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4月 予知夢を見ました

 名家の自己責任でお好み焼きを焼かせた結果がどうなったかと言うと、生焼けから黒焦げと、かなりの差が出ていた。


「お母様、わたくし、…そろそろだと思いますの」

「そうね。智子ちゃん、裏返してくれるかしら」


 卯月親子の指示通りに、アタシは目の前の海鮮お好み焼きを裏返すと、たった今鉄板で熱せられていた面が、こんがりと綺麗な焼き色に変わっていた。


「智子ちゃん、どうですの?」

「かなりいい感じだよ。しっかり火も通ってるし、もう少しで食べられそうだね」


 アタシの答えに友梨奈ちゃんと卯月おばさんは顔を見合わせ、お互いに心の底から嬉しそうに微笑みを浮かべる。

 次に隣を見ると、弥生家の親子がなかなか意見がまとまらないようで、お父さんのほうが少し困った顔をしている。


「親父、そろそろ裏返したほうがいいんじゃないか?」

「そうは言うがな裕明。ここはもう少し様子を見たほうがいいぞ。生焼けは困るだろう?」

「そんなこと言って、前回のお好み焼きは黒焦げになったじゃねえか! まあ…それはそれで美味かったけどよ」


 照れくさそうに顔をそらす裕明君に対して、お父さんのほうも何か思うところがあるのか。自分の顎に指で何度か撫でた後、少しだけ口元を緩めて彼に語りかける。


「そうだな。次は失敗しないように、息子と一緒に頑張るか。智子ちゃん、そろそろ裏返してもらえないか?」

「はーい。んっ…おめでとう。今回は成功だよ。ちなみに生焼けかどうかは、箸を刺して確認してもいいから、どうしても気になるようなら、次からはそう指示してよ」

「ははっ、どうもありがとう。それじゃ、切り分けてくれるかな?」


 気難しそうなお父さんの指示に軽く返事をして、アタシはヘラを使ってこんがり焼けたお好み焼きを、真上からトントンと叩くように米の字に切り分けていく。


「なあ智子、随分手慣れてるけど。もしかしてこの店の常連なのか?」

「お小遣いはそんなに余裕ないから、月に一度来るか来ないかぐらいで、別に常連じゃないよ? 手慣れてるのはどちらかと言うと、お母さんの家事を手伝ってるからかな?」


 正確には前世の家事スキルが上乗せされているのだが、当然それは口にしない。まだ小学一年生で手伝えることは少ないものの、お母さんの家事を手伝っているのは本当だからだ。


「そっか…うん、やっぱりいいな。…なあ智子」

「んー…何?」


 切り終えたお好み焼きを順番に取り皿に乗せながら、裕明君の次の言葉を待つ。


「俺…お前のことがす…」「智子ちゃん! 食べ終わったし、そろそろもう一枚焼いてくれるかな!」

「はーい。もう少しでお皿に乗せ終わるから、少し待ってよ」


 何かを言おうとした裕明君が口をパクパクさせているが、そんな彼を途中で遮った光太郎君が、鋭い視線を送っている。


 もしかして、アタシのことが好きだと言おうとしたのだろうか。自分は美人ではないし、家事や知識も前世頼みだ。まあそれも含めてアタシの実力だと言えなくもないが、名家の天才と比べればどれもこれもが平凡以下だろう。


 それに小学一年生の恋人なんて、芸能人やスポーツ選手やお金持ちと、毎週のように憧れが変わるものだ。

 そもそもアタシは焦らしプレイは好きじゃないし、好き嫌いはその場ではっきりさせないと気が済まないタイプだ。中途半端な答えでは相手にも失礼だろう。

 アタシはヘラを一度鉄板から離して邪魔にならない場所に置き、お好みソースを手前に移動させてから、裕明君の顔を正面から見つめる。


「間違ってたら謝るけど。裕明君はもしかして、アタシのことが好きだと言おうとしたの?」

「おっ…おう、そうだ」


 裕明君の顔が茹で蛸のように真っ赤になっているのがわかる。逆にアタシは人生経験を積んでいるというか、中身が女子高生のアタシが小学一年生の男子に告白されても、その場でOKして付き合いましょうとは、とても言い出せない。

 それに庶民の小娘の交際相手は、世界的な名家の御曹司だ。色んな意味で障害があり過ぎるが、その辺は別にいい。気合と根性とその場のノリで、困難だろうが乗り越えられなくもない。


「そうなんだ。好きになってくれてありがとう。でもごめん。

 今、アタシは誰とも付き合うつもりはないんだよ」

「…っ! それはどうしてなんだ? もしかして誰か他に好きな奴がいるのか?」


 そして正直なところ、自分が好きな男性なんて今まで考えたこともなかった。両親の離婚による家事の負担の増加、お嬢様のわがまま、学園の高難易度の授業、これらを全部をこなすことで毎日精一杯だったのだ。

 ちなみにアタシは平凡な容姿だが肉体の成長は早かったので、告白されたことは何度かあった。しかしそっちの行為が目的だと透けて見えていたので、全てお断りしたが。


「ううん、好きな人はいないよ。ただアタシは恋愛とかよくわからないんだ。何より今のアタシに付き合う余裕がないのが、一番の原因かな?」

「付き合う余裕がない? どういうことだ?」


 これを言えば十中八九、頭がおかしいから医者に見てもらえと言われるので、口に出すには勇気がいる。だがアタシは度胸と割り切りの良さには自信があって、誤魔化しは苦手で、いつもど直球しか投げられない。

 いつの間にか会話を聞かれないためにか、店員と護衛の全ては店の外に連れ出されており、現在店内にいる六人全ての視線がアタシに集中していた。


「実はちょっと前にすごくリアルな悪夢を見てね。その夢の中のアタシは、包丁で刺されて死ぬの」

「んー…それって、テレビとかで見た予知夢か何かか?」


 妙に勘のいい裕明君に感心しながら、恋愛話ではなくなり皆が聞く姿勢になったので、アタシは退けておいたヘラを再び手に持ち、指示待ちではなく勝手に残りの具材を鉄板に敷いて、新しくお好み焼きを焼き始める。


「多分そんな感じだと思う。その夢の中のアタシは友梨奈ちゃん、光太郎君、裕明君の三人にも出会うんだけど、それは入学式より何年も後のことなんだよ」

「ふーん、でもその夢と俺と付き合えないのと、何の関係があるんだ?」


 裕明君は小皿に取り分けたお好み焼きに好みのソースをかけて、箸で摘んでヒョイヒョイと口に運び、美味しく食事を取りながら会話を続ける。

 アタシもヘラを動かして時々裏返しては、彼の言葉に淀みなく返答する。


「ケジメとでも言うのかな? 今の所は夢で見た未来とは違ってるけどね。それでもアタシはまた、包丁で刺されて死ぬかもしれない。

 もしそんな結末になったら、せっかくアタシと付き合ってくれた人が可哀想じゃない」


 夢の内容はぼんやりとしか思い出せないが、高校在学途中に死ぬ可能性が高い。その前にもしアタシが付き合っていたら、残された人はとても悲しむだろう。


「智子、…お前って馬鹿だろ」


 そう言い放った裕明君は明らかに怒っていた。アタシは彼が何故そんな表情になったのかわからず、思わずお好み焼きを焼く手を止めてしまう。

 彼は自分の席を立つとズカズカとアタシの目の前まで近寄り、突然背伸びしてアタシの頭に手を伸ばすと、ブラウンのボサ髪を乱暴にかき乱してきた。


「智子が殺されるのがわかっているのに! 黙って見ているわけないだろうが! 絶対に死なせねえからな! 俺が守ってやるよ!」


 アタシは乱暴に撫でられるままになり、オウオウとオットセイのような鳴き声を漏らすことしか出来ない。ふと彼の顔を見ると涙がこぼれていることに気づいた。

 自分のために泣いてくれるなんて、今回はいい友達と巡り会えたと、心の中で感謝しながら、しばらくの間されるがままになっていた。


 やがて裕明君の気が済んだのか解放されたアタシは、再びお好み焼きを焼く作業に戻ると、友梨奈ちゃんと光太郎君も優しく声をかけてくれた。


「わたくしもお手伝いしますわ。何しろお友達ですものね」

「僕も協力するよ。でも予知夢なんて簡単には信じられないし、何か手がかりというか、コレだっていう証拠はないの?」

「二人共ありがとう。でも証拠かぁ…やっぱり夢だし…あっ、夢の内容をまとめたノートならあるよ」


 確か引き出しの奥に鍵をかけて隠したはずだ。出来れば二度と開きたくなかったが、一日も保たずに封印が破られてしまった。厨二設定を思いつくままに書き連ねたようで妙に恥ずかしいが、背に腹は代えられない。


 そしていつの間にか皆の食事は終わっており、今日はこのままお開きにしようかという話に変わる。


「取りあえず明日学園にノートを持って行くから、詳しい話はその時にね」

「ええ、今日は本当に楽しかったですわ。予知夢のことも気になりますし、明日が待ち遠しいですわね」

「僕もだよ。何だか少年探偵団みたいで、ちょっとワクワクするかも」

「智子の予知夢が本当かどうか確かめる、いい機会だな」


 そのままアタシは卯月おばさんと友梨奈ちゃんの後を付いてお店の暖簾を潜り、駐車場まで歩いて行き、再びリムジンに乗る。

 朝倉家まで送迎する車の中で、今まで沈黙を保っていた卯月おばさんが、突然口を開いた。


「智子ちゃん、予知夢のことは私たち以外には、絶対に喋っちゃ駄目よ」

「そんなの誰にも言わないよ。頭のおかしい子だと思われて、最悪精神病院に隔離されちゃうからね」


 元々誰かに言うつもりはなかったのだ。未来から来ましたと言ったら、危ない奴だと思われることは確実だ。

 今回は裕明君が思った以上に食い下がってきたので、仕方なく教えたのだ。

 そんなアタシの返答に、卯月おばさんは頭を抱えながら言葉を続ける。


「はぁ…やっぱり智子ちゃんの予知夢は、ノートを見るまでもなく本当だったみたいね。

 小学一年生でそこまで物事の先が読めて流暢に返せる子なんて、普通はいないわよ」

「病院や受け答えの知識に関しては、てっ…テレビでやってたから…」

「そうなの? 最近のテレビは凄いわね」


 外から見たアタシは精神年齢も知識も規格外過ぎるようで、反射的に誤魔化したものの卯月おばさんの目は笑っていない。どうやら隠蔽工作は失敗したようだ。

 思わず車内で身を縮こまらせて、冷や汗をタラリとかいてしまう。


「私も友梨奈と同じで智子ちゃんのことは大好きだから、ちゃんと協力はさせてもらうわ。

 睦月家と弥生家も、卯月家と似たような方針でしょうね」


 どうやら今のは冗談だったようで、再び優しそうな表情にもどって語りかけてくる卯月おばさんに、アタシはほっと胸をなでおろした。


「でも何で皆は協力してくれるの?」

「今行った通り、智子ちゃんが大好きだからよ。予知夢があろうとなかろうとね」

「え…? 訳がわからないんですけど」


 世界を代表する名家、卯月家、睦月家、弥生家がアタシのことが好きだから手伝ってくれると言っているのだ。お金も権力も持っていない庶民のアタシ個人を。

 初日に友梨奈ちゃんと友達になれたおかげだろうか。


「言っておくけど、私たち親子はお友達だからって、誰にでも手は差し伸べたりしないわよ」

「えぇ…ますます訳がわからないんですけど」

「まあ、智子ちゃんはそうでしょうね。そこがまた可愛いのよね」


 アタシがウンウン悩んでいる間に卯月おばさんは距離を詰めて、両手を子供の腰に回してギュッと抱き寄せてきた。香水の微かな匂いがとても落ち着く。

 朝倉家のお母さんではないのに、まるで本当のお母さんみたいだと感じて、つい甘えたくなってしまう。


「智子ちゃんさえよければ、卯月家の養子になってもいいのよ?」

「それはお断りします」


 残念そうに唇をへの字に変える卯月おばさんと、自分のお母さんに拘束されるアタシを羨ましそうに見つめる友梨奈ちゃんと視線が合い、助けを求めるように何度もアイコンタクトを送るが、まるで気づいてもらえなかった。


 やがて運転手さんが到着しましたと声をかけたので、朝倉家に到着したことを知る。

 その後にアタシは卯月親子に何度も頭を下げてお礼を言い、リムジンを降りて大好きな両親の待つ朝倉家に帰ってきたのだった。

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