第三章 3 【お風呂だよ全員集合!?】
テッテレ、テレッテー!!
お、お、お風呂に大集合?!
ジャングル、マグマに黄金と
千差万別、湯めぐりよ!!
老若男ー女、構わず混浴だ?!
「ごっくらく、らくらく、ごっくラクダー!」
辺り一面に草木、森林生い茂る熱帯雨林なその湯船。【黄金黙示録ジパング】のギルド拠点第九層【黄金地下帝都】にて、左側を三分の二ほど占める温泉旅館の浴場が一つ、『ジャングル風呂』。
広さは約五十メートルと深すきず、浅すぎずの快適さに焦点を当てた作り。浴槽には雰囲気を出す為に亜熱帯の虫や鳥がせせらぐ音、怪我をしない程度に削った大岩が沢山とある。
「ふー……ニャルトリアさんの言ってた通り、ココは本当に凄いな」
本格的な湯船の作りには感心するとともに、少し前の出来事―――思い返したくもない肉片と血みどろの汚れやここ最近の疲れを落とすべく、“白銀”のロー・ハイル・ヘルシャフトは背もたれに丁度良い浴槽の一番奥にある大岩にもたれて、どっぷりと湯船に浸かっていた。
(そういえば、久しぶりに風呂に入ったよな? この世界に来てからヨゴレオチールばっかりで綺麗にしてたし。最後に入ったのは何時だったけ…)
腕を組み、目を閉じて思い返してみるも瞼の裏には何も映らず。何故か痺れる様な頭痛を覚えてしまい、気付けに今一度顔に湯を浴びせて、思料する事を止めた。
「まあ、いっか………――――ん?」
ありとあらゆる効能や源泉をかき集めた大浴場。ここの出入り口は脱衣所と一体になっており、ローが今浸かっているジャングル風呂の正面にただ一つ。
それと一応に非常口があるのだが、彼が耳に聞き入れたのはジャングル風呂正面の出入り口が横開きに開いた音だ。
「ふぅ~ちかれた…」
「お疲れマナさん。しかし、マナさんが見つけられないなんて逃げ足の速い奴だよ」
双方、見知った顔。
片方は金髪碧眼と絶壁の胸に隼の両翼が背中から生えている。もう片方は銀髪、猫耳と尻尾が生えた七色に彩られる瞳を持っている彼女ら二人。
出入り口付近、洗い場のプラスチックの椅子に腰かける。当然に風呂であるからして一糸まとわぬ姿で、だ。
「……?」
「どうしたのニャルニャル、お風呂の方に誰かいるの?」
「いや、気のせいだ」
多少の心残りに肩をすくめながら、岩陰に潜む彼の友人二人は何事も無かったように身体を洗い始める。
(あ、危なかった…)
間一髪のギリギリにニャルトリアの視界から外れたローは深く胸を撫で下ろし、
(なんであの二人が?! 入る時は男湯だったはず……)
困惑とこの状況をどう対処すべきかに頭をフル回転させるが、そこに一声。彼にしか聞こえないようなねっとりとした囁き声に続き、その声の主がジャングル奥深くからやって来た。
「よお、主人公」
光の無い据わった黒目、頭に沿った灰色の短髪と顎には無精ひげ。
ここは湯船であるからにして、最初に出会った時の長物は当然ながらに持たず、真っ裸で。【黄金黙示録ジパング】ギルド拠点第四層【死別の森】の守護者『サイハラ』が姿勢を低く現れる。
「奇遇ですな。」
どうやら、もう一人いた様子。サイハラの後ろから同じくして姿勢を低くローの前に現れたのは、筋骨隆々、整えられたまっさらな白髪と顎、口髭を蓄えた老躯。
【黄金黙示録ジパング】ギルド拠点第五層【辺獄】の守護者『紅』であった。
「まずりましたね、サイハラ殿」
「ああ、そうだな」
ローはつい気にする事を忘れていたのだが、聞けばこの温泉旅館の大浴場。ゲーム時代では混浴だったのが、この世界に転移してからというもの、男女の時間が交代される仕様になったのである。
「まさか、二人もか?」
「その通り、オレらも逃げ遅れタチさ」
「ええ。それでなのですが…ロー殿。我々は今、大変な窮地に陥っています――――ですので、ここは三人でボスとマナ様に見つからず、脱出を目指しませんか?」
見つかってしまえば、大変な事―――もとい、自分らの尊厳が急降下することになってしまうので断る理由もない。
幸いにまだ彼女らは洗っている途中であるからに、どう逃げ出すかの算段を急ぎ男たちは積み上げる。
「出入り口は一つ…しかしまあ、真後ろに非常口はあるが直接外に繋がっている」
まずは情報の共有だ。と、最初にサイハラは自身の持ちゆる情報を提示し、
「と、いうと?」
「全裸で黄金地下帝都を練り歩くことになりますな」
紅の当たり前の指摘に三人は首を横に振り、うなだれるのみ。やはり出入り口はジャングル風呂の正面のみで、ともすれば状況は悪化する。
「ひろーい!!」
「走らないのニーナ。」
「絶景、絶景…」
滑り止め目的に加工された石模様の床に、ローの最も見知った三人が出入り口より足を着ける。
(な、何ィッ?! フィリアナ達も来ただとッ!!?)
大手を振って浴場の床を走るニーナとソレをたしなめるフィリアナ、創作建築に瞳を輝かせ感心を示す炎煉。
風呂支度をしっかりと、黄色の桶を抱えながらに彼女達三人が横開きの出入り口からやって来た。
「あれ、ロー様はいねぇのか?」
「いるわけないよ炎煉ちゃん。今は女湯の時間で、居たらそれはヘンタイさんだよ」
「へー」
キョロキョロと辺りを見回す炎煉にニャルトリアは指摘し、状況はサイハラ、紅、ローにとって悪化の一途を辿る。
「はぁー…羽があると洗うの億劫なのよねー……」
「いいじゃないか。寒い時あったかくなれるし」
初めに入ってきた二人は身体を洗い終えて、ジャングル風呂へと入浴したのだ。しかしながら、幸いにも二人はジャングル風呂の手前に座り、ロー達のいる奥地へと赴こうとはせず。
「羽毛かな?」
「いや、羽毛でしょ?」
片翼四メートル近くある隼の翼を広げたマナは身体を湯に任せてリラックスしており、彼女と談笑中のニャルトリアはプルプルと顔を振って水気をネコ科らしく手で拭っている。ならばと、尊厳やら権威やら守るべく、後ろ指さされる事態に今後陥らないよう三人は本気で脱出を図ることに。
「まずは現在地、地理を確認だ。二人共、何か有益な情報は?」
「そうさな…」
灯台下暗しを避ける為、分かりきった情報を男三人は照らし合わせる。
「大浴場は円形に作られおり、脱衣所への出入り口は一つ…」
「我々を基準としてジャングルの左手にはマグマ、右手には氷雪の風呂がありますな」
ローから近いジャングル風呂の左側を見てみると、確かに煮えたぎる灼熱の光が木々の間から漏れており、
「幸いに隣の湯船へは隔てる壁が無い。あったとしてもそういうエフェクトで、するりと通り抜けられる」
右手を口元に当てて、ローは岩陰から出入り口を観察。見れば、ニーナ達も身体を洗っている最中でニャルトリア、マナは未だ談笑中。
「今、出入り口は使えない。そして、脱衣所もガラス張りの扉で仕切られている為、そこからは丸見え…か。なら、他に出口は?」
「あ!」
「あ?」
何かに気付いたであろうサイハラは、その気付いた場所へと指をさす。
「一つあった。脱衣所の上部にある天窓だ」
「いやいや、サイハラ。我らがそこに入らんとするのは目立つのではないか?」
平均身長百八十もの背丈の筋骨隆々な男三人。率直に言って、その彼らが脱衣所に備え付けられた天窓へと昇る様子は注視しなくとも目に入らないわけが無い。
「何言ってんだ。ボスや姉さんにロー殿の従者三人はここに集まっているんだぜ? なら、今のうちにぐるっと回って日本風呂辺りから脱衣所に入ればいい。幸い、ガラス張りなのは出入り口だけだしな」
サイハラの案に反対は無く、尊厳諸々を死守する為の算段は立った。
「決まりだな…よし、行くぞ!」
小声に、決意を表明しジャングル風呂の縁へと足を掛けるロー。
彼は思い切り足を滑らせて、痛々しい脛を打ち身する衝撃音を浴場へと響かせるのであった。
「誰かいるのか?!」
悶絶している暇はない。痛々しい衝撃音に釣られたニャルトリアから逃れるべく、灼熱のマグマ風呂に三人は急ぎ、飛び込む。
※お風呂に飛び込んではいけません。
「ばふッぼうふぼふゥッ!!!」
そこはマグマの如く煮えたぎる温泉。壁にあるのは辺獄と同じような風景、溶岩と同じ形、色の湯は雰囲気を出す為にある。しかし、ソレは男達からすれば僥倖。
「うーん、誰かが飛び込んだ気がしたけど………――――はぁー、気にし過ぎかな」
ジャングル風呂から上がり、隣の浴室わざわざ符を持って駆け付けたニャルトリアにバレずに済んだのだから。
「どーしたのー? 急に上がってさー?!」
「いや、何でもなーい」
地上での出来事で、些細な事が気になっているのだろう。と、ニャルトリアはかぶりを振ってマナの元へと戻る。
「アッッチィッわ!!」
「…早く上がろう」
「余裕ですな。」
白銀の彼は熱さに耐え切れず、クールなスナイパーは落ち着いてはいるものの身体は真っ赤に、唯一に紅は至極当然に余裕な表情で、三人は煮えたぎる炎の水から浮上する。
「なんで…そんな余裕、そうなの?」
「龍人ですので」
五体満足。何とか、マグマ風呂の縁に手をかけた三人は、安全圏に到達するべく次に向かう。
「なんか光ってるんですけど…」
火山地帯のエフェクトを通り抜けて、ローの目に飛び込んできたのは先程のように熱を帯びた色の風呂ではない、絶えず青白く光る浴槽。
「臨界点に達した風呂ですな」
「物騒過ぎる…?!」
そこからは黄金、医者魚等の風呂を跨いだがニャルトリア達は来ず、順調にジャングル風呂とは真反対のサウナまで到着――――のだが、そのサウナ…もとい『バーニャ』の中に人影があり。
「あ、あれは!!?」
人数にして二人。額から二本の立派な赤黒の角を生やした健康的な彼女と、翡翠色の髪が美しい豊満な肢体の朱と蒼の瞳を持つ女性。
炎煉とフィリアナがバーニャの中で両膝に自重をかけ、俯きながらに居た。
「いいんだぜ、フィリアナ? 先にギブアップしてもよォ~」
「ま、まだまだ余裕よ。それより忘れてないでしょうね? 負けた方が苺牛乳をおごるのを」
「ハッ、当然!」
見た感じバーニャから出る様子は今のところ無く、炎煉は暖炉の熱せられた石に水をくべて温度を上昇させている。
おまけに、束にした白樺の葉を装備。二人の戦いは正に苛烈の極み。
(無茶だけはするなよ、二人共……)
炎煉とフィリアナを見届けた後、バーニャの施設上部はガラス張りの窓になっている。なので、平均身長百八十の男三人はしゃがみ移動で難なく次の区画へと移っていく。
「凄い波だ……ここは?」
「波打つお風呂だ」
「いや、流れるプールじゃないんだから」
荒れ狂う嵐に晒された大海原と同等に波のうねる風呂。
不思議と浴槽内の湯はロー達のいる床に飛び散ることはなく、見事に浴槽の範疇へと収まっており、サーフボードは貸し出してくれる。
「!! 誰か来た」
サイハラが気付き目をやれば、隼の両翼を背負う金髪碧眼の彼女が段々とこちらに向かってきているではないか。
「まだこちらには気付いていない。サイハラ、ロー殿仕方ないが飛び込むぞ!!」
湯船の性質上、深く広くあるので潜ってしまえば隠れる事は造作もない。とはいえ、ここは荒れ狂う波を模した浴槽で水中も激しく荒れているのは自明の理。
※お風呂で遊んではいけません。
「くぉッ!」
最初に飛び込んだ紅が、激しい水中の流れを考慮しないわけが無い。彼は知っていたのだ。湯船の底に柔らかなとっかかりがある事を。
急ぎ、その柔らかな絶対に千切れない地面のでっぱりを紅は掴み、水中で流されていたサイハラは慌てて、紅の紅を掴んでしまう。同じくして、流されていたローは水中に止まるサイハラの足を掴んだ。
「ぶぼぼ、びびべぶ!!―――――ぶぼぼ、ぼぼぼっぼぶぶ!!!」
「ば、ぶばん。」
「ぶぼ、ばばばんばびっばぼうば」
海面を覗けば、誰もおらず安全に彼等は浮上。
「やった…着いた」
紆余曲折ありはしたが、遂に彼等は当初の目的の地へと辿り着いた。だが、
「いや、駄目だ…ロー殿」
最後の最後にして、難関が差し掛かったのだ。
正面から二人。銀髪猫なニャルトリアと至極色の少女ニーナがゆっくりと歩みを進めるのが見えたのだから。
(クソ…どうすれば?!)
日本風呂は先程の波打つ湯船みたく深くは無いし、それほど広くも無い。ついでマグマ風呂のように湯の色が赤や青でもない為、潜水しても意味が無い。
つまりは隠れる場所が無いのだ。
「いや、諦めるにはまだ早いぜ。ロー殿」
綺麗な歯を見せびらかせ笑うサイハラは物見富士の描かれた壁面を指さした。
「富士山がどうかしたのか?」
「前に女将がココの壁を弄っていましてね。フジサン以外にも壁に映し出される絵柄を変えられる仕様でさ」
「…ハッ?! そういう事か」
「ええ、そういう事。善は急げ、二人とも定位置に」
サイハラの言葉の真意を汲んだ二人は言われるがまま指定された位置につき、サイハラは壁に隠されたパネルを操作。そして、
「すっごーいの。ここは何なのじゃ?」
「日本風呂さ。いつもなら富士山…山の絵が壁に彩られてるんだけど、今日は違うみたいだね」
日本風呂、壁に映るはみこしを担ぐ男達。とそれに扮装する三人。
「…なんか3Dに見えるな。あんな、エフェクトあったけ」
ロー、サイハラ、紅は全裸ではあるも映し出されるエフェクトと足のポーズをにより、壁画の一部となった。だがしかし、注視されれば気付かれてしまう。いや――――実際に気付かれてしまった。
「ねーねー、ニャルトリア殿ー。妾、もっと他のとこ見たーい」
「しょうがにゃいなー。そんなカワイイニーナちゃんには、もっと面白い所を案内してあげよう!」
壁画からくるりと身を翻し、次へと向かうニャルトリアとニーナ。さもすれば、ローの頭に通信が入る。
〔一つ貸しじゃぞ、ロー様?〕
〔た、助かった…感謝するぞニーナ〕
一人の協力者のおかげで危機を逃れた男三人は天窓に上ろうとする瞬間、ある事に気付いた。
「待てよ…今、出入り口には誰もいないのでは?」
「確かに。マナ様とニャルトリア様、ロー殿の従者御三方がこちら側に回ったのです。誰もいないでしょう」
いとも簡単に脱出する手段を発見した三人は急ぎ、最初に居たジャングル風呂へと走っていく。
※お風呂場で走ってはいけません。
「ふふふふふ…」
正々堂々と脱衣所に入る。とは、いかないのが現実である。
何故かは知らないが恍惚の笑みを浮かべる若葉色の髪をした女性――ヨトゥル――がそこにいたのだから。
「なにあれこわい」
踵を返し、三人は当初の計画通りに事を運ぶ。
「せーの!」
そして、体重の一番軽いサイハラをローは肩に乗せ、彼が上開きの天窓に手をかければ幸運にもその窓には鍵がかかっておらず、サイハラはするりと入室を完了。
「早く、ロー殿」
無駄な動作は一切なく、ローも続けて入室を完了。
「二人で持ち上げよう」
最後に残るは紅一人。サイハラと二人係で手を伸ばし、脱出できると思った矢先。
「か、肩が引っ掛かかりました…」
天窓の位置には持ち上がっていたので、体勢を変えてみる事を提案。そうして、紅は足から入室。できればよかったのだが、やっぱり肩が引っ掛かる。
「どうする、ヒーロー?」
「………引っ張ってみるか」
「お、お二方?!!」
「せーの!」
「せーの!!」
紅の両足を持ち、一気に引き抜こうとするも中々に抜けず。
「避けるわッ!!」
「我慢しろ。元から裂けてる」
「なにやってんの?」
奮闘するローとサイハラを傍目に冷たい冷気の様な声が二人を貫く。
振り返ればニャルトリア達が、蒸されて意気消沈のフィリアナを抱える炎煉が、「あーあ」と手で顔を覆い深いため息をするニーナがいた。
「ヘンタイ」
男三人は全員からの平手と、符と、雷撃やら氷結やら何やらの制裁を受けた。その後、おかみさんご指導の元、風呂掃除に明け暮れるのであった。




