第三章 15 【群雄割拠】
王国、帝国より更に南下した場所にある僅かに雪の積もった灰色の山々。
特に決まった名前は付けられておらず、商人や旅人の通過も少ない―――いや、無いに等しい山岳地帯は、唯一特筆できる点としてエルフの国との国境となっている“はず”の場所。
無論、“筈”といったのは最近になって『エルフ国』の話を聞くようになった為で、前まではエルフ国などと関連する情報を耳に挟む事は無かったとニャルトリアの談。
つまるところ、それほどまでに辺鄙な未開の地であるのが『エルフの国』というわけだ。
〔王国、帝国、商業国…おまけに帝国領土の商業都市“アッグコタ”からも一番遠い場所だからね。正直に言って旨味が無い〕
つい先日発見した事だが、魔呪全書の通信にはハンズフリー機能が搭載されていたらしく、耳元に白色の魔法陣を形成する事で登山最中の今でも本を耳に添えずに楽々通話が可能であった。
〔あと、エルフは長命の種族……最近と言っても五百年前の話だ。あそこは商人の通り道でもないし、ボクも内政に力を入れる必要があったから――――〕
〔一切の情報が無い…て、訳ですね〕
その利便性を考慮した通信越し。
コベルニクスの女王は事務の最中だろうか、耳元の向こう側でカリカリと執筆の硬質な音が聞こえつつも頷き、自身の詰めの甘さに溜息をつく様子。
こちらと違って随分と優遇された環境下での仕事はうらやましい限りだと考えはするが、柄ではないとローはかぶりを振るのみだ。
〔イグザクトリー。でも、そんな辺鄙な土地から来た“案内人”をたまたま雇えたのは日頃の行いかな?〕
見えてないであろうニャルトリアの目配せ先。
我らが白銀を先導するは、弓と少量の荷物を肩にかけて全身を緑の布で見繕ったニーナ位の背丈の金髪碧眼少年こと、『レンバル・ポリオ』。人間で言うのなら十八辺り、実年齢は八十歳だ。
何でも村から出ていった兄を追ってコベルニクスに来たらしく、着いた際には限界の極み。
思った以上の歩行距離に食料は底を尽き、飢餓で倒れる寸前。商業国首都へと到着したかと思えば、持ち合わせも無しに食事にありついて、無銭飲食しようとした所を炎煉に捕縛された逞しい少年である。
〔だろうね。―――…そろそろ頂上に着く〕
ニャルトリアの柔らかな声を片耳に、少年らしい元気いっぱいの声がもう片方へと響いてくる。
「ヘルさーん! 頂上はココだよー!!」
それもそのはず。両の手を口元に合わせて、やまびこを若干響かせる彼は殿を務めていたローへと聞こえる様に叫んでいるのだから。
「分かった。今行くよ―――!」
山頂までの長い道のりは整備されておらず肌寒くあるが、緩やかな勾配に道が形作られているのでそこまで苦ではない。その為、ローの道行はおのずと早足に山頂で休む皆へと追い付いた。
「…絶景だな」
時刻は夕暮れ、昼と夜の交差点。沈まんとする太陽は今日最後の暖かな光を“エルフ国”と呼ばれた未開の森を照らしている。
今までは登山をする人間の気持ちなど理解できなかったが、これだけの絶景を見た後なら少しばかしは納得できるものだと、眼下の森を“白銀”は望む。
〔何が見えるのローさん?〕
〔一面の森、だな。それと幾つか川が流れている〕
眼下の森は通常の木々より背丈のかなり高く、手を伸ばせば葉に触れられる程。恐らくはナイアル・フォン・ラトプ辺境伯の領地である『カヅム大森林』にあった“巨人の大腿”であろう。
その森の川は根を張り巡らせるように山から伸びており、見た限りだと水流はゆったりと、しかして底の見えない水深はかなり深い。
「ロー様、感心するのもいいが地べたを見てみよ」
景色に心を奪われたのも束の間。黒髪の至極色をした少女に催促され、しゃがんで地面を見てみれば、
「……足跡、数は十人ちょっとか」
自分達以外の沢山の足跡がうっすらと広間もどきの山頂を汚している。山頂の一部分、ロー達のいる場所は広間もどきの小休憩するのにはもってこいの場所で、先に着た彼等もここを通ったのだろう。
〔ふーむ。十人程度なら王国の青鋼騎士団だろうね〕
〔情報にあった例のか〕
〔ああ、彼等一足先にエルフ国へと向かった様だ。ローさん、気を付けてくれよ……それと――――〕
〔それと?〕
言葉に詰まったかと思えば、秘書である機械仕掛けの神の彼女から紅茶を差し出された様子。
〔ありがとう、ヨトゥル〕
そうして茶を嗜む音が聞こえた後、カップを皿に置く硬質的な音が話を戻す。
〔こちらからも色々と情報を揃えてから応援を向かわせるから、楽しみにして……〕
〔吾輩の出番ですかな、母上殿ォ!!! そろそろ事務作業にも飽いてきましたし…空前絶後! 悪鬼羅刹!! 勧善懲悪等の欲望渦巻く魔呪全書探し。新しいネタを手に入れる口実としてお任せいただきたくッッ!!!!〕
〔黙らせますか、ニャルトリア様?〕
どこぞの困惑するような彼の目的と手段を履き違えまくった慟哭に、通信越しながら、重苦しくカシャリと何かを構える冷酷冷静に主人の命令を待つヨトゥル。
〔やっちゃいなさい〕
〔うぇええッ?!! 仲間に向けるには大仰すぎますッ―――お、お待ちをヨトゥル殿。吾輩はただ、その……そう! 嘘をつかずに申し上げれば創作の為、引いては固まった身体をほぐすべく!!〕
〔問答無用です〕
一拍も置かずに命令は決行。
女王陛下の後ろでは、通信越しでもわかる様な阿鼻叫喚の光景が繰り広げられている。
〔まあ。そういう訳だから、よろしく頼んだよローさん〕
〔り、了解だよ女王様。何かあったらこっちから連絡する、通信アウト〕
そしてこちらも、立ち上がってニャルトリアとの通話を切ったのはナイスなタイミングだった。
「あぎゃぁぁぁぁぁぁ?!!」
突然に訪れたレンバル・ポリオ少年の恐怖にも似た叫び声が、やまびことなって木霊することになったのだから。
「ど、どうしたレンバル君?!」
山頂を少し下降した場所。善は急げと駆け寄ってみれば、うなだれるレンバルと腕を組む炎煉が木製の台の様な物の前で右往左往と吟味中。
「あのですねー…本当ならこの綱で一気に下山するつもりだったんだけど…どう?」
「ま、見た通り老朽化が原因だ。直すにゃあ、素材を持ってこないと無理だな」
下へと延びる綱は千切れて備え付けられていた土台はボロボロに。ちょんちょんと炎煉が触れてしまえば、拍子に全てが崩れ去った。
「あー…まあいいじゃないか。この眺めを望みながら下山できるんだしさ」
「えー、メンドクサイ」
なけなしのフォローも露知らず、レンバルはローの言葉を一蹴――――だがまあ、二度三度と山を上り下りした少年の気持ちは分からないでもない。
「……しょうがないな。分かった、打開策を出そうではないか」
「うぇっ!? 楽々に降りる方法があるの?!」
すると、おもむろにローはどっしりと両手両足を広げて打開策を開始する。
「よーし、みんな掴まれ」
冒険者チーム“白銀”の行動は早かった。
「はーい!」
主の命令において、すぐさまに至極色のニーナはローの両肩へと肩車。フィリアナはおぶさる形で背中に背負われ、炎煉は右腕にがっしりと。
「どうした、早くしろ」
何か邪な感じだが、これも打開策だと割り切って事態へと対処。そうして、ポカンと呆けている彼に左腕へ掴まるよう催促。
「あ、え、うん?」
促された彼は早急に左腕へ掴まれば小さな体躯からして、さながらコアラのようだとローの所感は心の片隅に。
「今回は敵になる人間が多い為、目立つ行動は避けなければならない。」
ある種、完全武装形態に至ったローはこれから使う足や腹の筋肉に力を入れつつ、早々に説明を始める。
「よって、大仰に光り輝く魔法陣やソレに類するモノはなるべく使わない様にする。後は分かるな?」
「えーと…?」
ローの準備は完了し、後はスキルを放つだけ。大仰な魔法陣やド派手なスキルを使わないという事は、なるべく地味で今ならば闇夜に紛れるモノが正解と言える。
「つまり、こういう事だ…<龍飛翔>」
ドフッ、と短く重い音がしたかと思えば、引き絞られた矢の如くレンバル達の身体は宙に山をも軽く超える程に飛び立った。
「あわわわわわ………!!?」
「しっかり掴まっとけよ!」
一時の浮遊感が身体を包む。そして、分かりきった現実が追いついた頃には包む浮遊感を拭い取られる恐ろしい落下速度が現れる。
「どわあああぁぁぁぁぁッッ―――――――――………!?!?」
最高位冒険者チーム“白銀”、案内役のレンバル・ポリオ。彼等は真っ逆さまに素晴らしいぐらいの入射角と落下速度で、エルフ国の領地“巨人の大腿”森林群生地へと向かうのであった。
「し、死ぬかと思った……」
太陽が完全に寝静まった夜更け。昼の獣は眠りに、夜の獣は活発に。
ローの仮設したテントの前で、今だ足のすくむレンバルは落ち着きを取り戻そうと故郷の森で深呼吸中。
「誰にでも初めてはあるものよ…あ、のじゃ」
とってつけたような語尾でぽんぽんとレンバルの肩を叩くニーナ。
「あ、ありがとう…」
「今日はもう寝ようぜ」
ズビシッ、と親指をさし、黒猫のような定型文を用いながらニーナは寝る様に促し、レンバルもそれに同意。
白銀の四人と、今日の事を忘れないであろうレンバル・ポリオは忘れる為にさっさと床に就くのであった。
「へ、いいカモ発見」
皆の寝静まった夜更け、ある者がロー達のテントへと目を光らせる。




