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8月 一泊旅行最終日

 次の日の朝は、いつの間にか友梨奈ちゃん、光太郎君、裕明君の三人がアタシを囲むように布団を敷いてスヤスヤ眠っていたので、目覚めたときに少し驚いた。

 名家ごとにきっちりコテージが分かれているので、アタシはそのどれにも属さない、一番小さな一人用のコテージで宿泊していたのだ。


「せっかくの機会だから両親と一緒に過ごすと思ってたけど、そっか。アタシだったかー」


 いつも通りに早く目が覚めたアタシは、皆を起こさないように気を使いながら入り口の扉を慎重に開けて、朝露で濡れた夏草を踏みしめながら外の洗い場まで顔を洗いに行くと、各家の料理人さんたちが朝食の準備のために、忙しく動き回っていた。


 アタシは邪魔をしたらマズイと思って、軽く会釈した後に一番遠い水場を使わせてもらい、両手で水をすくって簡単に顔を洗っていると、一人の料理人さんが土のついたジャガイモが入った籠を持って来て、隣の水場で洗いはじめ、何の前振りもなく話しかけてきた。


「智子ちゃんは朝早いんだね。いつもそうなの?」

「えっ!? ええと、…はい。朝の忙しいお母さんを手伝ったり、頭がスッキリしているときに、勉強や軽い運動をします」


 前の日に覚えたことを忘れてないかの確認とラジオ体操は、小学一年生のアタシにすっかり習慣化している。

 大人に対する丁寧な返答に、質問した料理人さんだけでなく、周りで聞き耳を立てていた他の料理人たちの間にもどよめきが広がった。


「小学一年生の智子ちゃんが早朝に勉強と運動? それと手伝いを?」

「はい、…何かマズイですか?」

「いや? むしろ納得したよ。名家の天才たちが友人扱いするわけだよ」


 アタシ自身、家事手伝いをする以外は普通の庶民のはずだが、何か感心する要素があったのだろうか。一瞬どよめいたものの流石にプロなのか、質問している料理人さん以外は、相変わらず聞き耳を立てたままだが、自分の仕事を集中してこなしている。


「智子ちゃん。これからも月の名家の方々の友人としてよろしく頼むよ」

「いえ、お世話されているのは、平凡な庶民であるアタシのほうですので。

 友人関係も向こうから縁を切られるまでは友人として接します。…一応」


 月の各家と縁を結びたい、友人関係になりたいと考える人は大勢いる。その中にはアタシ以上に相応しい人も、当然数多くいるだろう。

 アタシはいまだに自分がここまで気に入られている理由がわからなかった。目の前の料理人さんに聞けば教えてくれるだろうか。


「あの、何でアタシのような庶民が、月の名家の友人になれたんでしょうか?」

「はぁ? 智子ちゃんはわからないのか? そりゃ勿論…いや、口で説明するのは難しいな」


 何となく知っていそうな雰囲気だったが、料理人さんは口を開きかけて、何故かすぐに閉じてしまった。


「多分その辺りを全部をひっくるめて、智子ちゃんが魅力的だからだろう」

「アタシが魅力的ですか?」


 小学一年生のボサ髪庶民のアタシに、何の魅力があるのだろうか。今だって自分が何故これ程までに好かれているのかわからないと言うのに。


「もし智子ちゃんが名家と友になれた理由がわかったら、どうするつもりだい?」

「どうもしません。好かれる理由が気になったので、何となく質問しただけです」


 さっきから質問の答えがはっきりしないので、アタシはキョトンと小首をかしげてしまう。すると答えてくれた人だけでなく、周りの料理人さんたちも手を動かしながらも、堪えきれないとばかりにクスクスと笑い始めた。


「ぷぷっ! そう! まさにそういうところだよ! 知ろうが知るまいが何も変わらない!

 とっともかく、智子ちゃんもいつかは気づくだろうし、今は無理に知る必要はないんじゃないかな?」


「はぁ…何がそういうところかはわかりませんが、確かにいつか気づくのなら、今すぐ知る必要はなさそうです。

 それじゃ、皆さんお仕事頑張ってくださいね」

「ああ、智子ちゃんも頑張ってね。そうそう、あと三十分もすれば朝食が出来上がるよ」


 相変わらず先程の会話の何がウケたのかはわからないが、アタシが名家の友人に選ばれた理由が何であれ、それに頭の悪い自分が理由を知ってもどうにも出来ないし。行動を起こすつもりもない。


 何となくだけど、今の関係も悪くないと心の何処かでそう感じている自分がいるので、時が来れば自然に壊れる関係に、わざわざ亀裂を入れようと頑張ることもないだろう。アタシ一人の力で友人関係を壊せるかどうかは別として。

 ふと、苦労して名家との関係に小指の先程の亀裂を開けても、一瞬で修復される光景が脳裏に浮かんで、別の意味で悪寒が走ってしまった。


「まっ…まあいいや。取りあえず朝ご飯が楽しみだね」


 ひょっとしたら名家の友人枠から一生逃げられないのではという思考を強引に振り払い、早くも熱気を帯びた夏の朝日を全身に受けながら、自分のコテージに景色を楽しみながらのんびりと向かうのだった。








 昨日の夜が油物中心でカロリー高めだったので、朝は豆腐のお味噌汁、卵焼き、白米、後は殆どが昨日のバーベキューの食材の再利用といった、名家らしくない庶民の朝ご飯だった。

 もっとも、キャンプ場でこれだけの食事が出来るだけで、相当の豪華メニューなのだが。


「食材を無駄なく使い切る精神は素晴らしいな。家では一度加工した残りは使用人に回すが、それを自分が食べるのは新鮮な体験だ」

「これは昨日の豚肉か。ほう、生姜焼きにしたのか。なかなかいけるな」

「野菜の残りをソテーにしたのね。味付けも一工夫されていて、次の日でも美味しく食べられるわ」


 余りにも貧乏臭過ぎて苦情が出るかと思ったがそんなことはなく、大人も子供も和やかに食卓を囲んでいる。

 確かに食材から味付けまでプロの料理人という感じで、残り物とは思えない見事な出来栄えなので、胃袋からも太鼓判が押されている。

 今日の午後には帰るので昨夜の食材を持ち帰ってもいいが、荷物は少しでも減らしたいと考える貧乏性なのだ。









 朝食を食べ終わったアタシたちは山歩きの準備を整えた後、キャンプ場から少し歩いた先にある渓流を目指し、木々が鬱蒼と茂る中に舗装されて遊歩道を子供用リュックを背負った自分が先頭に立ち、その後ろに名家の家族、さらに各家の護衛、釣りや料理道具を大量に持った多くの使用人を引き連れて、本日の予定を話しながらのんびりと歩く。


「この先の渓流で釣ったお魚を、お昼のメインにする予定だよ」

「ああわかった。釣りの経験はあるから、お昼は期待していてくれ。

 しかしまさか、家族や友人と一緒に釣りをする日が来るとは思わなかった」


 すぐ近くを並んで歩いていた弥生おじさんが嬉しそうに声をかけてくるが、残念ながらアタシは多分不参加だ。


「家族や友人はともかく、アタシは多分釣らないよ?」

「しかし、智子ちゃんは川釣りの経験があるんだよな?」

「うん、アタシもちょっと釣りたいけど、時間が足りないから今回はパス。

 子供とおばさんたちは、少し上流にある滝を見に行くつもりだよ。

 特に小学一年生なんて、じっとしてるのが苦手だからね」


 弥生おじさんだけでなく、他のおじさんたちもガッカリしてるけどしょうがない。もう少し時間に余裕があれば、昨日の午後に釣りをして、今日は朝から皆でピクニックの予定も組めたのだ。


「一応釣りをしたい人と滝を見に行きたい人で班を分けるけど、皆釣りを選べばアタシも参加になるね。それじゃ…今からやりたい方に手を上げてもらうよ」


 ちょうど目の前に緑色が美しい渓流が広がったので、そこから河原まで降りて皆の希望を挙手をした結果、予想通りにこの場での釣りが大人の男性三人、滝を見に行くのが残りの子供とおばさんの全員で、アタシは案内役として上流の滝まで同行する。


「それじゃ、お昼ごろになったら戻ってくるよ」

「あっ…ああ、もちろん頑張って釣るけどな。…あはは」

「おじさんたちがボウズでも大丈夫なように、使用人さんたちにも釣ってもらうから、積もる話もあるだろうし、ゆっくり楽しんでよ。

 それと時間になったら料理に取りかかるように指示してあるから、アタシたちが時間までに戻らなくても、ちゃんと釣った魚を渡しておいてよね」


 言うべきことは全て言い終わったので、アタシは滝に向かう人数と持ち物の簡単な確認を行い、特に問題ないようなので軽く手を上げて、出発! と号令を出し、今来た道を少し戻り、遊歩道に沿って上流に向かって歩き出す。


 ちなみにおじさんたちの遊漁券は、釣りを行う人数分を購入するように指示し、既に所持しているはずなのだが、誰も身につけていない。

 と言うのも、いつもなら少なくとも常に何人かは釣り人がいるのだが、キャンプ場と同じように釣り場も貸し切っているのか、今日は監視員さんの姿も見えず、アタシたち以外の釣り人は誰もいないのだ。


「智子ちゃん、何か気になることでもあるのかしら?」

「んー…いやぁ。キャンプ場や釣り場を丸ごと貸し切るなんて、流石は名家だなって」


 夏の木漏れ日の中で輝く美しい金髪をなびかせながら、子供たちや友人と一緒のピクニックが楽しいのか、ニコニコしながら睦月おばさんが話しかけてくる。

 ちなみにアタシは家から持ってきた愛用の麦わら帽子、男の子二人は野球帽、おばさん二人は白色でツバの短めの帽子、友梨奈ちゃんはツバが少し長くリボンの付いたホワイトハットだ。釣り人の三人は黒、茶の二色の野球帽とサンシェードハットだった。きっと見た目も付け心地も最高級の帽子なのだろう。


「智子ちゃんが望みさえすれば、すぐに名家の仲間入りが出来るわよ?」

「遠慮するよ。アタシは皆と違って名家に相応しくないから、一生庶民でいいよ。社交界でも色々言われたしね」

「社交界の皆は、智子ちゃんに嫉妬してたのよ」


 枕木で舗装された遊歩道を皆のペースに合わせて歩きながら、睦月おばさんと七月の社交界を振り返ってみる。


「あー…やっぱり庶民の小娘が調子に乗るなって…」

「それもあるわね。でも一番の理由は、目を奪われる程の美しさよ」

「なるほど、名家のメイク技術は凄いね。見た目が平凡なアタシをシンデレラのように、華麗に飾り付けちゃうんだから」


 道端に落ちてるジャガイモ程度の容姿のアタシでも、美味しく料理できるメイク職人さんはやはり凄かった。


「うーん、何とも智子ちゃんらしい受け止め方ね。でも、そこが可愛いのよね」

「それって、アタシ褒められてるの?」

「勿論褒めてるわよ?」


 どうにも褒められているようには聞こえなかったが、悪気はなさそうなので一先ずは納得しておく。

 それからしばらくの間は、周囲の風景や山歩きの解説を交えながら、別に急ぐわけではないので、ゆったりとしたペースで今回の到達点である滝を目指して、傾斜の緩めな坂道を登っていく。


「はい、到着。ここが今回の目的地だよ」


 崖の上から流れる細く小さな滝から、少し離れた位置に建てられた木製の簡易的な休憩所は、普通なら落ち葉や小枝、野生動物のフン等で汚れているはずだが、今回は机や椅子だけでなく、屋根の上も含めて周囲は綺麗に掃除されていた。

 最初にアタシが適当な席に座った後に、皆に疲れただろうから後に続くように指示すると、今回も自分の近くの席から順番に埋まっていった。何となくそうなる気はしていた。


「なあ智子、遊歩道にはまだ先があるようだが、何処に繋がってるんだ?」

「そっちは山頂へのコースだね。この先は傾斜がキツくなって子供には辛いし。

 そこから渓流に戻ろうとすると、どうしてもお昼を過ぎちゃうから今回は行かないよ」


 裕明君の質問に答えたアタシは、子供用のリュックに入れておいた水筒から、暖かいほうじ茶をコップに注ぐ。

 そのまま静かに流れる目の前の細く小さな滝を見ながら一杯いただくと、山道を歩いて疲れた体にじんわりと染み渡る。

 皆もそれぞれの鞄やリュックや使用人を経由して、休憩所の机の上にお茶とお菓子を広げていく。

 少し離れた休息所でも、護衛や山登りの荷物を持った使用人が集まって、交代で疲れを取る。


「そっか。次は山頂まで行けるといいな」

「んー…そうだね」


 そんな機会があるかはわからないが、遊歩道の先を眺める裕明君に相槌を打つ。たとえ次の旅行をする前に友達関係が解消されても、その時は笑ってお別れしたいものだ。

 アタシはおばさんたちが机の上に広げた高級そうなクッキーを手にとって、一欠片ずつよく味わっていると、同じようにお菓子を食べていた光太郎君が、唐突に話題を振ってきた。


「そう言えば、もうすぐ夏祭りだね」

「ええと、来週末だっけ?」

「そうそう。綺麗な打ち上げ花火を河川敷であげるんだよね。僕たちや他の名家は、毎年屋形船に乗って特等席で眺めるんだよ」


 光太郎君の話を聞いて、アタシは何か違うなと思った。確かに地元のお祭は来週末に行われるが、花火は夜空に大輪の花が咲くのではなく、打ち上げの号砲なので綺麗な花は咲かずに、白い煙がポンポンと広がるだけだ。

 そもそも花火が打ち上げられる場所は広い河川敷ではなく、小さな神社の近くの空き地で行われるので全然違う。

 そんなアタシの疑問に気づかずに光太郎君だけでなく、友梨奈ちゃんと裕明君も楽しそうに会話に混じってくる。


「智子ちゃんもお祭りに来てたのですわね。でしたら、わたくしたちと一緒に屋形船に乗って、綺麗な花火を眺めるのはいかがですの?」

「そうだな。退屈な名家の集まりと違って、智子と一緒のほうが何倍、いや何十倍も祭りを楽しくなるぜ」


 いつの間にか三人だけでなく、おばさん二人も自分の参加が決定事項のようになっており、今からアタシの分の追加の浴衣や他の名家の報告をどうするかと、楽しそうに計画を練っている。


「ええと、それって市のお祭りだよね?」

「ええ、そうですわよ。市の中心で行われて、お神輿や打ち上げ花火が有名な、国内有数の大きなお祭りですわ」

「アタシが来週末って言ったのは地元のお祭だから。市のお祭りはよく知らないし、一度も行ったことがないの…ごめん」


 アタシの申し訳なさそうな返答を聞いて、滝から流れ落ちる水しぶきとは関係なく、夏なのに場の空気がひんやりとした気がした。

 地元のお祭は両親に連れられて行ったり、一人でも何度か顔を出しているので、前世も含めてある程度の知識はある。しかし市のほうはテレビのニュース等で漠然と知っているぐらいで、実際に見に行ったことは一度もない。

 しかし皆の動きが止まったのはほんの一瞬で、すぐに卯月おばさんがそっとアタシの手を握ると、優しく語りかけてきた。


「だったら、今年は市のお祭りに参加してみるというのはどうかしら? 送迎はこちらでするから大丈夫よ」

「でも迷惑なんじゃ。それに名家との付き合いはよくわからないし」

「そんなの気にしないで、純粋にお祭りを楽しめばいいのよ。智子ちゃんは私たちの大切なお友達ですもの、周りに文句は言わせないわ」


 子供たち三人はアタシをやたらと過大評価しているが、それでもお互いにお友達だと思っている。しかし月の名家の大人たちも皆、アタシをお友達…しかも大切なと強調する程に好かれていた。

 いつの間に特別な立場になったのかは不明だが、ここでアタシがいくら否定しても月の名家のズッ友の運命からは逃げられないので、今は黙って受け入れる。


「じゃあ、来週末は一緒にお祭りを楽しむということでいいわね?」

「わかったよ。でも繰り返すけど…」

「ええ、理解しているわ。智子ちゃんにはそういった面倒な輩は近寄らせないから、好きに楽しんでちょうだい」


 自信満々の卯月おばさんに軽くため息を吐き、結局来週のお祭りには参加ということになった。

 市の大きなお祭りには前から興味があったし、アタシが行くことで皆が喜んでくれるなら、それもいいかなと思う。

 何より往復の送迎が無料なので、小学一年生のお小遣いを使わずに済むのが嬉しい。勿論まだ懸念は残っているが、アタシがいくら案じたところで解決策は出てこないので、来週末のお祭りを全力で楽しむことに決める。


「それじゃ、そろそろ荷物を片付けて帰るよ。今から向かえば昼の少し前には、おじさんたちの釣り場に到着するはずだから」


 そう言ってアタシは机の上に置いた水筒を再び子供用リュックに収納し、チャックを閉めて中の荷物が落ちないようにする。そのまま椅子から離れ、伸びをして軽く体をほぐす。

 他の皆もアタシの指示通りに荷物をリュックや鞄に戻して、すぐに準備が整った。


「それじゃ、出発進行ー!」


 アタシの号令に護衛や使用人も含めた皆が楽しそうに歩き出し、滝の前の休憩所から元来た遊歩道を緩やかに下り、予定通りの時間に渓流の釣り場に戻って来たのだった。


 それからのアタシたちは、おじさんたちが釣り上げたイワナをキャンプ場まで持ち帰り、内蔵処理をきちんとした後に、塩焼き、円揚げ、甘辛煮等にしてもらった。

 料理人さんたちがもう少し時間があれば色々と工夫を凝らして作れたと悔しがっていたが、おじさんたちが釣った魚なので、皆とても美味しそうに食べており、ご飯を何杯もおかわりしていた。


 アタシも一つも不味いものはなく、揚げ物に関しては骨まで全部いただけた。そして当主さんたちは皆ボウズにならずに、イワナを何匹も釣り上げられたとのことで、楽しげに食卓を囲みながら、誰が何匹釣ったとか、自分の方が大きかったと自慢げに話していた。


 途中でアタシが来週のお祭りに顔を出す話に変わると、賑やかな食事が一層盛り上がった。確かに二回目以降の社交界は断っていたけど、そこまで期待されていたとは思わなかった。それでも嫌なものはやっぱり嫌だけど。

 今回は上流階級との堅苦しいお付き合いは気にしなくてもいいとのとこなので、市のお祭りを楽しむために参加するのだ。


 和やかな雰囲気のまま昼飯が終了し、食後のティータイムでのんびりしていると、これからどうするのかと聞かされたので、アタシは片付けて帰ることを、一にも二にもなく皆に告げる。

 てっきり時間ギリギリまで遊ぶものだと思っていたようで、かなり驚かれたが、何泊もするなら別だが、午前中ずっと動き続けると午後には疲れ果てて旅行を楽しむどころではなくなるので、余裕のある今のうちに帰り支度をするのだと、自分ルールを押し通した。


 自分が疲れていることに気づかずに怪我をしても面白くないし、昼から遊べなかったことは、また次回の楽しみにすればいいので、各自撤収準備にかかるようにと、さらに強めの口調で告げると、それもそうかと皆は前向きになり、三十分程で荷物を全て車に積み終わり、帰り支度が完了した。


 行きと同じ山道を送迎の車に乗って、全く揺れを感じずに山の景色を眺めていたアタシは、いつの間にか眠っていたらしく、気づいたら朝倉家の玄関の前に、アタシを乗せた車が停車していた。

 どうやら一泊旅行の幹事として役目が無事に終わったことで、疲れが一気に出て寝入ってしまったらしい。


 アタシは眠い目を擦りながら車から降りて地面に足をつけて、皆にさようならとお別れを言い、迎えに来たお母さんに手を引かれながら玄関の扉を開けた後にもう一度振り返ると、何故か別れたはずの皆は朝倉家の別邸に、吸い込まれるように消えていった。





 彼らは朝倉家の別邸で我が家のようにくつろぎながらお母さんの晩ご飯を食べて一泊し、そして次の日の洗濯掃除と酔っぱらいの介護を全てアタシが行い、お母さんのお手伝いをして作った朝ご飯も美味しくいただいた後、ようやくそれぞれの実家へと帰っていったのだった。


 今回の件を振り返って、月の名家の全員が朝倉家に滞在する時間が明らかに増えており、常に月の誰かが滞在する日も近いのでは?

 もしそうなれば必然的にアタシがお世話係をやることになり、それがもはや避けられない未来な気がして冷や汗をかくのだった。


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