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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第三章【争奪戦】
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第三章 14 【エル・ダ・ルルエド帝国】

 良く言えば、物静かで身体を休めるのには適切な空間。悪く言えば、ホルマリン液に生物を沈めた研究室。

 艶やかに鈍い輝きを放つは、質の良い煤けた茶褐色の木造柱。部屋の広さは走り回るのには十分すぎる程、仰ぎ見れる天井、円形に組まれた柱は自立アーチ形態(ヴォールト)状に窓の無い部屋を天井までを彩りを。

 そして、悪く言えばの部屋中央。

 明かりはソレのみ、ホルマリン液とは程遠い真緑に発光する液体が十メートルは優に超える培養槽に似た円形、ガラス張りの筒に入れられていた。


「……また年を取ったな、アウス。小皺が増えているぞ」


 蛍光する緑の液体を全身に纏いながら培養槽もどきから出てきたのは、くすんだ赤に白の混じった頭髪と瞳を持つ男性。

 背格好とそこまで高くは無く、くすんだ頭髪に対しては人相は若い為に青年と呼べる見てくれであろう。


「ハハッ、そういう陛下はお変わりなく。安心したぜ」


 そうして、小言を言い返しながら彼を培養槽から引き上げるのは老齢の執事だ。

 清潔感、忠義溢れる正装は仕える者に見合った格好。薄いブロンドの混じった白髪は、老躯ながらに引き上げられる彼とは違う意味での若さを感じさせる。


「アレから幾つ経った…?」


「二年と二カ月でございます。」


 軽いため息のように息を吐きつつ、エル・ダ・ルルエド帝国皇帝“パルファ・ケノス・プラティージ・ザーベジア・エル・ダ・ルルエド”は些かに愕然としながら納得する。

 

「早めに私を起こしたのは今、帝国に出回っている()()()についてか?」


「…その件もありますが、今回は違います」


 執事兼教師のアウスが別件を説明しながらに陛下へと差し出すのは、高品質のタオルと皇帝らしい褐色の肌を目立たせる白と金のローブの服装を一式。

 皇帝は迷わずタオルを手に取って、体の水分をゆったりと拭き始めつつ、近況の報告を受けるのであった。


「グレゴール・ライフマン……聞いた事がないな」


 国内に出回っている依存性の強い“嗜好品”、一昨日に突然やって来たグレゴール・ライフマンという男。そして、王国の動きと山積みな問題の数々。


「左様ですか、元老院の方々も記憶にないとおっしゃてましたよ」


 有益、無益関係なく淡々と言い並べるアウスにはありがたいのやら皮肉を叩くべきなのか。しかし、ともかく元老院に悪態をつくのは正解だろう。


「どうだか。私が()()()()()であったのなら、諮問機関以上の権限を与える事も無かったのだが…」


 何事にも理由がある。現皇帝陛下が培養槽もどきに入っていたのにも、だ。


 パルファ・ケノス・プラティージ・ザーベジア・エル・ダ・ルルエド皇帝、彼は端的に言えばギフト持ちである。それも、少々特殊な能力(ギフト)

 能力の名は『帝国不死兵団(エペラ・ア・タリトイ)』。

 字の如く帝国に忠誠を誓った兵士(死人)を召喚し、際限なく使役する能力(ギフト)。使役と言っても全員を意のままに操れる…が、それなりの代償は奪われる“特殊”な世にも珍しい一子相伝(受け継がれる)ギフト(能力)

 代償というのは寿命の事。

 帝国首都を大まか警備させる分には微々たる寿命の消費ではあるが、その躯一人に乗り移ったり細かい指示で使役する分には相応の寿命を消費するのだ。

 それ故に四代前の皇帝が開発した寿命を引き延ばす培養槽がある。ただ、結果的に執政がほぼ取れない状態になっているのは歯がゆい心持のパルファ皇帝。


「ふむ。悪くない選択だ」


 精神は肉体に引っ張られると聞いたことがあるが、皇帝がその一例なのだろう。

 帝国の状況や問題を頭の隅に一旦置いて、アウスの見繕った服飾をウキウキとその場で一回転して喜びを噛み締めるは、六十前半を迎える青年姿の皇帝であった。


「よろしいですか、陛下?」


「ん、ああ、問題ないぞ!」


「では諮問室に向かいましょう。皆様お待ちになっていますので」











「お待ちしておりました陛下。」


 顔を覆い隠した老人五人、彼等よりも若い壮年なる八人、諮問室に入れば恭しく頭を下げる老人を筆頭にパルファへと皆が席に座らずして深々に一礼。


「よいとも。頭を上げ、席に着け」


「はい。御下命とあらば…」


 諮問室の造りは皇帝の玉座を少し高くし、彼が全体を見渡せる仕様。王国の技術を応用した照明は室内を昼夜問わず明るく照らす。

 玉座右手には皇帝補佐こと“コパス”が歴史ある長机と共に。玉座左手には同じような長机に元老院こと“チェト・ラ・セトゥスナ”が幾何学模様の床を挟んで皇帝補佐(コパス)と向かい合うように着席している。


「発言の許可を」


「認めよう。ドゥアリ・チェト()・ラ・()セトゥスナ()


 まず最初に口を開いたのは、先程皇帝陛下を恭しく出迎えた老人の一人。全体的に白っぽいローブを身に纏い、顔を隠しているのは不敬でも何物でもなくただの正装である。


「グレゴール・ライフマンの事、周知しておりますかな?」


 元老院は諮問機関であったがギフトで眠る彼の代わりに国を動かしているのが現状況。

 期間は三年の交代制で終身議員の彼等に元あった名は無く、名前の代わりに役職名を当てはめられる。これは、国の管理をする皇帝補佐とも同義だ。


「大まかな事はルエウス・“アウス”キナブから聞いている。何でも、相当なホラを吹いていたそうじゃないか」


「ええ、確かに。願いの叶う本に大量の黄金金剛石(ゴールディダイヤ)…眉唾な話でありますが、信じられない事は無い。現実、我々の前に突如として現れたのですから」


 皇帝の御眼鏡に適うよう恭しく遜っている様の元老院は、今一つ何を考えているのか分からない。

 国の為に動いているのは事実だが、少々利己的に思えるのがパルファの心中。よって、彼等の考えを推測ぐらいはできる。

 この話の流れからして、言葉巧みに躍らせる元老院の核心を突くのは野暮な事ではないだろう。


「取り繕う言葉は好まない。当てようか、エルフの国へ使いを出したのだろう?」


「……?! いいえ、正確には違います。」


「では、何だというのだ?」


「王国への対策はしっかりと。工作員の“冠”よってあちらには情報を流しました。競走馬として、王国は我ら―――」


()()()のな」


 ドゥアリ・チェト・ラ・セトゥスナ――老人――は一瞬、恭しい態度を崩したかと思えばすぐさまに持ち直し弁明の機会を設ける。


「…火急の事態でしたので、陛下にご連絡が遅れた事は我らも思う所がありました。しかしながら思惑通り、エルフの国へと王国はギフト持ちを遣わせましたな」


「それは帝国の為か?」


「はい。いずれ土地を取り返す帝国の為でございます」


 つまりは王国首都の警備を手薄にし、あちらに一切の動きをさせないというもの。


「イドウ・コパス(皇帝補佐)。こちらはどう動くつもりだった?」


 何にせよ、諮問室での発言は周知の事実となり否定はできなくなる。であれば、まずはこちら(元老院)動き(かんがえ)を事細かに把握するべく、彼が名指すは軍部を補佐する頭を丸めた彼。


「元老院の方々から、どう動くかなどの命はありませんでした。あちら(王国)がどう動くにせよ、あちらにはウェポンの件もありますので、我らが陛下の軍は依然、訓練と帝国首都の防衛をば」


 唯一皇帝と国を守護しているこちら(皇帝)側の人間である彼がそう言っているのなら確かなはず。

 元老院の顔色を窺っても、動揺の色一つと無く事実と捉えるのが正確かとこれ以上の言及はせず、代わりにか挙手をする者が一人。


「そうか…ん、どうしたトラッド・コパス?」


 軍部、畜産、魔法省、交易と民から選出された護民が二人。皇帝補佐の役職は五つとあるが、ふくよかな彼はその内の交易を担う存在だ。


「経過報告です。今から二カ月も前の事、知っての通りですがドワーフの国から連絡の途絶。未だ進展は無く、交易の為に遣い(調査員)を出したのですがこちらも帰らず………よって、指示を仰ぎたく存じます」


 山積みの問題その三。アウスから聞かされてはいたがドワーフの国から連絡の途絶以降、こちらもあちらも事の進展せずというのは思わしくない。

 ではあるが、


「グレゴール・ライフマンの事がある。今動くのは得策ではない」


「では、現状を維持と?」


「その通りだ。幸いにも黄金金剛石(ゴールディダイヤ)は山岳に沢山。もし、ドワーフの国に兵を送り、(グレゴール)()(ライフマン)や虚偽の情報を掴んだ王国の強襲を許してしまうのなら防衛設備を整える方が先決。その可能性も踏まえ、イドウと共に協力し商業ルートの警備強化に当たれ」


「はい、そのように」


 ひとしきり話し終え、室内は静寂に。状況の把握も終わり、対策も立てたパルファが解散を切り出そうとすれば、まだ最後の問題が残っている。


「良いですかな陛下?」


「構わないぞ、トハラ・コパス」


 挙手をしていたのは、市民から選出された皇帝補佐。彼等彼女ら二人の仕事は国民の意見や動向を探り、民の代表として皇帝に諮問する役割を担っている。

 その彼が、挙手をして言いたい事があるのなら…それは山積みになっている問題の一つだろう。


「例のクスリ…確か“アヘン”とか言ってましたね。どうやら、貴族上層部にも広がっているようで未だ出所は分からずにあります」


 “嗜好品”と体のいい言葉を使えば芳ばしくも見える依存性の高い劇毒。

 年を重ねても出所が分からずなのは、パルファの焦る気持ちを逸らせる。霞を掴むようなこの一件、草案以下の命令ではあるが、無いよりはマシだと皇帝は命を下す。


「イドウ、トラッド。護民官の二人に協力し、先も言った通り街道警備もふまえた検問の強化に当たれ。商人の荷を暴いても構わない」


「っですが、それでは!?」


「構わないといっただろう? 帝都の警備はこちらで強化する。なに、すぐに死ぬわけではないのだ。安心して事に当たれ」


 名指された二人は深々と礼をし、諮問会議は終わる。成された草案を早々に遂行するべく。













「馬鹿な男だ。いや、我らが賢しいというべきか?」



「……―――して、送り出した金剛月華会からの連絡は?」



「未だなし。だが、何かあれば連絡を寄越すだろう」



「信用できるのか、あいつらは?」



「ああ。信頼こそ無理な話だが、信用あっての商売だからな」



「…それもそうか。」

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