第三章 10 【決勝戦】
【貴方にとって“闘拳死合”とは?】
「そうさな。我にとって飯代を商い…そして、強者と拳を交え、喰らう場所よ」
【決勝戦、相手はトロールのガジカや小半巨人のムロルト選手。更には飛び入り参加した凶悪な魔物“魔喰獣”さえをも屠った強者ですが、勝つ自信はいかほどに?】
「クハハッ、結果の分からん勝負事の前に勝つ自身とは…しかし――――だが、答えよう。“勝てる”とな」
【では、最後に……………パンはパンでも食べられないパンは?】
「決まっておる…戦車のヤツであろう――――というより、毎度毎度この質問、答えなければならんのか?」
〔遂に…遂にこの時がやって参りましたァァァァァッッッッ!!!〕
壮年なる男、麗しき淑女、暇と金を持て余した御婦人、血気盛んな老爺に老婆。おまけ、興味本位に闘技場に駆け付けた選手がちらほら。
皆々は、アナウンスを務めるアジェのあおりに合わせて声の裏返るまで叫び、子供のように地団駄を踏みつつも、心持ちを一つに。
外面や身分関係を全く気にせず、気に留めず。
入場する選手を待ちわびるその姿、理性の無い獣の如き狂喜乱舞は“歓喜ゆえの重圧”と言葉にするのが似つかわしい。
観客の興奮はリングを響かせ、揺らし、牙竜と飛竜の導きによって、これから現れる二人に多大なる重圧をのしかけるのだから。
「フゥー………」
だが、彼等がそこまで興奮するのは致し方が無い。
“拳狼”ウーロ・ヴォルフに勝つる者が現れたのだから。或いは、強すぎる故に自ら拳を諫めた彼の―――久方ぶりに死合へと赴いた餓狼の本気を見ることができるのだから。
一方は魔物退治を旨とする最高位冒険者。
一方は武を極め、“武神”と謳われた真の実力者。
拳を交える両者の勝率は餓狼の者が僅かに上。
(強いだろうな…確実に)
今までの比ではない緊張感と渇き、飛竜の方角より放たれる“拳狼”が放つ殺気。
それら諸々を含めた全てのプレッシャーが、ただならぬ重しとなって死合場に向かわんとする足を引き留めようとしている。
指定された通りに白銀の外套を纏い、いつもの恰好に戻った彼であってもソレを拭い払う事は出来ないでいた。
「気張れってロー様。アンタなら勝てるぜ!」
そんな彼の不調を見抜いたのか。仲間である鬼の彼女は、牙竜の方角に佇んでいた“白銀”ロー・ハイル・ヘルシャフトを鼓舞する。
彼女の言葉はするりと胸に入り、彼の緊張を諫めてくれた。
「……そうだな!」
心持ちを確かに、もう一度深呼吸し、深く息を吐き出してから肺に酸素を送り込む。深紅の瞳を瞼の下に、応じた彼は勝利するべく頬を叩く。
ローが命を奪い、その命を賭けた者の望みを果たす為に。
勝利する為に。
「クク…」
飛竜が導く闘技場までの通路。
抑えられぬ感情を露わにして、牙を剥き出す笑みを浮かべる餓狼が一匹。
(これほどまでの“力”、並み居る強者共を蹴散らす“技量”…良し!)
血染め紋様の白い服は見てくれが如く一層に血気を増し、そこの薄い格闘用の靴と磊落たる黒の段袋からは今か今かと鋭き一蹴が飛び出さんとしている。
牙竜の導きより現れる彼とは正反対に重圧を良しとするは“拳狼”。
「ククク…ハハハハハハ!!」
死合場に向かいながら、まっさらな白髪をもう一度両手で上げて一呼吸。落ち着きを取り戻し、より一層笑みを増す“拳狼”ウーロ・ヴォルフ。
今までにありとあらゆる強者と死合ってきた彼であるが、ここまでの気配を感じ取ったのは初めてである。
(言葉にするなら“異質”であろう。ヤツの気配は別世界から来た者の様さな…)
彼が狼と呼ばれているのは勝利に貪欲なだけでなく、また必滅の一撃を繰り出せるだけではない。
死合う相手、戦う強敵―――端的に言えば『武』を極めし“狼”は、それら本質を見極めることができるのだ。
例えば、気配。
例えば、資質。
相手が喫煙家であるかどうか、昨日何を食べたのか、得意技は何なのか。“餓狼”の目に留まった獲物は瞬時に暴かれ、喰らわれる。
相手の欠点を知り、知られることなく狩りを終える――――それ故に“拳狼”。
「何であろうと、楽しみでならんな。」
〔牙竜の方角ゥゥゥゥッッ………〕
アジェが南に手を差し向け、死合場へと登壇するは白銀の外套を纏った黒髪紅眼の拳闘者。
〔今宵、この男が歴史を変えるのか?!! “白銀”ロー・ハイル・ヘルシャフトォォォォォッッッ!!!〕
ライトに照らされ、沸き立つ声援を受けながらに彼が登壇すれば、アジェの紹介と同時にすぐさま相手は現れ出でる。
〔まさに無双、まさに無敗。しかして、その歴史破れるか…はたまた、無双の武を示すのかァァッ!!〕
死合場に踏みあがるのは、一人の狼。
今か今かと獲物を値踏みし、狙いを定める餓狼の強者。
〔“拳狼”ウーロ・ヴォルフゥゥゥッッ!!!〕
いつものように一礼する彼ではあるが、血に飢えた観客を押し黙らせるほどの殺気を隠す事はせず。ただ、強者と死合えるという喜びを享受するのみであった。
(この男………強い)
今までに命のやり取りをしてきたローからすれば、この遊びなしの殺気に怖気づいてしまう事は無い。が、そうであるが故に“拳狼”程ではないにせよ、相手の力量は分かるのだ。
正直言って勝つのは難しいかも知れないのがローの本音。
しかし、敗走は許されず、勝たねばならない―――それこそが彼に課せられた責務だから。
〔ではではでは、決勝戦ですので死合場を変更したいと思いますゥゥッ!! カモン、ワールド!!!〕
「?」
一瞬理解できない実況者の言葉に耳を傾け、アジェの指さす方に目をやれば、天井にあるのはリングをすっぽり映し出した大きな鏡。
「?!」
見上げた途端、眩しい光が両者を包みこむ。するりと景色は入れ替わる。
「ほう、天空城か」
眩しい太陽、ヒュー、ヒュルと音を鳴らす風、ミクロに雲を彩った青空。そして、両者の立つはレンガ造りの地面と右を向けば鈍い黄色の城壁、左を向けば空中に浮かぶ浮嶋がちらほらと。
「もしかして…ここも浮いているのか?」
「左様」
青空の只中。辺りを見回し終えたローが対戦者に問いかけると、彼はさも当然のように頷くのであった。
〔アー、アー、テステス…聞こえますでしょうか?〕
この風光明媚な風景に亀裂を入れる声が空間全土に響き渡る。その後、アジェの説明は短調にまとめられていた。
〔こちら、辺境伯様が用意した特設の会場『鏡面世界』となります。いくらその中の物を壊そうが罪は問われませんので、存分に派手に殺っちゃってください〕
(…なるほど、鏡面世界)
“究極呪文”の一つで区分は超級魔法。用途としては対象をその場に閉じ込めたり、チームを分断させたりと陽動によく用いられる魔法で、こうやってタイマン勝負に持ち込むのも一つの用途と言える。
(鏡面世界内部環境はスキルを持ってない場合、ランダムで構成される。だから、いつもの服に着替えさせたのか…)
本来発動するのに鏡は必要ないので、恐らく演出の一環として天井に鏡を置いたのだろうとローは推測。
〔では……拳闘死合決勝戦、御二方に開始の合図は譲ります。喧騒の入らないこの場でどうぞご自由に、御勝手に勝者を決めてくださいまし〕
言い終わるとぷっつりと外界へのつながりは切断された。どうやら勝負が決するまで、ここから出させない算段のようだ。
「な、何を笑っているんだ?」
「いや、お主ただ者ではないと思ってな」
「…過大評価だよ、それは」
クハハ、と腕を組んで仁王立ちにローの言葉を気持ち良く笑い飛ばす“拳狼”。
「それは今からわかる事よ。では、闘技者らしく名乗りを上げようではないか」
笑い終われば落ち着きを取り戻し、仁王立ちから数歩前に歩き出す。
位置としては丁度相中、立ち止まり“拳狼”は右の拳を突き出して、姿勢を鋭い刃物の様に伸ばし名乗った。
「我を字すは“拳狼”が二文字。名をウーロ・ヴォルフ!!」
少々呆気にとられたが、それぐらいの義理は果たそうと。ローは彼と同じくして歩を進めて、拳を交わす。
「我を字すは“白銀”が二文字。名をロー・ハイル・ヘルシャフト!!」
準備は整った。
「いざ―――、」
片方は左拳を落とし右に半身となる武の構え。
「尋常に――――、」
もうは片方は両腕を曲げた総合格闘スタイル。
「勝負ッ!!」
「勝負ッ!!」
今、雌雄は決する。
「破ッ!!」
右の拳を構え、放ち、開幕に双方は踏み込む。狙うは水月、放つは右のストレート。
「グッ…」
「が…」
守る事を一切せず、“白銀”と“拳狼”は打ち合うのみ。
「フゥー……」
距離を取り“拳狼”は深く腰を落とす事で次の動作に移行する。
(来るッ!?)
狙いは必中、穿つは必滅。身体の中心に沿って腹、みぞおち、胸、喉、鼻、頭骨と下から上へと連撃を瞬きの間に放つ。
「破ッ!」
例外とは時として役に立つモノだと、来る連撃に備えるローは実感した。
(ほう…)
身を半歩ほどずらし、相手の連撃を必殺の技とさせず。痛みを受けはするが、内臓や骨身を全て壊される事は無い。
そのままの体勢で右足を踏み込み、ローが繰り出すのは打撃ではなかった。
「クハハッ、組技か!?」
相手の真後ろへと即座に回り、姿勢を低く足を折り曲げて敵の腰を組み掴む。そしてそのまま、弧を描きながらに地面へと急降下。
その名“ベリィ・トゥ・ベリィ”と呼ばれる技。
「―――ッ!!」
だが悲しいかな、相手は無敗の武人“拳狼”。
両腕を先に着いて地面へと力を流す事で難を逃れ、組技から即座に抜け出し、構えを取る。対するローも急ぎ立ち上がるが間に合わずして、
「クハハハハハッ!!」
敏捷なる脚力より“拳狼”が繰り出すは、足でのカチ上げ。“白銀”の頭蓋を蹴り飛ばす。
そこからは流れであった。
蹴り飛ばし、地面よりわずかに浮かぶ肉体へと右の拳、左の足刀、右の膝蹴り、左の貫手、右の前蹴り、左の上段崩拳。
おおよそ三秒半に十六連撃と叩きこみ、〆は城壁にローを叩き飛ばして張り付ける右足での蹴技。
「ぐッ………――――まだだッ!!!」
「来るか!!!」
ローの肉体再生もおぼつかなくするウーロの連撃。武の高みをその身で喰らってもなお、闘志を宿す瞳に今一度の悦を餓狼は得る。
「城壁を投げるか!!!」
「応とも!!」
突き飛ばされた城壁を鷲掴みにして、巨大な岩となったソレをローは投擲。
堪らず避けるかと思われたウーロ・ヴォルフ、両の腕を天地に置き伏せ受けの型。前腕から上腕にかけて、大岩を受け流す。
「ウオオオオオオオオッッッ!!!」
横からの攻撃に万能である為に、縦からは防げまいと。ローは左足を大きく振りかぶり、大岩に隠れながらに踵を落とす事で、その死角を穿った。
「が…ぐ……ッ?!」
ただその一撃より、連撃は派生せず。
僅かに瞼を切られながらも踵を落とした左足を両手で掴み、“拳狼”は相手の運動エネルギーを利用し、思い切り地面へと叩き抜けた。
「…墳ッ」
浮き島であった城を構える城壁の地面はひび割れて真っ二つ。
真下にあった大岩へローは突き飛ばされ、お返しにとにウーロより飛び蹴りが来る。武人であるのなら狙いは必中、愚直なまでに直進。で、あるからして、
「何ッ?!」
投げ飛ばすは容易。更にお返しにと、ローは餓狼の健脚をへし折ってから隣の浮き島へと放り投げ、追いかける。
すぐさまにソレに気付いた“拳狼”は最初に取った構えで待つ。
「クハハハハハハッ、強いな」
「ああ、勝たなければならないからな」
睨み合い、言葉は不要。両者ともに満身創痍。
あらゆる個所から血が噴き出て、あらゆる個所の骨が軋み、ひび割れているであろう。だが、勝つために、強者を喰らう為に“白銀”と“拳狼”は余力を惜しまず。
「シッ」
睨み合いからの初撃―――最初に繰り出したのは“拳狼”。
「――――――ガッ?!」
思わぬ連撃にローは避ける事できず。そう、彼は構えを替えたのだ。
最初に見せた腰を深く落とす一撃必中の御業で無く、ワン、ツー、ステップを多用するボクシングスタイルにウーロ・ヴォルフは切り替えた。
「カハッ…」
故、適応を間に合わず。
見た事の無い餓狼の動きは、“白銀”に成す術なくしての彼を蛸殴りにする所業。
(逃げねば…!)
アッパーカット、フック、ストレート、裏拳、手刀。千差万別の連撃から逃れようと、一歩下がらんとするが、餓狼は逃がす事をさせず。
(外套をっ?!)
いつも通りというのが仇となったか。
一歩踏み込み、白き外套をウーロ・ヴォルフは地面へと足蹴に縫い付けた。そして、次に来るは右の拳。
「ク…ハハハッ!!」
次の一手が見れるのなら対処することが何とかできる。余力を振り絞り、血まみれの頭蓋を大きく振りかぶって餓狼の拳を粉砕する。
次はこちらの番だ、と。
構えたローは外套を縫い付ける足をさらに地面へ縫い付けて、反対に蛸殴りに“拳狼”をぶん殴り続ける。
(責務だなんだと自身の信念に従ってここまで来たが…)
額からはどくどくと流血し、頭突きをかました頭からも嫌な音がした。けれども、
(今この瞬間…俺は“拳狼”に――――勝ちたい!!)
この刹那。責務や信念、志し全てを、何もかもをかなぐり捨てて勝利したい。
“拳狼”との殴り合いの喧嘩に勝ちたいが為、ロー・ハイル・ヘルシャフトは決めに掛かった。
「ウオオオオォォォォォォッッッ!!!!」
同じくウーロ・ヴォルフも全てを出し切れる相手に対して、最上の敬意を払うが如く神速に決めに掛かる。
「ハハハハハハハッ!!!!」
ズドン、と形容するのが一番ふさわしいであろう。両者、心の臓を文字通り、言葉通りに相打つ形で名乗りを上げた時の様で貫いた。
「クハッ……見事…なり………――――」
餓狼の胸は一敗に満たされ、口からはゴポリと音を立てて血液が溢れ出る。そうして、彼は地に沈む。
「が……は…――――――」
僅差と言えよう。
血染めの餓狼に続き“白銀”たる彼も血を吐き出しながら、仰向けに地へと沈んだ。




