第三章 6 【死合開始】
【素手のみで闘う“闘拳死合”に初参加という事ですが意気込みは?】
「冒険者として魔物に刃ばかりを振るってはきましたが、殴り合いでも勝つ自信はあります。自分らしく闘うだけです」
【公爵主催の今回開かれた大会には猛者ばかりが集っています。彼等に対してどう立ち回りますか?】
「多くは語りません。ただ、拳闘会の歴史が今日、変わるでしょう」
【冒険者チーム“白銀”の獄炎炎煉さん。コルコタを救った英雄である貴方にとって、リーダーである彼の存在とは?】
「何でもできる。て、思いきや意外にやれることは少ないンだけど、頼りになる人さ!」
【フィリアナさん、パンはパンでも食べられないパンは?】
「え……何、突然?―――――あ、あのー…戦車のヤツ?」
【もうすぐ死合が始まろうとしていますが、選手であるリーダーにニーナさん何か言うことは?】
「時は来た。それだけじゃ!」
「…………フッ(含み笑い)」
「なっ…?!」
闘拳死合の地下闘技場には二つの観客席がある。
一般の貴族や金持ちが観戦する中央の闘技場を軸にした八角形のひな壇。それと、お忍びや主催者が闘拳死合を観戦する為のVIP席だ。
「なぜ………」
ひな壇上の観客席は言わずと知れず。
腰をどっしりと預ける事のできる備え付けの椅子、適度な時間に果物や飲み物を配りに来る恰好の良い売り子などの一般的なサービスに富んだ観客席だ。
対してVIP席は会場の上部、両脇に二つのみであるからして一般席とは天と地の差。
正方形の青絨毯、少し寒い位に温度を保つ空調、闘技場を見下ろす為の強化ガラスに目の悪い人用には白いクリーム色の壁面にナイアルが魔法で作ったとされるモニターが掛けられている。
当然、冷蔵庫には間食用の切り分けられた果実やキンキンに冷えた酒が数種類。
「何故、“白銀”の面子がこの場に…、この試合に出場しているのだ!?」
そんな不満こそを漏らすのが珍しい場所で、灰色の短く切りそろえた髪と切れた目つきを持つ四十代半ばの彼――ジグ・ドグゥ公爵――は声を裏返らせながら立ち上がり、ワイン片手に悠々自適と隣に座る道化にも似たナイアル辺境伯へと驚嘆に叱責するのであった。
「いやいーや。ワタクシもコベルニクスからの使者と聞いて驚きましたよ? ただ、話してみると意外に良い人格者で」
「そういう事を言っているのではないぞ、ラトプ。」
オニを仲間とし、商業都市コルコタを救った冒険者チーム“白銀”。
彼等については王と同胞との議題で、ナイアル・フォン・ラトプ辺境伯が監視の目を光らせていたはず。なのに、この体たらく。
王国領まで彼等が足を運び、あまつさえ辺境伯邸の地下闘技場に“コベルニクスの闘技者”として来訪したという情報は、王に使える者として眉を顰めるに値する。
「分かっていいますとも公爵。取りあえずは、これを」
「…報告書か」
「ええ、公爵殿が驚くのにも無理はありません」
立ち上がった公爵を諫めるべく、束になった報告書を渡す辺境伯は指を添えて教師が生徒に諭すかのように、手渡した紙の束について話し始める。
「我らが王には昨日の夜、“白銀”についての近況報告書をお渡ししましたからね。――――明後日には王より、改めての言伝があるはずでしょう」
ナイアルの話を半分に渡された報告書をパラパラと速読するジグ・ドグゥ公爵。ふと、ページをめくる彼の手が止まった。
「これは全て本当か…?」
冒険者チーム“白銀”の行動については耳にこそ挟んでいた。しかし、毒の霧に包まれたユーセラスの奪還、『世界を救う』と謳う集団の頭目など、夢物語にも似た千差万別の情報はコレを作成した彼へと疑念の眼差しを向けてしまうほど。
「勿論。」
「シーカーチームが全滅したのもか?」
「はい。後ろ盾のない彼等を雇い“白銀”の動向を調べる様に差し向けたのですが………ユーセラスの霧は相当な猛毒でしたな。ワタクシの飛行型ゴーレムも腐らせる始末でして」
手に持った資料に改めて目を通す。確かに、ナイアル伯の飛行型ゴーレムは見事に撃墜されて、シーカーチーム三組は霧の中に消えて一時は行方不明。そして、ユーセラスの霧が晴れた後に行方不明となっていた三組の死体は無残な姿にあった、と写真を添えて掲載されている。
「では、“白銀”がコベルニクスとの協力体制にあるのはいつ知ったのだ?」
「彼等がユーセラスを救い、コベルニクスへと帰った後ですよ。ワタクシこれでもフィールドワークは得意なので。」
辺境伯は宮廷魔導師であり宰相を任された才能ある者で、冒険者やシーカーに任せる様な少々の荒事は簡単にこなせる実力を持つ。
その彼が言うには猛毒の霧が晴れた直後、“白銀”の動向を彼自身がユーセラスに聞き込みに行ったそうで、幸いにも道化の見てくれが旅芸人と認知されたのか、自然と話を聞けたらしい。
「最後に…何故、我々に情報を共有しなかったか?」
「は?」
眉を顰め、立ち上がり、疑念の眼差しを彼に向けたまま言い放ったジグ・ドグゥ公爵。
その彼の言葉を聞いた辺境伯の僅かに憤る気配に、すぐさま自身の配慮の無さと王に対しての非礼を感じ取った。
「…いいですか、ジグ・ドグゥ公爵。我らは王の方針に従い、情報を吟味するのは彼の王ただ一人。我らは国の有益たる情報を集め、献上するのみです。」
目を閉じ、胸の内から湧き出る様に当たり前の忠義を述べるナイアル伯――――彼の断言した王への姿勢に嘘偽りなく、
「すまぬ。あまりの驚きに感情で口を開いてしまった」
ジグは辺境伯の忠義に心からの謝罪を示すべく頭を下げようとするが、道化に戻った彼に押し止められる。
「よいのです。人は誰だって間違いを犯しますから………――――それに、彼等がまだ悪とは断定されていません。ここは一闘技者として、彼等…いや、彼を大手を振って迎えようではありませんか?」
「………ふむ、そうだな。今はコベルニクスの闘技者として、私の難題をこなせるか見るとしよう。」
驚愕から落ち着きを取り戻した公爵はナイアルの話を聞き入れ、コベルニクスの闘技者が拳狼に勝つるのかどうかと、純粋に拳闘死合を楽しむことにしたのだった。
(ええ、嘘は言ってませんよ。“嘘”はね………)
〔さてさてさてさてッッ―――!! 遂にきました本日のメインイベントォォッ!!!〕
手を突き上げる男がいた、黄色い声援を外面関係なく叫ぶ女がいた。
トーナメント参加権を巡る前座死合は終了し、甲高い男の声がマイクを通して響き渡る事で会場のボルテージは一気に高まっていく。
〔とあるお方主催の五千万ルティを賭けたトーナメントの開始ダァッッ!!〕
会場を沸かす彼は人ではない。
アナウンスと同じくして、マイクを持ちながら死合場に登壇したのは鋼色で両腕のみ、球体の身体を持つ浮遊型のゴーレムであったのだ。
〔優勝すれば人生の変わるこのトーナメント。司会実況はこの私、アジェが務めさせていただきます。まずは、第一回戦!! 惜しげもなくぶん殴り合う選手お二方に入場してもらいましょうォォッッッ!!!〕
すると、彼は南に設けられたVIP席真下の選手入場口に手を差し向けて、
〔牙竜の方角ゥゥッッッ!! コルコタを救い、ユーセラスまで救った英雄的冒険者チーム“白銀”のリーーダーー………――――ロー・ハイル・ヘルシャフトォォォッッッッ!!!!〕
黒髪に深紅の瞳と白の外套には身を包まず、筋骨隆々の肉体を見せたいつもとは違う装い。黒を基調とした碧色のラインの入った半ズボンのみを彼は着用しており、殴り合いの試合に出る者として様にはなっている。
「キャー、ロー様!!」
初参加で冒険者という事もあり、観客からの歓声は微々たるモノ。その代わりにか、セコンドにおらずの三人の歓声が耳に鋭く、しかも会場にハッキリとこだまする。そうして、一応に大手を振りながらの登壇は白い目で見られずに済んだ様子。
この時のローは内心、多々ある視線を向けられて口をへの字に曲げるぐらいには恥ずかしがっていたのだが、ソレを誰も知る由は無い。
〔続きまして、飛竜の方角ゥゥッッ!!!〕
飛竜の方角は正反対。つまりは北側に位置する選手入場席にアナウンサーが手を向け、選手が入場すれば、先程のローとは比べ物にならない程のほぼ黄色い声援が会場を取り巻く。
〔甘い顔は観客を魅了し、更には相手までをも惑わしてしまう。拳闘死合きっての美男子………――――ラービス・センクロウォォォッッ!!!!〕
ウェーブのかかった短い金髪を後ろで束ね、碧眼で顔の整った美男子がローと同じような恰好でリングへと舞い降りた。
「よ。アンタ、こういうの初心者なんだろ?」
「そうだが?」
ローの何気ない返答がお気に召したのか、ラービスは拳を叩き合わせこちらへと向け、
「じゃあ、いっちょオレがこの業界の厳しさを教えてやるよ」
「……それはどうも」
宣戦布告。どう受け取っていいか分からなかったが、取りあえずは肯定した。それより気になっていたコトを聞くべく、ローはアナウンサーを招き寄せる。
「何でしょうか、ロー殿?」
プロ精神素晴らしくマイクを切ってから僅かな時間、会場のテンポを崩さずゴーレムはローへと歩み寄り?例の件をローは話せば、
「ああ、その事ですか。ダイジョウブです。こうでもしないと集客や選手がやる気にならないので、貴方が優勝すれば、とある方は約束を果たす所存ですよ」
とのことで、
「貴方は四回勝ち進んでいけばいいのです。―――――ですが“拳狼”にはお気を付けを!」
さらっと重要な事を言い放ったアジェは、ローの制止を振り切って持ち場へさっさと戻るのであった。
〔改めて賭け比率を見てみましょう。おおっと、コレは!!?〕
賭け比率。つまりはオッズの事で、拳闘死合では勝率の低い方に大きい数字か掛けられる仕様だ。
司会が観客に目配せするように、辺境伯自作とされる巨大なモニターに目を向ければ賭け比率は若干がローに傾いている。
〔最終ベットは只今を持って終りょ―――――――〕
『待テヤ、アジェ!』
刹那、ローの脇目を一呼吸置かずに甘い顔の彼が飛ばされるのであった。
『オレトコイツヲ戦ワセネェ、トハ言ワセネェゼ? ナンタッテ、今サッキ人間種ノ『センクロウ』ハ退場シチマッタシナ』
耳に残るカタコト具合で流暢に喋るのは青い肌をした四メートルの巨人―――北欧では妖精ともされる、再生能力に富んだトロールであった。
『デ、ドウスルヨ?』
悩む必要は無く、アジェの判断は早かった。
〔続行します。多大な大番狂わせより、急な死合内容変更により賭け比率を組み直しております………―――――おおっと、キましたァァッッ!!?〕
モニターに映る対戦者カードは変更され、最高な比率が即座に表示される。
〔ロー・ハイル・ヘルシャフト『六十七・三』、トロールのガジカ『二十一・一』。さぁ、はった、はった、はったァッッ!!!〕
「ロー様に二十万ルティ!!」
聞き捨てならない幼い声がローの耳に聞こえる。
(ちょ、何やってんのニーナちゃん?!)
振り向けば、どうやら三人の総意であったらしく満面の笑みでこちらを見ている。
所持金半分以上の消費と自身にソレを上乗せされたという、選手である彼に多大なプレッシャーが重くのしかかる。が、そんな素振りを一様にも見せないのがリーダーというものだ。
〔皆さま、賭けは済みましたね? では、死合開始とまいります!!〕
来た時に見た強化ガラスが司会の人声と共に二重のアクションをへて闘技場を覆い囲む。
双方、登壇した闘技場の端から動かず、互いに睨み合い。
〔武器の使用以外を一切認める、拳闘死合……開始ィィィッッッッ!!!!〕
高らかにゴングが鳴り、観客は双方が同時にトロールのガジカも同じ考えで敵が動き出すだろうと高を括っていた。
『ガァッ――――――ゴバァッッ?!!』
主に悪役を演じているガジカにとってその一撃は、彼お得意の悪役らしい叫びを出す隙を与えず。
『コノ人間種ァァッ!!』
ゴングが響き渡ったと同時に繰り出したローの直線的な肘を突き出すタックルは、彼の右ひざの皿を粉砕。
再生能力があろうとも痛みに強い訳ではないので、彼は堪らず一秒と僅かに悶絶するがそこはプロ。すかさず、持ち直しうずくまろうとしていた姿勢から巨腕のアッパーカットを放つ。
(コイツ、避ケヤガッタ!)
ただ、ガジカに一つ誤算があるとすれば、彼以上にロー・ハイル・ヘルシャフトという人物はそれなりに死線を掻い潜り、場数を踏み、彼以上に大きな巨人とも戦って成長していたのだ。
『ガァァッッッッッ!!!』
一歩、二歩とゆったり距離を取ったローへすかさずガジカは両腕を駆使して連撃を放つ。しかし、
「おい、アレ。ガジカのパンチ、全部捌いているぞ!!」
距離は縮まっているというのに、一向に届かない攻撃。
〔捌く、捌く、捌くゥッッ!! ガジカの巨腕が掠りもしないィ!?―――――これが、最高位冒険者の実力なのかァ!?!〕
アッパー、ボディ、ジャブどれを出しても捌かれる様。憤慨に耐えかねたガジカは、堪らず組み伏せようと持ち前の巨体を駆使したタックルをかますが、
『ウグゥゥッ――――!!』
距離を詰めた事により、敵の間合いに入ったのは完全な失態。
その場から動かずにいたローは、位置の下がった上半身―――水月へと前蹴りをかまし、相手の動きを制止させる。
〔な、極まった?!〕
そのまま、一気に彼は決めた。
水月を踏み台とし、肩へと駆けあがって両足を使いチョークスリーパー。再生能力がある
トロールであろうとも、絞め技には弱い。脳へと血液は回らなくなり、
『ガフッ……』
決着。
堪らず、泡を吹いて気を失った四メートルの巨漢はリングに沈む。
〔勝負ありィィィッッッ!!―――――勝者“白銀”ロー・ハイル・ヘルシャフトォォッッッ!!!〕
どっと沸き立つ歓声が上がり、会場は揺れ動く。
冒険者チーム“白銀”否、ロー・ハイル・ヘルシャフトは約束を違えることなく、目的へと一歩進むのであった。




