第三章 11 【サイカイ】
「イタタ…殴られた箇所がまだ痛む……」
“拳狼”に与えられた打撲、骨折 打ち身…更に胸には風穴と、フィリアナに治してもらい見た目は完治したにもかかわらず。
あの後、辛くも“拳狼”に勝利したローは、すぐさまに治療室へと連れていかれてウーロ・ヴォルフ共々、フィリアナに治療を施された。
当然、両名の怪我は完治しているのだが、流石は武神とも言われている存在。
“拳狼”の一手、どうやらただの正拳、蹴りではなかったらしく。今だ、痛む身体をローは擦る事で気を紛らわすのであった。
「ロー様、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。気にするな―――――それより…」
擦る手を左右に振って、フィリアナの治療は完ぺきだったとローは証明しつつ、先導する彼へと話しかける。
「本当にこんな場所に彼女が?」
「はい、勿論です。」
暗い乾いた石畳、空間を照らすのは壁掛けの蝋燭がちらほらと。左右に見える牢獄には生気のない有象無象の囚人が沢山。
そして、気味の悪く清潔なこの場所を<浮遊昭光>で照らしながら先導するナイアル伯の足は、迷うことなく目的地へと真っ直ぐに。
「公爵の用意した景品は…そのー、目につきますのでこちらに置いてあるのですよ」
自身の発した言葉に不備が無いかと、口元に指を添えて言いよどむ辺境伯。しかし、不安げな様子を一切見せず。いつものように道化の様で優勝した“白銀”のローに礼節を欠くことなく、受け答えをこなす。
ここは拳闘会闘技場よりもさらに下、“ナイアル・フォン・ラトプ辺境伯”の暗部ともいえる場所だ。
王に傅く彼は同時、ニャルトリアの配下であるからして、こういった施設を持つのは不思議ではない。
「それより分身体で申し訳ありません。何故、王より火急の呼び出しでしたので」
二重生影『ナイアル・フォン・ラトプ辺境伯』は、分身体を使いに出すという非礼を詫びつつ、ロー達を景品の置いてある場所まで案内するのであった。
「何があったか、差し支えなければ聞いても?」
「……申し訳ございません、ワタクシの一存で情報提供の有無を決めるのは厳しい所があります。そして今だ、会議の渦中―――情報がまとまり次第、ボスの指示があればこの事は追って連絡いたします故」
言うと辺境伯はくるりと身を翻して、器用に後ろ歩きしつつ一礼。
「待て待て、興味本位で聞いたんだ。そこまで畏まらなくてもいいよナイアル」
会話の弾みにと振った話題に対して、そこまで大仰に謝罪な夢にも思っていなかったローは若干の焦りを顔に浮かべながら、どうどうと両手を使って彼を押さえる。
「いえいえ、ボスの朋友であるのなら畏まらない訳がありませんので」
ローの制止は意味を成さず。
ここが誰もいない地下であったが幸いに、ナイアル辺境伯は最高位冒険者“白銀”の彼に目を伏せて、再び礼節を尽くすのだった。
「おっと!」
とすれば、気付かぬ内に目的地へ到着したのか、辺境伯は数歩下がってもう一度と身を翻し、前を向く。
「ここです。着きましたよ」
太陽の光も届くことないこの地下空間、進んだ先の突き当り左の牢獄の中。着くと同時にナイアルはパチンと、指を鳴らして鍵を外す。
「…………」
ドサリ、と力の無い鈍い音がした。
四肢を鎖に繋がれていた彼女の封が解かれた為の音――――辺境伯の魔法の光に照らされる彼女が、その場に力なく倒れた音だったのだ。
入れるようにと道化の如く辺境伯は扉を開けて、手をその方へとかざす。
「……分かってはいたが」
虚空からペンダントを取り出して、写真との僅かな類似点を確認する。
「酷いもんだな」
オレンジと黒の縞模様が特徴的な髪の毛と頭の上には耳、それと爬虫類に似た緑っぽい尻尾。どれもこれも、見れたモノではないが同じなのは確か。
亜人を毛嫌いしていると聞いていたが、ここまで乱雑に扱っているとはローの想像以上であった。
「だ…だれ……で、すか………?」
紙の擦れる様なしわがれた声で、人がいることに気が付いた少女は必死に前を見ようと首だけを起こす。
テルガスの話からすれば十五歳辺り。おおよそ、ハンナ君と同じぐらいの年齢の彼女には酷な運命だと、言葉には言い表せない怒りを堪えるべく、その姿を見たローは唇を噛み切る。
(全身にかけて刺創と切創の痕、顔や首筋とふくらはぎには何重にも火傷か………――――おまけに青痣と、顔には楊梅に似た赤い発疹とゴム腫……)
一歩前へとローは歩を進め、唇から溢れる血を拭う事もせず。楽な姿勢にさせようと屈んでから彼女の顎を右手で支えて覗きこむ。
女の命ともいえる髪の毛は遊び半分に乱雑に頭皮から引き裂かれて、丸っこい三角の耳は相中から治療を施すことなくすっぱりと斬られている。そして同じく、足や腕の腱もすっぱりと。
着ている服などそこらに落ちている布に等しく、歯は何本か折れていて爪も剥がされており、整っていたであろう顔立ちは見るに堪えない。
「見えないのか…?」
自身を支える男から掛けられた声に、ビクリと少女の身体が跳ね上がった。
ソレは助けが来たと喜びの感情や驚きの感情からではない、明らかに負の感情からのモノ―――それも恐怖という名のくびきに縛られた従順なる命乞い。
しばらくして、男が何をするわけでないと理解した彼女は口を強張らせながら質問に答える。
「は、い………ご主人様に…“不要”だと、言われたので………」
相も変わらず恐怖に身体を支配され、たった一言を精一杯に述べてから少女が瞼を開けた。
写真に記載された猫の瞳はソコに無く、代わりにと先程の赤黒い肉腫がぶくぶくと瞼の内側に湧いている。
「―――ッ?!」
瞬間、少女の身体は持ち上がって両の手を頭と背中に強く抱きしめられた。ただ、ソレは拘束の類ではない優しい強さ。
「安心しろ今は眠るがいい。次に目が覚めた時、キミは自由だ」
少女は初対面でありながら、その男の言葉は何故か信じることができた。
言葉、声音、彼から発せられる感情と目を失った彼女の胸に全てがするりと入ってくる。そうであるならば、そうであろうと、掛けられた言葉と温もりに安心しきったルル・ルグムの意識は、覆うものの無い瞼を閉じて深い眠りに落ちたのだった。
「フィリアナ、一応聞いておくが治療する事は可能か?」
「可能です。こうなる前に戻しましょう」
骨ばった小枝の重さの少女を抱き上げたローが従者へ問いかければ、翡翠の髪を揺らしながらにエルフの彼女は深く頷き、少女を自然と受け取った。
「妾も治療に手を貸そう。いいな、ロー様?」
「別に構わないが…?」
次いで珍しく治療を手伝うとニーナが進言、当然人手はあった方が良いので否定する理由は無い。
「治療室を使わせてもらうわよ、辺境伯殿」
「ええ、ええ存分にご使用くださいませ」
ナイアルの許可を得て二人は治療室へと足を運ぶ。これで、テルガスの約束通りにロー・ハイル・ヘルシャフトの名のもとに彼の娘を確保した。
「ねぇ、ニーナ?」
「なんじゃ」
治療室は縦長の部屋で、白い床と南国をイメージした壁紙に蛍光灯が四つ。想像通りと言うべきか、はたまた突拍子もないデザインと言うべきか、ともかく現代チックな造りである事には変わりがない。
抱えた少女を中央にある治療用のベットに横たわらせたフィリアナは準備の合間、少女の容体を見て着いて来たであろうニーナに先程より頭にあった疑問を口にする。
「どうしてロー様はここまで肩入れをするのかしら?」
確かに少女の容体はかわいそうだと思う。しかし、彼女を助ける事はロー・ハイル・ヘルシャフト自身が望んだことではない。
ただの口約束、ただ殺した男の願望。ソレが冒険者“白銀”、引いては我々の有益となるかと言えば、否。
「そうじゃな…ロー様は自身の考えをあまり口に出さない故、勘違いされること多いが―――狙いは別にあると思う」
「……それは?」
フフン、と胸を張ってからニーナは首を傾げるフィリアナへと答えを述べる。
「道徳的な気持ちもあるとは思うが彼の者は元皇帝ぞ。で、あるならば、これもその過程の一つにすぎん」
「…聞いておくけど、ロー様自身がソレに気付いていなくても?」
「然り。この世界に来てから、お主も薄々感づいているであろう?」
フィリアナは答えない。準備が終わった為か、ニーナの問いに口を開くことはなかった。
「まあ、よい。治療を始めるとするかの」
肩をすくめたニーナは身体を半液体に崩し、ベットに横たわった少女の身体にのしかかって溶け合い始める。
「まずは不純物の除去じゃ」




