12月 波乱の社交界再び
朝晩がグッと冷え込んできた十ニ月、またもアタシを指名した社交界のお誘いが届いた。実際には届く前に朝倉家の別邸で大体の説明はされたものの、それで納得して受け入れたかと言うとそんなことはない。
何でも謎の少女がアタシだと身バレしてから、政財界からの熱烈なアタックが酷くなる一方で、そろそろ一度ガス抜きとしてクリスマスに政財界が一堂に会する、かつてない程の大規模な社交界を開きたいとのこと。
はっきり言ってアタシは政財界のお偉方と、にこやかにお話するスキルには全く自信がないし、やりたいとも思わない。庶民の小学一年生にそんな技術を求めるのは、根本的に間違っている。
そうアタシがはっきり拒否すると、月の名家のおじさんとおばさんは、智子ちゃんはいつも通りニコニコ微笑みながら、出された食事を楽しんでるだけでいいからと、強引に計画を進めてきたのだ。
話す必要がないのは助かるが、絶対にそれだけでは済みそうにない。かと言って爆発しそうな爆弾を放置するわけにはいかないので、何もしないでいいなら…と、仕方なく参加を決める。
ようは飲んで食べてひたすら壁の花に徹して、社交界が終わるのを一人で黙って待っていればいい。絶対そうはならないだろうが、少しでも前向きになろうと楽観的に考える。
どうせアタシに小細工なんて出来ないのだ。ならばいつも通りに成るように成れである。
そしてクリスマスの社交界の日に、いつものメイク職人さんに四度目のフォームチェンジをお願いして、衣装も特別性の今まで以上に気合の入った純白のフリフリドレスを着させられ、ファッションセンスが皆無の自分にはわからないが、数人がかりで三十分以上も念入りに調整を行った。
その後アタシは高級ホテルの最上階の贅沢に飾り付けられた大ホールに、ホテルのボーイさんの案内に従って入場し、何処か人の少ない壁際を探してウロウロしていると、いきなり大勢の著名人に囲まれて、身に覚えのないべた褒め攻撃を受けた。
「貴女が智子ちゃんですね? ずっと直接会ってお話したいと思っていたのです!」
「ええと、確かにアタシが智子ですけど…」
「まぁ! 本当に可愛らしいわ! まるで絵本の世界の妖精さんみたい!」
「はっ…はぁ、ありがとうございます」
正直アタシはそこまで大した人間ではないので、いくらメイク技術の賜物とはいっても、全く知らない人から純粋に褒め殺しされると、顔を赤くして俯いてしまい、恥ずかしさのあまりにモジモジと身悶えるだけで、小さく否定するのが精一杯になり、結果的に何も喋れなくなってしまう。
これが見え透いたお世辞なら軽く流せるのだが、誰もが本気でそう言っているので対処に困る。
そんな普段は凶暴な小娘だが、しおらしい姿のギャップが彼らの琴線に触れたのか、褒め殺し攻撃はさらに激しさを増していくのだ。
「智子ちゃんは今時珍しい大和撫子の見本のような女性ですな!」
「いっいえ、アタシはその真逆で…」
「その通り! 社交界、体育祭、文化祭等の動画を拝見したが、芯が強いだけでなく、容姿も心も美しく、それでいて常に他者を助けようと率先して動く! 誠に立派な女性だ!」
「それは常に保身を考えているだけで…」
アタフタと戸惑いながらも、次々と浴びせられる根も葉もない称賛の声に答えを返していく。それも後半になるにつれて、どんどんと小声になるので、仕舞いには相槌を打つぐらいしか出来なくなり、完全に聞き役に回ることになる。
「睦月家と弥生家の御曹司が取り合うのもわかるわ! こんなに気が利いて賢くて、美しいのだから!」
「あっ…アタシよりも友梨奈ちゃんのほうが…」
対象をアタシから友梨奈ちゃんに変えることで、囲みを解いて逃げようとしたが、全く効果はなく、火に油を注ぐようにさらにグイグイと迫ってくる。
「それで将来どちらと結婚するのかしら? シンデレラでは弥生家を選んだけど、睦月家も負けてないと思うのよ! おばさんは智子ちゃんの気持ちを応援してるからね!」
「えっええと…今は結婚とかそういうのは、全く考えてなくて…」
結婚の話題なんて、少なくとも小学一年生に話す内容ではない気がするが、アタシの中身は二十歳近いので何とか付いてけるが、後は月の名家の天才児以外は、間違いなく置いてけぼりになるのは間違いない。
「何だと? 結婚は考えていないのか? それはいかんぞ! 智子ちゃん程の女性が独り身とは、政財界にとっての大きな損失だ!
ここはおじいさんに任せておきなさい! 古い知り合いの伝手で、婚約を結ぶのに相応しい男性を見繕ってあげよう!」
「いっいえ、そのお気持ちだけで…」
きっとアタシを自分の可愛いお孫さんのように見ているのだろうけど、外堀を勝手に埋めるのは勘弁してもらいたい。
しかしアタシの包囲網は減るどころか増える一方なので、このまま社交界が終わるまで、ひたすら褒め殺しをされるのかと虚ろな瞳で半ば諦めかけたとき、聞き慣れた声がアタシの意識を現実に引き戻した。
「智子、ここに居たのか。親父が待ってるから一緒に行くぞ」
「あっ…うん、裕明君」
彼は日常生活でも割りとグイグイ迫って来るのだが、こういう絶体絶命のときには本当に助かる。今も自然な動きでアタシの手を取って、著名人たちの囲みから引っ張り出してくれたのだ。
「ありがとう裕明君」
「気にするな。智子には世話になってるしな」
「そう? アタシが役に立った場面なんてあったかな?」
金銭的な援助を受けたり、一泊旅行にも連れて行ってくれた。美味しい料理も食べられたし、何よりも得難い友達も出来たのだ。たまに社交界に出るぐらいでは、どう考えてもアタシのほうがお世話になっている。
そんな皆目見当もつかないアタシに、子供用の紳士服を着こなす裕明君が、微笑ましそうな表情でそっと見つめる。
「それはそうと、着いたぞ」
「智子ちゃん、ようやくのご登場ですわね」
「待ってたよ智子ちゃん」
いつもの三人が会場の隅に集まりアタシを待っていた。社交界の会場の中で気を許せる知り合いに会えて、ようやく人心地がつく。
友梨奈ちゃんは黒紫色のドレスで着飾っており、光太郎君も子供用紳士服とサラサラした金髪がよく合っており、小さな王子様のようだ。
「遅くなってごめん。メイクに時間がかかって」
「とても似合ってますわよ。まるで絵本から現れた妖精さんみたいですわ」
友梨奈ちゃんにまで妖精さんに間違われるということは、そんなに似ているのだろうか。一応大鏡で確認はしたものの、相変わらず自分の見た目はよくわからなかった。それでもいつもよりは綺麗になっているのはわかる。正確な上昇分がわからないだけなのだ。
「俺も似合ってると思うぜ」
「うん、とっても綺麗だよ」
「ありがとう三人共、嬉しいよ」
今度は照れずにいつも通りに返せたので、やはり気楽に話せる友達というのはいいものだと再確認する。
取りあえず入り口の囲みからは抜けたので、あとはこの三人の月の名家のオーラで壁際に近づく敵を威圧し、時間切れまで適当に飲み食いしてればアタシの勝利だ。
庶民の自分が表に出てもろくなことにはならない。各著名人への顔見せという最低限のガス抜きは終わったので、これ以上はアレコレ追求されることもなく、自然な流れでフェードアウトしていき、待ち望んでいた平穏な日常が戻ってくるはず…だった。
「久しぶりね光太郎! 会いたかったわ!」
「カレン…どうしてここに?」
六月の社交界で、アタシに足を引っ掛けたフランス人形のような可憐な少女が、小さな胸を張りながら、三人の近寄るなオーラを物ともせずにズケズケと踏み込んで来る。
しかし前回も感じたが光太郎君を呼び捨てとは、二人はそんなに仲がいいのだろうか。
「あの子はカレンちゃんですわ。簡単に説明すると睦月家の第二の故郷、ドイツ滞在中に知り合ったファースト幼馴染ですわ」
「ファースト幼馴染?」
「真偽はわかりませんけど、彼女がそう言いふらしていますの」
つまりカレンちゃんは光太郎君を狙っているから他の女は近寄るなと、そんな感じで牽制しているだろうか。
アタシと友梨奈ちゃんは、会場のウエイトレスさんから受け取ったアップルジュースに揃って口をつけながら、我関せずという態度でただならぬ関係の二人から、少しずつ距離を離して成り行きを見守る。
「パパにお願いしたのよ! ママは今回の社交界は絶対に出ちゃ駄目なんて言われたけど!
私はもう一人前のレディなのに、本当に失礼しちゃうわ!」
「でも、カレンはここに来るべきじゃないよ。親の言いつけはちゃんと聞かなきゃ駄目だよ」
「そんなの嫌よ! だってせっかく光太郎に会える機会なのよ! 光太郎もアタシに会いたかったでしょう?」
いつの間にか裕明君も、アタシと友梨奈ちゃんの隣に立って、ホットココアを片手にのんびりと見物気分だ。
光太郎君はカレンちゃんを説得しようと頑張ってはいるものの、言葉だけでなく物理的な距離も詰めて来る彼女に押され、壁際まで後退して逃げ場がなくなり絶体絶命だ。
「それは僕もカレンに会いたかった…けど。でも…」
「ほらっ! やっぱり光太郎と私は思い合ってるのよ! あんな庶民の小娘なんかよりもね!」
カレンちゃんの言葉と同時に、アタシに向かって冷たい視線が真っ直ぐに送られて来る。しかしこの展開は予想済みなので、今さら驚きはしない。
問題は成り行きを見守っているのが、自分だけではないということだ。著名人の皆様方は興味本位だろうけど、毎度のことながら無駄に人目を引いて振り回されるのは御免こうむる。
なので面倒な重荷は持ち帰らずに、この場でバッサリと切って捨てる。自分の物ではない爆弾を背負ったまま、平然と生きていけるのは聖人君子ぐらいだろう。
「アタシは別に光太郎君とはお付き合いしてないので、後は若い二人でご自由にどうぞ」
「ちょっ…智子ちゃん!」
「これ以上ない程事実ですわね。智子ちゃんと光太郎君は、異性のお友達ですもの」
「光太郎、ライバルが最終決戦前に退場するのはとても残念に思う。
それじゃ、ドイツでの結婚式の日取りが決まったら教えてくれ。二人で幸せになれよ」
捨てられた子犬のような目でアタシを見つめて来るが、グッと我慢して光太郎君から背を向けて遠くに去ろうとしたが、一歩踏み出す前にその動きが止まる。
「光太郎君、手を離して」
「嫌だ。離さない。だって僕は、智子ちゃんが好きだから」
「知ってるよ。でもアタシは光太郎君とは付き合えないの」
自分のことを好きでいてくれる光太郎君は、アタシも好意を持っている。しかし、小学一年生から将来のレールを敷かれ、上に立つ者としての責任を持てと強制されるのは、庶民の身としては到底受け入れられる生き方ではない。
アタシの手を握っている彼に好かれるのは凄く嬉しいけれど、将来は程々のお給料を貰って休日とかちょっと贅沢出来るなら、名家の面倒ごととは無縁な独身でも別に構わない…と、正直に告白しても離す気配はなさそうだ。
「智子ちゃんが僕たちのことを気遣って付き合わないのは、ちゃんとわかってるから」
「ちっ…違うよ! アタシは自分のことしか考えてないから!」
「それでも構わない! 僕は智子ちゃんの全てが好きだ! 世界中の誰よりも大好きなんだ!」
瞬間、社交界の会場全てが大きくどよめいた。アタシの心臓も早鐘のようにドキドキと鼓動し、顔も茹でダコのように真っ赤になりながらも、何とか自分はそんなに立派な人間ではないと言い訳しようとしたが上手く口が開かず、とても光太郎君の顔を真っ直ぐ見られなかった。
「智子ちゃんの気持ちが固まるまで待ってるから。もし自分が選ばれなくても、後悔はしない。
だからその日まで、大好きなキミの側に居させてよ」
「は……はひっ!」
「ありがとう智子ちゃん。これからもよろしくね」
光太郎君の有無を言わせない真っ直ぐな告白に、アタシは恥ずかしさと嬉しさが混じり合って考えがまとまらずに、条件反射的に返事を返してしまう。
彼はそれを見て満足そうに微笑んだ後、名残惜しそうに手を離すと、再びカレンちゃんに向き直る。
「カレン。キミの気持ちはとても嬉しい…けど、ごめん。僕は恋人にはなれない」
「はぁ…完敗ね。いいわ! しばらくの間、光太郎を貸してあげる!でも貸すだけよ!」
カレンちゃんは少しだけ俯いて悔しそうに唇を噛んだが、すぐに顔を上げて光太郎君ではなく、アタシにキッと視線を向ける。
「でも彼の気持ちが離れたら遠慮なく奪い取りに来るから! それまで、光太郎とお幸せに!」
その台詞が終わるとカレンちゃんはサッと身を翻して、社交界の出口に向かって振り返らずに歩いて行く。アタシから視線をそらすときに彼女の青い瞳から涙が数滴溢れたが、かける言葉が思い浮かばず、結局カレンちゃんが見えなくなるまで黙って見送ることになった。
「智子ちゃん、僕のせいで傷つけてしまってごめん」
「アタシは気にしてないから、カレンちゃんを慰めてあげてよ」
しばらく無言で棒立ちしていたためか、アタシの胸の鼓動はかなり落ち着いてきて、光太郎君の顔も普通に見られる程に戻っていた。彼の謝罪を冷静に流しながら、去っていったカレンちゃんを放っておいていいのかと、それとなく聞いてみる。
「すぐにカレンの家の者が駆けつけるから大丈夫。いや、実際には大丈夫じゃないかな?」
「どういうこと?」
「彼女は今日の社交界には本当は呼ばれてないんだ。それとなく釘を刺しもした。
でも、カレンの父親が隠して連れて来たからね」
ようは不正で社交界に参加していたということだ。数多の著名人が揃い、月の名家の主催しているパーティーにこれは不味いと、庶民のアタシでも理解してしまう。
「でも何で参加出来なかったの?」
「それは智子ちゃんに恥をかかせたからだよ」
「あぁ…やっぱりあの時かぁ」
カレンちゃんがアタシに足を引っ掛けるよりもずっと前に、月の名家にとっての自分の立ち位置は対等の友人、もしくは娘や家族のような特別な存在だった。
そんなアタシをパーティー会場で転ばせた彼女は、知らなかったとはいえ主催者の顔に泥を塗ったようなものだ。…それも二回も。
「光太郎君、一つお願いがあるんだけどいいかな?」
「僕一人出来ることはそんなに多くないけど、智子ちゃんの頼みなら大抵は叶えられるよ」
「ええと、カレンちゃんを社交界に出られるようにして欲しいんだけど、…駄目かな?」
アタシには分不相応な月の名家に頼み事なんて本気でしたくないが、自分のせいで辛い思いをしてるカレンちゃんを、少しだけ幸せにするぐらいは構わないだろう。
そんな願いをそっと口に出しすと、光太郎君が明らかに驚いていた。
「それは出来なくもないけど、智子ちゃんはそれで本当にいいの?」
「アタシもカレンちゃんに転ばされて怒ってないわけじゃないよ。
でも小さな子供が何も知らずに勢い余ってやったことで、彼女だけでなくその親族もまとめて破滅させちゃうとか、後味悪すぎるからね」
昔と比べて一族郎党を根切りにしないだけ優しいが、今のアタシの立場は自分が思っている以上に、危険な爆弾なのかもしれない。知らずに触れたら火傷どころではなく山火事になるのは間違いない。
「智子ちゃん、キミは何処まで優しいんだ。うん、わかったよ。
カレンもその親族もお咎め無し…とまではいかないけど、まあお小言で済むだろうね」
「そっか、よかったよ。あと、アタシは全然優しくないからね。
人の恨みや面倒ごとに巻き込まれたくないだけだよ」
前世のデッドエンドの原因が悪役令嬢の友梨奈様だとして、恨みや憎しみで引き起こされたのは間違いない。今回は怨恨の末に刺されて死ぬ展開は絶対に回避したい。そのためにもアタシは、人の恨みを買わずに堅実に生きていくのだ。
厄介なフラグは放置せずに、その場で確実に潰すに限る。
「うん、僕はそんな智子ちゃんが好きだ。愛していると改めて実感出来たよ」
「はあぁ!? 今の何処に惚れる要素があったの!?
光太郎君は一度病院行って、異常がないか見てもらったほうがいいよ!」
ただの平民の小娘にここまで入れ込んでる光太郎君の将来が、本気で心配になってくる。アタシはあくまでも自分ファーストで直情的に動いているだけだ。
確かに三人の友達のことは大切に思っているし、病院を勧めたのも幼馴染を振ったことで、心が一時的に不安定になってるんじゃないかと、純粋に彼の身を案じている。
こちらを褒めながら自分との距離を少しずつ詰めて来る光太郎君に、やはり何処かおかしいのではと感じ、取りあえずは精神科を受診するようにと口を開こうとしたとき、彼は突然両手を広げてアタシを強く抱き締めてきた。
「またそうやって僕を気遣ってくれる。智子ちゃん、可愛いよ。好きだ…愛してる。誰にも渡したくないぐらいに」
「ちょっと! 抱きつかないでっ! 離してっ! ああもうっ!」
彼の行動には本当に訳がわからない。しかしアタシの恋愛経験のなさがプラスに働いたのか、小学一年生ながら絵本の王子様のような雰囲気を放つ光太郎君も、今は心を病んでいる小さな子供にしか見えずに、妙なドキドキ感に支配されることなく普通に対処できた。
「はぁ…もういいけど。落ち着いたら離れてよね」
「うん、ありがとう。智子ちゃん…いい匂いがするよ」
「メイク職人さんの香水じゃない? 名前は覚えてないけど」
一周回って逆に冷静になったアタシは、小学一年生の男子を相手に興奮したりはしないが、彼もこんなムードもへったくれもない庶民の小娘の何処が気に入ったのか。
自分の方が中学生サイズで大きいので、その気になれば抱きつきを振り払うことは容易だ。しかし今の光太郎君はどうにも様子がおかしいので、強引な手段は躊躇われた。
結局いつまでも愛の告白を続けて離れる気配がなく、アタシの年の割にはよく育った二つの胸に顔を埋める光太郎君に、著名人や月の名家の大人たちが静かに見守る中で、痺れを切らした裕明君と友梨奈ちゃんの二人に引き剥がされるまで、彼の熱い抱擁は続いたのだった。
その後、社交界の告白騒ぎはいつもように公式動画になったが、政財界の著名人が集まっていたため話題性も抜群であり、望んでいないにも関わらず、次の日の新聞の見出しを大きく飾ることになった。
お父さんが居間でコーヒーを片手に呼んでいる新聞には、睦月家の御曹司が噂のシンデレラに大胆告白!?と、アタシと光太郎君を大きく取り上げた記事が書かれていた。
後ろからこっそり読ませてもらったが、カレンちゃんは名前さえ出てこなかったので、きっと月の名家がアタシのお願いを聞いて、裏から手を回してくれたのだろう。
その分自分が矢面に立つのは恥ずかしいが、別に犯罪を犯して新聞に乗ったわけではないので、今回だけは有名税として甘んじて受けよう。
「何だか新聞の記事を読むと、うちの智子が遠くに行ってしまった気がするよ」
「お父さん、アタシは何処にも行かないよ。大体まだ小学一年生なんだよ? 将来の結婚相手を決めるには早すぎるよ。
もし十八歳になる前に間違いが起こったら、責任を取れないからね」
「確かに智子はまだ小学一年生よね。でもその堅実な将来設計も、ちょっと早すぎるんじゃないかしら?」
台所で洗い物をしているお母さんが小首を傾げるが、アタシにとっては今のうちから自己防衛を働かせておかないと、外堀だけでなく内堀も気づかないうちに埋め立てられ、十八歳の誕生日には即嫁入りとなりかねない。
別に二人のことは嫌いではないが、庶民のアタシ以上に相応しい相手は、世界中にいくらでもいるのだ。わざわざ道端の石ころを拾わせる必要はない。友達にはやはり幸せになってもらいたいものだ。
「まあまだ小学一年生だし、そのうち相手が見つかるよね」
「ん? 智子は光太郎君では駄目なのか?」
「そうじゃないけど、やっぱり家柄の釣り合いがね。それと名家の付き合いかたがわからないから、将来的にアタシが重荷になって迷惑かけちゃうだろうし」
アタシは自分でマイカップに入れた温かいココアを持って、フーフーしながら椅子に腰掛ける。お母さんが洗い物を終えてエプロンをフックにかけた後、お父さんの隣にゆっくり腰を下ろす。
「うちの智子は大人びてるわねぇ」
「お母さん、アタシはまだ小学一年生だよ」
「そうだぞ。娘はまだ小学一年生なんだ。もっと家族に甘えてもいいんだぞ」
社交界で色々と頑張ったので精神的に疲れていたアタシは、せっかく許可が出たのだから存分に甘えさせてもらおうと、飲みかけのココアを机の上において椅子から立ち上がると、子供用スリッパを履き、トテトテと歩いて両親の元まで行くと、その大きな体に飛び込んだ。
「お父さん、お母さん、アタシ頑張ったよ。でも疲れちゃったから、ちょっとだけ休ませてね」
「ああいいぞ。普通はもっと親に甘えるものだ。お前は少し頑張りすぎだ」
「うふふ、そうね。智子は年の割には大人びてるけど、やっぱりまだまだ子供なのね」
しばらくの間、アタシはお父さんとお母さんに頭を撫でてもらい、久しぶりにゆっくりと暖かな時間を過ごせた。これでまた頑張れる。
どうも中身が二十歳近いせいで、本当は優しい両親に甘えたいけれど、羞恥心のせいでタイミングが掴めないことが多々あるのだ。
これからは精神的な疲労を緩和するためにも、もっとベタベタに甘えさせてもらおうと、アタシは心に決めたのだった。




