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4月 しかし回り込まれてしまった!

 アタシが今日から通う私立学園は、周りに田畑が広がる田舎の小高い丘の上に、初等部、中等部、高等部の三つの校舎が隣り合うように建てれており、一度入学してしまえばエスカレーター式に進学出来る。


 さらに学業、スポーツ共に全国に轟く名門校であり、最新のセキュリティー、金に物を言わせた各種設備、といった様々な物を兼ね備えている。欠点は高いレベルの授業に付いていくのが大変で、学費もそれ相応に高いことだ。


 そして学園のすぐ近くにあるものと言えば、田んぼや畑、それ以外はまばらな民家か商店ぐらいしか存在しない。何でも防犯、警護、環境、利権絡みで、月の名家が色々と口を出して、学園から一定距離内の大手や新規参入を締め出しているため、このような立地になったのだとか。


 まさに陸の孤島だが、アタシの家からは近くて歩いて通える距離なので、不便には感じていない。

 それに大型店舗が参入不可なおかげか、駄菓子屋や個人商店も生き残っているのだ。アタシの少ないお小遣いを、駄菓子やB級グルメに使えるのはありがたい。


 ちなみに学園に通う御曹司や令嬢は毎日運転手付きの車での送り迎えか、学園内に建てられた高級ホテルのような快適な学園寮に住んでいるので、家から通えるからと学園の入試をギリギリの点数で合格し、徒歩で通う庶民のアタシとは、色んな意味で大違いだ。


 入学式のために呉服屋からレンタルした着物で着飾ったお母さんに手を引かれながら、ピカピカの制服姿のアタシは、そんなことをボンヤリと考えていた。十年以上も現在向かっている学園に通い続けたため、今さら迷子になることはない。

 小高い丘へと続く通学路を小学一年生の歩調で、お母さんと一緒にテクテクと歩いて行くと、やがて桜並木の向こうに私立学園初等部の正門が見えてきた。

 大勢の人が学園内に入る日のため警戒も厳重なようで、正門前には本日一年生になる小さな子供たちと、その保護者が集まり長い列を作っていた。


「本日、入学予定のお子様と保護者の方は、こちらに並んでくださーい!」


 その中にアタシとお母さんは新一年生と書かれたプラカードを持った係員の人の誘導に従って、列の最後尾に大人しく並ぶ。

 ふと周囲を見回してみると、アタシと同じように二人一組で並んでいるようだが、子供たちのほうはこれから何が始まるのかと、不安と緊張によりキョロキョロしたり、保護者にひっきりなしに話しかけたりしている。

 アタシも入学当初はそうだった。今はお母さんと一緒だけど、これから何でも一人でやらないといけなくなるので、不安になる気持ちはわかる。


 待っているだけですることもないので、すぐ前に並んでいて四方八方から忙しく話しかけられ続ける親子の様子をボンヤリと眺めていると、やがて二人はこちらの視線に気づいた。

 その後、目の前のおばさんが周囲の保護者とのお話を中断し、軽くペコリと頭を下げてからニッコリと微笑みながらアタシとお母さんに挨拶を行う。

 あちらも同じ和服ではあるものの、家のレンタルとは違って高級感というか着こなし方も様になっている。佇まい一つ一つを見ても明らかに一庶民とは違う名家の気配を感じる。

 と言うよりも、アタシは女の子のほうを何処かで見た覚えがあるのだが、どうしても思い出せなかった。しかし手を引いているお母さんは一目見て気づいたようで、急にサアッと顔を青くなっていた。


「こんにちは、可愛らしい娘さんですね」

「えっ! あっ…はい、こんにちは! じっ自慢の娘です! ねえ、智子!」


 不自然なほどにお母さんが動揺していることから、相手は相当の名家であることは間違いない。失礼があってはいけないので、目の前のおばさんには、アタシが出来る範囲で丁寧に返すことにする。


「こんにちは、アタシは朝倉智子と言います。どうぞよろしくお願いします」


 真っ直ぐに視線をそらさずに、一語一句間違えずに言い終えてから、こちらも微笑みながら軽く会釈を行う。

 頭の良くないアタシでも、学園生徒としての最低限のマナーぐらいは修得している。その様子に目の前おばさんと周囲の大人たちだけでなく、実の母親までが感嘆のため息を漏らした。このぐらいの礼儀作法は誰でも出来るので、大したことはしていないはずなのにだ。


「本当に自慢の娘さんのようですね。ええ、とても羨ましく感じます」

「はっはい! 智子ちゃん、よかったわね! 褒められたわよ!」


 アタシの返した挨拶によって、目の前のおばさんの目つきが明らかに変わった気がする。前までは常にニコニコしていたのに、今は顔は笑っているものの、何処か獲物を狙う猛禽類にも見える。うちのお母さんは青い顔を通り越して、既に泣きそうである。


 相手が誰かは知らないが、こちらは何もしてないのに流石にこれは酷いと思い、アタシはお母さんをおばさんの視線から庇うように一歩前に出て、目の前の親子に強く言葉を投げかけた。


「名前!」

「…えっ?」

「アタシは名乗りました! 次はそちらの女の子の名前を教えてくれませんか!」


 何アタシのお母さんを泣かせてるの! といった怒りを何とか押さえ込み、出来るだけ優しげな口調で、敵認定したおばさんではなく、その影に隠れるようにしてじっとこちらの様子を伺っている、艷やかに輝く黒い長髪の女の子に声をかける。

 おばさんとアタシの間に視線を彷徨わせて、しばらく迷っていた女の子だったが、やがて意を決したように口を開いた。


「わたくしは、卯月友梨奈ですわ! 朝倉智子ちゃん、よろしくお願いしますわ!」


 その瞬間、アタシは思い出した。目の前の女の子は、アタシを散々振り回したお嬢様の小学一年生の頃の姿なのだと。今の時期で出会った記憶はないので、全く気づかなかった。


 過去に散々振り回されたので苦手感情はあるものの、今の友梨奈ちゃんは、まだ何もしていないのだ。それに前と違って、これ以上アタシと関わることはないだろう。

 お母さんとお父さんが離婚して、会社を傾けて卯月家に身売りされない限り、友梨奈ちゃんの小間使いになる心配はないのである。


「そっそうなんだ…よろしく。友梨奈ちゃん」

「ええ、智子ちゃん。こちらこそよろしくですわ」


 頭ではわかっているものの、内心冷や汗をかきながら清々しい笑顔を浮かべで多少言葉に詰まりながら、友梨奈ちゃんに右手を差し伸べると、向こうは満面の笑みで何と両手でギュッと握り返してきた。


 アタシとしてはこれ以上関わる気はないのに、何で出会ったばかりで前世よりも好感度が高くなっているのか全くわからない。

 と言うか、小学一年生の少女に純粋に信頼されている気配をヒシヒシと感じて、良心がとても痛い。

 そんな自分と友梨奈ちゃんを見て、アタシのお母さんは笑っていいのか悲しんでいいのかわからない複雑な表情で見守るなか、いつの間にか距離を詰めてきた卯月おばさんが眩しい笑顔を浮かべて、仲良く握手をする子供二人を包み込むように両手を回し、ギュッと抱き寄せながら囁きかけてくる。


「友梨奈、さっそくお友達が出来てよかったわね」

「智子ちゃんはわたくしのお友達…いいえ、一番の親友ですわ!」


 アタシには今の対応の何処に好感度が振り切れる要素があったのか、まるで理解が追いつかなかった。出来れば月の名家の皆様とは一生お近づきにならず、平穏無事な人生を過ごしたい。既に手遅れな気がするが、アタシは諦めない。


「あの、卯月おばさん」

「何かしら? 智子ちゃん」


 アタシは嫌なことは嫌だと言える日本人なのだ。考え方が子供だとも言えるが、刺されても治らなかったので多分一生このままなのだろう。しかしお母さんが聞きにくいことも躊躇わずに、小声ではっきりと質問する。


「朝倉と卯月が友達じゃ、家の格が明らかに釣り合わないんだけど」

「へえ…小学一年生なのにそんなこともわかるのね。と言うか、そっちが智子ちゃんの素なのね。

 うん、いいわ。卯月の家に物怖じせずに、はっきりと正しい意見を真っ直ぐにぶつけてくれるのは、とてもいいわ」


 おばさんの返答で、そう言えばアタシの今の体は小学一年生だったとようやく気づけた。今までは感情が振り切れて、つい前世と同じように対応してしまっていた。

 しかし周りの人たちは、もはや朝倉智子はそういう子供だと納得してしまっており、さらに言えば頭の良くないアタシは駆け引きというのは大の苦手だ。


 短い時間ならまだしも、ずっと続けようとするとすぐにボロが出てしまう。一直線にしか進めないアタシは、このまま突っ走るしかないのだ。

 それに楽しそうな笑顔でウンウンと頷いている卯月おばさんから、いくら逃げても嬉々としてアタシを捕まえに来る。そんな気配をヒシヒシと感じるのだ。


「智子ちゃんは、わたくしのこと…嫌いですの?」

「えっ? 何で? 世界の名家の卯月家と、ど底辺の朝倉家じゃ。

 周囲のやっかみとか色々酷くて対処が面倒なだけで、友梨奈ちゃんのことは別に嫌ってないよ?」


 友梨奈ちゃんの見た目は完全に清楚系美少女だけど、何年か後には恋に狂ったわがまま悪役令嬢にジョブチェンジするのだ。今回もそうなるとは限らないが、可能性はゼロではない。

 もしかしたら彼女が嫌いになるかもしれないが、今は友達になってもいいかな? …ぐらいには考えている。

 周囲のお近づきになりたい大人たちの視線と同じように、学園でもお嬢様の小間使いをしていたときの嫉妬や妬みとか酷かったのだ。ときには卯月家に頼んで、強硬手段で黙らせたこともあった。


 お嬢様には包丁で刺されるまで、割りと思ったことを脊髄反射的に物申していたが、最後まで解雇されずに、アタシの他の小間使いを一人も雇わなかったのは疑問が尽きない。

 もっとも、いくら考えてもアタシが死んだ前世には戻れないし、好き好んで戻りたくもない。

 そんなことを考えているとアタシの返答に、友梨奈ちゃんではなくおばさんから声がかかる。


「ねえ智子ちゃん、私からもお願いするわ。友梨奈のお友達になってくれないかしら?」

「えぇ…アタシじゃなくて、もっと相応しい名家の人なら、周りに大勢いるじゃないですか。

 あと、家族に負担をかけたくないので嫌です」


 そう言っておばさんの後ろに軽く視線を送ると、何やらコソコソと会話しながらこちらを観察し、不満そうな表情をした多くの大人たちの姿が目に映る。

 相変わらずアタシのお母さんは顔色も悪く、オロオロと取り乱すばかりで可哀想だ。朝倉家は金や権力は持っておらず、吹けば飛ぶような脆いものだ。両親もそのまた親も普通の一庶民だ。


「わかったわ。娘の友達になってくれれば、卯月家が智子ちゃん個人に対して金銭的な援助を行いましょう。これならどうかしら?」

「それって、お金で友達を買ったように思われません? アタシは使いっ走りは嫌ですよ?」


 これではアタシがお金のためにお嬢様の小間使いをやってた前世と、殆ど変わらない気がするのだ。

 それでも家族への負担が減ることはありがたいのだが。そんな疑問が透けて見えたのか、卯月おばさんが爽やかな笑顔で答えてくれた。


「あくまでお金を払うのは、智子ちゃんが近くにいる表向きの理由よ。裏の理由は小間使いではなく、友梨奈の大切な友達だから大丈夫よ」


 確かに表向きはお金で雇われてると思われれば、わがままお嬢様の使いっ走りに対する哀れみの視線は受けるだろうが、妬みや嫉妬は多少は減り、過度な干渉を避けて平穏に過ごせるだろう。それでも完全になくなることはないが。


「はぁ…わかりました。アタシだけでなく、後でお母さんに話しておいてくださいよ」

「ええ、もちろんよ。智子ちゃん、友梨奈と友達になってくれてありがとうね」


 元々あれこれ考えるのは苦手なのだ。それに海千山千を乗り越えてきた目の前の卯月おばさんには、前世を知っていてもアタシが敵う相手ではない。どう逃げても回り込まれて言いくるめられるのがオチだ。


 アタシはため息を吐きながらも、何かを期待してソワソワする友梨奈ちゃんと視線を合わせてゆっくりと口を開いた。


「…と言う感じで、何か色々あって友梨奈ちゃんのお友達になったけど。

 アタシは家柄も関係なくズケズケ言うから。もし嫌いになったら、遠慮なく友達を解消してくれていいよ」

「嫌いになることなんてありませんわ! こちらこそ、至らぬところもあると思いますけど、お友達としてよろしくお願いしますわ!」


 握手はもう終わっているので、お互いの顔を見つめてお友達宣言を行う。

 いつの間にか正門の係員さんのすぐ側まで列が進んでいたので一旦卯月家と離れて、危険物の持ち込み等がないか厳密なチェックを受けてから、案内板に従って入学式の会場へ向かった。

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