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8月 一泊旅行初日

 宿泊予約をしたコテージに付いたのは、既に午後四時を過ぎていた。そして今回は大勢の使用人とボティガードを連れて来たため、キャンプ場を丸ごと貸し切ることとなった。

 一泊するためにそこまでの手間とお金をかけるのは名家を、別に羨ましくは思わないないものの、徹底してるなと感心してしまう。

 送ってもらった卯月家の運転手さんにお礼を言って車を降りて辺りを見回すと、何となく見覚えのある景色が夕日に染まっているのを感じて、妙に懐かしくなった。


 自分の宿泊コテージに荷物を置いた後、大自然の中で大きく深呼吸をするアタシに、道中同じ車に乗っており、暖かく見守っていた卯月おばさんが、そっと声をかけてきた。


「それで智子ちゃん、これから何をするのかしら?」

「えっ? 予定を組んでなかったんですか?」

「今までの旅行なら綿密なスケジュールを、それこそ分刻みで決めていたわ。

 でも今回はノープランよ。そうね…正直に言えば智子ちゃん任せかしら?」


 そんな話は聞いていなかった。宿泊地の予約からゴミ掃除までの計画が練られていたため、てっきり予め全てを決めていたのだと思っていた。

 しかし名家の旅行の幹事を小学一年生に任せるとか、無茶振りにも程がある。


 もし断ったとしても怒らないだろうが、皆は今回の旅行をとても楽しみにしていたので、がっかりするのは間違いない。せめて自然に遠ざかるまでは仲のいい友達同士でいようと決めたばかりなのに、これはマズイ。


「わかりました。でも全てのプランが庶民のアタシ流になるので、それでも良ければ」

「ええ、皆も合意の上よ。智子ちゃん、よろしく頼むわね」


 躊躇うことなくポンと許可を出したが、アタシの何をそこまで信頼してくれているのかまるでわからない。

 しかしこうして幹事に任命されてしまった以上、最善を尽くすしかない。自分には分刻みのスケジュール管理なんて無理なので、大体こんな感じでと使用人さんたちにアバウトな指示しか出せない。


「取りあえずノートとペンを貸してください」

「そこの貴方、智子ちゃんノートとペンをお願い」


 卯月おばさんが近くに待機していた何処かの家の使用人の一人に声をかけて、アタシのために一冊のノートとシャープペンを用意してくれた。

 そのままキャンプ場の屋外調理場の机の上に広げて、アタシが思いつく限りの今回の旅行の楽しみ方を、簡単に走り書きしていく。


「なかなかたくさん出たわね。それ全部考えていたの?」

「まあ、…アタシも楽しみでしたから」

「ああ! 智子ちゃんは本当に可愛いわ!」


 照れて頬を染めたアタシに、急に両手を回してギュッと抱きついてきたので、思わずグエッと小さく悲鳴をあげてしまった。

 卯月おばさんは家族と一緒ではなく、アタシの側にいていいのだろうか…と考えていると、何やら他の名家の家族もぞろぞろと集まってきていた。


「智子、何をするか決まったか?」

「まだだよ。取りあえずやりたいことは書き終わったけどね」

「えっ…こんなに出来ることがあるのか? 当然全部やるんだろう?」


 裕明君がアタシが走り書きしたノートを横から覗き見るが、流石に全部を消化するのは不可能だ。と言うか、皆距離が近い。そんなにアタシのノートの内容が気になるのだろうか。


「夜の山道は危ないから、遅くとも明日の夕方にはここを出たいんだよ。

 だから今から全部のイベントを消化するには、時間が全然足りないの」

「はぁ…そっか。親父たちが二日酔いしてなければな」

「いやいや、おじさんたちが酔ってなくても全部は無理だからね」


 わざわざフォローするつもりはなかったが、事実なので一応言葉にしておく。それでも当主たちを見る皆の目は少し冷たく、彼らはバツが悪そうに顔を背けていた。

 その間に消化出来なさそうな計画には、サッサッと、横線を入れて消していく。


「取りあえず今から出来ることをやっていくよ。まずは今日明日の食事の準備を今のうちからやってもらいたいから、ええと…誰か」

「俺が協力するぜ。それで何をすればいいんだ?」


「この紙を料理人で一番偉い人に渡してきてよ。足りない食材もあるかもしれないし、色々と下準備も必要だからね。

 あとはわからないことは、アタシに聞いてくれればいいから。まあ一流の専属料理人だから、必要ないと思うけどね」


 そう言ってアタシがノートの切れ端を裕明君に手渡すと、嬉しそうに偉い料理人さんの元に走っていった。


「智子ちゃん! わたくしは? わたくしには何かありますの?」

「友梨奈ちゃんには、こっちの紙をキャンプ場を取り仕切ってる使用人さんに渡してきてよ。イベントに使う道具が一つでも足りないと困るからね」

「わかりましたわ! それでは行ってきますわ!」


 アタシがノートの切れ端を渡すやいなや、風のように走り去っていく友梨奈ちゃんを見送りながら、次は光太郎君に視線を移すと、彼も何かワクワクしたような表情でこちらを見ていた。


「僕には何? どんな役目でも果たして見せるよ!」

「こっちの紙をお願い。使用人さんたち全員に指示を出せる人に渡して来て。

 今日明日の大まかな予定が書かれているから、あとは料理と備品は先に渡したことを一緒に伝えておいてね」

「了解したよ! それじゃちょっと待っててね!」


 これで全てのイベントが動き出した。わざわざキャンプ場に連れてくるぐらいなので、皆優秀な使用人なのだろう。ならばアタシは大まかな指示を出すだけで、あとは全てを完璧に実行してくれる。

 やっと肩の荷が下りたので、ノートを閉じて手足を軽くほぐしていると、卯月おばさんが声をかけてきた。


「智子ちゃん、私には何かないのかしら?」

「えっ? もうありませんよ。使用人さんたちの準備が整うまで、しばらくは待機です。

 皆さん優秀でしょうし、全部お任せで最終日まで進めますよ」

「ええー! 私も智子ちゃんの役に立てる充実感を噛み締めたかったのにー!」


 冗談を口にしながら頬を膨らませて不満気な顔をする卯月おばさんは、若くて可愛らしく、とても一児の母には見えなかった。軽くため息を吐いて辺りを見回すと、他の大人たちも皆、不満気な表情でこちらを見ていた。

 もしかして冗談ではなく本気なのでは? と、一瞬脳裏をかすめたが、同い年ならまだしも、月の名家の方々を顎で使うわけにはいかない。


「卯月おばさんは冗談が上手いですね。じゃあアタシの肩を……いえ、何でもないです」

「肩を揉むんじゃないの? 智子ちゃんのためなら、肩ぐらい喜んで揉んであげるわよ?」

「いえ、何もしなくていいです。名家の方々を顎で使うなんて大それたことは、庶民のアタシにはとても出来ません。どう考えても命令される立場ですから」


 はぁ…と重く息を吐いてアタシは自分の肩をポンポンと叩くが、卯月おばさんは目の前で両手をワキワキとしており、どうやら本気でアタシの肩を揉んでくれるつもりだったようだ。


「智子ちゃんに命令なんて出来ないわ。はぁ…友梨奈には仕事を頼んでくれたのに」

「友梨奈ちゃんにお願いしたのは、アタシと同じ小学一年生でお友達だからです。明らかな目上の人には、頼み事でもそう簡単には出来ません」


 理詰めで説得しているものの、卯月おばさんはなかなか追及の手を緩めてくれない。それに、名家の方々もこちらにジリジリと近づいて、確実に距離を詰めているので妙に怖い。


「私たちと智子ちゃんは、お友達ではなかったのかしら?」

「はい、残念ながら」

「では、子供たちと同じようにお友達になりましょう。私たちのお願い、聞いてくれるかしら?」


 これは断れないお願いだ。たとえアタシが卯月おばさんのお友達をお断りした所で、同じことを名家の大人全員にもしなければいけない。そんな辛い圧迫面接を行うぐらいなら、後先がどうなろうと自分が楽なほうに全力で逃げ出すべきだ。


「わかりました。ただしお互いにお友達として接するのは、今回のような特別な場所のみで願いします」

「ええ、朝倉家と智子ちゃんには迷惑はかけないわ。それじゃ、まずは他人行儀な言葉を止めてちょうだい。

 何だか余所余所しくて、嫌われてるんじゃないかと心配だわ。出来ればそうね。友梨奈と会話するように、実の母親のように砕けた感じで」


 さらっとハードル高めを要求してきた。ようは素のアタシを見せろということだろう。

 大人相手でも結構な頻度で崩れていたため、友梨奈ちゃんたちとの会話以外でもとっくにバレているだろうが、いくら猪突猛進のアタシでも、この壁を壊すのはなかなか勇気がいる。


「わかりま…いや、わかったよ。これでいい? 卯月おばさん」

「ああもうっ! 完璧よ! そう、今日から卯月智子ちゃんと名乗ってもいいぐらいよ!」

「絶対に嫌だよ!」


 卯月おばさんの目的はわからないけど、アタシをどうしても養子にしたいようだ。

 それとは別に名家の方々とお友達になった以上は、もはや遠慮する必要はない。もし嫌われたらその時はその時で、平凡な庶民の朝倉智子として今まで通りに生きていくだけだ。

 そちらから言い出したのだから、もし不興を買って友達付き合いを解消されても、その後にわざわざ報復したりはしないだろう。


「ああこれよこれ! いつも友梨奈が智子ちゃんと仲良くしてたから、ずっと羨ましく思ってたのよ!」

「アタシはちっとも羨ましくないんだけど?」


 月の名家に友達認定されて早くも疲れてきたアタシは、どうにか状況を変えられないものかと周囲を見回すと、先程お使いをお願いした三人が戻ってくるのが見えた。


「ただいまですわ! あらお母様、嬉しそうですが、どうしましたの?」

「聞いてちょうだい友梨奈! 私たち、とうとう智子ちゃんとお友達になれたのよ!」

「まあ、それはよかったですわ!」


 余計に状況が悪化した。取りあえず今は一時の気の迷いで状況はすぐに落ち着くだろうと気持ちを切り替えたアタシは、首尾はどうだったのかと三人に声をかけた。


「食材や調理器具に問題はなく、すぐに準備に取りかかるとのことですわ」

「こっちはいくつか備品を補充しに数人離れたが、概ね問題ないぜ」

「僕のほうも、最後まで滞りなく進められるそうだよ」


 これ以上の友達コールを回避するべく、アタシは両手をパンパンと叩きながらこれからの行動を皆に話す。


「はい注目ー。これからバーベキューをするよー。質問がある人は手を上げてー」

「智子、バーベキューってあれだろ? 肉を焼いて食べるだけの簡単な料理。

 せっかく料理人も連れて来てるのに、何でバーベキューなんだ?」


 裕明君が手を上げたので、アタシはビシッと指差して発言を許した。いい着眼点だと褒めてあげたいぐらいだ。

 当然他の皆も疑問に思っているだろうし、説明を求められた以上は勿体ぶらずに素直に答える。


「まず一つ目の答えだけど、バーベキューは簡単な料理じゃないよ」

「えっ? だって食材をただ焼くだけだろう?」

「じゃあ、どうやって焼くの?」

「どうやって焼くか? そんなのIHかガスコンロで………ああっ!」


 普段から自分で料理をしていればすぐに気づくのだろうが、基本的に他人任せなため、気づくのに少し時間がかかった。

 と言うよりも、今回も料理人に全てを任せるつもりだったのだろう。確かにアタシもせっかく連れてきたのだから、使わないと損だと思う。


「キャンプ場では薪か炭で焼くんだよ。そして今回は自分たちで火を起こしてもらうよ」

「俺たちで? 料理人は使わないのか?」

「そっちはそっちで使わせてもらうよ。食材の調達や切り分け、それとバーベキューソース作りにね」


 一応火がつかなかった場合に備えて、予備の焼台も火をつけた状態で用意してもらうが、そちらは失敗するまで伝えるつもりはない。

 少しぐらい緊張感があったほうが、成功した時の喜びも大きくなるのだ。


「つまり、自分たちのバーベキューは自分たちの力で確保しろってことか」

「そうだよ。とにかく皆で協力して頑張ってみてよ。せっかく他人の目がないんだから、こういう時ぐらい普段出来ない楽しみ方をしないとね」


 …と、もっともらしいことを言ったが、実のところ庶民的なキャンプのやり方しか知らない辻褄合わせだが、嘘はついてないので、そこまでは説明しない。

 アタシを幹事に選んだのは向こうなので、その程度のことは当然織り込み済みだろう。


「智子…お前そこまで考えて…!」

「はーい、説明終わり! そろそろバーベキューの準備に取り掛からないと、火を起こす前に日が暮れちゃうよ! あとはやりながら教えるからテキパキ動こうねー!」

「おう、任せておけ! 絶対に美味いバーベキューを焼いて、智子に食わせてやるぜ!」


 何やら妙に楽しげな雰囲気となり、しかも気合まで入っているので、またアタシのことを過大評価しているんだろうなと思いながらも、使用人さんたちが用意してくれた積み上げられた炭と、火のついてないバーベキュー台に案内する。


 万が一のトラブルに即時に対処するためか、各家の精鋭の使用人さんたちが少し離れた位置で周囲を警戒しながら、水の入ったバケツや消化器を片手に、じっとこちらの様子を窺っている。

 彼らはきっと優秀な護衛なのだろう。一応失敗したときの指示を済ませてあるが、それにしてはアタシの一挙手一投足を監視されているようで落ち着かない。しかし気にしても仕方がないので、ここは無視することにする。

 それとは別に、料理人さんたちはこの場からは見えない位置で、予備の焼台でいつでも食材が焼ける状態で待機してもらっているので、夜になっても火がつかない場合のフォローも整っている。


「まずはアタシが手本を見せるから、しっかり見て覚えるように」


 三台置いてあるうちの蓋を取り外した焼台の一つに、もっとも近くのホームセンターで購入した炭を、大きなトングで掴んでは小さい順にテキパキと並べ、続いて着火剤とその辺りで調達した枯れ枝を隙間に突っ込み、最後にカセットガスボンベをセットした携帯用のバーナーで一気に着火させる。

 仕上げに火種が安定してきたら、少しずつ大きめの炭を足しながら団扇で扇いで完了だ。


「こんな感じで火をつけるんだけど、何か質問は? はい、光太郎君」

「あの…普通の炭火は、マッチやライターで落ち葉から徐々に火を移すんじゃないのかな?」


 光太郎君の言うことは一理ある。キャンプ場で文明の利器を極力使わずに、自然に近い形でバーベキューを楽しみたいのならば、そういうのもありだろう。


「確かにテレビでよくやっているのは、少しずつ種火を大きくして炭に火をつけるやり方だけど。

 初心者がいきなり難しいほうに挑戦しても、確実に失敗するよ」


 ホームセンターの安物の炭では普通に火をつけるのも一苦労だ。着火剤を用いたとしても、先に種火のほうが消えかねない。しかし今回は最初からガスバーナーで確実に成功させるので、安物でも問題ない。


「だったら少しズルいけど手順を簡略化して一連の流れを知って、次の機会のために段々ステップアップしたほうがいいでしょう?

 何よりまずは自分たちだけで炭に火をつけたんだって、達成感を知ってもらいたかったんだよ」


 それに暗闇の中でいつまでもつかない種火を見守るのは、精神的にかなりの苦行なのだ。

 いきなり挫折するような高難度クエストに挑戦させるわけにはいかない。しかし目の前の皆は天才なので難なく成功させるかもしれないが、そこまで付き合うつもりはない。

 次回はアタシの見ていない所で、自分たちだけで自由にアウドドアを楽しめばいいのだ。


「それじゃ残りの二台の焼台に、今アタシがやったように火をつけてみようか」


 最初はアタシの指示に半信半疑という感じで皆の動きもぎこちなかったが、手本に習って一台目の焼台の炭火を安定させると、開放的な自然の雰囲気がそうさせるのか、段々と楽しくなってきたようで、二台目は手際よくあっという間に炭火をつけ終わってしまう。


「それじゃ着火も終わったようなので、次は専用の鉄網を乗せます。三枚あるので火傷に気をつけて、厚手の手袋をつけてから持ってね。じゃあ各家の当主さん」

「ああ、了解した。たまにはこうして体を動かすのはいいな」

「確かに、人に使われる立場というのも、新鮮な感じだ」

「しかし上が智子ちゃんだからいいが。無能な上司だと悲惨だぞ。この間の支社の視察の時なんか…」


 バーベキューの準備が進むうちに、日も落ちてきて薄暗いせいか誰が誰か見分けがつきにくいが、今回の貴重な肉体労働担当である各家の当主さんは、上に立つ者特有の愚痴を溢しながら、テキパキと焼台の設置を完了する。


 その間に自分たちに何かやることはないかと、奥さんと子供たちが声をかけてきたので、本当は使用人さんに運んできてもらう予定だったが、いい機会なので切り分けた食材とソースの各種、あとは紙皿と紙コップや飲み物等を取りに行ってもらう。

 あらかじめ下準備が済んでいたため、運んでもらった飲み物や食材は近くの木のテーブルに広げ、パチパチと火花を飛ばす、焼台の炭火の明かりの前に、皆を再び呼び集める。


「皆の協力のおかげで無事にバーベキューの準備が整ったよ。ありがとうね。

 あとはテーブルの上に広げた食材をそれぞれが好きに焼いて、各種ソースをつけて食べるだけだよ。

 一応飲み物はアルコール系もあるけど、くれぐれも明日に支障が出ない程度に押さえてね」


 まずは皆に紙コップに何でもいいので一杯飲み物を注ぐように指示したあと、二日酔いのことでアタシが釘を刺すと、当事者たちはバツが悪そうに視線をそらしたり、髪をポリポリとかいていた。

 しかし皆の表情が明るかったので、キャンプ初日はまずまずの手応えを感じた。流石に今回は使用人たちの目もあるので、多少は自重するだろう。


「この先は好きに飲み食いして、共同浴場に入ったり、明日に備えて寝たり、自由にしていいよ。でも食材の生焼けや火傷には気をつけてね。

 食材等の後片付けや火の始末は、使用人さんたちが責任を持ってやってくれるらしいから。

 以上でアタシの説明は終わり! それじゃ…乾杯ー!」


 自分の紙コップを高く掲げて注いだ烏龍茶を一口飲むと、皆もアタシに習って同じように飲み物を口にする。

 次に一応説明は終わったものの、今いる大人も子供もバーベキューの経験はあまりなさそうなので、まずはアタシが率先して肉や野菜を並べては、焼きあがった物から特性ソースにつけて食べていく。


「食材を焼いただけですのに、どれもすごく美味しいですわね!」

「ほうだね。ひょくじゃいがいいからなのかな」


 アタシは折りたたみ椅子に腰掛けながら、焼きたてのジャガイモを頬張り、ハフハフと忙しく空気を送って熱さを誤魔化しながら喋っているので、上手くろれつが回らない。

 隣でフーフーしながら食べている友梨奈ちゃんは、とても幸せそうに小さな肉をかじっている。

 大人は大人のみ、子供は子供のみと自然に集まるようで、三台の焼台を皆が囲み和やかに談笑している。


「智子、肉焼けたから取ってやるよ。どれにする?」

「ありがとう裕明君。じゃあこの小さいので」

「智子ちゃん、この玉ねぎは家の新しく開拓した、農園の物なんだ」

「そうなんだ。光太郎君の家は色々やってるんだね」


 何故かアタシがどれだけ食べても、男子二人が追加の食材を次々とお皿に乗せてくるため、自分のお腹に限界が訪れるのはかなり早かった。


「ごっ…ごめん。アタシもう限界かも」


 善意で食材を取ってくれたのでどうにも断りにくく、結局限界まで食べ続けてしまった。それでもリバースだけは何とか耐えたので、アタシは折りたたみ椅子から立ち上がる。


「お付き合いしますわ」

「大丈夫だよ。アタシはお風呂に入って先に休むから、皆は気にせず楽しんでよ。それじゃ、また明日ね」


 お休みなさいの挨拶をしてから、背を向けてアタシの寝泊まりするコテージに向かって、夏の夜の少し蒸し暑い風を感じながら、景色を眺めてのんびりと歩く。

 入り口に着いたらポケットから鍵を取り出して扉を開けて、到着時に置いておいた荷物から着替えとタオルを持って、今度は公共浴場を目指す。


 コテージが並んでいる場所からは割りと近く、数分もかからず到着する。

 アタシは女湯と書かれた入り口の暖簾をくぐり、脱衣所の籠に汗を吸った夏服を入れると、タオルを持って曇りガラスの引き戸をガラガラと開ける。当然のように誰も入浴しておらず、中にいるのはアタシ一人だった。


「コテージもそうだったけど、お風呂もまるで新築みたいに綺麗…これはやっぱり」


 確かに旅行の計画を練る時に、各家の当主がゴミ掃除と言っていたが、ここまで徹底しているとは思わなかった。森の中は枝葉が落ちているものの、道端や広場にはどこもゴミ一つ落ちていなかった。


 風呂イスに腰掛けて、シャワーを軽く浴び、ボディソープを染み込ませたスポンジで全身を簡単に洗いながら、明日は予定を頭の中で軽く整理していく。

 その後は取りあえず洗い終わったので、シャワーで洗剤を洗い流し、転ばないように気をつけてゆっくりとタイルの上を歩き、大きな湯船に浸かる前に指を入れて、温度を確かめてから入浴する。


「ちょうどいい温度で良かったよ」


 大浴場にざぶんと浸かると、アタシ一人の貸し切り状態にワクワクしてしまう。流石に泳いだりはしないが、何となく落ち着かずに壁際までザブザブとお湯をかき分けながら歩き、そのまま肩まで沈めて今日一日の疲れを取る。


「うん、アタシはアタシだね」


 思えばここ最近、こうして一人になって落ち着いた時間を過ごしたことは、殆どなかった気がする。

 今も前世を思い出しているが、そのどれもが昔熱中した映画をもう一度鑑賞する感じで、気分が悪くなったり取り乱したりせず、冷静に対処出来ている。

 これも三人の友達のおかげだ。しかし子供時代が終われば名家と庶民、天才と凡人の差が開き、アタシと離れて身分相応の人たちと付き合って行くだろうが、それまでは一緒に居たいと思ってしまう。最初はただただ面倒だと感じていたのに、変われば変わるものだ。


 しかし大人たちも、アタシと友達となりたいと言っていたが、こちらはただの気の迷いだろうし、数日もすれば向こうが忘れるだろう。

 もし子供たちとの友達付き合いが終わったとしても、もう大丈夫だ。二度と過去の自分に飲み込まれたりはしない。完全に混じり合ったアタシが言うのだから、これは確かだろう。


「それじゃ、キャンプは明日の昼過ぎまであるし、今日は早めに寝よう」


 考え事が一段落したのでお湯からゆっくりと立ち上がり、のぼせる前に浴室から脱衣所に移動し、タオルで念入りに体を拭いてから新しい着替えを身につけ、そのまま火照った体を夏の夜風で冷ます。

 そのまま寄り道せずに一足先に自分のコテージに帰り、自分のベッドとは違う布団に潜り込んだのだった。

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