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4月 生贄の委員長

 そんなこんなで入学式が終わり、新入生の名前を呼ぶ各クラスの担任の先生の案内に従い、それぞれの教室に向かうことになった。

 三人ともこれでお別れだろうと肩の荷をおろしたアタシは、通い慣れた学園の廊下を先生の後をついて歩く。

 だが薄々感じていたのだが、そう簡単にはお役御免にはならないようだ。何と前世とは違い、アタシは月の名家の三人と同じクラスに編入させられたのだ。


「智子ちゃんと同じクラスで嬉しいですわ」

「よろしく智子ちゃん、僕も一緒になれて幸せだよ」

「おう、智子! これから一年間よろしくな!」


 アタシは魂が抜けた幽鬼のように生返事を適当に返して、なるべく目立たないように移動して、後ろの窓際の自分の名前と番号が書かれた席に無言のまま座ると、その後を当然のように三人揃ってぞろぞろと付いて来る。


「あの、アタシここの席なんだけど」

「わたくしはこちらですわわ」

「僕は隣の座だね」

「俺はこの席か。まあ、悪くねえな」


 結局窓際の最後尾から一列前の席をアタシ、右隣りを友梨奈ちゃん、前に光太郎君、後ろに裕明君と完全に囲まれてしまう。

 明らかに作為的な席割りにより、逃げ場は窓にしかないが、万が一の場合は二階から飛び降りれば逃走は可能かもしれない。


 やがて新入生の全員が席に座ったことを確認し、男性の担任の先生が号令をかける。無精髭と微妙に曲がったネクタイ、それに変なところで袖の折れたYシャツは、何処となくファッションに無頓着なシンパシーを感じる。


「俺が一年一組の担当となった。はじめての学園生活に色々と不安はあるだろう。

 そういう時は一人で抱え込まずに先生に相談してくれ。それでは皆、一年間よろしく頼む」

「先生、突然で申し訳ないのですが、取り急ぎ相談したい案件が」


 相談してくれと言うのなら、さっそく使わせてもらおうと、アタシは大きく手を上げて先生を真っ直ぐ見つめると、まさかいきなり手をあげるとは思わなかったのか、驚いたような顔をしていた。

 そして慌てて学園生徒の名簿に目を通す。


「朝倉…智子か。どうした?」

「はい、一組に月の名家が三人も集まるとか、クラス分けのパワーバランスどうなってるですか! 下手したら学級崩壊どころじゃないですよ!」


 アタシの記憶の中ではこの三人とは一緒ではなかった。それどころか三人が一塊になることもなく、常に月の名家は各クラスにバラバラに組み込まれていたはずだ。

 今の状態は巨大な爆弾を三つ、一箇所にまとめている状態だ。もし一つが爆発したら他の二つも連鎖反応で爆発してしまうのは、想像に難しくない。


「あー…その…なんだ。詳しくは言えないんだが。今回のクラス分けは、とある三家の意向でな。月の名家を各クラスに分けても確実に…そのな?

 だが朝倉、お前が三人の手綱を握っている限りそうはならないと…まあ、そういうことだ。一年間死ぬ気で押さえ込んでくれ!」

「何ですかそれええええぇっ!!!」


 思わず天を仰いで絶叫してしまった。小学一年生らしくない行動だとか、そんなことを考えている余裕はアタシにはなかった。

 押さえの効かない子供が権力を持てばろくなことにはならないし、そういう生徒ほど学園の大人の言うことに反発する。まさかアタシが教員の負担を軽くするための生贄にされるとは思わなかった。


「すっ…すまん!」

「はぁ…別にいいですけどね。先生も地雷案件のクラスの担任にされて、ストレスとか色々溜まってるでしょうし…」


 まさか小学一年生に気を使われるとは思っていなかったのか、完全に素の状態に戻ってグチグチと文句を言うアタシに絶句している。

 しかし既に決定してしまったことを覆す力はアタシにはないし、何より頭も悪くて言いくるめも不可能だ。それでも包丁で刺される結末を変えて平穏無事に生きるためには、とにかく足掻くしかない。


「じゃあ、クラス委員長はアタシがやりますよ。いざというときの押さえが効かないと色々マズイですし。

 せめてハリボテの権力でもクラスのトップに立たないと。すごくやりたくないですけどね!」

「その…なんだ。朝倉、…入学初日から本当にすまん。あとは副委員長だが、一日目に各委員を決めるのはまだ早いな」


 そしてアタシは哀愁漂う先生と普通に会話しているものの、このクラスで会話の内容を完全に理解している生徒は、誰もいないだろう。

 取り急ぎアタシがクラスをまとめるべく教卓の前に立ち、委員長となったことを全員に告げ、後日副委員長の選抜を行うと説明する。

 将来は名家を背負う三人も今はまだ子供であり、何となくでも雰囲気を察すればいいほうだが、それが面倒な方面で行動力を発揮してしまう。


「詳しくはわかりませんが、智子ちゃんが委員長でパートナーが必要ですのね? では、わたくしが副委員長で決まりですわね!」

「あー…卯月、すまないがクラス委員長は原則として男女別々なんだ。それに今すぐ決める必要は…」

「わたくしでは副委員長は務まらないと言いますの!」


 殆ど説明されてないにも関わらず、クラス委員を理解してるのは素直に凄いと思う。しかしルールは守らないと駄目だ。

 早々に爆発させるわけにはいかないので、アタシは担任に目線だけで許可を取ると、なるべく穏便に場を収めるべく口を開く。


「違うよ友梨奈ちゃん。委員長と副委員長は男女別々が原則だからだよ」

「智子ちゃん! でもわたくしならばたとえ女子同士でも役目は立派に果たせますわ!」

「うん、アタシも友梨奈ちゃんなら、委員長も副委員長も、どちらも完璧にこなせると思うよ」

「でしたら、わたくしと一緒に…!」


 興奮した友梨奈ちゃんが聞きやすいように、足りない頭の中で一生懸命考えながら、一語一句噛まずにしっかりと言葉を紡いでいく。


「でもこういうのは得意な人に任せることも大切なんだよ。クラスの半分は男子生徒なんだから、面倒な残りの半分は副委員長の男子に任せるの。

 同性ならまだしも、アタシは男の人への声をかけや力仕事は苦手だからね。そういうの、友梨奈ちゃんは出来そう?」

「そっ…それは、出来ないことも…ないですわ」


 アタシの答えに友梨奈ちゃんはあからさまに狼狽する。別に責めているわけではないので、優しく諭すように言葉を続ける。


「うん、だからこその適材適所だよ。アタシと友梨奈ちゃんの得意分野はかなり近いけど、副委員長が男子生徒なら上手く噛み合うから、効率がいいんだよ」

「なるほど、苦手な部分を補い合うのですわね。智子ちゃん、教えてくださりありがとうございますわ」


 既にアタシの頭はオーバーヒート気味であるものの、友梨奈ちゃんが何度もウンウンと頷きながら席についてくれたので、一応は納得してくれたらしい。

 他の大多数の生徒は何を言ってるのか殆ど理解出来てないという雰囲気だが、小学一年生でもわかってしまう彼女が異常なのだ。

 そして次に月の御曹司の二人がアタシをじっと見つめてしばらく思案した後、同時に手をあげた。


「副委員長に立候補します」

「俺も立候補だ」


 正直何となくこうなる予感はしていた。二人のうちどちらか一人が立候補するだけなら、まだ穏便に済ませられるのだが、睦月家と弥生家の子供がクラスのナンバー2を争うのだ。

 どちらを選んだところで、あまりいい結果にはならないだろう。しかしこの先の一年で何度衝突するかわからないので、今のうちに慣れておかなければいけない。


「えーと、他に副委員長に立候補する人はいない? いなければ多数決になるけど…」


 票数の多いほうが副委員長になるという、お決まりの決め方だ。

 アタシは黒板に睦月光太郎、弥生裕明とフルネームを書きながら声を上げる。途中で担任が、朝倉…お前漢字が書けるし字も上手いんだな…と言われたが、当然無視した。もう勢いのままに押し通すので、気にしすぎると疲れてしまうのだ。


 さっさとクラス委員を決めてホームルームを終わらせて、自宅に帰った後に両親に思う存分に甘えたいと、今は心の底からそう思っていた。

 だがアタシが二人の名前を書き終わって再び前を向いたとき、裕明君がゆっくりと席を立ち、真剣な表情でこちらに話しかけてきた。


「智子、俺は多数決なんかじゃなく、どちらがお前のパートナーに相応しいか、お前自身に選んで欲しい」

「はいはい、そういう茶番はいいから。そもそも何でもかんでもアタシが決めたら、クラスの皆が納得しないでしょう? だからさっさと多数決を取るよ」

「いや…朝倉が言うことなら、皆納得すると思うぞ。わりと本気で」


 呆れたような担任の突っ込みも無視して、自分の意見が通らなかったことが残念だったのか、恥ずかしそうに頭を掻いている裕明君を着席させ、多数決での投票のやり方を皆に説明する。

 ちなみにクラス内での多数決で選ばれたのは光太郎君だった。


「一年間よろしく。智子ちゃん」

「うん、よろしく。それじゃこの調子でどんどん決めるよー。次は…」


 アタシは光太郎君の言葉を右から左へ聞き流し、委員長としてクラスをまとめながら、順番にクラス委員を選抜していく。


「ええ…それだけなの? もう少し嬉しそうにしたりとかは?」

「初日からハードスケジュールを強制されてるのに、嬉しいわけないじゃない。面倒事はさっさと終わらせて、自宅でゆっくりするの」

「はっ…ハードスケジュール? 何それ…?」


 ある程度の読み書きを終えていても、やはりまだまだ小学一年生の光太郎君に指示を出しながら、アタシは担任から受け取ったクラス委員表を参考にしながら、テキパキと黒板に書き写していく。


「光太郎君、今立候補した彼の名前は?」

「ええと、この子だね。ほら、ここだよ」


 彼が名簿を指差す先を後ろから覗き込み、それを黒板に書き加えていく。最初は戸惑っていたものの、光太郎君は何だか嬉しそうだ。

 もしかしてワーカーホリックとか仕事にやりがいを求めるタイプなのだろうか。


「先生、終わりました。引き継ぎをお願いします」

「おっおう、朝倉。お疲れ様。普通はもっと時間がかかるものなんだがな。まさか普通の半分以下で全部終わらせるとは。しかも字が綺麗で間違いもない」


 正直な所アタシは爆弾処理なんてしたくないので、さっさと安全な自宅に帰りたいのだ。教員の机で書類のチェックを行う担任に委員表を渡して、そのまま元の席に戻ろうとする。

 教室内の雰囲気も役員決めから解放されたためか、かなり賑やかになっている。


「ちょっと待て朝倉」

「まだ何か? もうアタシの役目は終わりましたよね? 早くホームルームを終えて家に帰してくださいよ」

「それなんだが、まだ保護者の手続きが終わってないんだ。皆帰りたいのはやまやまだろうが、迎えが来る指定の時間までは学園内で待機ということになっていてな…」


 何ということだ。一生懸命委員長を頑張ったのに帰れずにその場で待機とは、はっきり言って精神的にとても辛い。


「正直時間が余りまくっていてな。朝倉はこういう時の時間潰しの仕方とか、何か知らないか?」

「何でアタシに聞くの? 普通こういうのは担任の先生が考えることでしょう?」

「いや…俺が考えるより、朝倉が考えたほうが盛り上がるしな…それに、皆も期待してるぞ?」


 目の前の担任の言葉で、アタシは教室内からの無数の視線に気づき顔を向けると、クラス内の一人を除く全生徒の期待の眼差しが一点に集中していた。

 主にアタシに向けてだ。悲しいことに逃げられなくなったので、仕方なくただでさえ少ない脳みそをこねくり回し、何か暇つぶしのアイデアがないか必死に探す。


「はぁ…別に考えてもいいですけど、そんなに期待しないでくださいね」

「おう、期待させてもらうぞ」


 学園内から出ない暇つぶし…何年も学園生徒をやっていただけあり、色々と思い浮かぶ。


「それじゃ、今日は学園探検でもしようか。先生、見学の許可取れますか?」

「おう、大丈夫だぞ。任せておけ。それより朝倉は、学園に詳しいのか?」

「ええと、アタシは入学前に何回かこっそり来たことあるから…」

「そうか。じゃあさっさと許可を取ってくるから少し待っていてくれ」


 一応この学園の部外者の見学は許可されている。厳重なセキュリティーのために、色々と面倒な手続きが必要になるのだ。

 アタシの見学記録がないと知られたらどうなってしまうことか少し不安に思いながらも、いちいち調べたりはしないかと、職員室に鍵を取りに向かった担任にどうかバレませんようにとため息を吐きながらも、今は役目を果たすことに決める。

 数分後に担任が鍵を持って帰って来たので、アタシは皆にこれからのことを説明することにした。


「これから学園内を探検するから、皆はアタシに付いて来ること。もし勝手に離れて迷子になったら、保護者に連絡するからそのつもりでね。

 あと、先生は後ろから生徒がはぐれないように監視をお願いしますよ」

「おう、任せておけ」


 アタシに丸投げする先生だけど、やる時はやってくれると思いたい。一応アタシも移動毎に確認するので、はぐれてもすぐに気づけるはずである。それにセキュリティーがしっかりしているので、いたるところの監視カメラで迷子探しもバッチリだろう。


「それじゃ、学園探検開始! 皆、行くよ!」

「「「おー!」」」


 こういうのは学園見学ではなく、学園探検の言葉だけで楽しくなるのだ。そして他のクラスはまだホームルームが終わっていないため、廊下は静かに歩くように伝えてから、そっと一年一組から皆を連れて外へ出る。


 探検は図書室、美術室、家庭科室、音楽室と基本を押さえつつ、屋上、体育館、外履きに履き替えて裏庭や部活連、運動場等もくまなく探検する。

 その際にこの施設や遊具はどんな目的で使用されるのか、わかる人ーと、皆に質問をし、色々な答えが集まったのを確認後、実際にはこのようにして使うんだよと口で説明したり、直接使ったりクラスの皆に使わせたりもした。

 そのたびに大きなどよめきと、嬉しそうな歓声があがるので、探検ツアーは概ね成功だったなと感じた。

 何故か最初こそ一組の生徒だけだったが、途中からホームルームが早く終わったクラスと、教師や来賓も実は暇だったのか人数がどんどん増えていった。

 アタシは別に引率の教員じゃないのに、本当に何をやっているのだろうと考えると、頭が痛くなって来るのだった。

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