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3月 過去を振り切るために

 三月十四日の一年一組の教室で、お昼ご飯を食べ終わったアタシは自分の席に座って、大いに頭を抱えていた。

 学園でバレンタインデーイベントを開催した時に、全校生徒と学園関係者にはお返しはいらないと前もって、それこそくどい程に、これは振りじゃなくて本当にいらないからと何度も伝えていた。


「どうしよう。…これ」

「大丈夫ですわ。わたくしが半分いただきますわ。それと、放課後に使用人を呼んで回収してもらいますから」

「ありがとう友梨奈ちゃん。助かるよ」


 それでも普段から親しい裕明君と光太郎君から貰うのは予想していたが、全校生徒から合計で数百個もお返しされたのだ。友梨奈ちゃんと二人で分けても相当の量にもなる、

 机の周りには大量のお菓子の詰まった紙袋がいくつも置かれており、見ているだけで胸焼けがしそうだ。


「おっ…お返しは置いといて。それより友梨奈ちゃん。この間渡したクマのぬいぐるみだけど、何処かほつれたりはしてない?」

「ええ、クマ美は大切にしていますわ。ほつれ一つありませんので、安心してくださいな」


 アタシが三週間かけて作成したクマのぬいぐるみは、友梨奈ちゃんにクマ美と呼んで大層可愛がってもらっている。

 最近では何処に行くにもクマ美を連れ回しているぐらい、彼女の大のお気に入りらしい。自分としても大切にしてくれているのなら問題はない。


「話を戻すけど、アタシと友梨奈ちゃんのどちらが受け取るかは不明だから、手紙とか気持ちとか込められてないのが救いだよ。しかしこの量はちょっとね」

「でも人から善意で貰ったものを、ぞんざいには扱えませんわ」


 最近の友梨奈ちゃんは前世の悪役令嬢から、ますます遠ざかっている。小学一年生の子供体型ながらも、中身は遥かに大人で心優しい美少女にしか見えない。


「あっ…そうでしたわ。実は例の書物について進展があったと、お父様から今朝方お話がありましたの。

 詳しい内容は、放課後に智子ちゃんのお部屋で説明しますわね」

「うん、わかったよ。このお菓子は別邸の備蓄に回せばいいかな」


 貰ったお菓子を丸投げという形で処理したアタシは、友梨奈ちゃんから聞いた日記の内容について考えるが、自分に伝えるほどの情報と言えば、かなり限られてくるが気になる。

 その時、昼休みが終わるチャイムの音が聞こえたので、アタシは次の授業の教科書とノートを机の上に広げて、いつも通りのガリ勉小学生に戻るのだった。










 放課後にお馴染みのメンバーがアタシの部屋に集合し、折りたたみ式の机を広げ、途中でお母さんが入って来ないようにと、先に飲み物とお菓子を二階に運び込み、念のために室内から扉の鍵をかけておく。

 準備万端になったところで、それぞれが愛用のクッションを敷いて、友梨奈ちゃんの説明に耳を傾ける。


「まずはこの写真を見てください」

「これは、俺たちと同じぐらいの年齢の女の子だな」

「でも制服が学園とは違うから、別の学校かな?」


 友梨奈ちゃんは学園鞄から大きな封筒を取り出し、そこから一人の女の子が撮られた学園とは別の制服、別の視点から撮影された写真を、机の上に順番に並べてアタシたちに見せる。向日葵のように活発で明るく、黒髪の可愛らしい女の子だ。

 裕明君と光太郎君はわからないようだが、自分には少し引っかかるものを感じた。


「何か気づきませんの? もし智子ちゃんが思い出せないようなら、この写真のことは忘れてくださいな」

「うーん、何か…この子、何処かで…いや、この写真の女の子とはかなり違うんだけど」


 写真の子で知っていることは、何処か別の場所、別の姿で会った気がするのだ。そう、小学一年生ではなくもっと成長した姿で会っている。物心がつく前のあやふやな記憶ではなく、どれだけ姿が変わっても印象に残るぐらいの劇的な場面があったはずだ。


「あっ…思い出した。この写真の子、アタシを刺した転校生だ」

「「「えええええっ!!!!」」」


 これまで前世の記憶を引き出したことは数え切れない程あったが、ここまで必死に一人の女の子を思い出そうとしたことはなかった。

 しかし刺されて崩れ落ちる瞬間、アタシとお嬢様にもっとも近く、すぐ隣に立っていた女子生徒が写真の女の子の成長した姿だと、はっきりと確信した。

 この子には何度も苦い思いをさせられた。学園に転入した後にお嬢様と同じように、光太郎君に一方的に恋い焦がれていた、ライバル関係なのだ。


 アタシは転校生に彼とは身分違いだ。付き合っても上手くいかない。彼は貴女を見ていない等、今のうちに諦めたほうがいい。そうでなければ、いつか卯月家の力で親族や知り合い全員が潰されると、何度も説得を行った。その全てがことごとく無視されたが。


「ところで、何で写真を持ってきた友梨奈ちゃんまで驚いてるの?」

「いっいえ、この子が未来の転校生の第一候補でしたが。智子ちゃんを刺したのは別の候補者でしたので」

「アタシもたった今思い出したからね。確かに命令してたのはお嬢様だとしても、いつも口喧しく説得を続けてたのは自分だから、やっぱり煩わしく感じてたんだろうね」


 と言うことは、彼女は最初から光太郎君に近づくお嬢様を狙ったのではなく、いつも口喧しく攻撃してくるアタシが目的だったかも知れない。

 てっきり目測を誤ったために刺されたと思っていたので、少し意外な展開に感じた。


 しかし冷静に振り返ってみれば、証拠や証人の捏造を行いお嬢様を排除したので、周りを煩く飛び回る残るアタシを消せば邪魔者はいなくなる。そんなことを考えていても不思議ではなかった。


「んー…そういう線もある? 転校生にとってアタシは邪魔者だったわけだし、ゴール目前で焦ったのかな? それとも恨みを晴らしたかった?」

「よくわかりませんわ。智子ちゃん、どういうことですの? わたくしたちにも教えてくださらない?」


 アタシも久しぶりに前世を思い出して少し混乱気味だ。元々の頭が良くないので、友達に説明するのは自分の考えを整理するのに都合がよかった。

 たびたび質問を受けたり、場面毎に補足をしたりと、結局三人の興味は転校生のことだけでは済まず、アタシの恥ずかしい前世を赤裸々に語るハメになってしまったので、全てを話し終わるまでには、かなりの時間がかかった。


「そんな悲惨な人生なのに、夢の智子はよくひねくれなかったな」

「うん、僕もそう思うよ。普通ならどんどん駄目な方に流れていくだろうし」

「改めて聞かされると、わたくしは智子ちゃんに何という酷いことを…」


 友梨奈ちゃんが重く沈んでしまったので、ただの夢だから気にしないでと励ましたが、男子二人は過去のアタシの芯の強さに感心していた。しかしアタシは昔からこの性格で、高校生と小学生が混じり合った今も一ミリも変わってない。


「それよりも友梨奈ちゃん、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」

「大体の予想は付きますが、何ですの?」

「転校生に…ううん、写真の女の子に直接会いたいんだけど、駄目かな?」


 確かに前世では刺されてしまったが、今はまだお互い初対面であり、少なくとも嫌われてはいないはずだ。

 それに目の前の三人のように、良い悪いはともかくとして大きく変わった例もある。


 写真の女の子も何らかの変化があり、もしかしたら仲良くなってデッドエンドを確実に回避出来るかも知れない。…アタシがそう考えていることはお見通しだという顔で、友梨奈ちゃんは重々しく口を開いた。


「智子ちゃんなら、そう言うと思っていましたわ。でも、直接会うのは止めたほうがいいですわよ」

「どういうこと?」

「彼女も予知夢を見た可能性が高いからですわ。もし二人が出会った場合、何が起こるか予想が付きませんもの」


 これにはアタシ、裕明君、光太郎君の三人が大きく動揺する。まさか自分以外にも死に戻りをした人がいたとは思わなかったのだ。

 しかしここにアタシという前例がいるのだから、二人目が現れても不思議はないと今さらながらに気づくが、流石にこんな身近に居たとは思わなかったが。

 続けて友梨奈ちゃんは封筒から別の書類を取り出して、内容を説明する。


「ええと…仮に転校生として、彼女は現在は小学一年生ながら、まるで中学生のような思考、行動力、学力、ただし運動は少し苦手なようですわね」

「まるで智子だな。ただし超絶に劣化してるようだが」

「これだけなら天才、麒麟児、神童、呼び名は色々ありますが、歴史上の人物で何人もいますわね。あと、智子ちゃんよりも大きく劣っているのは同意見ですわ」


 アタシの劣化と言われたので、自分はそんな大した人物ではないよと大反対しようとしたが、まだ友梨奈ちゃんの説明が続いているので、一先ず口にチャックをし、黙って続きを促す。


「そして自分は将来学園に転入し、睦月光太郎君と結婚するのだ。…と、誰彼構わずに言いふらしていますの。これだけなら王子様に憧れる女の子の夢物語ですが」

「僕は智子ちゃんに一途だから。家柄の劣る庶民の女の子と結婚するつもりは全くないよ。

 何より家族が総出で大反対するのは目に見えてるしね」


 アタシも庶民で家柄が劣ってるし、睦月家に大反対されそうなんだけどと、光太郎君に鋭いツッコミを入れたいのを必死に我慢して、静かに友梨奈ちゃんの言葉に耳を傾ける。


「それでも解析班が予知夢だと判断したのは、彼女の発言には智子ちゃんの日記の内容と同じ箇所が、数多く見られたことですわ」


 そこで友梨奈ちゃんは一度説明を終えて、アタシがどう反応するのかじっと見守っている。予知夢を見た女の子同士が出会って何が起きるのか。

 何も起きずに平穏無事に会談が終わる可能性もあるのだが。説明を聞いてアタシは色々と考えたものの、頭の悪い自分ではいい考えはまるで出なかった。なのでいつも通り、友梨奈ちゃんにアタシの気持ちを直接伝えた。


「アタシの予知夢は全部日記に書いたけど、彼女なら自分が刺された後のことも知ってるかもしれないし、やっぱり会って話してみたいよ」

「ですが、彼女はその後を何も知らない可能性が高いですわよ」


 もしかしてアタシが刺された後に、転校生もすぐに命を落としたのだろうか。何にせよ、友梨奈ちゃんから話してもらわなければ、判断のしようがない。


「彼女は智子ちゃんとは違い、予知夢はそれ程事細かで正確ではありませんの。

 情報の全てが学園入学後に集中しており、まるで物語のように重要なイベントだけを抜き出し、自分とは違う視点から見て来たかのような内容ですの」


 アタシは言葉を失ってしまう。実際に体験したわけではなく、第三者視点で経験したのだろうか。もしかして転校生が今の彼女になる前は、もっと別の人だったのかも…と、色々考えたものの、これ以上は情報過多で知恵熱を起こしてしまいそうだ。


「はぁ…そろそろ知恵熱で倒れそうだよ。何よりウジウジと悩むだけなんてアタシの性に合わない!

 決めた! やっぱり会って直接聞いてみたい!」

「ですが危険ですわよ?」

「うん、だから三人にお願いなんだけど」


 写真の子の詳細な情報。こちらのホームグラウンドに呼び出しての直接会談。それ以外にも事細かな頼み事を、友梨奈ちゃん、裕明君、光太郎君の三人に頭を下げてお願いする。

 実際には庶民の小学一年生の少女が、世界的な名家を動かすなんて不可能だろうが、友達として転校生の連絡先ぐらい教えてもらえれば御の字だ。

 それぐらいの心構えでアタシがこれからやりたいことを一生懸命説明していると、突然自室の鍵が廊下側からガチャリと開けられて、三家の大人たちがアタシの部屋に雪崩込んできた。


「話は聞かせてもらった。卯月家、睦月家、弥生家の三家は、これより智子ちゃんに全面協力しよう」

「えっ? 本当にいいの?」

「ああ、説明通りに会談場所はこちらで用意し、万全の警護で智子ちゃんを守り抜く」


 睦月おじさんと弥生おじさんが自信満々に胸を張って、アタシの提案を受け入れてくれた。

 何の利益もない自分のわがままに付き合わせてしまい申し訳なく思うが、それでも協力してくれる皆の優しさが嬉しくて、堪えきれずに涙が溢れてしまう。


「泣かなくてもいいのよ。ようやくわがままを言ってくれて、私たちにはむしろ嬉しく思うわ」

「元々いつかは彼女の調査をしなければいけなかったんだ。

 それが一度で片付いて智子ちゃんの望みも叶うなら、むしろこっちが感謝したいぐらいだよ」


 今まではただただ面倒だと感じていた名家の付き合いだったが、皆に優しい言葉をかけられて、心が暖かくなる。


「皆ありがとう。ずっと名家絡みで引っ張り出されるたびに、また面倒ごとだと思ってごめんなさい」

「卯月家当主、少しは行き過ぎた行動を振り返って反省したらどうだ?」

「睦月家当主こそ、事あるごとに智子ちゃんを社交界に呼びつけては、実の娘のように鼻高々に自慢してるだろう」

「いやいや弥生家当主こそ、いくら何でも智子ちゃんに依存し過ぎだ。酒に酔った勢いで小学一年生に癒やしを求めるのは止めろ」


 三家の当主さんたちの争いを見ていると、本当に彼らに頼ってもいいのだろうかと急に不安が大きくなってくる。しかしもはや賽は投げられたのだ。

 どんな結果になろうと引き返すことは出来ない。


 ならばアタシのデッドエンドの回避に繋げていかなければ。各家の当主による、目の前の小学一年生の少女を巡る醜い争いがヒートアップしていき、呆れ果てるおばさん二人と子供たちの中で、アタシは来るべき最終決戦に向けて気合を入れるのだった。

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