第三章 21 【ベィデテク】
前回の幕間EXはPCで見ていただけると幸いです。
「そんなに慌ててどうしました、旅の方?」
「いえ、あのー…」
視覚から入る様々な情報にローは思わず、村人への言葉を詰まらせてしまう。
罠が周囲に点在する村。状況から見て遺跡近くの村に急ぐことにした“白銀”御一行ではあるが、その実。
巨人の大腿を基に作られた見張り台も集合住宅もなく、あるのは楕円形の建築物と田畑。耕す者、果実を摘み取る者、仕事をする者が見える至極平和な村が彼等をお出迎え。
ただ驚いたのはその平和さにもあるが、出迎えた彼にもあり。
「なんつーか、人間みてーだな」
「し、炎煉!」
「同族にもよく言われます。何せ私は人間とエルフの混血なので」
はっはっは、と当然の疑問だと言わんばかり、炎煉の言葉を豪快に笑い飛ばす黒髪碧眼の彼―――悪い言い方になってしまうが、顔立ちもまずまずで体格も細身ではなく。耳はエルフらしく下向きで長いが、どこか間延びしている印象を覚える。
おまけに話す言葉はこの世界の標準語でエルフ語の訛りも聞き取れない程、流暢に話していた。
「随分と公用語を流暢に喋りますね」
「このご時世ですから、我々も時代に順応していっているんですよ。それはそうと、その非対称の瞳……お綺麗な方だ」
彼の姿に驚いていたローはその言葉から正気に戻った所で、真っ先に思い出したのはビィウェ村長の驚きの眼差し。
「…フィリアナ!」
これ以上騒ぎにならない様にと、急いで頭を覆うジェスチャーとフィリアナへの目配せでフードを被るよう指示。
素早い動作だった為に、あまり見られず目立たずの何とかその場を乗り切れた。しかし、彼がそれ以上何も言ってこない事にふと疑問を覚え、ローはその違和感を口にする。
「あれ、意外に驚かないんですね?」
「はい? ええ、まあ。私は向こうの出でもありますので、色々な人種を見てきましたから」
「…そういうモノなのですか」
何か微妙に食い違ってる気がするが、昔話という物は老人が一番信じている様子なのは昨日の食事で見て取れた。――――いや、単純にフィリアナに話しかけづらかったのだろうか。
ともかくとして、ローが考えに押し黙っていると沈黙に耐えかねた彼は改めて白銀一行に向き直るのであった。
「さて…紹介が遅れましたね。キャイジ村長の代理を務めております『カィク・ビィウン』です」
さもありなんの結論。正直言ってエルフには見えないと、皆が頷くであろう彼の見た目。しかし、彼が名乗るとレンバルが驚いたように反応を示す。
「村長の…孫?」
「おや、爺様を知っているのか?」
ウンウン、とレンバルは村長代理の言葉に頷いて、握手を差し出す。
「何度かココとは交流がある。レンバル・ポリオだ―――でも、あの人に孫がいたなんて初耳だよ」
差し出された手を村長代理はしっかり握手。
しかし、レンバルはそんな事よりもという面持ちで不安げな様子。キョロキョロと周囲を見渡しているので、これまたローが聞いてみた。
「どうした?」
「いや、見知った顔が居ないなー…と思って」
確かにと、働き手の面子を見れば初めてやって来た人間でもわかる違和感がある。
ロー達もレンバルに合わせて周囲を見渡してみると、目に入るのは農作業をしている者や魔物の皮を鞣している男衆ばかり。それも、金髪碧眼は少なくイャチェ村にいたケイブを思い出す地味な頭髪が多い。
逆にエルフの女性達はちらほらと見えるが、外には出ておらず家の中で作業をしてこちらを覗いている様子だ。
「なんで、女性は家の中に隠れてるの?」
不思議に思ったレンバルがその有無を問いただしてみれば、村長代理であるケイブも何処か疲れたような顔になっていたのは見間違いではなく。
「…それは、少し長い話になる。――――そうだ!」
彼も言い出しにくそうにしながらではあったが、話す決心をしたようだ。
「皆さん。立ち話もなんですし、取りあえずは私の家に付いて来てください。話はソコで」
イャチェ・ヴァタグの様に“巨人の大腿”を使った集合住宅が無いのは、この村が“森の遺跡”を信仰の対象にしているからだそうだ。
その為、遺跡を見下ろせる高さの見張り台はおろか階数の分けられた家を造る事を村長が禁止しており、唯一高さのある建物は食糧庫が一つのみ。
村長代理の『カィク・ビィウ』の家も例外ではなく、室内は広くあるが客間の部屋は横に間延びしている不格好な家であった。
「実はここ最近、人攫いが流行っていましてね。狙われるのは主にエルフの女でして…」
「それで家の中に隠していたのですか?」
口にする事はしないが肯定の意として、深々と頷く村長代理『カィク・ビィウン』。
話を聞いてみると彼が村長代理をしているのは、今の村長『キャイジ・ビィウン』が女子供を防備の固い別の村へと避難しているからだそうで、
「ええ、特に女・子供が狙われやすい。最初は他の村へ行った者が消えていったので分かりませんでしたが……次第に村の人口が減ってきた所で皆が気付いたのです。」
ただ、村を無人に素寒貧にするのは人攫い連中の標的が他の村へと移る可能性があるかもしれない渋るところ。よって、たまたま出稼ぎから故郷に帰っていた『カィク・ビィウン』に白羽の矢が立ったのである。
「許せない…犯人の目途は立っているのですか」
眉間にしわを寄せて事の顛末に怒りを覚えるのは、名に恥じぬ騎士らしく正義に燃える王国青鋼騎士団副隊長『ジェーム・キク』。
声こそ荒げていないものの、その整った顔立ちを崩さずの怒りの表情は迫力のあるものだと遠くに座ったことが幸運に思える程。
因みにナガマサは怒りの余波に当てられ委縮している。
「いいえ、残念ながら。奴らは村周辺に張り巡らせているのみで直接村を襲ったりはしません。村を出る者だけを連れ去っています。今のところは…」
「卑劣な……ロー・ハイル!!」
「は、はい?!―――――…なんだ?」
急に立ち上がってこちらへと怒りの矛先がいきなり向けられたという事もあり、少々驚いてしまうが一度と咳き込んで気を取り直し。副隊長やその他面々に気取られることなく“英雄”らしい受け答えで持ち直す。
「ここは王国ではないが隣人を助けるのもまた騎士の務め。付き合ってもらうぞ“白銀”」
「それは別に構わないんだが、取りあえず落ち着け。そんな血眼になっても犯人は出てこないぞ」
「それは…そうだな」
確かにその通りだとバツ悪く副隊長は頭に上っていた血を引かせ、自分を律した。流石の騎士と言った所か。
ジェームの怒りによって中断されていた会話は続き、話を聞くと人攫い集団の住処は大体把握されているとのこと。そして、罠を安全に通り過ごし、奴らの住処へと続く道を把握している者が村に居るようで、
「あれ、お客さんですかカィク。それにレンバル、久しぶりだな」
とも話をすれば丁度案内人が帰ってきた様子。
「師匠!!」
家の入り口をふさぐ布を押し退けて村長代理宅に入ってきたのは、金髪碧眼で正にエルフな一人の青年だ。
「どうだった、周囲の見回りは?」
「相変わらず罠が多い。解除するだけでもうこんな時間だ」
肩にかかった弓を下ろし悪人の所業に悪態をつく彼。どうやら会話の内容が聞こえていたらようで、休憩がてらに卓を囲みつつ、
「『ダファ』だ、よろしくな。――――それはそうと、さっきの話ならいいぜ。でも、やるんなら明日だ」
「どうしてだ?」
副隊長の意見は尤もで、今の時刻は昼を過ぎたころ合い。しかし、彼曰く今から行けばハチの巣にされるそうだ。
「村を直接襲わないっていても夜になれば話は別だ。奴らは闇に紛れて人攫いをする。つまり、夜は奴らの時間。それに弟子の腕が錆びついていないか見ておきたいしな」
そこは弓の訓練場でフラテク村の狩場でもある。
周辺に“巨人の大腿”が大きな外敵を遮断するように設けられている為か、食物連鎖最下層の動植物が住み着く安息地。大型の獣がめったに入ってこない為、子供達の遊び場ともなっている場所。
最近になって肉食文化を始めたエルフには好都合で、レンバルが弓の練習で苦労をした思い出の場所だ。
「よしっ」
放たれた矢は風を切る音を奏でて飛んで行く。
このところ弓を使っていないという弟子の腕を心配していたダファは、自身の心配が徒労だったと安堵した。
「おお、やるな!」
レンバルの弓から放たれた矢は綺麗な曲線を描き、群生する草食シュヴァーフの胸元にストンと命中。
焦った群れは散り散りに、仲間の死体を残して去るのみだ。
「負けられんな」
腕が錆びついていないか、レンバルに狩りを提案したダファも負けてはいられないと逃げる獲物に矢を穿つ。
「あれ?!」
が、しかし。師匠が体面を保つために意気揚々と放った矢は弟子に後れを取り、間一髪のところでシュヴァーフが矢を回避する始末。
師匠の面目は保たれず、弓矢は呆気なく“巨人の大腿”の樹に突き刺さる何とも恥ずかしい結果に終わった。
「師匠ヘタ~」
「いやいや、獲物はオレの方が大きい…だろ?」
「詭弁だよそれ」
何処でそんな難しい言葉を覚えたのかと反論をしたくなるが、何だか悲しくなるのでダファは自重。
「…ともかく、今日のご飯にはありつける。オレはシュヴァーフを荷造りするから、レンバルは矢を回収していてくれ」
仕切り直しにと師匠らしくテキパキと荷造りの準備を始めて、そそくさとレンバルの狩ったシュヴァーフを回収。
弟子には弟子におあつらえの仕事を。レンバルも言われた通り、渋々師匠の矢を引っこ抜きに“巨人の大腿”の樹へと走る。
(あれ…?)
樹に刺さった矢を手に取れば、ふと妙な感触を覚えた。
エルフの弓矢は“巨人の大腿”の枝を使っておりツルツルと触り心地の良いモノ。だが、手にあるこの矢はハッキリ言ってザラザラと手触りが違う。
(ええっと…え!?)
何かおかしいと思い矢柄を見てみれば、簡素に文字が刻まれているではないか。それもエルフの文字で、何の魔術の痕跡も無くただ刻まれている。
エルフの文化にも呪術というモノがある。
先祖の霊を招来する蜥蜴人とは違い、エルフの呪術は生贄を使用しての魔力に頼らない魔術を行使する。だが、矢には発動する文字を刻まずして弓に呪文を刻むのが常。
(ベィデテク・ヴァタグ、ラエゥイエ・ライャセ……)
だからこそ、レンバルは不思議に思った。だからこそ、レンバルは真相を知ってしまったのだ。
『盗賊村、本物遺跡』
エルフ語で簡潔に書かれているソレは、先のらしくない師匠のミスが失敗ではない証拠だった。
「…」
レンバルはこの真実を口に出さず噤むと引き抜いた矢をゆっくり矢筒にしまい、平坦な荷車を押す師匠の元へと駆け急ぐ。




