第三章 22 【協力者】
最近になってエルフ国に肉食文化が浸透してきた事により、フラテク村には食肉を加工する施設ができていた。
施設と言っても簡素なもので造りは楕円形の建築物。周辺の家と違う点を上げるのなら獣たちの血の臭いや声を響かせぬよう壁の層が厚いぐらいだろうか。
建てられた場所も理に適っており食糧庫の真下に加工場があるので、保存の利く干し肉を倉庫に直行できたり、素材を持ってきて料理したりと便利な場所。
「どういうことだ、話が違うぞ!!」
防音設備の整っている加工場だからこそ、狩りから帰ってきた『ダファ』は積み荷を降ろし、待ち構えていた『カィク・ビィウン』に怒りの混じった困惑の声を上げるのであった。
「黙ってな……それともアンタの嫁に最初にありつきたいのかい?」
ダファの背筋が凍る、金の髪は逆立ち悪寒が身体を包む。
不格好はエルフの様な変装をしたこの男の発言、包み隠さず言えばその通りなのだから。
「わかりゃあいい。で、だ」
コイツがやってきたのは五日前の夜だった。
闇夜に紛れて村を襲撃し、公用語の使える者を村に置いて“森の遺跡”にその他大勢――女、男、子供、老人…使えない者は全て遺跡にしまって、だ。
人質という意味合いもあったが、そう考えている以上にそうでは終わらずして、コイツらは常軌を逸していた。
『身体の悪い部位を直すには、同じ部位を食べるのが良い』とコイツらは従わない仲間を見せしめにオレ達の前で解体して、喰った、喰っていたのだ。
足を、手を、頭を、目玉を、喉を、指を――――オレはこの男の顔を、仲間から獲って着けた耳を見るだけでも吐き気がする。だが、従わなければコイツは………
「ナガマサはともかく、あいつらはジェロアーゾの言っていた危険人物だ。何人で動いているか分からない以上、全部潰すのが最善策。そ・れ・に――――」
レンバルの連れてきた者達を思い出したのか、過去を振り返つつ舌なめずりする醜悪な顔は、正に悪鬼となり、言葉の間にはおぞましい欲が顕著していた。
「あのエルフ美味そうだったな、イイ色の目だった………おっと、そうだ。こいつを使え」
お楽しみは後でと言わんばかりに、右腕でよだれを拭い私欲を押さえる『カィク・ビィウン』。
「いつものように淡々と。抜かりなく、頼んだぜ?」
渡された黒い液体の入った小瓶はごく少量でレッド・ドラゴンすら眠りに落とす超強力な睡眠薬。
ソレを飲み物に混ぜるよう村長代理は従わざるおえない『ダファ』に命令を下した。
「…ッ」
「――――ル…おい、レンバル!」
「ふぁ、え! 何さ?!」
「…ボーっとしてるようだったから、大丈夫か?」
「あ、うん。何でもないよ」
一部始終を聞いていたエルフの少年は遂にこの時がきてしまったのだと、動揺に震えている意識を落ち着かせた。
(どうしよう…)
今日はもう遅いと村長代理に口酸っぱく言われた白銀一行は、土地勘のあるであろう彼を信用し、盗賊の件も含めフラテク村で滞在することになった。
そして時刻は夜を過ぎ、村長代理宅では慎ましい歓迎会が開かれることに。レンバルの話す機会は無くして。
「さぁ、どうぞ。お食べください」
炎が揺らめき、室内を照らす中。カィクの嫁となっているエルフの彼女が料理を並べ終えたなら、村長代理は知った儀式をこなすだけ。
両手を広げて、軽く目を瞑り、円形の卓にたっぷりと並べられた料理をカィクは白銀一行に勧める。
振る舞われている品々はレンバルが獲ったシュヴァーフの肉を蒸し焼きした物、イャチェ村で見た芋が主体のワォフ(セ)チェ、などなど。
「ガッツリとした肉料理ですね?」
「ああ、すいません。もう少しサッパリめの物が良かったですか?」
不思議に思って、つい我が儘を言ってしまった様な質問の答えにローは首を振って否定。ただ、仲間内にもローと同じ考えで「野菜が少ないな」とレイちゃんが言い、ジェーム副隊長が合わせて頷く。
「いえ。そういう訳ではなく…イャチェの村では肉類は出なかったので」
彼等を代表してか、謙虚なローの姿勢を見たカィクは、またもや村長代理として器大きくおおらかに笑う。そうして疑惑の解消に“らしい”答えを用意し、納得のいく説明をするのであった。
「我らの文化において客人をもてなすには、村長に認められた料理の出来る者のみが客人に料理を作る事を許されます――――お恥ずかしながら、我が妻は未だ半人前。ですので、僭越ながら認められた私が料理したというわけです」
「そうなのか、レンバル?――――おっとありがとう。レンバルの師匠さん」
「気軽にダファと呼んでください。この村の果実酒は美味ですからね――――オニの彼女も」
確かにその通りだと、レンバル・ポリオは悔しさから奥歯を噛む。
「…ま、美味かどうかは飲んでみてからだな」
(ぼく達の知識や文化をこの村長代理は師匠やビィウン村長から聞き出したのか。何か間違った点を見つけられればと思ったけど、そう上手くはいかないだろうし…―――)
「……」
エルフの少年は何か難しい事を考えている様子でニーナの問いは上の空。そこで、言葉尻強くニーナは今一度同じ言葉を投げかけ、名を呼んだ。
「レンバル」
「うわ、何だい?!」
難しく考え込むレンバルを思案から引き戻し、始終を見ていた炎煉は聞いていなかったであろう彼に助け船を出した。
「…女性連中は村長に認められねぇと料理できないのかって話だよ」
丁寧な口調で半ば面倒になりつつ、エルフの少年に肉を頬張りながら軽く説明。
現実に引き戻された彼は素早く二度頷き、ばれない様に怪しまれていないか辺り軽くを見回せば、遅かったようだ。
「へぇ~、大変だね~」
他人事を肴にしながらナガマサが木製の杯を手に取って、中身をチビチビ飲み干しているではないか。
「あぁッ?!」
唐突に上げた声に一同の注目が集まる。多少の恥ずかしさがあるが、皆の手を止めるにはこれで十分だ。
「どうした?」
突然のレンバルの奇行にローは静かに驚いてみせるもそれだけで、今まさに配られた飲み物を飲もうと―――、
「そ、そうだ。じいちゃんに貰った渋茶を持ってたんだよ……えーと、飲む? 僕はそうするけど」
「いや」
飲んでしまった。レンバルの奮闘虚しく、睡眠薬の入った果実酒をロー達は彼を怪訝に思い横目で見つつ、だ。
「これは美味しい。いいものですね―――レンバル、もしかして飲みたかったのか?」
「ち、違うよ!」
「そんな強く否定しなくても…」
村の窮地を伝えた師匠が睡眠薬入りの飲み物を勧め、自ら戦力を削ぐという行為には軽く憤りを覚えるが、レンバルにはもう考えている時間は無く。
「だめだぞぉ、少年…お酒は二十歳に――――――ZZZ…」
カラミ酒をしたかと思えば、すぐさまに睡魔が副隊長を包み込み、
「俺達も…眠くなってきたな」
「そうじゃのー」
酔いからかろれつの回らなくなってきたロー達までも、その毒牙にかかってしまった。
ソレを見かねた村長代理。意識が遠のきつつある彼等を見て、喜びを抑えながらに最後の仕事を淡々と笑みを浮かべてこなすのであった。
「部屋の方は用意できていますので、眠たいのでしたらアチラに。明日は早いですからね」
村に宿屋なんて物はなく、用意された部屋は村長代理の住む家のドア付きの一室。
男女別にしなかったのはローの提案だそうで室内は意外にも幅広。だからと言って、男女混じって寝る事は女性陣から嫌がられ、男女を微妙な壁で隔てから、寝る時も鎧姿のジェームを真ん中に雑魚寝している現状況。
(ぼくがやらなきゃ…)
レンバル・ポリオは酒の混じったけたたましいイビキの中、深呼吸して矢筒から矢を取り出して覚悟を決めた。
警告分の書かれたその矢は師匠の寄越した最後の抵抗。弓を使わないのは村長代理に扮した偽物がドアを隔てた向こう側に居るためだ。
「…」
壁に耳を当てて音を聞き、ドアを押して突貫するだけの簡単なお仕事。
(………)
手の震えが止まらない。悪人をこれから殺すというだけなのに、左手で震えを抑えているのに…―――――至極真っ当で簡単な話だった。
当たり前だが、彼は人を殺した事が無い。
ローがあんなにも簡単に人を斬り裂いた時もレンバルは今の様で振るえていた。ばれない様にと、こっそりと。
(でも…)
獣を狩る時には無かった恐怖が彼を飲み込まんとするが、今一度と深呼吸をしてバクバクと唸っている心臓の音を落ち着かせた。
今動かなければ自分自身の手を汚すだけで終わらなくなるだろうと、村長代理の話を思い出して。
(よし!!)
兄を探す為とはいえ、自身が悪いことをして牢に入れられたは当然の報いだ。しかし、その当然の報いをエルフ国の案内をするという等価交換で被ってくれた彼等への恩を忘れずして何が男か、レンバル・ポリオ。
「…ッ」
聞き耳を立てれば、一人の生活音のみが確認できる。行方不明となった兄の二の舞ならない様、彼等を救うべくレンバルはドアを勢いよく開けた。
「ガッ?!!」
「オイタはいけないぜレンバル・ポリオ君?」
「放て」
燃える、燃える、燃えていく――――命令された死臭漂う使い魔は、油を被った楕円形の建物に次々と松明をくべていく。
やはり安全策として“蒸し焼き”にはこの方法が良いと村長代理『カィク・ビィウン』ならぬ、囚人『貝村・黒野』は少年を掴んでいない右腕で緩んだ頬を更に歪めた。
「あ、ああ………」
調味料としての絶望は更に食事の質を上げる。そう改めて実感した彼は、手の内の諦めた命を弄ぶだけだ。
「見ろ少年。お前は出された飲み物を飲まなかったせいで、お前だけがこの世に残された。悲しいなぁ」
同情するように卑下た笑みでレンバルの肩を叩くカイムラ・クロノ。
「ま、お前にはまだ使い道がある。今は食わないから安心しな」
もう抵抗をする事ない彼を尻目に、ジェロアーゾから渡された水晶玉で部下たちに命令を下すのであった。
「よし、そろそろいいだろう。死体を引き上げろ」
依然燃えてる建築物だが、部下である死に体の奴らには関係が無い。それはジェロアーゾ曰く、動く死体ながら火に耐性を持っているからだそうで、
(へ…魔物の事は良くわかんねぇが、ようやくこれで…――――あッ?!)
危険人物を燃やし切り、安心しきった彼の目の前で不可解な事が起こった。
「へ、ヘルさん?!」
「確かに危険人物となれば、遠くから手を下すのは正解だったな…だが、俺達に毒は効かんぞ。二人も無事に逃がしたし―――――」
レッド・ドラゴンすら眠らせる超強力な睡眠薬を飲ませ、しかも燃え盛る家屋に居たというのに。
五体満足、意気軒昂―――迫るアンデットを両断し、“白銀”呼ばれる英雄は何の気なしに平然と生きていたではないか。
「動くんじゃねぇ!!」
どうして、なぜ。疑問疑惑が頭に浮かぶも、それなりの修羅場を踏んできたカイムラの頭の回転は速く。
「武器を捨てろ!!」
瞳に光が宿った少年を鷲掴み、首元にナイフを添える様式美。それから他の家へと潜ませていたアンデットをその家の前に招集させ、僅かに残っていたエルフを使って人質を増やした。
「ヘッ、保険を付けてて正解だったぜ。…サッサと武器を捨てろッ!!」
「チッ…ゲスが」
炎煉の悪態は尤もで、カイムラの方が一歩優っていたとレンバルは三度絶望してしまう。
各々のアンデットが各々の家の前で陣取っているために、どうあがいても全員を救うことなど出来ない。
一人救ったとしても他の者が全員死ぬ。そのような結果は“白銀”にとってあるまじき行為。よって、彼等のできることは両手を上げて悪人に従う事だけだった。
「成程な。どうやって睡眠薬を回避していたが知らないが、そこまでするってことはやっぱりお前らもコレが目当てか?」
「まさか…魔呪全書の?!」
「その通りだ“白銀”のリーダーさんよ」
カイムラが器用に懐から取り出したのは一枚の紙。吹けば飛ぶような一枚で特筆すべき点は無いと客観的には見て取れるが、ロー・ハイル・ヘルシャフトはソレが何か理解できていた。
「ヌーベックに偽物を渡して正解だな。お前の反応からこの紙きれには何かがある。そして、その何かはオレが貰う」
人質を盾にカイムラ・クロノは使い魔を使役し、無抵抗に徹するロー達を殺すよう差し向けた。武器を取れば人質が死に喰われる始末ではあったが、彼は星空を見上げる。
「レンバル君…騙すような真似をしてすまない。――――それにしても良い月だな」
「つ、月?」
絶体絶命の状況にありながら何故か悠々としているローの視線。追ってみれば、夜空にはくっきりと大きな月が浮かんでおり同意はできる。
「言ってる場合じゃないよ!! ぼくの事はいいからみんな早く逃げて!!!」
ハッ、と我に返ったレンバルの視線はロー達へと戻るが依然として彼等は無抵抗に徹していた。そう、彼等は。
「かぁ~~………」
炎の燃える音、蠢く死体の呻き声、ナイフを首元に添えられたレンバルの心臓の音。
それらを全て貫くのは乾いたような重い音で、例えるなら“甲高い”ならぬ“甲低い高音”。その音の名、この場に居た自分らは知らずして彼等は知っていた“銃声”。
「おっと生きていたか」
ぽつりと誰かが呟いた後、甲低い高音と共に次々にアンデット達は倒れていく。
「あ、あ、あ………」
遠目からの殺気に僅かながら身体を反らし、絶命を逃れた村長代理というニセモノは頭蓋の割れた突然の痛みに悶え、逃げようと這いつくばって。
だが、悲しいかな。囚人の命は突然現れた彼の砲筒に、もう一度頭蓋を撃ち抜かれて終わった。
「久しぶりだな」
森林地帯に適した迷彩柄の野戦服を着ており、同じ柄のフードになる様なマントを纏っている。特徴的な光のない黒目は据わっており、フードを取れば頭皮が見えない様に整えた丸坊主の灰色の頭髪と顎には無精ひげ。
肩に掛かるは布に包まれた細身の砲筒、おまけに軍用のブーツと全体的に“地味”と一言で表せる彼の姿。
「遅いぞ、サイハラ」
「ハッ、そういうなよ主人公」




