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4月 王子と魔王

 普段は体育の授業で使うホールを改装したのか、規則正しくパイプ椅子が並べられた会場に入った後、家族や付き添いと子供たちは別れて、新一年生は先生たちの指示に従い、空いているパイプ椅子に腰掛けてその場で待機する。

 しばらく所在なさげにキョロキョロ周囲を観察していると、次第に他の在校生や来賓もポツリポツリと会場内に集まって来た。


 友梨奈ちゃんは卯月おばさんと別れて心細いのか、アタシの左隣の席に腰掛けた後はこちらにチラチラと視線を送って来ている。

 自分は何年も通った学園なので、それ程緊張はせずに落ち着いたものである。取りあえず友達として、不安気にしている友梨奈ちゃんに、大丈夫だよと声をかけて手を軽く握ってあげると、嬉しそうに握り返した。


 卯月家の令嬢には近寄りがたく、パイプ椅子の数にかなり余裕のあるおかげか、アタシたち二人の周囲は空席になっていた。これなら知らない人から話しかけられないので、入学式が終わるまで気楽に過ごせる。

 しかし開会の時間が来るまで暇なので周りを見回してみると、新入生の中で人が集まっている場所が三つあった。


 一つ目はキラキラとまるでライトを浴びて光り輝いているかのような金髪のショートをなびかせ、常ににこやかな表情を崩すことのない美少年で、まるで絵本の中から飛び出したような王子様そのものだ。

 新入生だけでなく上級生や保護者もうっとりと見惚れたり、ひっきりなしに話しかけたりしている。

 前世では転校生に加担し、アタシとお嬢様を断罪した睦月光太郎むつきこうたろうだ。しかし今回はまだ何もしていない。


 二つ目は銀のくせっ毛で、どちらかと言うと野性的な雰囲気を感じる少年、弥生裕明やよいひろあき。金髪が王子なら、銀髪の彼は魔王だ。

 近寄りがたいのも無理はないと思うが、女子生徒にはそこがまたいい! …らしい。

 そんな彼は断罪事件のときは、一応転校生側に立っていたと思うが、アタシたちを追いやることにはそこまで積極的ではなかった。

 と言うか、アタシとお嬢様以外は全員敵という酷い状況だった。


 三つ目はアタシ…ではなく、友梨奈ちゃんだ。女のアタシから見ても超がつくほどの美少女なので、これで男子生徒からの視線が集まらないはずがないのだ。もう何年かすれば世界中から求婚されることになるのは、想像に難しくない。

 アタシたちの周りは空席になっているが、注目されているのは間違いない。


 その証拠にさっきから光太郎君と裕明君の視線がこちらに集中しているのだ。前回は友梨奈ちゃんの恋は報われなかったが、今の時期から好感度を稼いでいけば、今回はいけるかもしれない。

 もしそうなったら、友達として後押ししたいものだ。まあ自分はまともな恋愛経験なんて皆無なので、逆にアドバイスしてもらう立場なのだが。


 アタシはふと前髪が視界を遮ったので、無造作に軽く手で退けていると、こちらの様子をチラチラと伺っていた王子様が急に驚いたような表情をし、周りの女子生徒に断りを入れて、パイプ椅子から立ち上がる。

 それと同時に同じように友梨奈ちゃんを観察していた魔王様も乱暴に席を立ち、二人がこちらに向かって歩いてくる。先に声をかけたのは光太郎君のほうだった。それも卯月家の令嬢ではなく、何故かアタシにだ。


「こんにちは、僕は睦月光太郎って言うんだ。キミの名前を教えてもらっていいかな?」

「こんにちは、アタシの名前は朝倉だよ」

「ええと、朝倉さん…下の名前も教えてくれないかな?」


 正直気持ち悪いと思った。前に命令されて調査したので、アタシは光太郎君のことは多少は知っている。

 しかしこちらが知っているからと言っても、初対面の男性にいきなりフルネームを聞かれるのは、あまりいい気分はしなかった。

 アタシが子供らしからぬ感性を持っているだけかもしれないが、遠回しに名字だけ答えたのだからそこから察して欲しい。しかし小学一年生ではわからないだろうし、誤魔化さずに正直に答えてあげた。


「気持ち悪いから、睦月君には教えたくない」

「えぇ…! そっそんなぁ!」

「はははっ! 光太郎、お前嫌われたな! ざまあないぜ!」


 いつの間にかアタシの右隣の席に銀髪の魔王様、裕明君がドカッと腰を下ろしていた。そして背後には金髪の王子様である光太郎君が残念そうな顔で腰をかける。これでアタシは三方を囲まれてしまった。貧弱一般人が月の名家に包囲されて絶体絶命である。


「俺は弥生裕明だ。かたっ苦しいのは苦手だし、気楽に裕明と呼んでいいぜ」

「うん、よろしく。裕明君」


 正直なところ、常にニコニコして相手の裏を探るような人は苦手なので、これぐらいサバサバしてるほうが気楽に話せるので好感が持てる。そして裕明君は次に、友梨奈ちゃんのほうに視線を向ける。


「そっちの卯月は名家の付き合いで知ってるからいいとして、朝倉だっけ? お前の下の名前は何なんだ?」

「アタシ? アタシなんて名家でもない一般人だけど、そんなに気になるの?」


 こちらの返答に、裕明君はああ気になるなと、まるで挑発するように嬉しそうな表情でアタシを品定めする。


「朝倉智子だよ。色々あって友梨奈ちゃんのお友達をやることになったの。でもこの先、裕明君たちには一生関わろうとは思わないから。一応よろしくね」

「ええ、智子ちゃんはわたくしの一番の友達ですわ!」


 何が嬉しいのか、友梨奈ちゃんはまだ小さな胸を張って自慢気な顔で、二人にアタシを紹介している。

 友梨奈ちゃんは親孝行のためにも程々の友達付き合いを続けるとして、個人的に関わり合いになりたくない筆頭の光太郎君、あとは裕明君も名家の繋がりがありそうなので、全身全霊で疎遠になりにいく。


「ええっ! 智子ちゃんは本当に友梨奈の友達だったの!?」

「下の名前を呼んでいいなんて、アタシ…言わなかったよね?」

「ごっ…ごめん! 今まで会った女の子は皆、下の名前で呼んでって言われてたから!

 あの、僕も光太郎って呼んでいいから! この通り! 許してっ!」


 両手を合わせて必死に謝られると流石に少し悪い気がしてくる。

 あまり覚えていないが小学一年生の距離感というのは、こんなに近いのだろうか? 男性と女性の境が曖昧で、距離感はそれなりに近かったのは何となく覚えているのだけど。

 アタシは仕方ないと割り切って、ため息と一緒に答えも返す。


「いいよ。許可してあげる。でも本当に女の子に不自由してないんだね」

「えっ? そうかな。このぐらい普通じゃない?」

「そんなことしてると、いつか刺されるよ」


 返答の意味がわからないのか、頭上にハテナマークを浮かべている光太郎君は、やはり女の敵だと直感した。


「あの…刺されるってどういうこと?」

「帰ったらお父さんかお母さんに聞いてよ。ここで答えると、アタシまで刺されかねないから」

「あっうん、わかった。わからないけどわかったよ。ありがとう智子ちゃん」


 憧れの王子様が急に余所余所しく上の名前を呼び出したことで、ファンの女子生徒からの恨みを買うのは御免こうむる。そんな彼のニコニコスマイルが崩れたり、思いっきり取り乱す姿が面白いのか。続けて裕明君が話しかけてくる。


「それにしても、智子って色々知ってるんだな。他にも何か面白いこと知らないか?」

「あのさぁ…アタシは別におばあちゃんの知恵袋じゃないんだけど…」

「おばあちゃんの知恵袋? 何だそりゃ?」


 たとえ前世で二十年近い時間を過ごしているとしても、アタシが知っている知識なんて大したものではない。普通に生活していればいつの間にか身につく程度だ。しかしそんなアタシの話を、三人は始終興味深そうに聞いていた。

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