を打ちながら春の暖かな日差しを受けて、一人の庶民と三人の名家は、田園風景を過ぎて小高い丘の上の学園に向かって歩いて行く。何にせよ悩みが解消されたのならよかった。誰かはわからないが、そのある人に感謝だろう。


「まあ笹舟と泥団子は庶民の遊びだから、名家の人が知らなくても仕方ないよ」

「重要なのはそっちじゃなくて…ええと、気づいてないの?」

「…何が?」


 気になったので呆れたように口に出す光太郎君をマジマジと眺めていると、彼はたちまち真っ赤になって顔をそらされてしまった。

 さり気なく他の二人にも視線を向けると、やれやれというような表情で方をすくめていた。だから何だというのか。


 結局謎は解けなかったが、どうせ自分が知っても意味はないと頭を切り替え、春風を受けながらなだらかな坂道を登ると、学園初等部の正門に到着した。

 アタシは係員に生徒手帳を見せ、鞄の中身だけでなく何度も念入りにボディチェックを受ける。

 ちなみに一緒に来た名家の子供三人は、生徒手帳を見せた後は顔パスで通過し、鞄の中身確認やボティチェックはされなかった。


「先に教室に行っててくれてもよかったのに」

「わたくしが、智子ちゃんと一緒に行きたかったのですの」


 確かに小学生ともなれば、お友達とは常にべったりだった。

 少し距離感が近すぎるが、子供だからこんなものだろうと割り切り、ありがとうと言葉を返して、再び四人組となり、一年一組の教室に揃って向かうのだった。

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