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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第三章【争奪戦】
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第三章 7 【拳狼】

 流石は辺境伯、流石は友人であるニャルトリアの配下であろうか。

 試合が終わって係員に導かれるままに選手控室へと向かえば、壁に掛けられたパイプ椅子にシリコンコーティングのなされた木造の床と白い壁面、床よりも高めに作られた畳を引いた座敷と黒いモニター。

 おまけに室内は幅広でウォーミングアップに最適な、おおよそ現代チックな控室がロー選手をお出迎え。


(畳とは…分かってるじゃないか)


 背に“拳闘”の文字が刻まれた配給の赤ジャージを着こみ、日本人らしく座敷に備え付けられた座布団に座して、机の上に緑茶を一杯。

 係りの者から聞いた話だと、選手の関係者であっても選手以外の観客はこの控室に来ることができないようで、仕方なく………本当に仕方なくニーナ達は試合観戦を楽しんでいる様子。

 それ故に、一人でいるこの僅かな時間をローはゆったり過ごしていた。


「失礼、入ってもいいかな?」


「…どうぞー」


 懐かしい匂いと畳の肌触りをサワサワと楽しみつつ、くつろぐ最中。誰かがドアをノック、構わないと了解の意を述べれば、その声と姿に聞き覚え在り。


「ああー…ええっと………」


「ラービスだ。ラービス・センクロウ」


 しかし、名はうろ覚え。ローが言い淀んでいれば、同じくして配給されたジャージを身に纏うラービスは改めて自己紹介をするのであった。


「重症だな…大丈夫か?」


「まずまずだ」


 相も変わらずウェーブ金髪で顔の整った(甘いマスクの)美男子(イケメン)は、余裕をもって微笑みかけてくるのだが、その左腕と首は石膏で固められて包帯でぐるぐる巻きに余裕無く。

 それもそのはず、彼は自身より数倍以上も巨大な怪物の剛腕に弾き飛ばされたのだから。


「それにしても、ガジカを羽交い絞め(チョーク)とはね」


 壁にあったパイプ椅子をラービスは手に取って、適当な場所に着席。ともすれば、ローに掛けられた言葉は皮肉口調でありながらの選手を称える賛辞の言葉。


「魔物については良く知っている方だからな。トロールの再生能力は脅威だが、首を絞めて落とせば造作もないさ」


 それに反し、当然と指を添えてローは笑みを浮かべるのであった。


「ははは、流石は冒険者ってところか」


「?」


「いや、なに。アイツの事だから、次は対策してくるって話だよ」


 聞けばあのトロールのガジカ。死合においてほぼ無敗を誇っており、練習は怠らない悪役系選手だそうだ。ローとの死合後、運ばれた医務室で目を覚ました途端に次は勝つと息巻いていたらしい。


「じゃあ、アンタが突き飛ばされたのも筋書き通り(ブック)だった、て訳かい?」


 ラービスは首を振ろうにも振れず、仕方なく右腕を振ってローの問いを否定する。


「いいや、アイツがリングに来たのは“強者の臭いを感じ取った”からだそうだ」


「犬…?」


「いや、オレを突き飛ばせるんだからトロールに違いない。臭いを嗅げるヘンタイのな」


 二人は本人居らずを良いことに、談笑の肴として言いたいことを口にするのであった。勿論、片方はそん()な理由からの私怨を込めて。


「ああ、そうだ。ロー・ハイル・ヘルシャフト、ここのルールは知ってるか?」


「…殴り合って勝ち進んでいけばいいだけではないのか?」


 武器を使わず勝利する。と、シンプルイズベストなローの答えに眉を顰めた後、彼は数度と軽く頷いて納得した様子。

 そうして、もう一度と首の代わりに右手を振って否定すれば、真面目な美男子顔(イケメンヅラ)を作ってから、姿勢を緩めて話を始める。


「ルールって堅苦しいモンじゃないけど、それなりの決まりが三つほど――――この“拳闘死合”にはあるのさ」


 そう言うと彼は骨折していない右腕を軽く上げてから、五本指の真ん中三つを目立たせるように掲げる。


「その一つ。さっきもアンタが言った通り、武器の使用以外を一切許可した殴り合い…これは知ってるな?」


 当たり前だと頷くローを見た彼は右端の指を織り込んで、次の説明にそそくさと移る。


「そんで、二つ目は拳闘死合の選手は“例外”を除いて他の選手の死合を見れない。これは選手間の手の内を見せないよう公平さを尊重する為だな」


「なるほど。炎煉達が控室に来れないのもそういうことか……で、例外とは?」


「まあ、待て」


 真ん中の指を織り込み、そのままラービスはモニターに人差し指を向けてモニターを点ける。

 

「見たらわかるさ」


 映し出されるは死合会場。

 最後の決まりとは、説明口調でありながらラービスは何故か得意げに口を開いた。











〔今宵、遂にあの男が久方ぶりに参戦だァァァッッ!!〕


 いつもの通りに七色、八色とスポットライトが目まぐるしく会場を派手に彩り照らし、観客は先程以上に感情を、声を昂らせる。


〔飛竜の方角……―――〕

 

 先程のローとガジカの拳闘死合。新入りがしてやったりの圧勝を見せつけた、と言い表すのが適切であろう。

 対して、只今より始まろうとしているこの死合。

 シャウトなアナウンスを決めて定石通りに手をかざすアジェでさえも興奮で震える死合、歴戦の最強である拳客(かれ)が久方ぶりに姿を現す必見の前哨戦。


〔全戦全勝、生涯無敗。武神と謳われ、極めた四肢は正に凶器。表す(あざな)は数あれど………今宵はこの名で呼びましょう!!! “拳狼”ウーロ・ヴォルフゥゥゥッッッ!!!!〕


 両脇に留め具として紐を結って、丈のほどは腰までに。基調を白とした血に染まった様な紋様の服、股下の広い青みがかった黒のズボンを纏うは、まっさらな白髪を上げた壮年の男。

 “拳狼”ウーロ・ヴォルフは落ち着いた足運びで淡々と闘技場(リング)へ上がる。続き、対戦相手の紹介はすぐさまになされた。


〔対し挑戦するは、牙竜の方角……―――沼地よりいでし黄褐色の(よろい)、鋭い爪と牙は相手を無残に引き裂くだろう!! ク族の戦士“ナチュラルファイター”バァァァシュュュヌゥゥッッッ!!!〕


 紹介と共に照らされる選手入場口から現れたのは、磨かれて金に近い光沢を放つ鱗を持った蜥蜴人(リザードマン)

 南西の湿地帯より来た彼はク族の勇猛なる兄弟の弟で、その身体に刻まれた螺旋模様の入れ墨は戦士の証。紹介された通り、爪や牙は鋭く研がれて全ての攻撃と防御に特化した万能型(オールラウンダー)の選手だろう。


「シャァァァァァァッッッッ!!!」


 “拳狼”の見てくれとは大違い、腰に布を一巻きした姿で観客からの声援も乏しい。しかしながらに、その筋肉量は期待される覇者よりも圧倒的で、彼には無い胴回りを優に超える尻尾もある。

 因みに体の一部となっている物は武器と見なされないので、他種族は存分に力を振るえる戦いとなっている。


賭け比率(アルヴァン)出ましたァ!! “拳狼”ウーロ・ヴォルフ『三十七・三』、“ナチュラルファイター”バシュヌ『五十五・五』。さぁ、はった(BET)はった(BET)はった(BET)ァッッ!!!〕


「バシュヌに三十万だ。」

「拳狼に五十」

「そうさな…儂はバシュヌに二十賭けようぞ!」


 興奮さめぬ内、観客は口々に選手二人の掛け値を張っていく。

 観客たちの手前にあるのは、建造物と一体化した賭け専用のゴーレムだ。彼等へと言伝すれば、手持ちの現金や拳闘会に預けた賭け金が自動で胴元に回され、半券が配られる仕様。

 そうして肝心の賭け金はというと若干“拳狼”に傾いているが、大穴であるバシュヌへの金額も少なくは無い。


〔皆さま、賭けは済みましたね? では、死合開始とまいります!!〕


 観客全員の賭け(BET)が終わったとアジェは通知を受け、強化ガラスを闘技場(リング)に降ろし、実況席へと移動すれば準備は整った。


〔無階級、無差別種族混合死合…第五回戦――――――武器の使用以外を一切認める、拳闘死合……開始ィィィッッッッ!!!!〕


 高らかにゴングを鳴らし、死合は開始―――なのだが、本来沸き立つであろう会場に異変あり。


「…………」


 “拳狼”ウーロ・ヴォルフは右足を前に若干浮かせて、半身となり。同じくして右腕を構えて左は深く落とし握り込む。


「……………」


 “挑戦者”バシュヌはというと、両腕を大きく広げて体格差の利点を生かしたシンプルでありながら戦略的なお得意の構えを取った。


〔何と言う事だ!? これほどまでに武を極めたというのかァッ?!!〕


 睨み合い、視線の鍔迫り合い。

 相手の出方を見るのに当然の処置であるが、これほどまでに殺気を帯びたモノは常日頃から素手のみで魔物を屠る『ク族の戦士』バシュヌさえをも感じた事の無い異物。

 血を見て、肉の千切れる音を聞き、骨の軋む極め技を是とする観客でさえ、盛り上げようとするアジェでさえも“拳狼”のコレには心底震えあがっていた。


「フン、少し力み過ぎたか…」


 この場を吻合するかの如き自身の殺気に気が付いたウーロは、気恥ずかしながらに視線を地面へと一瞥させて会場をほぐした。


「さて、是で良かろうて。かかってくるがよいバシュヌとやら」


 一歩踏み込む事さえも躊躇していた相手を気遣う彼の言葉――――真に開始の合図であると同時に、戦士の心得を潰されたと憤慨したバシュヌは最速、最短で距離を詰めて()()をお見舞いする。


〔早い、早いぞ!! 両腕より振り下ろされる爪は一太刀の刃以上に鋭利。当たれば出血は免れない!!!〕


 突き、引き、横、縦に斬り裂く。どの一撃も当たればただでは済まないだろう。

 バシュヌが高速に振る凶器は相手を捉えた瞬間、深く相手の肉を削ぎ落とすのだから。


〔だが、当たらない! 流石は“拳狼”ウーロ・ヴォルフ、どれもこれもを見切っています!!!〕


 そう、当たらなけらばただの鋭い一撫で。“拳狼”は身を揺らし、間一髪の間隔で剣よりも鋭い爪をことごとく避けていく。


(ハッ)


 戦士であるバシュヌは最強と謳われた相手に対し、内心ほくそ笑んでいた。ではあるが、軽蔑侮蔑の類ではない――――ソレは勝利へと道筋がはっきり見えたのだ。


(避ける為に一歩つづ下がる。広い場所では効果的な戦略だが…――――)


 一歩、また一歩と華麗に避ける“拳狼”。観客はその事実のみに目を向けてしまい、戦況に盲目であった。

 そうして知らずの内、チャンプが追い込まれていた事に気が付いたのはガラス張りの壁際に彼の背がぺったりと張り付いた刹那。


「勝った。」


 ボソリと勝利を確信し、僅かに口をほころばせて享受するク族の戦士。決定打は振るう鋭利な爪で無し、またそれは突くことに特化した見えざる第五の攻撃法。

 爪に視線を注視させたことによる完全な不意打ち――――尻尾の一突きは相手の頭蓋をカチ割らんと鈍く脆い音を立て血を吹き出す。


(あっけない…これがアノ殺気を放っていた者の末路か)


 仲の悪いレ族の対抗馬として、故郷を追い出されたもとい送り出されたバシュヌ。

 ひょんなことから拳闘会へ流れつき、聞きしに勝る“拳狼”との勝負に心を躍らせていたのだが、このような結果に深くため息をつく――――――――――尻尾を引き抜くその瞬間まで。


「ほう、中々の一突きよ」


「?!」


 頭蓋に突き刺したはずの尻尾を引き戻そうとするがピクリとも動かない。

 それもそのはず。

 見れば血を流していたのは彼ではなく、バシュヌ自身のモノ。あの見えざる完全な不意を突いた一撃は、いともたやすくウーロの左腕に掴まれて鱗ごと粉砕されていたのだ。

 

「グッ……?!」


「流石は戦士、痛みに耐え――――む?!」


 蜥蜴の尻尾切とはまさにこの様、ク族の戦士たる彼は不気味な殺気を醸し出すウーロより距離を取る。


「クハハ、自切したか。よし、まだ戦う気概はあるという事。存分に死合おうぞ?」


 掴んだ尻尾を彼がかなぐり捨てれば、場の空気が変わった。いや、元に戻ったというべきか。

 一歩踏み出すのも躊躇する“拳狼”の殺気がまたもやバシュヌを包み込む。それは、言うならば彼が戦える相手と目の前の蜥蜴人を認識したのだ。


「シャァァァァァァッッッッ!!!」


 バシュヌは戦士であり闘技者だ。彼の生において彼のプライドは負ける事を許さず、空元気からの叫びで自分を鼓舞し、殺気を振り払って敵へと突貫。

 狙うは頭蓋。

 両翼からの両腕を交差させ、避けられたのなら尻尾で跳躍し、のしかかりと同時に爪を振るう。それもダメなら、足を踏み込みウーロの動きを奪った所でヤツを切り刻む。


「またぞろそろって同じ事…」


 彼の動きは獣の様。ク族の戦士の中で敏捷さにおいて、バシュヌの右に出る者はそうそうおらず。ではあるが、相手は“拳狼”。


(フン)、飽いたは」


 正直に言って『相手が悪かった』の一言、コレに尽きる。

 バシュヌに起こった出来事とは、単に流れ作業のようで武を極めた者の連撃。


「破ッ!!」


 ウーロ・ヴォルフは来る頭蓋を切り刻む両腕を粉砕、その後地べたに着く尻尾を踏んで地面に縫い込ませる。

 そうして不思議と綺麗に着地したバシュヌは、身体の中心に沿って腹、みぞおち、胸、喉、鼻、頭骨と下から上へと連撃を瞬きの間にくらう。

 見えぬ攻撃ではなく、見れない(目で追えない)連撃――――当然、防御さえもする事できず間に合わず。

 もろに全てを受けたバシュヌは、呆気なく闘技場の地に沈む。


〔やはりこの男は最強と謳われるぬ相応しい!! 勝者、“拳狼”ウーロ・ヴォルフゥゥッッッ!!!〕


 予定調和の如く片が付き、アナウンサーは勝者を称える。

 “例外”とは強すぎる事。手の内を見せたとしても勝つことのできない無敗無敵の武人、ウーロ・ヴォルフは拳と手のひらを突き合わせて一礼する。

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