第三章 18 【エルフ・ノ・カルチャー】-2
エルフ国の土地は広く、同じ種族でも文化は様々。
例えば、レンバルの祖父が治める周辺村落の風習は手ごろな“巨人の大腿”をくり抜き、コレを豊穣と守護、財力と村の証として居住区へと建築する。
建築物の名は“樹の内の家”、エルフ語では“テケーチェ”と言うそうだ。
その“樹の内の家”に居住する人物は村で位の高い者や妊婦、子供、老人、客人など。ロー達は村長の孫を無事連れ帰ったこともあり、“樹の内の家”の客間を一室『ビィウェ・イャチェ村長』から直々に借り受けていた。
部屋の色彩はエスニック調で、木製の家具類は部屋を造る際に樹の中身を使用した品々。物珍しく、床や壁から生えてきた様な作りをしている。
そうして、エルフの国に入ってから三日目の夜。ロー達は村長宅に招かれ、ご相伴に預かる現在。
「ワォラテ グラエ テクセ」
ビィウェ・イャチェ村長は木製の食卓に並べられた料理を前に、両腕を大きく天に掲げて深々と感謝を示すように目を瞑る。食卓を囲む子供達、ロー達もそれに合わせて同じ仕草を取り、食事にありつく準備は完了といった所。
「ベユ エゥイャ」
皆が同じ仕草で感謝を示していることを確認した村長の一言により、レンバルやレンバルを連れ帰った耳の短い客人を見に来た子供達は、一斉に手元のスプーンを取って料理を食べ始める。
「いただきます」
エルフ流の感謝はしたが、こちらはまだだと言わんばかりに。“白銀”四人は声を揃えて両手を合わせ、皆に並んでご相伴。
「ねーねー、お兄さん。どこから来たの!?」
「ん? 北の山の向こうからだ。」
「どうやって?!」
「無論、歩いてだよ」
食事に手を付けよう思いはしたが、一瞬の内に子供達に囲まれるロー。これは困ったと、助け舟を出すべくフィリアナに目配せをしてみれば、
「甘い…」
口元を押さえる事で綻んだ頬を見えぬように、しかして美味しさの喜びにフィリアナは眉をぴょんと跳ね上げている。
その様子は声を掛けづらくあり、見かねた村長はローを囲む子供達に元の席に戻るよう催促。ローは何とか事なきを得たのだった。
大人数での食事という事でオードブル形式の料理内容には獣の肉は見えず、ほぼ野菜と魚で色彩鮮やかに。フィリアナが口にしたのはその中でも早々に減り続けている人気者だった。
川魚と道中の“巨人の大腿”に巻き付いた黒い種子、及びイモ類をいくつか蒸し焼きにしたエルフの元気の源『ワォフ(セ)チェ』である。
「あ!! それ、妾のじゃぞ!!」
「はっはっはー! 早い者勝ちだよレイちゃん!」
炎煉やフィリアナが黙々と喜びつつ食事をしている一方。村長の隣にいるレンバルとニーナは緑の葉物に包まれた手のひらサイズの煮物を四苦八苦の取り合い。中には更に葉と火の通った白身魚の切り身が入っており、すっきりとした味わい。
料理名は『ラレューシエ』だそうだ。そして、
「グセテク、レュモォテク エゥイャ」
「ありがとうございます」
台所仕事が終わり、ついでにと村長と同じく金髪碧眼のお婆さんがもって来たのは村長によるローへの労いと感謝の証。“白銀”のリーダーという無事に帰ってきたレンバルの説明でイャチェ村長曰く、特別な郷土料理を御馳走したいそうで――――料理は村長夫人が作るのだが。
まあ、断る理由も無く。ローは頷き、渡されて受け取った小皿の上には唯一の肉料理があった。
(何だこれ…魔物の舌か?)
木製の皿に盛りつけられたのは、二種類の付け合わせの野菜とメインである三角形状の肉片。
おおよそ二口程度で食べられるであろうソレは焼け焦げてあるが、そういった料理なのだろうと村長夫妻に目配せしてみれば二人そろって頷くのが見える。
「…おいしいな」
食べてみれば表面が少し強めに焼け焦げているだけで、中身はウェルダンにホクホクとした触感が癖になる。
あればもう一皿といただきたい所ではあるがそこは面子というものがあるので自重。すると、食べ終えれば酒を片手に村長が身を乗り出し、
「シクベィ セモ?」
「ぶッ?!!」
料理の感想を聞きに来たかと思えば、隣のレンバルが噴き出す始末。そして、何故だ?と聞き返してみれば、
「ゴホッ、ケホ…それ、シュグマグのアソコだってさ」
「!?!?!!???」
シュグマグとは知っている。アソコの意味もレンバルの反応を見るに知っている。そこから示しだされるローの答えは、動揺に喉を詰まらせ、レンバル宜しく咳をする事だった。
「シクベィ エゥフグ ウリュキャ セウエ!! モォレュテー ベィテクウェウ フレュワォ。リュチュテ イャシテク セモ?」
「えーとシクベィは精力絶り……―――」
「ガホッ、か…このエロじじい………――――ゴホン! レンバル君、訳さなくてもいいからね。ニュアンスでだいたいわかるから!!」
注がれた水を飲んで一呼吸。そうやって落ち着きを取り戻したローは、言葉が分からない以上当たり前に翻訳しようとするレンバルを両の手で押し留め、何とか事なきを得る。
「やーん、ロー様に今夜襲ワレルー!」
「ニーナちゃん棒読みで何言ってんの?!」
「やっぱし、HENTAIロー様だったか…」
「ちょっ、炎煉まで?!」
「グモーデ! ムュモォラ デモォ!!」
酒に酔って口が回っているのか、村長は元からこういう人間なのか定かではないが、ともかくとして楽しく賑やかな食事の時間はゆっくりと過ぎていくのだった。
「この本なら新王が持っていたぞ」
団らんは終わり、仕事から帰ってきた親が遊び疲れて寝伏す子供達を連れ帰っている最中。子供達に質問攻めにされた挙句、遊び相手になっていたローは静かになったこの部屋で本来の仕事へと戻っていた。
「イャチェ村長、新王とは?」
「それならおれが話すよ」
当たり前だが、レンバルも年端もいかぬまだ子供。子供達に混じり同じように寝ているからして言葉を翻訳しているのは、ここらでは珍しい赤茶の短い髪と上向きの耳を持つエルフの者。
「見てくれ、こっから更に南下した川沿いの場所だ。中州…といえばいいのか、ともかくそこに新王の城がある」
「川の真ん中にどうやって?」
エルフ国の全体図はある種アマゾンの熱帯雨林の様な形状をしており、こまごまと川が流れている。そして、枝分かれした極小の川をまとめ上げる様に国土地中央には大きな川。
現在位置よりその川を下った先にバツ印、簡易的な楔文字の上。地図にも確かに建築物とその名前が描かれている。
「元々は難攻不落の遺跡があってな、ソレを攻略して流用したのだろう。おかげで城周辺は王国より活気立った町だったよ」
地図を取り出した彼はここより更に南下した海沿いのエルフ族で、彼が流暢に言葉を喋れているのは、例えば辺境伯の仕事などの王国や帝国に出稼ぎへと出ているからだ。その帰り道、向こう側の品と引き換えにイャチェ村へお邪魔している彼――ケイブ――は新王を知っているらしく。
「ま。何度か交流はあったけど、アイツの主目的は遺跡攻略が最優先で、出稼ぎはその資金集めって聞いてるな」
新王と名乗っている彼も出稼ぎに出ていた若い一派だった。装備を整え武器を新調し、魔法を学び、難攻不落の遺跡攻略を成し遂げて今に至るそうだ。
「遺跡か……―――例えばだが、本の…書斎のある遺跡なんてのは?」
本来の仕事はルージェス卿がギフトで飛ばしたとされる魔呪全書探し。ただ、残念な事に忌々しい事に、もたらされた情報は“世界の救世主”と名乗るグレゴール・ライフマンによるモノ。
それ以上でもなく、それ以下でもなく。つまりは魔呪全書がエルフ国にあるという情報だけで、実際問題どこを探せばいいかの目途か経っていないのだ。
「……あるにはあるが、良いのかい。お仲間さん放っといて?」
ケイブは自身短い赤茶の髪を掻きながらに、ローの問いを肯定するが顔には若干の陰り。
当然、仲間と言われてフィリアナ達の事を思い浮かべるがそうではないらしく、次いで思いうかべたのは早々に部屋より追い出された少し前の過去だ。
「正確に言えば仲間ではない。だが、今は下手に触れるよりか放っておいた方が良いだろう」
王国騎士団の士気がどのような物なのか知りはしないが、十人いた仲間が突然に死んだのだ。我々という塩を傷口に塗りたくらず、放置する。アレ以上の介入は野暮というものだ。
「そういうものなのか…?」
「ああ。それより、今後の指針は決まりだな」
雷にはもう慣れたと思っていた。
子供の頃、家の窓から見える暗雲。空より落ち、暗雲が生み落とす閃光と轟音はキライだった。
怖かったからだ。
突然に降り落される空よりの閃光、神様の気まぐれとも言える純粋な力。アレに当たってしまえば、確実に死んでしまうという直感は子供であったながら拭い切れない恐怖。
雨の日は部屋の隅で人形を抱いて、今か今かと神様の雷霆が過ぎ去るのを待つように縮こまっていた。今思えば、恥ずかしい子供の思い出。
「くわばら、くわばら…て、祈れば?」
騎士となり、大人になった今は少しも怖いと思った事は無かったが、
「や、止めてくれぇ!!」
あの男は子供の頃の恐怖の塊で、ジェームの過去を入念に掘り返したキライな者だった。
両の手を組んで深く強く握りしめた / 仲間の声が恐怖を劈く。
「いぎゃああああああッッッ!!?」
意味の分からない言葉を吐くように紡ぐしかなかった / 焼き焦がされる者の恐怖が聞こえた、視た。
「ぐがっががががっが………」
くわばら、くわばらと / 焼け焦げた仲間の例えようのない臭いが鼻孔を突き刺す。
呪詛のように、こわばった喉元をふるわせて / 隊長が無残な雷霆に適う筈もなく。
少しばかり席を外しただけ。少しばかり草むらから出れなかっただけ。
目の前で紫色の雷霆を遊びで纏う男の言っていた様、縮こまったジェームはただ祈ることしかできなかった。
恐怖が身体を支配して、瞳は神の雷霆を。
両の手合わせ、言われた通り祈ることしか恐怖から逃げられない私の様。
紫電を崇めるように瞳へと映るは紫の閃光。今もなお息を吹き返したように、瞼の裏にじっとりと純粋な生と死の塊が焼き付いている―――――――――――――――
「―――ッ!?」
じっとりと額には脂汗を浮かばせて、王国青鋼騎士団副隊長『ジェーム・キク』は目を覚ます。
(もう朝か……)
時刻は午前五時。
与えられた小屋の入り口と窓から、うっすらと太陽の肌寒そうな色をした光が差し込んでいる。
「う…ここは」
「隊長?!」
献身の甲斐もあり王国青鋼騎士団隊長『クアゴ・トウダ』は若干に焼け焦げていたながらに目を覚ます。
眩しい自然の光を遮る為に右手を瞳に持って行き、どうなったかを隣にいた副隊長の顔を見て察した、思い出した。
「そうか……残ったのは我々二人か…」
起き上がろうとするが身体に力が入らないでいる。
「……」
すると、ポタポタとジェームの握っていた彼の左手に雨も降っていないのに雨水が落ちていた。
「泣いていませんから…」
「そう、だな」
部下として接すればいいのか、個人として接した方が適切なのだろうか――――――いや、今はこのままじっとしておこう。




