第三章 8 【大人、小人】
「くぅ~…流石は拳狼!! 噂に名高い戦いっぷりだよな!」
「はは、確かに。“拳の狼”とはよく言うモノよ、あの飢狼の無双ぶりを見ては年甲斐もなく昂ってしまおうさ」
すっきりとした味わいの冷えた果実水を片手に途中観戦ながらも噂に名高い彼の無双っぷりの試合内容について高揚し、余韻に浸りながら談笑する二人がいた。
その二人は正直言って他の貴族とはある種一線を引かれる存在だろう。もちろん悪い意味で、だ。
「つーかさ、あれって…」
いつもの鎧に大盾は装備せず。得てして、恰好に金を使える貴族よりも着ている服は若干に野暮ったく、辺りの連中と比べてみればあまりにも質素で場違い。唯一、褒められた点は職業柄鍛えられた肉体であろう。
しかしそんな揶揄の目も気にせず、おおらかに楽しみながら目を配るのも二人にとって仕事の一環だ。
「うむ、“白銀”の御三方だろう。はてさて、本当に居るとはな」
薄い金髪の彼の目配せに気付いた相方は、丸めた頭と相対的に伸びた立派な黒ひげを擦りながらに言葉だけで驚きながらも何処か納得した様子。
「だよなぁー。しかしまぁ―――」
「来た意味はあったというわけだな」
薄く若干に長い金髪を後ろに一つに纏めた髪型のレナード・アンダーソンと相方のガウス・ゴンゴルドは、声を揃えて腕を組んで深々と二回ほど頷く。
赤い封蝋が押された招待状をひらひらと遊ばせるレナード達が来たのは、『仕事』という事もあるが『テコ入れ』の意味合いもあった。
“拳闘死合”は貴族ばかりが集まる娯楽とされているものの、貴族からの招待状があれば一般の人間であっても拳闘会に登録でき、賭け金が無ければ幾ばくかは借りられる。
そうでもしなければ、死合内容や客層が知った顔ぶればかりとなってしまい主催側に旨味が出なくなる――――つまりは、マンネリ化してしまうという訳だ。
「んにしても、オレらに依頼とはよ。馬鹿正直に報告するクインツにも呆れるぜ」
レナードとガウスが、とある公爵に招待されたのは先程言ったマンネリ防止の為。それと“白銀”の彼を知る二人による改めての威力偵察、もとい王国の脅威となるかどうかの危険性を確かめる為である。
「お、次でるそうだぞ?」
“白銀”の三人へ『仕事』として目を配りながら、ガウスの声に反応するレナード。
モニターへと目を向ければ、二人の見知った彼の写真が駆け比率と共に映し出される。
「ほう、ロー殿が高くなっているな」
「じゃ、確信をもって全額ベットだ」
〔拳闘死合も中盤に差し掛かり、洗練された闘技者が今ここに集いますッ!!〕
マイクコールも十分に、両腕を振り上げ大手を振ってご挨拶。アナウンサー兼実況者であるアジェ・メネストロは声を張り上げ、入場コール。
〔牙竜の方角ゥゥッッッ!! 体重五百を軽々超える巨大なガジカを葬り、新参ながら勇猛な拳闘で勝利をもぎ取った彼の名は…………――――“白銀”ロー・ハイル・ヘルシャフトォォッッッ!!!〕
黒髪紅眼、拳闘用の黒と緑のボクシングトランクスを着用した彼は、慣れた動きでアジェに導かれるまま闘技場へと登壇する。無駄な動きは一切せず、呼吸を整え相手を待つのみ。
〔対する飛竜の方角ゥゥッッ!! その素性、なんと巨人との混血。ガジカにの大きさに肉体は及ばずとも、そのタフネス・馬力は拳闘会史上光一ッッ!!! “組業師”ムロルトォォッッ!!!〕
アジェが選手紹介のシャウトと同時に、その無機質な手が指し示したのは真上。
不思議に思いつつ、相対しながら迎え撃たんとするローの真上に大きな影が飛来し、着地。
(うわ、びっくりした…)
ローが驚くのも無理はない。なんと、ムロルトはリングを揺らす衝撃と爆音と共に照明のある場所から降り立ったのだから。
こんな彼のサプライズに無論、観客は湧かない理由は無く、
「ドリャ――――!!」
右腕を突き上げ、三メートルの全身を躍動させる小半の彼に声と合図を合わせて観客たちは叫ぶのであった。
一言で言い現わすのなら、いかつい男といえるだろう。
若干に黒光りした筋肉の浮き出た全身と頭から背にかけては刺々しい入れ墨が続いている。プロレスラーの黒いパンツに丸坊主の頭は様になっており、言葉を訂正するのなら“かなりいかつい男”であろう。
〔勝ち抜いてきた選手は洗練された猛者たちであり、この二人も例外ではありません!! そこでぇッ―――――〕
いつものように強化ガラスが闘技場を包んだと思えば、彼等の背に見えるのは繋ぎ目を蠢く光。
〔今回は趣向を変えて、“電撃デスマッチ”で死合を執り行いと思います!!!〕
例え雷光の蠢くリングであろうとも、勝利するのに変わりなし。
ローは深呼吸し、身体を落ち着かせると両手を胸辺りに構えて戦闘態勢へ移行した。
〔武器の使用以外を一切認める、拳闘死合……開始ィィィッッッッ!!!!〕
高らかにゴングは鳴り、相手の出方を探るべく様子見していたローは正しく『高を括っていた』と言えるだろう。
両者の開始位置はリングの両端。そうであるなら、攻撃は届かまいと高を括っていたのだった。
「…!!」
開幕、飛来してきたのは巨人の小さな両足。
胴と頭を同時に蹴れるほど大きな一蹴はローに防ぐ暇をも与えず、難なくと呆気なく彼を電撃走るガラスへと突き飛ばすのであった。
〔で、でたぞ。ムロルトの超遠距離ドロップキック!!! ステージの端であろうともヤツの毒牙からは逃げられない!!!〕
流れる電撃はギリギリ選手が死なぬように設計されている。だが、最高位冒険者であっても、もろに喰らえば気を失う程の電流が身体を駆け巡るのだ。
「ドリャァァァッッ―――――!!!」
綺麗に完璧に技が決まったムロルトは右腕を高々に振り上げ雄叫び、観客からの歓声を引き出す。
「…おっと、まだ生きていたか」
観客を沸かせながらも相手に注視していた、ムロルトの目にはうつ伏せに倒れた相手。ガジカを倒した相手がこんなに呆気なく沈んだのには驚きを隠せない。
「ハイハイハイハイッ!!」
いつもの手拍子、沸き立たせる定石通り。
彼の手拍子に続いて段々と観客も合わせて手を鳴らし始める。そうして、僅かに呼吸しつつ口と身体からくすぶった煙を吐き出すローへとムロルトは近づき、技を組む。
「いかん、動け!!」
「黙ってなラービス。これがどういう試合か忘れたか?」
セコンドにいたラービスの忠告は観客の手拍子に呑まれてしまいローに届くこと無く。
“拳闘死合”であるからして、レフェリーはおらず。相手の息の根を止めるまでが、死合なのだ。
〔決めるのかムロルト。遂にあの技を繰り出すのかァッ!!?〕
場の流れは変わり“白銀”の彼が沈むことを望む声が次々に上がっていく。
相分かった。と、そも観客に答えるが如く、ムロルトの行動は早く。
倒れた彼の首を左の剛腕で固定、それから右腕で相手の左腕を握り組み、
〔でたぞ、ムロルトの十八番!! 超落下系ブレェェェンバスターだ!!〕
最後の仕上げに垂直に、相手の身体を一気にすぐさま持ち上げて、
(ハッ、呆気ねぇな)
そうして後は背中から落ちるのみ。後方に続くのが電撃でなくともこれは痛い、三メートルから直に受け身を取る事もできず、なのだから。
「…………よ」
「…ん?」
超落下するムロルトの耳にポツリと何かが呟いた――――だが、もう遅い。
技は完ぺきに決まり、彼の目に映るのは天井の照明がざっくばらん。例え回復していたとしても逃れられない。
〔なんとぉ!!?〕
しかし、ブレーンバスターは不発。段々と盛り上げていた会場の空気も淀み、手拍子も消えていく。
見れば、身体をそらせ足を地に着けブリッチの体勢で、沈むはずの男がムロルトの技を防いでいたのだ。
そしてそこから、肺に空気を入れ、丹田と僧帽筋、広背筋と脊椎起立筋にローは力を入れる。
「フゥ……――――ッ!!」
〔も、持ち上げたァッ!!?〕
体重二百強もある筋肉の塊をロー・ハイル・ヘルシャフトは綺麗に垂直に持ち上げたのだ。
〔そ、そしてあれは…!!〕
あらゆる死合を実況してきたアジェが驚くのも無理はない。あらゆる死合を楽しんでいる観客たちが驚いていたのは当然だ。
両者の身体は立場を逆転させ、垂直――――即ち、その技。
〔ブレェェェェンバスター!!?〕
持ち上げたのなら下るだけ。ヘッドロックを反対に極め、電撃通るガラスのリングへ真っ逆さま。
「………ガガガ!!?」
堪らず、ムロルトは悶える。急ぎ、電撃より逃れようとするがヘルシャフト選手のローキックが顔面に直撃。
「ヨッシャァァァァッッ!!」
してやったりの彼の一撃と合わせての雄叫びは会場を沸かすのに十分だ。
〔大番狂わせ何と言う事か、彼の得意とするプロレスにあの冒険者はプロレスで返したぞッ!!〕
声援反響する中、続けざま。
「おいおい、ありゃまさか?!」
「やるというのか」
体勢を整えたムロルトへとローは|人差し指と親指を立てる《シュート》。
「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン。負傷はこれで五分、勝ってやるさ」
両手を中心に、脇を閉めて“組み”の姿勢にローは移った。
(…へぇ、多芸だねぇ)
立ち上がったムロルトも同じ姿勢と構えを取る。
双方距離を詰めたかと思えば、唐突にローが両手を大きく上げた。
「手四つ!? あいつやる気か?!」
観客の一人が言った“手四つ”とはいわゆる力比べ。
両手を掴み合い、握り込むことで純粋な力勝負する。そして、宣言したからにはやるのが当然。
〔お、押されている?!〕
その挑戦を受けたムロルト、三メートルをもある小半の巨人がじわじわゆっくりと電撃流れるリングの柵へと押し出されていく。
(成程、ガジカがやられたのも納得だ)
流石はプロと言った所。追い詰められてはいるものの、内心は意外に冷静。ムロルトは両の足を改めて地に着け、意地を見せる。
「………!!」
間髪入れず。“白銀”の彼をムロルトが静止させたかと思えば、続けざまに彼の頭突きがやって来る。
「くッ…!?」
「かハッ…」
両者、頭蓋を砕くべく頭蓋を使った一撃に頭を震わせ、声が漏れる――――まだ続く。
「ぐ…」
「ぶぐ…!」
二度、三度と打ち合い、
「ゴガッ…?!」
四度目。ローの顔面を直撃したのは“組み”ではなく“打ち”であった。
「憶えとけ…―――」
組み外されたローは堪らずムロルトのジャブ&ストレートの流れを防御できず。先程のお返しと言わんばかりに、アッパー、ボディ、ジャブとムロルトは繰り出す。
「何でもやるのがプロレスってな」
両腕の拳を顎に添え、脇を開いて肘を横に。自慢の胴体であるからこそ防御することなく、滅多打ちする相手に防御する必要なく。
〔止まらない、止められないィィッ!! ラッシュ、ラッシュ、ラッシュゥゥゥッッッ!!!〕
ワン、ツー、スリー、のテンポでムロルトは殴り抜ける。
顔面、胸、腹、全てに打撃をくらわし、今だ防御できぬローをじりじりと追い詰めつつあった。
〔どうしたロー・ハイル・ヘルシャフト!? 気を失ったのか一切防御できていないぞ!!?〕
遂には電流流れる壁際にローは追い込まれでしまい、彼の身体は電流に痺れる。
「このまま決める!!」
殴る、殴る、ぶん殴る。ムロルトは確信した、これで勝ちだと。そして、最後の一撃を放った。
「……そろそろか」
伸びていた筈のローより、右ストレート一閃。景気よく、防御もせずに殴っていたのは正直よろしく無い一方的な戦況。それにこの手の突き、先達を知っているローからすれば遅いモノ。
彼の左ストレートはローの頬を掠め、対して狙っていたローの右はムロルトの顎を抉り、巨体を沈めた。
「ハイハイハイハイッ!」
ローは手拍子、それと声を張り上げて沸き立たせる定石通り。
彼の手拍子に続いて段々と観客も合わせて手を鳴らし始めるのは、鳴れているからであろう。
「言ったろ? 真剣にキャッチ・アズ・キャッチ・キャンするって」
右ストレートで脳震盪をおこしたリングに沈む巨人の両足をローは脇の下で組み込んで抱え上げ、
「せぇの!!」
一気に加速し、振り回す。
〔ジャイアントスイング!!〕
リングの中央まで回転しながら、ローは更に加速し、決着をつける。
〔から、投げた?!〕
遠心力による、投擲の加速は更なる衝撃を投擲物に与える。当然に行き着く先は電撃流れる強化ガラス。
床に着くまでの僅かな時間。
コレを逃す手は一つもありはせず、駄目押しにと投擲物にドロップキック一閃。顔面へともろに受けた彼はひしゃげる様な音を鳴らすのだった。




