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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第三章【争奪戦】
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第三章 5 【ナイアル・フォン・ラトプ辺境伯】

 地面を走る雑音も揺れも無く、更には室内の気温は変わらず。黄土色の鱗を持った二足歩行の竜“シュヴァーフ”が引く竜車は、ナイアル・フォン・ラトプ辺境伯が治める王国領『カヅム大森林』を駆け抜ける。

 大森林に住む魔物は千差万別で周辺においては最も大きな森林となり、そも他の森とは(・・)が違う。

 カヅムの木々は“巨人の大腿”と呼ばれるほどに幹が太い。

 大きさとして一軒家が丸々すっぽりと木の内部に収まるぐらいで、高さとしても五十メートルは下らないであろう。


「どうした?」

 

 本来ならばコベルニクスから辺境伯邸まで三日かかる往路ではあるが、ソレを半日足らず。それも小一時間で森へと差し掛かったのには、もちろん理由(ワケ)がある。

 

「ロー殿、もう少しで到着しますよ」


 御者の方から竜車の窓が三回とノックされた後、ゆっくりと窓が開かれる。ローへと声を掛け、窓から覗くは右手に抱えられた頭だ。

 容姿からしても彼自身は傍から見れば普通の人間。そんな、()()に擬態した彼の種族は“首無し騎士(デュラハン)”。

 アイルランドに伝わる首の無い男の妖精でゲーム内の区分的には死人(アンデット)に類している。強さはまずまずと言った所。


「そうか。分かった」


 こうして小一時間で森の入り口まで着いたのも、彼が女王ニャルトリアの配下の者である故にフィリアナの魔法技術を当たり前に黙認できる存在だからだ。


「でなでな、ロー様! 食い逃げのエルフをな。炎煉(カレン)がこう、ザッ、シュタッ、とひっ捕らえたのじゃよ!!」


 とある事情で微妙な空気が漂っていた車内。何故が膝の上に座るニーナの一声は、まさに天の恵みで彼等の雰囲気に潤いを、話を切り出す潤滑油。


「ほう。凄いじゃないか、炎煉」


 その潤う波に乗ったローは、休日であろうとも“白銀”として英雄らしく行動した炎煉に感心を示し、ねぎらいの言葉を掛ける。が――――、


「そーでもないぜ、魔喰獣(イェンティグ)ぶん殴った()()()()ロー様に比べればよ?」


 頬を赤らめ、そっぽを向く炎煉の的確な指摘はローの心を抉るのであった。


「ま、まだその事を覚えていたのか………」


「当たり前よ。わた……オレ達の裸を見たんだぜ? 高くついて当然」


「いやいや、アレは三人とも不可抗力ですからね。炎煉ちゃん」


 ローの苦しい弁明を炎煉は鼻で笑うのみ。取り付く島もない彼女に信じてもらうべく、新たに弁明を図ろうとする白銀のリーダー。しかし、何を言おうと疑いは一層深まる方向へ堕ちるのが見える。

 そうして、エルフな彼女から一石投じられるのは、正直言って胸を撫で下ろす心境だった。


「そうよ炎煉。ロー様だって大浴場の男女の時間も気にせずに入るわけないじゃない?」


 前言撤回。

 フィリアナの純粋な眼差しは、何もやましいことを考えていなくとも痛い。更にローの心を根こそぎ抉る程、凄く痛いのデス。

 

「はっはっは………当然」


 高笑いからの語尾は段々に尻すぼむ。

 そう当然、当然気にしていませんでしたと、改めて自身の配慮の無さを自覚させられるはめに。


「それよりも、だ。今回は別に付いてこなくてよかったんだぞ? 名指しされたのは私だしな」


 話の腰を何とかアルゼンチンバックブリーカーし、取りあえずは話題をそらす。

 そもそもな話、冒険者チーム“白銀”はローの()()()()()()により辺境伯邸へと向かっている。

 自身が手を下したテルガス・ルグムの遺言――――彼の娘を救うという彼の願いを完遂させるべく、だ。


「いいえ、ロー様。私達が貴方に付いて行くのは当然の事です」


「ま、ヘンタイはヘンタイでもロー様だしな」


「炎煉」


「ハッ、冗談だよ。フィリアナ―――――それより……」


 後ろめたさに青ざめるローを脇目、ムッと睨むフィリアナの視線に肩をすくめる炎煉は窓の外を指さした。


「おお、着いたようだな!!」


 自身の気持ちと場の雰囲気を一挙に素早く切り替えるべく、渡りに船と声をうるさくない程度に張り上げてから彼は竜車正面の窓を開ける。


(おしゃれだな)


「しゃれてんな」


 “白銀”のフィリアナとニーナは一度来たことがあるので辺境伯邸の外見に驚く事は無いが、初めて見る二人は彼女らとは違って同じ感想を心と口で洩らすように例外である。

 

(へー…こんなところだったのか。それにしても、だいぶ辺鄙な場所に家を構えたんだな。流石は辺境伯か?)


 森の奥深く。辺りは森にも拘らず、緑に囲まれた噴水のある立派な庭とモノトーンに彩られた、だだっ広い屋敷。で、ありながら、錆びず廃れずの屋敷の外見は素人目にもよくわかる程に清潔に保たれている。

 白銀の乗る竜車はアーチ状の植物が絡まった正門を抜け、そのまま庭の舗装された道に沿いながら屋敷入口へと止まった。


(ほう、他にも馬車があるな…)


 辺境伯邸の玄関口に到着した竜車から降りれば、庭の端に幾つかの馬車、竜車が止まっている様子。

 見た所、白銀の乗る竜車並みの装飾や外から見えないように隠ぺいの魔法がかけられており、恐らくは今日の試合を観戦するべく、わざわざこんな辺境まで足を運んだ貴族の所有物であろう。


「おやおやおんや、お待ちしておりました」


 妙に気の抜けた声が屋敷の入り口から聞こえたと思えば、道化の様な家主が直々にお出迎え。


「ワタクシ、王国宰相及び宮廷魔導師のナイアル・フォン・ラトプと申します。王からは辺境伯の地位を任されております」


 辺境伯とは言ったもの。

 宮廷魔導師で宰相の名を冠する彼の恰好は、落ち着いた趣の邸と比べても正に奇抜。大仰な道化の見てくれをしながら顔半分が道化の仮面、もう半分の見える素顔は美男子といえるほどに整っている故に。

 どことなく俗世から外れたような第一印象を覚える独特な雰囲気を纏うナイアル・フォン・ラトプ辺境伯。すると、彼は王国の大貴族らしからぬ、辺りに人目が無くとも憚られるであろう所業を、一介の冒険者に深々と頭を下げたのである。


陛下(ボス)から話は聞いております。さぁ、こちらに」











 屋敷の内装は外と同じように趣のある作りとなっていた。

 廊下の床には乳白色の大理石とアクセントとして青味がかった暗めの緑、足元を寒くしないよう上品な暗い赤のカーペットが廊下の端の端まで続いており、褐色の薄い白みの強い壁面には高価であろう風景画などが適当な距離で飾られている。


「辺境伯殿、少しよろしいかな?」


 一応彼女の部下だと知ってはいても相手は五大貴族の一人であるからして、彼に連れられているロー自身の立場は弁え、敬語になるのも当然。


「ははは、ロー殿。今は誰もいませんのでナイアルと軽く呼んでくださーい。」


 なのだが、ナイアルはそれを笑い飛し、彼女の部下だと再認識させる。


「では、ナイアル。闘拳死合の試合会場は一体どこに?」


 屋敷に入って来てからというものの、自分達以外の息遣いや物音さえ聞こえず。

 一貫して無音が支配する邸宅内には他人のいる形跡が一切なく、更には試合会場と呼べる施設の片鱗さえもない。


「安心してください。これから赴く所にありますゆえ」


 ナイアルの道案内に連れられて今度は屋敷内から外へと出る白銀御一行。


「これは…」


 その後、行き着いた彼の答えにも驚愕したが、彼の開けた扉の先を見下ろせば屋敷裏手にある()()の光景には思わず目を疑う。

 見た感じの広さはおおよそ五十メートルぐらい。そこにあるのは縦長に伸びた三角屋根で半透明の建造物が二つ。

 十川の記憶が知り得るソレの名称は、姿形において正しく『ビニールハウス』と呼ばれるモノ。そしてその中には作業をしているエルフが何人かと、白い花弁を咲かせた股下まである背丈の植物が栽培されていた。


「花の栽培………辺境伯とは、エルフを雇って副業をするのが普通なのかい?」


「いいえ、いいえ。コレは副業ではありませんよ。ワタクシの、ただの趣味兼本業ですな」


 先に進むことで否応でも目に入る両脇に構えられたビニールハウスの中身。

 ニーナが不思議と興味を抱いて近くに寄ってみれば、その植生場に根付くはただの花ではない事に気が付いた。


「ロー様、見てみい」


 彼女の指摘に足を止め、ぼやけていたビニールハウスの中身に目をやれば、産毛の無い長楕円状の葉を持つ植物がそこに。そして、その見た目にはロー自身、覚えがあった。


「…まさか、ケシの花か?」

 

「おお…! 流石は陛下(ボス)の朋友殿……――――」


「―――――御明察です。ビニールハウスに植えられているこれらは“ケシ”と言いますわ。」


 両脇に植生用のビニールハウスを見据えていると、唐突に歓喜するナイアルの言葉をブロンドの美女が奪い取った。


「おんや、栽培の様子を見に来たのかねキャシー技術大佐?」


「違うわ。今日は転移門(ポータル)の調整をしに来ただけよ」


 白衣を着たキャシーと呼ばれた彼女。一見普通なみてくれではあるが、白衣の下の蠢く存在によってニャルトリアの配下である事は一目瞭然。

 恐らくだが、彼女の種族は体内外に蟲を飼っている『寄生超蟲人(パヴェトランス)』だろう。


「ところでロー殿…」


「な、何でしょうか?」


 彼女の上品な姿勢に思わず畏まってしまう。ソレを見たキャシーことキャサリンは、微笑んでから白衣の裾を摘まんで一礼。


「ジパングの技術大佐として、ボスの朋友である貴方様の奮闘を心から応援していますわ」


 言い終わると彼女は突然に一礼をしたまま、姿を消した。


「…でわでーわ、往きましょうか」






 闘技場の立地からして屋敷の中に痕跡一つ無く、誰もが疑問に思うのは当然。現実、ここを間近に見たとしても信じきれないであろう。

 辺境伯邸の裏庭を抜けた後、正方形の建物内へと入った一行はもう物珍しくないエレベーターに乗ると地上から地下へと。


「す、すごい熱気と歓声だ!?」


 エレベーターの扉が自動で開かれれば、闘拳会特有のあらゆる熱がロー達を包み込む。地下空間の中央には強化ガラス張りの試合場と殴り合う男が二人、それを囲むはひな壇状の観客席とみてくれの良い金持ち連中。


『闘拳会及び闘拳死合』とは、合法非合法問わず、武器の使用以外を一切認めた素手喧嘩(ステゴロ)試合。


 ロー達が辿り着いたのは、そんな殴り合いをする為だけにある地下闘技場であった。

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