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8月 夏祭りの大通り

 八月中旬、アタシは地元の小さなお祭りではなく、全国的にも有名な夏祭りに顔を出すことが既に決まっていた。

 その日はすっかり顔なじみになった卯月家の運転手さんと、二台目の車でやって来た、社交界のときにお世話になったメイク技術の凄い人に、朝倉家で別邸の一室に引きずられるように連行され、化粧や着付けを念入りに行い強制的にシンデレラに変身させた後、勢いのままに運転手さんの車に押し込められて、気づいたら賑やかな祭りの会場の入り口に立っていた。


「ええと、屋形船は……あっちかな?」


 周囲を少し見回すだけで、色とりどりの飾り提灯や出店、大勢の観光客でごった返しているのがわかる。

 運転手さんが言うには、祭りの大通りから河川敷まで全て歩行者天国になっており、ずっと駐車するわけにはいかないので、少し離れた月の名家専用の駐車場に停めてくるとのこと。


 アタシが到着したことは既に連絡済みなので、大通りを数分も歩けば、花火大会の会場前で屋形船を護衛している誰かが気づいて、案内してくれるらしい。

 それでも不安なのか運転手さんは迎えを呼ぼうと気を利かせてくれたが、目的地までは近いし、せっかくのお祭りなので色々見て回りたいのでと、丁重のお断りさせてもらう。


 今回は歩いて行くことに決め、高級な借り物の浴衣の袖を軽く握り、同じく借り物の下駄でワクワクしながら一歩を踏み出すと、何故か見計らっていたように見知らぬ若い男性の三人組に声をかけられた。体格から見て高校生だろう。


「お嬢ちゃん、中学生かな? 可愛いね」

「一人なら俺たちと遊ばない? お祭りの楽しいことをいっぱい知ってるからさ」

「これは本当にレベル高いぜ。流石は都会の美少女って感じで、田舎の芋女とは段違いだぜ」


 アタシの出身地は周りは田んぼや畑、あとは山と川とポツポツと民家や商店が建っている程度のど田舎である。中心には大きな学園もあるが、それだけで都会かと言うと何か違う気がする。


 もう一度現実に意識を戻すと、目の前の三人組だけでなく、周囲の観光客の視線も集中しており、携帯のカメラで動画を取っている人も見かけた。

 それだけプロのメイク職人さんによって、お祭りの間だけの和風シンデレラに変身したアタシが珍しいのだろう。元の素材が平凡なためか、何となく動物園の客寄せパンダを連想してしまい、あまりいい気分にはなれなかった。


「声をかけるなんて正気ですか? アタシは小学一年生ですし、通報されますよ?」

「はっ? 嘘だろ? どう見ても中学生…いや、その胸囲と落ち着いた雰囲気なら、高校生だと言われても信じられるぜ」


 自分では実感しにくいものの、この所ますます発育が豊かになっているらしく、お母さんに寸法を測られて、普段着の上下だけでなく、ブラジャーやパンツ一式を数日前に買い替えたばかりだ。

 それに普段から年上の人には丁寧に対応しているせいで、どうにも年齢以上の落ち着きを感じるのか、初めて会話する人には学園内だとしても、中学生や高校生に間違えられてしまうことが多々ある。


「奥の屋形船で友達が待ってるんです。そろそろ失礼しますね」

「あそこの屋形船って月の名家の貸し切りだろ? 大金持ちでも招待状がなけりゃ、門前払いされるって聞くぜ?」

「さっきから誤魔化してばっかりだな。そんなに警戒しなくても、悪いようにはしないって」


 そう言って三人はヘラヘラ笑いながら少しずつ距離を詰めて来るので、アタシは思わず一歩下がってしまう。ここまで特殊メイクの効果があるとは思わなかったが、いくら何でも効き過ぎだ。

 地元のお祭でも何度かナンパはされたが、遠回しでも断ればアタシのボサ髪や容姿と地味な服装を馬鹿にした後、ツバを吐きながら去っていくのが普通だった。


「誤魔化してはいません。本当に友達が待っているのです」

「ふーん、いいぜ。それじゃもし友達が待ってなかったら、代わりに俺たちが遊んでやるよ」

「おっ、それいいな! そうと決まればさっさと行こうぜ!」


 こちらの意思は関係なく三人組は勝手に決めてアタシの手を取ろうとしたので、さっと身を引いて躱し、屋形船を目指して一目散に歩き始める。

 本当は大通りの屋台でB級グルメを買い食いしながら、都会のお祭りを一人でのんびり楽しむ予定だったのだが、軽薄そうな男たちと早く別れたかったので、計画変更で真っ直ぐに屋形船の停泊所に向かう。

 後ろから色々と話しかけてくる男たちと、周囲の視線、携帯のカメラ撮影の全てを無視して、ひたすら全速前進するのだ。


 出来れば人混みで後ろの三人を煙に巻きたかったが、何故かアタシの前方はまるでモーゼのように大勢の人集りが真っ二つに裂けて道を開けていく。

 結果、男たちは悠々と付いて来れたため、数分後には無事に停泊所のゲートに到着してしまった。


 停泊所の前には、紳士服を着こなした体格のいい護衛の人たちが、大型で汚れ一つない屋形船を中心にして、何十人と周辺を油断なく警戒していた。

 やがて近づいてくるアタシたちに気づいたのか、もっとも年配の護衛の一人がにこやかな笑みを浮かべながらゆっくりと歩み寄り、一礼をしてから優しく声をかけてきた。


「ようこそいらっしゃいました。お嬢様。卯月家、弥生家、睦月家の皆様が奥でお待ちです。

 お早いご到着に三家の当主様も奥様も、さぞお喜びでしょう。ところで、そちらの三人は?」


 ここに来て招待状を受け取ってなかったことに気づいたが、どうやら問題なく中に入れるようで、アタシはほっと胸を撫でおろしたが、次の瞬間アタシが屋台巡りをして到着は遅くなることを読まれていたのに気づき、花火が終わるまで適当にぶらついて時間を潰せばよかったと後悔する。


 しかし庶民の自分が顔パスで通行可能で、しかもお嬢様扱いされるなんて。きっと祭りの会場に到着後に、護衛の間で画像データで周知させたのだろう。

 既に月の名家、そして使用人や護衛の間にシンデレラのアタシだけでなく、プライベートも含めて幅広く知れ渡っているとは信じたくないので、絶対に前者だ。頼むからそうであって欲しいと、無意識に唇を噛みしめる。


「後ろの三人は…たまたま行き先が同じだっただけです。それでは皆さんご機嫌よう」


 年配の護衛の名家のお嬢様扱いに内心動揺しつつも、後ろの三人に社交辞令で軽く頭を下げて、平静を装いながら屋形船の渡り板を探していると、これ以上近寄ることは許さないとばかりに、ナンパ男とアタシの間に数名の護衛が自然な動きで割って入る。


「なんてこった。月の名家の友人なのは本当だったのか」

「そう言えば、あの子を動画で見たことをあったぜ」

「ああっ! もしかして謎の美少女ちゃんか! まさか本当に実在したとは…!」


 そんな中、後ろの三人組から聞こえてきた、自分の知らない間に独り歩きしているシンデレラの偶像に、内心だけでなく現実でも思わずズッコケそうになり、思わず振り向いて突っ込みまで入れてしまった。


「なっ謎の美少女ちゃん!? 何なんですかそれは!」

「憶測や本人だと言い張る人物は出たものの、そのどれもが的外れ。

 社交界の公式動画にのみ存在する、月の名家すら触れるのを躊躇うほどの、正体不明の超絶美少女のプリンセスだ。ちなみに国内だけでなく、世界中がそんな認識だぜ」

「うわぁ…そっちのアタシ、今はそんなことになってるんだ」


 噂が独り歩きするのは仕方ないが、それが尾びれや尻尾がついただけでなく、羽が生えたり炎を吐いたり、おまけに世界中で猛威を振るう現状を知り、頭が痛くなってしまう。


「と言うことはやっぱり本人? あのー…もしよろしければお名前のほうを…」

「お嬢様、そろそろ…」

「えっと…皆が待っているので、アタシはこの辺で失礼しますね!」


 道理でただ立っているだけでも、周囲からやたらと注目されてたわけだ。そんな中でまさか本物だとは思わなかったため、堂々と声をかけてきた三人組は、神経が図太いのか馬鹿なのか判断に困る。

 幸いなことに護衛の人の教育は行き届いているようで、アタシを朝倉智子とは一言も口にしていない。

 これはメイク職人の超絶技巧の賜物で、本当のアタシはボサ髪でファッションセンスがゼロの平凡な庶民だとバレたら、色んな意味で社会生命が終わってしまう。

 何より両親に多大な迷惑がかかりそうなので、自分からバラす真似は絶対にするわけにはいけない。

 ただし月の名家から発表する場合は、足掻くな…運命を受け入れろだ。


 後ろの三人が興奮気味にまだ何か言っているが、これ以上付き合うつもりはないので、アタシは護衛の人に先導されて屋形船へと続く渡り板の上を、川に落ちないように慎重に渡って行くのだった。

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