第三章 4 【マイホーム、ダイ・ガイジュウ】
雲に見え隠れする太陽はさんさんと頭上を照らす昼を過ぎた今日この頃。
少し暑すぎる部屋には緩やかで冷たく僅かながら磯の香りを乗せた風が、熱を追い出すかのごとく吹き抜けていく。
「しまった。寝すぎた」
壁に掛けられた時計の時刻に、彼は驚きの気持ち半分と安堵の気持ち半分を顔に浮かべて起床。しようとするも、身体を包み込むようなベットの有無を言わせずの甘言には抗えず。
もう一度と、仰向けからうつ伏せに全身で感触を堪能する。
(………良い)
ベット全ての素材にはコカトリスという烏骨鶏の様で巨大な魔鳥の羽毛を使用しており、低反発と通気性に優れている。巨体なコカトリスに適したその羽毛は効率的に熱を逃がす特性である。然して、寝具に重宝されているのだ。
「起きるか」
立て込んでいた連日を見かねての久しぶりの休暇。
寝て終わるのは勿体ない。と“白銀”のリーダー、ロー・ハイル・ヘルシャフトは、いつもの白いコートに着替えず、ラフな蛸のイラストが描かれたTシャツと半ズボンな部屋着でベットから起き上がり自室を出る。
「それにしても、やっぱり自分の家は最高だ!!」
吹き抜けの室内に歓喜の叫びがこだまする。
ロー自身、コベルニクスの女王ニャルトリアから受けた依頼に関しては失敗と慮っていた。だが、結果としては受けた仕事は完遂。報酬として彼ら白銀は、共通通貨三十万ルティと一軒家を手に入れた。
(新築特有の木材の香り…悪くはないが換気はしないと)
そう思うと彼はせっせと吹き抜けになっているリビング、ガラス張りの窓を開けていく。
前一冒険者、現女王専属冒険者に下賜された家は当然のことながら新築。ロー達の要望を聞き入れて、想定通りに形作った家はローが刃を悠々と振り回す事の出来る広さの庭と鍛冶師の工房がある。
天井は円形のドーム型で屋根や骨組、内装に使用されている木材はジパング産の山毛欅と檜。
家の中はかなり広い二階建て。立地的にはニャルトリアの住む城に近く、小金持ちが住む地区だろう。それら土地を含めて、およそ二百七十平米の広さだ。
「さて」
朝食兼昼食を取るべくキッチンへと向かうが、リビング中央の机に置かれた置手紙が目に入る。
「これは、炎煉の字だな。……フィリアナ達は都に遊びに行ったのか」
達筆の日本語で紙に書かれているのは首都『ルティ』に家具や料理の材料など、今後の生活用品等を買いに行くとのこと。
(明日は闘拳死合に向かう事だし、ソレの準備も含めてだろう)
因みに商業都市などで使われる通貨の名前はコベルニクスの町が由来だ。
「冷蔵庫の中に何か………――――あ、コレ」
気分良く、起き立ての身体に活を入れるべく。ガッツリとした物を求めて冷蔵庫を開ければ、そこにあったは小分けに冷凍された山葵色の甲殻を持つカトラクスクの一部――――いつの日かに狩ったアレだ。
「……どうしよう」
カトラクスク――――つまるところ烏賊の身体に蟹の足が付いた魔物。足の肉質は蟹に近いながらに烏賊っぽい歯応え。
どうするべきかと疑問を口に出したのは、十川が知るカニ料理のレパートリーはせいぜい鍋か、焼くぐらい。名を知るカニクリームコロッケなんて作った事はない。
「よし、焼くか」
それから、しばし思い悩んだ末の当然に決定された調理への行動は早かった。
冷蔵庫から大皿よりも大きいカトラクスクの冷凍された一部を備え付けられた蛇口の水で解凍、空中に手を突っ込み、所持アイテム内から草色のオーソドックスな陶磁器の火鉢を取り出した。
炭を敷き、網を置いて、どういう原理か分からない下部に付いたツマミを捻る事で火を着けられる優れもの。ゲーム内では料理という行為をする際に消費するアイテムとして用いられていたが、今では本来の使い方ができるし、消費される事も無い。
(あ、熱い。外でやるべきだった…)
家の中、もといキッチンでやることではないのだが、背に腹は代えられないというヤツだ。
(ンー、それにしても良い匂い!)
熱に焼かれて段々と身が赤く火照り、遂に食べごろに至った。のだが―――――
「誰だ。……ンもう!」
広いドーム状の家ではあるが、この玄関ベルのジリリという低いながらにけたたましい呼び出し音は良く響く。
出来上がる直前にお預けを喰らったローは渋々と下部のツマミを捻り、火が消えたかを確認した後に玄関へと向かう。
その途中、二度、三度と家主を呼び出すベルはせかすように鳴り響くのであった。
「はーい、今出ますよー!」
急ぎ扉を開ければ、
「アダマンタイト級冒険者“白銀”家はココ?」
この乾いた暑さの中、主人の為に日傘をさす御付きの執事であろう老人。と、彼の雇い主である赤っぽい足首まで丈のあるレースのドレスと涼むための扇子を持った見知らぬ金髪のミセスが玄関前に立っていた。
「え、はい。そうですが…」
気の抜けた服装に開けた扉から覗く気の抜けた顔。そんなローを一瞥したご婦人は軽いため息をついてから、差も当然であるかのように会話を進め始める。
「で、貴方は?」
こんなラフな格好で名乗るのは不本意ではあるが“白銀”と知られている以上、致し方なしと一呼吸おいて定型文を述べる。
「“白銀”のリーダーを務めております。ロー・ハイル・ヘルシャフトです」
「そう。じゃ、仕事を頼みたいのだけど?」
見るからにお金持ち、高慢ちきな態度のご婦人。最高位冒険者“白銀”として、こういう人間への対応は心得ている。
「今、立て込んでおりますので後日にお願いします。」
素早く、そして手際よく。久しぶりの休暇を守る為に相手のペースに乗らず会話を即座に終了させる。しかし、相手が一枚上手であったのは英雄であれど気付くことはできず。
「待ちなさい、まだ話は終わっていませんわ!!?」
ローのドアを閉める速度よりも革の高価そうなブーツが扉を閉めんとする英雄の行動を遮った。
(は、早いッ?!)
ご婦人の足に行動を遮られた扉を何事も無かったように執事がこじ開け、会話は続く。
「貴方に依頼したいのはですね…――――」
「ちょっと、待ってください!」
「?」
してやられた彼は、今度は逆にと相手のペースには乗らせず正攻法で会話を阻んでみせる。
「冒険者組合に依頼は?」
「いいえ」
冒険者とは魔獣、魔物の駆除や未開拓の遺跡の探索など、町や村の人々に依頼されてこなす―――――冒険者組合という国の組織に属する者、つまりは公務員に分類される。で、あるからして戦利品をガメたり、組合に通さず仕事をするのは禁止、または減点の対象となるのだ。
「…依頼をしてないのであれば、我々は動けません。では」
先程よりも即座に扉と会話を切ったことで、彼の休暇は守られた。これで安心してローは昼食につくことが―――――、
「奥様。言い方が悪かったです」
「そうね。今は出してないわ」
「?!?!」
できなかったようだ。してやったりの執事の老人は下を向きながらほくそ笑んでいる。
(この執事……できる!!?)
どうやら窓から入った様子。深いため息をしつつ仕方なく、ここまで追い込まれたローは根負けしたのであった。
「いいでしょう、話ぐらいは聞きます。ですが、その前に」
「なにかしら?」
「土足厳禁。靴は玄関で脱ぐように」
「はあ。お宅の家の魔導線が食いちぎられていたと?」
取りあえずは客間に移動し、二人の話を聞くことに。どちらが話すかと思えば御付きの執事が口を開き、つらつらと冒険者に依頼する事件の内容を説明する。
「はい、初めに事が起こったのは先週。私がいつものように屋敷の掃除をしていた時、突如として屋敷の全ての照明が消えました―――――――それで、ブレーカーの方を見てみれば、中の魔導線がいくつか千切れていたのです」
そう言うと執事は懐から一枚の写真を取り出し、ローに見せた。映っている物のは先に述べた魔導線が配備されているブレーカーで、確かに見れば幾つかの配線が駄目になっている。
「冒険者組合に依頼はしたのですか?」
「勿論よ!――――ただ…その時は配線の劣化と言われまして。業者に頼んで直してもらったわ」
『魔導線』とは所謂、元の世界で言う電線の様なモノ。この世界では電気の代わりに魔力の元である魔素を引いており、内容物は魔法伝導率の高い黄金金剛石を主に組み込んだニャルトリアが特許を取っている魔道具だ。
因みに今のところはコベルニクスでの運用がもっぱらで、王国や帝国にこの装置が少しばかりあるそうだ。
「それから一昨日の事です。また同じように配線が食いちぎられていましたが……――――」
執事は先程と同様に懐からもう一枚写真を取り出し、
「あー、これは酷い」
指を添え、机を滑らせ、ローの元へと渡されたソレは一枚目とはだいぶ被害の差が違うシロモノ。配線は乱雑に食いちぎられて、さながら犯人は味を占めたかのように。
「ユーセラスの件は私達も聞き及ぶ所。依頼を出しには行きましたがユーセラスの援助の為に受理する人間がほとんどおらず…」
「それで、丁度引っ越してきた私達“白銀”に白羽の矢が立ったと?」
流石は金持ちというべきか。
休暇を邪魔されたローの若干に皮肉めいた言葉に対して、ご婦人は一切うなだれることなく率直に頷き、自身の言葉に堂々と。しかして、少しばかり心もとなく。
「ええ、そうよ。私もこんなことはしたくないのだけれど――――」
「ここ最近。夜になればガタゴトと物音のする始末です。どうかハイル殿、ご一考願いませんか?」
執事はおもむろに前に出て、左手を腹に当てて一礼。何もしないかと思われた奥方も軽く会釈。
「…………」
意外にも礼節を重んじる姿勢、何よりも頼む人間に対して謙虚な事。少しローの反応を楽しんでいたとしても―――ここまでするのなら、ここまで困っているのなら、助けない道理はない。
「…分かりました、依頼を受けましょう。その代わり、私はお高いですよ?」
何事にも例外は存在する。アダマンタイト級の最高位冒険者“白銀”のローが受理した依頼もそれに類する。
彼のご婦人の住む自宅は冒険者チーム“白銀”の家から、十件隣りの豪邸…とは呼べず、しかして普通の家とも言い表すのはおこがましい庭つきの広い邸宅。
いつもの白い恰好に着替えたローは直された配電盤もとい配魔盤から続く魔導線を辿り、地下にある魔導線を各所に紡ぐトンネルへと赴く。代わり、執事には冒険者組合への依頼と白銀への報酬を支払いに向かわせた。
事後報告とはなってしまうが、そこは最高位冒険者のコネを使えばいいだろう。と早急に仕事に取り組んだ彼は後悔していたのであった。
「暑ちィー……」
トンネル内には<照光>の施された照明が点在していたので、一つ一つ魔力を込めて灯りは確保。
地上は乾いた暑さで相対的に地下は涼しいかと思われたが、そんな幻想は簡単に打ち砕かれる程に身体に熱が粘りつく。
(何だこれ、暑過ぎやしないか? 魔導線を食べる珍妙なヤツがホントにこんなところに居るのかねえ…)
魔導線自体はトンネルの床中央を占める大きなパイプに入っており、触った感じだとかなり硬質。
恐らくこのパイプを壊せない故に犯人は、地下トンネルに直通している手短なご婦人の家の配魔盤を破壊したのであろう。
「クサッ!?」
曲がり角に差し掛かり、獣臭が一気に鼻へと突き刺さる。鼻を抑えつつ、見れば辺りには小動物の骨やら何やらが転がって、どぎついこの臭いはそれら肉片の残骸の臭いを掻き消すほどにクサイ。
この区画どうやら廃棄されたトンネルの一部のようで、曲がり角の先は『旧魔導線とんねる』と書き示されており、臭いの元凶もそこにいた。
「いたはいたが、これまた面倒な………魔喰獣か。」
『グルルルルルゥゥゥ…ウウ?』
バリボリと食事中の魔物は突然に眩しい明かりに戸惑う事は無く、品定めするかのように餌を加えながらにこちらへと振り向く。
茶色の毛で覆われた体、二足歩行で指は四本。ざっくばらんに分類するのなら雪山の大男と呼ばれる未確認生物と同類。
ゲーム内ではそんなUMAもモンスターの一匹で、目の前にいるコレは雑食性の魔力まで食べるその亜種というヤツだ。
「…どっから入ってきたのか。まあいい、言葉が分かるのならここから出ていってくれないか?」
『グフ…グガガガガッッ!!』
言葉を交わす事はしないが言っている内容は理解している様子。
穏便に済ませようと下手に出たのがまずかったのか、ヤツは笑いながらおもむろに立ち上がり、三メートル強もある巨体が天井の光を奪う。
「見た所一匹…立ち去る意志は無いと?」
『グガァッッ!!!』
先手必勝。自分よりも脆弱な、餌に最適な人間へと、怪物は自身の丸太のように太い右腕を振りかぶる。
その一撃は、縄張りに許可も無く立ち入った闖入者の頭蓋を葬らんとする威力であろう。
「前哨戦には丁度いいな」
三メートルなど自身よりちょっと大きいほど。
ただそれだけだ。その倍以上をも図体のある巨人と戦い、勝利し、奴らよりも矮躯ながらに修羅場をくぐってきたローからすれば、目の前にいるコレには安心すらできる。
武器を振るう事も無く。また、閉鎖空間において振るう事ができなくとも。
『ウギィッッ?!!』
対処は容易に即座に実行。
魔喰獣の拳を肘打ち下方へ落とし、
「シィッ!!」
すかさず右フックで脇腹を殴り抜ける。
『ウグゥッッ…』
その後、怪物はこちらを見ながらに脇腹を抑えうずくまらんとするが、好機。ゆったりと落ちてきたヤツの顔面に右のハイキックが一閃。
事も無く、意識の飛んだ魔喰獣の巨体はずるりと崩れ落ちるのであった。
「いい汗かいたな。ヨシッ、お仕事完了!!」
依頼は達成、原因は突き止めた。伸びきった魔喰獣を引きずり、出口へと急ぐのみだ。




