7月 朝倉家の隣に別邸が出来ました
七月中旬に入り、夏休みに入る前に学園では体育祭が開かれる。
その日は学園の生徒だけでなく家族や保護者も招かれる。残念ながらお父さんは仕事で都合がつかないので、お母さんがお弁当とビデオカメラを持って応援に行くと、前もって予定を組んでくれた。
何でもここ最近はお父さんの会社に、新入社員が数名入ってきたため、小さな会社なので社長自らが研修を行い、連日休む暇もないほど忙しくなったと愚痴をこぼしていた。
今の所は借金を抱えて一家離散という前世の未来は回避出来そうだが、今度は過労でお父さんが倒れて、お母さん一人でアタシを育てる未来に変わるのではと、不安になってしまう。
アタシがお父さんにそれとなく、大丈夫? 無理してない? と聞いたら、皆優秀な研修生なので、一度仕事の流れを覚えれば、あとは社長が椅子に座っているだけで、お金も仕事も勝手に回るとのことだ。
それ会社乗っ取られてるんじゃ…とも思えなくもない状況に、お父さんは卯月家、睦月家、弥生家から資金や機材が提供されているので、その気があればとっくに吸収合併されてるよ…と、何だか諦めたような笑みを浮かべていた。
それを見てアタシは何も言わずに、温かな梅昆布茶を湯呑に入れて、そっとお父さんの目の前に起き、後ろに回って疲れた成人男性の肩を、ギュッギュッっと両手で優しく揉んであげた。
体育祭が近くなってきたので、アタシを含めた小学一年生の四人は、勉強会が終わり夕日に染まる中、朝倉家の生け垣の前に広がる道で、一生懸命練習を行う。
三人共飲み込みが早く、少しコツを教えただけで劇的に改善されるので、やっぱり月の名家は運動においても天才なんだと実感した。
なお、周囲の警戒を行うボディガードさんたちは、練習期間中は心穏やかには過ごせない、緊張した毎日だったらしい。
ちなみにいつの間にかアタシにも護衛がついていた。こちらは相手も仕事でやっているし、名家との関係が疎遠になれば、護衛も自然消滅するので気にするほどではない。
一番変化を感じたのが、三人は暇さえあれば常にアタシにべったりなため、考え方、行動、知識等を自然に取り込むことで、小学一年生ながらも中学生も顔負けの能力の高さになってしまった。
アタシなんて見習ってもいいことないよと全否定したいが、口に出したところで謙遜することないと返されるのは確実なので、引きつった笑いしか出来ないのが悲しいところだ。
なお、三人の両親はそんな息子や娘の名家らしからぬ変化を大いに喜び、アタシ個人にお礼をしたいと言うので。
そろそろ三人がアタシの私物を借り終わりそうなので、もしお礼をくれるのなら、小説や漫画、あとは暇つぶしのゲームや駄菓子、そういった娯楽をお願いしますと言っておいた。
伝えた次の日に学園初等部の授業が終わり、いつものように四人で歩いて朝倉家に帰ると、すぐ隣の畑の一部がなくなり、二階建ての立派な日本家屋が建っているのに気づいた。
朝から夕方にかけての半日で家が建つのは明らかにおかしいと思ったアタシは、一体何があったのかと、居間で青い顔をして麦茶に口をつけていたお母さんに話を聞くと、アタシがお願いした品物が届いたのはいいが、朝倉家の収納スペースを軽々と越えてしまったとのことだ。
しかし名家からの既に届いた贈り物を、今さら返品するわけにもいかず、お父さんに相談してもいい案が浮かばず、困り果てていたそうだ。
仕方なく届けてもらった各家の使用人さんに、家に入り切らないのでこんなに受け取れませんと正直に告げた所、ようやく三家の親御さんたちも、朝倉家という一般家庭の常識に気づいたらしく。
急ぎ倉庫代わりの家屋を建てるので、しばらく待って欲しいと連絡が入った。
それから十分もしないうちに大量の人材と資源が投入されて待つこと半日、時間が足りないため作りが簡素で申し訳ないと、各家の使いの人に何度も平謝りされたが、結果的には朝倉家より立派な新築が、すぐ隣に建てられることになった。
おまけに朝倉家とは廊下で繋がっているので、雨の日も関係なく行き来が可能で、掃除や管理の全てをこちらで行うので、気遣いは不要との言葉もいただいた。
新築一戸建てが丸ごと倉庫というのは何とも変な感じがするが、友梨奈ちゃん、光太郎君、裕明君の三人が純粋に喜んでいるので、まあ…問題はないのだろう。
余談ではあるが朝倉家の隣の倉庫には、我が子との心温まる触れ合い、同じ家柄の大人たちと気軽に愚痴を言い合い、純粋にサブカルチャーへの没頭や、チープな駄菓子を食べることを目的にして、割りと頻繁に合鍵を持った奇妙な来客が訪れるようになった。
そんなある日、集めた物品が日々拡大の一途を辿っており、当初の規模では収納しきれなくなるので拡張しようと、裏で面識が出来た三家の当主が、アタシ名義で購入した酒やツマミを片手に、倉庫内の娯楽室で今後の拡張計画を練っていた。
すぐ隣ではアタシが子供やおばさんたちと一緒に、和気あいあいとアップルジュースに口をつけながら、時々ポッキーにも手を伸ばす。
まるで秘密基地の計画みたいだねと何気なく口に出すと、名家当主様たちから、智子ちゃんが考える秘密基地とはどういったものかと、物凄い食い気味に解説を求められた。
取りあえず森に作った小さな住処の遊びだけでなく、漫画やアニメや映画からも引っ張ってきて教えると、皆俄然やる気になり大層盛り上がった。
完全にアタシを手を離れて爆走を続ける拡張計画を眺めていると、こんなことなら多少強引にでも、お礼なんていらないとはっきり断ればよかったと、アップルジュースをチビチビ飲みながら、深く後悔するのだった。