10月 文化祭の出し物を決める
十月に入り、学園では今年も毎年恒例の文化祭が開かれることになった。当然アタシが委員長をしている一年一組も参加することになる。
そして文化祭の期間だけだが、初等部の建物に隣り合うように建てられた中等部と高等部の校舎にも、学園の生徒や招待客も自由に見学出来るようになる。
特別な招待状が必要になるとはいえ自分たちの保護者が見に来るので、子供たちも体育祭と同様に否が応でも気合が入る。
中等部と高等部の一日目は、クラスの出し物を各校舎の大ホールで行い、二日目は教室や部活棟、または運動場で出店等を開催する。
初等部の一年一組の一日目は、クラスの出し物を体育館を改装した大ホールで行い、二日目は文化祭用のチケットを配布した後、学園内を自由行動となる。
ちなみに初等部の出し物は、歌の発表会、演劇、ダンス等が多い。
そんな内容を一年一組の教卓の前に立って、アタシからクラスの皆に噛み砕いてわかりやすく説明する。
「大ホールの一クラスの使用時間三十分で、どんな出し物にするかだけど。案がある人は手をあげてよ。
えーと…はい、友梨奈ちゃん」
「演劇がいいですわ!」
副委員長の光太郎君が友梨奈ちゃんの案を、白いチョークで黒板に書く。アタシは他にも手を上げた生徒を順番に指名しては、新しい出し物を黒板に書き加えさせていく。
そして皆の意見が出尽くしたことを確認した後に、多くの出し物の中でまとめられる物は一括りにして、一組の皆に投票用紙を配り、一番票数の多い出し物を決定させる。
その結果、選ばれたのは演劇だった。
「…と言うことで一年一組の出し物は演劇に決まったわけだけど。
次はどんな物語を演じるか。案がある人は…はい、友梨奈ちゃん」
「シンデレラがいいですわ!」
またも一番に真っ直ぐ手を上げた友梨奈ちゃんを指名し、一度黒板消しで全て消した光太郎が、次はシンデレラと白いチョークで書き、彼女に続けとばかりにクラス内で次々と手があがっては案を聞き、そのたびに光太郎が黒板に書き加える。
そして手があがらなくなったので、前回と同じように一括りにまとめてから投票を行い、演劇のお題目が決定した。
「投票の結果、一年一組はシンデレラの演劇を行うことになったよ。先生、これを出し物にしても問題ないですか?」
「ああ、大丈夫だぞ。台本も含めて演劇に必要な物は、全て学園で用意出来る」
普通なら生徒たちが手作りで演劇の衣装や小道具等を用意するのだが、ここでは小中高の演劇部から借りればいいし、サイズのピッタリな特注の衣装やステージの機材スタッフは、豊富な資金と名家の伝手でゴリ押し出来る。
つまり一年一組の生徒は役の練習にだけ専念すればいいのだ。
他の学年、他のクラスもきっと似たようなものだろう。準備が必要なくて楽なのはいいが、何となく釈然としないものを感じるのは。前世が苦労の連続だったせいかも知れない。
「取りあえず簡単でもいいので登場人物と配役を決めてくれ。後は専門家に丸投げして、それに合った脚本を組んでもらう。
ちなみに朝倉はシンデレラの物語は知っているか?」
「有名な絵本ですし、それぐらいアタシでも知ってますよ。
ええと、貧しい平民の女の子が魔女の助けを借りてお城の舞踏会に参加して、そこで王子様に見初められて、最後に結婚してめでたしめでたしですよね?」
継母や姉、ガラスの靴等の細かい所までは言わなくてもいいだろう。先生もアタシの説明で納得したのか、椅子に座りながら軽く頷いていている。
「それじゃ、シンデレラの物語の登場人物を書き出していくよ。ええと、友梨奈ちゃ…」
「当然シンデレラですわ!」
自分の提案が通ったので現在勢いに乗っている友梨奈ちゃんが、指名した瞬間大きな声で発言した。
こういう設定についてアレコレ考えるのは楽しいのはわかるので、他にどんなキャラがいるのかと、アタシの意見を一から十まで黒板に書かずに、一年一組の生徒全員にシンデレラの登場人物を考えてもらう。
途中で別の物語と混同しているのか、原作に実際には登場しないキャラが何名も出てきたが、子供たちの独自設定を尊重して、全キャラ登場させる路線で脚本を書いてもらうことに決める。
やがて主要キャラや脇役もクラスの人数分が出揃い、いよいよ配役を決める番だが、こういうのは誰が主役を演じるかで毎度揉めるのだ。
「じゃあ、次に配役を決めるよ。まずはシンデレラ」
「その役は智子ちゃんしかありえませんわ!」
「うええ…あっアタシ? でも、他にやりたい人がいるかも知れないし、まずは立候補をね?」
主役の座を巡って揉めるかも知れないと思ったが、イケイケ状態の友梨奈ちゃんが推薦した候補者以外は、立候補を求めても誰も現れなかった。
「ええと、本当に誰もいないの? メインヒロインで舞台で一番輝く役だよ?
家柄や他人の目なんて気にせずに…と言うか、お願いだから誰か変わってよっ!」
教卓前でクラスメイト全員に必死に訴えるも、残念なことに推薦1、立候補0で、シンデレラ役はアタシに決定した。
確かにアタシは現実でも平民だが、見た目も中身も平凡そのものなので、物語の中の華麗なシンデレラとは大違いだ。どう考えても主役には相応しくない。
しかし一度決定した配役を、アタシ一人のわがままで覆すわけにはいかない。
自分が本当の小学一年生なら、小さな子供らしく癇癪を起こして決まった配役を有耶無耶に出来るのだが、残念ながら精神的には二十近い大人なので、そんな恥ずかしい真似は出来なかった。
「はぁ…気を取り直して次に行くよ。王子様役をやりたい人は手を上げてー」
これには結構な人数が立候補した。物語のメインヒーローなので光太郎君と裕明君を含めた男子が手を上げるのはわかる。
だが何故か女子も頬を染めつつ爛々とした笑顔で大勢が挙手している。
一年一組の過半数を大きく上回る立候補に、ストレートで決まったシンデレラとは違い、王子様役は揉めに揉めた。
クラス内の投票によって決めた結果、僅差で光太郎君が王子様役に抜擢された。ちなみに第二候補は当然裕明君だった。やはり顔面偏差値はこの世の真理なのだろう。
しかしメインヒロインのアタシだけは例外で、その辺のジャガイモと同じモブ顔だ。大方クラス委員長という肩書だけでメインヒロインに選ばれたに決まっている。
その後はそこまで難航することなく、割とすんなりクラス全員の配役を決めることが出来た。ちなみに友梨奈ちゃんは魔女役、裕明君は絵本には登場しない第二王子役になった。
後は脚本をプロの人に書いてもらい、それぞれの役の台詞と演技を練習するだけだ。
モブ顔のメインヒロインだろうと、クラスの皆に任された以上はせめて最低限の役目を果たさなければと、アタシは心の中で気合を入れるのだった。
そして迎えた文化祭当日、アタシは初等部の体育館を改装した即席大ホールの舞台袖に隠れたまま、一面を覆う厚い垂れ幕を指で退けた隙間から観客席をそっと伺う。
会場は全席満員なうえに立ち見のお客さんも溢れ、今なお外からわんさか集まってきており、ギュウギュウの寿司詰め状態だ。
さらには少し見回しただけで、遠目ながらニュース等で見覚えのある著名人もダース単位で見つけてしまい、思わず心臓が飛び出る程に驚く。
「これ、中等部と高等部からも招待客が集まって来てるんじゃ…」
文化祭は小中高の学園全体で行われており、隣の校舎の中等部と高等部も初日は自分たちの大ホールでクラス毎の出し物を行う筈だ。しかし招待客は中等部と高等部には見向きもせずに、初等部の大ホールに次から次へと集まってきている。
そんな戦々恐々とするアタシの元に、子供ながらまるで中世の王子様のような綺羅びやかなマントを身に着け、片方は金、もう片方は銀を織り込まれた洋服を身にまとった、真逆の二人が平然と声をかけてくる。
「そのようだな。俺たち月の名家がいるからか?」
「それは違うんじゃない? 中等部と高等部にも月の関係者は何人かいるし」
「そうなの? じゃあ何でこんなに大勢が?」
アタシたちがアレコレ考えていると、黒一色の三角帽子とローブを身に着け、手には本物の宝石が埋め込まれた可愛らしい魔法のステッキを持った友梨奈ちゃんが、嬉しそうな顔で会話に参加してきた。
「それは勿論、智子ちゃんを一目見るためですわ」
「アタシを? 何で?」
世界的な月の名家とは違い、平民の小娘を見に来る価値があるとは思えない。そんなアタシの疑問に、友梨奈ちゃんは落ち着いて答えてくれた。
「朝倉家が月の三家と密接に関わっているのは公然の秘密。ですがそれ以上の情報を得ようとしても、わたくしたちが絶対に許しませんの。
そのため今日という日にわざわざ、朝倉家の娘を見に来たのですわ」
「なるほど。文化祭だから堂々と調査出来るんだね」
アタシなんか調べて、朝倉家と月の名家の関係調査に繋がるのだろうか。自分自身も何で月の三家に好かれているのか、まるでわかっていないのだ。
ちなみにお父さんとお母さんは急な仕事で忙しいので文化祭は不参加だが、彼女の言葉を聞いて、これは月の名家が秘密裏に手を回してくれたのだと理解出来た。
まだ納得が出来ないので軽く首を傾げていると、友梨奈ちゃんは嬉しそうに言葉を続ける。
「今回集まった人たちが、一体どれ程の驚きに包まれるのか。今から楽しみですわ」
「友梨奈ちゃん、それはどういう意味…っと、そろそろ開演だね。それじゃ皆、配置について! 焦らず落ち着いて、練習通りにやれば大丈夫だからね!」
クラスの皆に指示を出して、アタシは自分の役目を果たすために、幕が下りている間に舞台の中央に移動する。
既に本物そっくりの洋館の内装セットも配置されているので、みすぼらしく繕いだらけの平民の衣装を着たアタシと、家族役の子たちが揃えばいつでも始められる。
しかし一年一組なので、初日の一番手で大勢の前で出し物をしなければならず、度胸には自信のある自分でも少し緊張する。
委員長が弱気になってどうするとアタシは気持ちを切り替えて、人という字を手の平に書いて急いで飲み込み、皆に笑顔を向けて失敗してもアタシや他の子がフォローするからいつも通りにと、最後の励ましをかける。




