4月 学園の職員から見た智子ちゃん
<学園の職員>
学園内の真っ暗な一室で、灯油のランプの明かりだけがユラユラと揺れる中、高級感溢れる黒革の椅子に身を沈めている、白髪混じりで身なりの整った厳格な顔を崩さない老人に、真面目な顔をしてとシワひとつない清潔なスーツを着こなす年若い教師が向かい合い、真剣に報告を行っていた。
「…本日の報告は以上です」
「ご苦労だったね。しかし君の報告を聞く限り、朝倉智子ちゃんはなかなかに面白い生徒のようだね」
彼女の調査を行うのも、これで二日目になる。
最初は話に聞いただけでは朝倉という無名の家の少女を、何故卯月、睦月、弥生の三家が、頑なに守ろうとしているのかわからなかったが、出会ったその日のうちに、理屈ではなく本能で理解してしまった。
「それよりも学園長。そろそろ遮光カーテンを開けませんか? 盗聴や盗撮を警戒しなくても、学園内はしっかりしてますし、何よりまだ午後の三時で外は明るいですよ」
「いいじゃないか! 誰にも気づかれずに、影から一人の少女の命を守る! そんな格好いい大人を演じるぐらい!」
田舎に建てられた学園は初等部、中等部、高等部、学園寮も外観は古臭く作ってあるが、中身は最新技術の塊である。
学園長室の窓は特殊ガラスで、熱や冷気だけでなく衝撃にも強く、中から外は普通に見えるが、外から中は全く見えない。
室外に音は漏れないし、盗聴や盗撮も不規則な時間で職員と機械が異常がないかチェックするため、ガチガチに警戒するほどではない。
つまりいい大人二人が、アルコールランプの明かりで昼間から秘密結社ごっこをしているのは、学園長である親父の趣味だ。
「しかし重ね重ねすまないと思っているよ。研修終了後にすぐ、例のクラスの担任にしてしまってな」
「いえ、月の名家が絡んでいる以上、自分のように家柄だけでも同等でないと、いざというときに抑えが効きませんから。それに優秀な補佐…いや、委員長がいるので、俺の出る幕なんてありませんよ」
一年一組の担任を選ぶときに何度も謝ったというのに、つくづく親父も義理堅いことだ。俺のような継承権のない三男なら、万一揉め事が起きたときの潰しも効く。
昨日の朝までは、いきなり責任重大な役を押しつけられ、しかも使い捨てにされると決まり相当荒れたが、今では名家だろうが教師だろうが関係なく、ズケズケと物言いを行う委員長のおかげで、一年一組の教員も悪くないなと受け入れられた。
「ふむ、朝倉智子ちゃんは、噂通りの逸材というわけか。それは一旦置いておいてだ。
他の学園関係者もそうだが、なかでも君は彼女を見る目が少々…いや、私も何度か近くで見る機会があったので、同じ男として気持ちはわかるがね」
親父の言葉に俺は愕然とした。自分はロリコンではなかったはずだ。間違っても二十近くも年の差がある小学一年生に劣情を抱くはずがない…が、朝倉は同年代の少女とは明らかに違っていた。
本人は上手く隠し通しているつもりだろうが。彼女が普通でないのは誰の目にも明らかだ。
体格に恵まれ過ぎているのもいけない。身長、胸、腰、尻にかけては、クラス内の女子生徒を遥かに凌駕してしまっている。
そこに大人を感じさせる行動や仕草を頻繁に見せるせいで、何ともアンバランスな女の子生徒が出来上がってしまったのだ。
そんな風変わりな少女は、学園だけでなく世界中を探しても朝倉ただ一人だけだと、はっきり断言できる
打算ありきで自分を良く見せようとする大半の人間とは違い、表も裏も善良で自然体の朝倉は、本人は自信満々で子供らしく振る舞っていてもその実は穴だらけであり、近くから見れば美しい容姿までもが丸見えなため、普通の人にはない素晴らしい美点が次々と見つかってしまうという、彼女からすればもっとも望んでいない底なし沼に陥っているのだ。
改めて考えてみると、何だこの可愛い生き物は…と、再確認してしまい、もし他の月の名家に守られていなければ、今すぐ連れ帰った後に、自室で構い倒してずっと甘やかしたいと考えてしまうぐらいの可愛さに思えた。
俺もそうだが、親父や他の大人たちも、そんな皆の世話を甲斐甲斐しく焼く朝倉の優しさと心体両方の美しさに、見事に骨抜きにされてしまった。
中でもたったの二日とはいえ、もっとも身近で接してきた俺の被害は甚大だ。他の月の三家からの情報では、朝倉智子は何者かに命を狙われているとのことだ。
もちろんそんな狼藉を許すつもりはないので、彼女を守るために親父と学園関係者を巻き込んでの身辺情報の整理を行っている。
各関係者の士気は高く、こちらが何も言わなくても、それぞれが自発的に動いてくれるだろう。
「そう言えば月の名家で思い出したが、卯月、睦月、弥生の三家が絶賛していた、お好み焼きの屋のことは知っているな?
今度の飲み会はそちらを予約しようと考えている。たまには庶民的な店もいいだろう」
学園に比較的近い位置にある地元のお好み焼きの鶴屋には、月の三家と朝倉のサイン色紙が飾ってあるらしい。
今度の飲み会と言ったが、朝倉を相手にするときと同じように、学校関係者全員の家柄を誤魔化さないと、店員も平静ではいられないだろう。
俺にいくら継承権がないと言っても有名人はやはり生きにくい。だがもし委員長が結婚適齢期まで売れ残っているようなら、自分が責任を持って結婚した後、名字を朝倉に変えて、二人で気楽な庶民として生きていくのもいいなと、少しだけ顔を綻ばせるのだった。




