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一歩前へ

どこまでも続くと思わされる青い天井、その青に所々ついた白い模様。その白は時間をかけゆっくりと形を変化させ青の中で動いている。


快晴だ。


さっきまで、雨が降っていたのが嘘のように晴れている。

でも、僕はその嘘を簡単に見抜くことができる。

だって、今、僕の立っているアスファルトは雨に濡れていつもより黒くなり重量感が増したように感じられ、そこから発せられるアスファルトの匂いと水蒸気が僕の全身を包み込み頻りに僕の不快感を煽ってくる。騙されることはないだろう。


でも、たまにふと錯覚してしまうことがある。

僕の上に拡がる青い空は、本当はただただ青の中にいくつかの白い模様があるだけの天井なんじゃないかと…

いや、正確にいうと僕の瞳に写っているこの青たちは僕という小さな箱の中からみた天井にすぎないんじゃないかということだ。もしかしたらこの箱から出てみたらもっときれいな、もっと色鮮やかな空が拡がっているんではないだろうかと。空だけじゃない、僕の眼下に拡がるこの町並みも…


ある時を境に僕はこの屋上によく足を運ぶようになった。何がきっかけでここに来たのかはよく分からない。でも、ここにいると落ち着く。周りに生徒は誰もいない。まあ、それもそのはずでここは立ち入り禁止で生徒は誰1人として入ることが出来ないんだから。でも、だからこそこの悪いことをしているという小さな罪悪感と、ここに来ると落ち着くという安心感、この正反対の2つを感じることで僕は生きていると実感する。この2つの感情というのは、同時に感じることはできても混じり合い別の新しい感情になることはない。つまり、絵の具の白と黒のように混ざり合って新しい灰色になるようなことはないのだ。

この相反する感情はお互いに調和することもない、する気もない、どちらかが前に出るとどちらかが後ろに下がる。そんな関係を僕は端から見ることで生きてると感じられる。

それにしても、屋上とはいいもので一瞬、強い風が吹いたと思うと次の瞬間にさっきまで僕の周りにまとっていた不快感を拭い去ってくれる。まあ、しばらくするとまたじわじわと足元から不快感は迫ってくるのだが…。


ここに立っていると、いろんなことを冷静に考え、客観的にみることができる。と、僕は思っている。

今日、○○君に何か言われたとか、××ということがあったとか、、、

そのときは、怒りや、悲しみや、喜びなどの様々な感情が湧くものだが、ここに立って周りを見ていると全てのことが馬鹿馬鹿感じられる。例えそれがプラスの感情であろうと…。そして、今日感じた感情がゆっくりと消えていき、結果残るのはあの黒と白だけになる。

僕がどれだけ色鮮やかな感情を抱こうとそれを共有する者はいない。僕はずっと殻に籠ったままだ。別に、出たいとも思わなかったし、出る必要もなかった。ここにたどり着くまでは。


ここにたどり着くまでは、僕の瞳にはモノクロの景色しか映らなかった。何もかもがモノクロだった。灰色のコンクリートで打ち付けられた壁、黒と白のアスファルトでできた道。空でさえも白に近い灰色に見えた。もちろん、そんななかで、色鮮やかな感情が浮かぶはずもなく、それとなく過ごす毎日だった。彼女もいない、友達もいない、そもそも話をする相手さえいなかった。

入学してから3ヶ月たった頃、僕以外の生徒たちは友達ができ、グループができ鮮やかな色の雰囲気が充満していると思えたが、やはり一瞬にして僕のなかではそれはモノクロに変わる。

クラスの一番後ろの一番端の廊下側の席。色のない僕にはお似合いの席だったかもしれない。日の当たる窓側の席ではなく、光から遠い廊下側の席。別に、不満とかも特になかった。入学してすぐには何人か話しかけてくれる人もいた。だが、3ヶ月後にはそれは消えてしまった。3ヶ月を得て友達を作りグループとなる人たちと、3ヶ月を得て周りから人が消えた僕。別に、特に不満とかはなかた。


それからほどなくして、担任から声が頻繁にかかるようになった。どうやら、担任に僕はクラスの和に馴染めず孤立してしまった生徒として見られてしまったみたいだ。別に、それは事実であるのだからそれは仕方ないことなのだろうと思うのだが、僕はその事で悩んだり不満に思ってるわけではないのでお節介のようにしか思えなかった。


どうにも担任というのは1人の生徒に構いたくなるものらしい。本人からすれば構いたくて構っているわけではないのだろうが、僕の目にはほとんどの担任が悩みのありそうな生徒に構って話を聞いてあげている、という自分に酔ってるようにしか僕には見えなかった。

人気が少なく、残ってる先生たちも少ないはずであるのに、先生の存在感だけが残り条件反射的に緊張が走る職員室、あるいは他の教室にしては変に薄暗く、サイズ的にも明らか小さい、中に入ると嫌でも真剣な話をするぞという強迫感を醸し出してる部屋で見る大人の酔いしれた顔、というのはなかなかの不気味さをまとっている。そんな、不気味なものの瞳の中に僕の姿は映っていなく、発せられる言葉は誰でも同じ。その姿、言葉を養分にして話はどんどん加速していき、最終的には自分が満足したらそこで終わり。まるで、老人の自分語りを聞いているようだ。


毎回聞かされる同じ言葉。僕に向けられているわけではないどこか異質な言葉。基本的に聞く耳を持たない。というのが僕の戦略だ。だから、今まで言われたことなどほとんど覚えてない。なのに同じ事を言われているのはわかる。だが、一つだけ気になるほどではないが、引っかかる言葉があった。


『一歩踏み出してみろ』という言葉だ。担任はなぜか頻りにこの言葉を使ってくる。

「一歩踏み出して声かけてみな」

「勇気を出して一歩踏み出してみよ?」

等々。

この当時の僕は、この言葉に突っかかりはするもの特にそんな気になることはなかった。そもそも、踏み出す必要性を感じ得なかったし、踏み出すことなど僕には不可能だと感じていた。このままの日常でも大して不便はない。それなのに、この言葉を連呼する担任は只のお節介焼きなのだと思っていた。

それからだ、僕がこの屋上に足を運ぶようになるのは。


別に、何がきっかけでここに訪れるようになったのかは相変わらず思い出せない。でも、ここに来てから少し世界が変わった風に見えるようになった。世界が色づいて見えるようになった。

屋上の柵越しに下を見てみると、たくさんの色が見えた。

道に植えてある木や植物の緑色その地面は限りなく黒に近いがほんのりと見える茶色。道行く人たちのカラフルな服装。下にいるときは、壁しか見てなくて気付かなかったが様々な色のペンキで塗られた屋根。ビルは灰色一色だと思っていたがよく見ると窓には空の色が反射して青色がうっすらと見える。これらの景色のお陰で僕は、一歩自分の殻から踏み出してみたいと思えるようになった。


でも、僕は今まだこうして屋上に1人立って一歩踏み出せないままでいる。残念ながら僕には勇気がないのだ。怯えているのだ。

踏み出したところで何も変わらなかったら?

それより今よりひどい結末を迎えたら?

そんなことが、頭のなかをチョロチョロうろつく。


つくつくぼうしの声が聞こえる。どこからともなく。そうか、夏ももう終わりなんだ。それにしては、日差しが強すぎる気もしなくはないが。さっきまで濡れていたアスファルトはすっかり水を手放し濃かった黒色が薄くなっている。いつの間にか、不快感を漂わせていた匂いも消えてしまっていた。でも、未だに足元にはあの不快感がまとわり付き、僕の足を重くしているように感じる。これでは踏み出すことが出来ない。

後ろから、強い風が吹いて僕を追い越していく。風は止まない。涼しい。太陽はまだまだ日差しが強いのに、風は冷えた空気を運んでくれる。この空気とともに僕の足にまとわりついていた不快感もどこかえ持っていってくれたらしい。足が軽い。これなら踏み出せる気がする。眼下に拡がる色鮮やかな町並み。頭上にどこまでも続くと思われる青い空。といくつかの白い雲。十分きれいだが僕はどうしてもまだモノクロのフィルターを通して見ている気がする。だから、ここで踏み出してフィルターの外の景色を見てみたい。


僕は目をつむり大きく深呼吸をし前に大きな一歩を踏み出した。

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