第三章 13 【王国の動き】
「宰相であり一流魔導師の貴方様が、闖入者を取り逃がしたんですか?!」
防音、盗聴の対策が成された石造りの部屋、その中央の栗茶色の円卓を囲むのは現王と五大貴族。
「ハイ。面目なく…」
テリュール王国、王都城の円卓会議室にて。
言葉尻を強めながらに、道化の様でありながら不甲斐ない面持ちのナイアル・フォン・ラトプ辺境伯。彼を言及しているのは、円卓に轡を並べた恰幅の良い若者が一人。
「もういいだろう、ウィルソン。あんなにも未知数の相手に王が無傷だったんだ。君の心配もわかるが、少しは自重したらどうだ?」
年下の彼をなだめるは同じ五大貴族のヘムニア・カリウス伯爵。何事にも“度”があると、そして王の御前であると。ヘムニア伯は、友人の彼に強く言い聞かせる。
「……申し訳ない。辺境伯殿、些か熱くなりすぎました」
友人の忠告に自身の言及が少しばかし熱を帯びていたと自覚し、辺境伯に謝罪する彼の名は“アーニ・デイ・ウィルソン伯爵”。
王国北西を管理するウィルソン伯爵は五大貴族の中で最年少の人物であり、最も保守的な人間ともいえる。
ふくよかな体つき、丸く整えられた金の頭髪、極めつけは公爵や老侯が寒色の服装をしているのにも拘らず自重しない派手な黄色基調の服装。それら含めて、正に甘やかされて育った一人っ子の彼は貴族のマナーを知ってはいたが仕事を知らず。
正直に言って要領悪く。しかし、何とか自分の為にやっているのが彼の現状だ。
そんな自身の領地管理に精一杯の彼が、円卓会議室に突然現れた“グレゴール・ライフマン”という男を警戒しない訳が無い。
自己中心的な“アーニ・デイ・ウィルソン”が贅沢できなくなるのは、領地で問題を起こされるのは、非常に困るからだ。
もちろん、ウィルソン伯の人柄は王を含めた五大貴族全員の周知。それ故に友人のヘムニア伯がたしなめるまで、皆は静観していた。
「いえいえ、いいのですよ。闖入者の件は、ワタクシに非がありますからね」
ただ、彼の言い分は筋の通ったモノ。円卓に座った辺境伯は改めて彼のみではなく、この魔法の部屋に不備があったことを彼ら全員に謝罪するのであった。
「よい、不測の事態が無いなぞと言い切れんのが現実よ。故、お主は転移門なるモノを設備したのであろう?」
「ハイ。その通りでございます………ただ、一つ弁明させていただけるのであれば、魔導師でありながらコトが起こるとは予測しておらず。ワタクシ共がいち早く駆け付け、王が無事であったのは“幸運”でありました」
ナイアル辺境伯の殊勝なる言い訳にアンドレイ王は大きく高笑い、
「成程。では、“幸運”に余の命を任せた罰としてお主は事の顛末を詳しく改めて話すがよい」
何事もなければそれで良し。改めて、ナイアルへと許しを与えた現王は彼に状況の説明を促す。
「分かりました、王よ。あなたがそう望むのなら」
深々に赤毛の髪を揺らしつつ一礼を。そして、頭を上げた辺境伯は事前に皆の手元へ配った資料を基に、宰相及び宮廷魔導師然として説明を始める。
「時刻は一昨日の夕暮れ。この場、円卓会議場に突如として黒服の青い髪をした男が現れました」
資料の一枚目―――正しくは表紙ページと目次をめくった三枚目。
アンドレイ現王やサリーオ侯爵の目に新しい人物像が、分身体によって撮影された写真に記されている。
「彼は自身を“グレゴール・ライフマン”と名乗り、
『万能の願いをかなえる魔呪全書、輝きを失なわない国を傾ける程の黄金金剛石、ソレらを手に入れたいのならエルフの国へと向かうがいい』
と、宣言をした後に御二方とワタクシの分身体の前から消失。それ以降、姿を見せる事も無く。名前や容姿の方から、文献や伝説、神話など目下素性や潜伏場所を探るべく調査の最中ですが、未だ進展はありません」
正体不明の“グレゴール・ライフマン”という謎の人物。
今一度の現状報告に円卓の皆はどういった対策を取るべきかと、目くじらを立てるのみ。
「帝国の動きはどうだったのだ? ヤツらの議会場にもあの男が現れたそうではないか」
ふと、思い出したように発言するのは気苦労皺を眉間に寄せるサリーオ・ベルチェ・グエルクト侯爵。
山岳を挟みながらも帝国と背中合わせの領地に屋敷を構える彼は、帝国の動きをいの一番気にしており、皺を作っているのもソレが由来。
意外にも今回の件に憤慨せず、妙に落ち着いているのは先のウィルソン伯のひと悶着を見ていたのと、“グレゴール・ライフマン”の及ぼした影響による帝国の行動を早々に辺境伯から確かめ得るためであった。
「ハイ。王国、帝国と変わらず同じように言い残した“グレゴール・ライフマン”。彼の影響により、アチラは何人かエルフの国へと使いを出したそうです」
「ハンッ、流石は帝国。俗物的なヤツらよ…いや、そうであるから“辺境伯の策”に掛かったのであろう」
「お褒めにあずかり恐悦至極。ケシの花、ケシの実をあの森で見つけたのは幸運でありましたナ」
“辺境伯の策”とは、ナイアル・フォン・ラトプ辺境伯が森で見つけたとされる麻薬の輸出。
勿論、秘密裏に輸出先は帝国。
これまで蔓延っていたブツとは全く違う、純度の高い新しい麻薬に帝国は全てを着々と蝕まれつつあった。
「結局の所、帝国は使いを出したらしいではないのですか? 信ぴょう性が低いにせよ、こちらも何か事を起こした方が良いのでは?」
そう言いながらに余裕ある面持を浮かべて提案するのは“駆除”の時期も終わり、領地に余裕のできたジグ・ドグゥ公爵。
「公爵の言う通りであろう。魔呪全書というのはともかく…もし、黄金金剛石があるとすれば、我が国に多大なる利益をもたらすことができる―――――サリーオ侯爵、山岳で採れる黄金金剛石はいかほどだったか?」
「…思わしくありません。緩やかに生産量は低下しており、向こう三百年は大丈夫でしょうが、それ以降は徐々に王都のインフラ整備に問題が生じると思われます」
王も確たる証拠と理由を示し、公爵の言には賛同的。
「!? では、私が!!」
利益と聞いて立ち上がりながらにエルフの国へと出立の立候補したのは、最年少の彼…ではあるが、
「ウィルソン伯、君は“責”ある者なのだ。その筆頭である領主が、我ら五大貴族が土地の管理を放棄してはならないぞ?」
叱る様な正論を公爵に受けて、見事に轟沈して渋々と着席。利益を得るという彼の贅沢は失敗に終わる。
「帝国との小競り合いは未だ無いにせよ、この一件にてもし黄金金剛石を帝国が見つけたのなら、いずれ向こうが仕掛けてくるかもしれん…」
アンドレイ現王は鈍色の顎鬚を撫でながらにしばらく考え込むが、出ていた結論を引っ込める事はせず、決を下した。
「信じられる内容ではないが、南方の森に確かめに行かせるぐらいなら良いだろう。よって、青鋼騎士団から使いを出す―――ウォリス師団長」
「ハッ、御前に」
現王の傍らに傅くは、騎士師団長『ウォリス・ハルバート』。黙々と、彼は務めを果たすのみ。
「青鋼騎士団にはギフト持ちが何人かいたであろう。適任するその者らを含めた十人の分隊で南方の森へと赴くのだ」
「御下命のままに」
南方の森、エルフの国へと王国青鋼騎士団は黄金金剛石を求め、御下命のままに行動を開始する。




