第二章 30 【クルカティッカと混血巨人】
「はぁ…はぁ…はぁ……」
息も絶え絶えに入り組んだ道筋を走る男がいた。
処置し終えた右腕があった場所からは段々と血が滴り、左手で押さえても指の隙間からも流れ出ている。しかし、その足取りは軽快に目的地に真っ直ぐと。
(ウーバとヌーグの反応が消えてからしばらく経つが、追手は来ていないか……)
魔虫を自身の周りに追従させている彼――トヅマ・ノイーーは痛みに顔をしかめながらも、少しばかり安堵に胸を撫で下ろす。
(まさか、あいつらが負けるとはな…)
頭を過ぎるのは、反応のなくなった特別な魔虫二匹とそいつらを倒したであろう話以上に厄介な英雄の実力。
ウーバとヌーグの持つ透明化の力は魔法やスキルで感知できないのだが、羽音で敵や味方との距離を取るゆえに、そこを突かれたのであろう。
(だが―――)
こちらにも奥の手はまだある。時間が経てばさらに良し。
もう一方の腕を―――左腕を犠牲にすれば状況を覆すことができるであろうと、彼は頬を歪めた。
ギフト<調教師>の主な力は“従属”と“培養”である。
“従属”とはその名の通り。どのような強力な魔物でも、死骸でも本能で蠢くのなら従えぬことない。だが、従えるのみでソレの状態を知る事はできず。
“培養”とはウーバ、ヌーグが基礎となった量産型。<調教師>のギフトは他にない特徴があり、それは培養の元になる原点の使い魔が召喚されるという点だ。
時間の経過で生き返り、召喚するにあたって代償を必要とする彼の影に潜む奴ら。
ウーバ、ヌーグにより二匹の姿を複製し、培養され、形成させ、群れと成したモノこそ―――街中に蔓延る劣化版の全てこそがトヅマ・ノイの力。
オリジナルや彼が死に絶えても消える事は無い、ユーセラスに土着した神話から由来する者。
「見えてきた…!」
お頭であった巨人の反応を近くに感じ取れる。辺りを見れば木片や建物の残骸がまばらにあり、そして彼は到達した。
「…ッッ?!!」
自身よりも巨大で無慈悲な拳の一撃をローは咄嗟に刃を盾にする事で防がんとする。しかし、直撃を避けたとしても、その長重量級の衝撃はもろに入る。
融通の利かない体を丸め、宙に浮く彼は手にあった大砲を足元に手放して何とか受け身を取る事に成功。
「あ…カハァ………―――――はぁ、はぁ…はぁ…」
しかし、衝撃によって肺は圧迫され、息を吸うのもままならず。“白銀の英雄”は深々と空気を肺に押し込み、二、三秒と耐え忍ぶことで呼吸を正した。
(あれだけ切り刻んだってのに再生していく……奴は不死身か?!)
目に被る血を拭い、目の前に寝転ぶ敵を注視する。
掻っ捌き抉り裂いた腹は再生を始めており、ショーテルを持つ四本の斬り飛ばした腕は何事も無かったように完璧に完治している。
(…違うな、そんなものは存在しない。現に俺がそうなんだからな)
額からは血が滴り落ち、上半身には重度の打撲と骨折、利き手には風穴。おまけに左足は切断されて、今は無理矢理にくっつけている。
満身創痍ではあるが―――いや、故に。高ぶる血潮は沈静されて、思考は冴えに冴えわたる。
(不死身の巨人……その肉体の再生には何か、なにか法則があるはず)
戦いの中で人が思考を放棄するというのは敗北を意味する。
だからこそ、彼は入念に注意深く再生し終えるまで目の前のタナ・ジエンであった不死身の巨人を観察した。
(まさか、まさか…そういう事なのか?――――いや、その仮説なら納得がいく)
腹は塞がり、続いて足は完治し、立ちはだかるのは不死身であった“四本腕の不死身の化け物”。
『グゥゥォオオオオォォオォオオオオッッッッッ――――!!!』
口も頭もない鉄色の巨人が吼える。ソレは、開始の合図であり終幕の咆哮。
矛を交えるのはこれで終わり――――『決着』というヤツだ。
「そうであるなら俺は勝てる―――――いくぞ……!!」
両の足で地面に立ち、両腕で凶戦士の刃を構え矛を前方に、敵を見据える。
『オオオオオォォォオォオォオオッッッッッ!!!!』
地を響かせ、差し迫るは鉄色の巨人。走る速度、距離を測り英雄であるローは第一に、足元にあった大砲を刃を逆手に殴り飛ばす。
『フンッッ』
ただ、理性は無いが知性はある。二度、同じ手を受けたのなら戦闘面においてタナ・ジエンであった怪物は学習できない事は無い。
足を止めた巨人は飛来する大砲を呆気なく躱し、巨人の背後にあった家屋へ大砲は入る。
「ま、避けるよな。」
『ムゥ?』
飛来する大砲を横目にした視線をちっぽけな強敵に戻せばヤツの姿は無く、代わりに辺り一帯が霧ではない灰色の煙に覆われている。
『……』
無い首を動かして瓦礫の散乱する周囲を見回わす巨人は学習し終えていた。どこかに潜んでいるだろうと決を下して、感覚を研ぎ澄ます。
「<次元飛翔>」
『オォォォオオォッッッ!!!』
聞こえし呪文は右斜め前から。
狙いを定め、咆哮と共に巨人は右両腕で二撃一殺の剣筋を放つ―――――ように見せかけて、本命は左後ろの強敵に。
『シィッッ』
剣士でありながら魔法の障壁を張り、瞬間的に別の場所へと移動するのには驚いた―――だが、それだけだ。
タナ・ジエンのショーテルを扱う技量や状況把握は素早いもので、怪物になってしまった今でもその名残はある。
一度、二度と見たのなら、対処は容易。後は殺すべく横なぎに湾曲剣を振るうのみ。
「………」
ちっぽけな強敵は上段に剣を構えたまま、その場を動こうとしない――――狙いは分かっている。二度と、腕を切り落とされたのだから。
巨人の判断は迅速であった。そうと分かれば握る剣を手の中でくるりと回し、逆刃の弧となった刀身で敵の首を斬り落とさんとす。
「それを待っていたよ」
敵が動いた。しかして、その場からは微動だにせず構える刀身を振るうのみで、ついに刃が鍔ぜり――――――――――合う事は無い。
金切音を響かせて、湾曲した刃はちっぽけな強敵によって粉砕されたのだから。そして、それは巨人にとってもかなりの…文字通りの“痛手”であった。
『ギィィヤァァアアァァァァッッッ…!!!?』
この怪物となってからの初めての痛み、初めて敗北に前進する事にタナ・ジエンの残滓が悲鳴を上げる。
(やっぱりか)
振り下ろした刃をもう一度構えて、勝利に前進した彼は少しばかりの歓喜を覚えた。
ローの狙いは腕ではなく、その湾曲した刀身。
「しかし、驚いたな……本体は剣を扱う体ではなくその剣自体だったとは」
最初に妙と感じたのは、大砲で貫いた時の事。
怪我の治りはまず最初に風穴の開いた腹からではなく、大砲の一撃を防御した剣を持つ下部の腕から完治していたのだから―――それも、一瞬にだ。
(まあ、確信に変わったのはついさっきなんだけどな)
だが、どうやら正解を引いたらしい。巨人は悲鳴を上げ、苦しみ悶えながらに堪らず愚策に右両腕を振るうのだから。
『ギィィィッッッ!!!』
痛手を受けようと迫る刃は高速に、
「<巨人の力>」
対するべく彼は巨人の力を四肢に刻みこむ。が、それは諸刃の剣。
これだけの怪我で人の身体に収まらずの力を行使するというのなら、その四肢からは流血を避けられない。
構わないとも―――この不死身であった巨人に勝つことができるのなら。
「シィッッッ―――――!!」
右両腕でのほぼ同時の二連撃は、自身よりも小さな敵を相手取るべくまとまっていた。
だからこそ、変な話ではあるが敵を信頼しての上段に構え振りおろす事でコレを粉砕する。残る本体はあと一つ―――左上腕の剣。
『グオォォォオオォッッッ!!!』
「なッ?!」
二度同じ攻撃というのは、巨人にとって学習のできる“隙”で同じ手を食う事はもう無い。
本体二つのを斬潰されても苦悶の悲鳴を上げることはせず、学習し終えたのなら前に無暗に走り進み、敵の武器を奪うまで。
「俺の刃が?!」
巨躯の体当たりを避けはするが、狙うは彼ではない手元に縛り付けてた『凶戦士の刃』。
『フンッッッ』
目論見は成功。巨人の胸に刃は突き刺さり、後は無力な敵を薙ぎ払うのみ。
「クッ、<次元飛翔>!!」
間一髪。左上腕からの薙ぎ払いをローは前に避ける事で巨人の背後の家屋へと逃げ込んだ。
『フゥム……』
タナ・ジエンであった怪物は振り返り、敵が逃げ隠れたであろう家屋へと足を進める。手にあるのは最後の砦であり、最後の武器。
三本の本体を失ったことにより、もう力任せのみじん切りは出来ず。彼は左上腕に隠し刃みたくショーテルを埋め込むことで対策は出来た。
『ギギギ………』
怒りの感情に頭を高ぶらせるが慎重に敵を追い詰め殺すべく、赤子の様にして窓ガラスや柱などお構いなしに建物へと侵入する。
『………?』
商品を陳列する棚や隣の製作工房からの瓦礫は散乱しているが建物内部は広く、全体を見渡せるもので天井も高い。しかし、本体のある左腕を悟られない様に軽くかざして見回すも、ヤツの姿は見当たらない。
『ム?』
かざした左上腕の湾曲する刀身部分に何か赤っぽい液体が付着。見れば、あの敵が流していたであろう血で、
『フシィィィ………』
剣に反射される景色には、本体にある目には天井の骨組に隠れ潜み、大砲型の魔弩を構える白いアイツがいる―――――思い出した、ヤツの左足はオレが切り取ったんだ。
余裕綽々に湧き出る『嘲り』の感情を抑えて、姿勢を変えずに狙いを定め、左腕の本体で一気に斬り上げる。
『ムゥ…?』
だが、隠し刃での剣戟は肉を裂く音色を聞くことはなかった。屋根をぶち抜いた左腕は軽快な破裂音を奏でて、キラキラと輝く鏡の破片が宙に舞い、次いで血の滴る左足首が呆気なく落ちてきた。
タナ・ジエンであったモノが切り裂いたのは、自身が家屋に弾き入れた彼の虚像を映し出す大きな鏡だったのだ。
「山育ちが仇となったな、盗賊さんよ」
突如として巨人の眼前に立ち上がったのは、瓦礫を拭い払う左足の持ち主。その手には巨人が避けた大砲が、
「吹き飛べよ?」
狙い撃つは左上腕。しかして巨人は学習し終えており、体を傾けコレを避けきる―――なお、よし。と、彼は次の一手を実行する。
片足で立つローは自身の斜め下に大砲をもう一度構えて弩級の砲撃を発射。さすれば、その身は高速に跳躍し胸に刺さった刃を取り戻す。
「ウオオオオオオッッッ!!」
両手に構え、後は刃を振り下ろさんとするも、巨人が少し早かった。
「くッ?!」
刃を構える両手は何とも呆気に無残に切断されてしまう。
「まだ、ふぁッッ!!!」
諦めず、勝利に近づくことは彼を成長させる。切断された? 両腕がもがれた?――――それがどうしたというのだ。
“英雄”の矜持により彼はもがれた両腕を払いのけ、刃の柄を噛み掴む。そうして弧を描く業物を思い切り突き砕いたのだった。
「な、何だよこれは…?!」
ついに到着したトヅマ・ノイは一足遅かった。
左腕を対価として差し出せば無敵に強化できるお頭であった怪物の躯と、怪物を殺した化け物紛いの魔法にも頼らず四肢が再生する英雄をただただ眺める。
「お前は…トヅマ・ノイ。それと、そいつらはアグァンか?」
肩に刃を携える化け物がこちらを見据える。
「何故ここに? まあいい」
英雄は巨人の躯から降り立ち、こちらへ真っ直ぐ向かって来た。
恐怖した。トヅマ・ノイはあの不死身で巨人の怪物を殺しつくした英雄に。
「や、ヤレ!!」
恐怖は戦闘の火蓋を切る。例えそれが衝動からくるものだとしても、だ。
「体力は戻っていないが……」
英雄へと差し向けられるのは四匹の魔虫。二足の足で地面を駆け抜け、歯向かう敵には凶器の爪を。
「お前らを殺し切るのはなんてことない」
瞬間、竜巻に触れたかの如く四匹のアグァンは真っ二つ。
『<火炎矢>』
続けざま、津波の様に十匹のアグァンが命令を遂行し、その隙に他の魔虫は魔法を唱えて仲間ごと蒸し焼きに。
「や、やったか?!」
魔法の炎は燃え盛る。ただ、単調に燃え盛るのみで目の前の竜巻を止める事ならず。
「ウオオオオオォォォッッッッッ!!!」
燃え滾る肉塊から刃に串刺しにした魔虫の血で炎を鎮火させる白銀の竜巻が唸りを上げて差し迫る。
『<電撃>』
迫るくる竜巻から<調教師>を守る為、人型魔虫は即座に陣形を組み直して、すかさず雷撃を放つ―――が、英雄を止める事は叶わず。
突き刺した死体を盾として使用し放り投げ、横なぎの剣戟により“英雄”は陣形を真正面から食い破り、トヅマの前に仁王立つ。
「ひ、左腕を代価とする!! だから、オレを守れぇッ!!」
代価を用いた召喚は左の腕を爆散させて、不死である魔虫二匹は今一度血と肉の中より現れ出でる。
不本意ではあるがウーバとヌーグを召喚し、起死回生を――――――――――――――
「無駄だ」
原点の魔虫の強さはその特性を全て用いての事で、“瞬殺”とはまさにこの様。
それでも一応に強者である二匹は瞬きの内、巨人の如き膂力で引き裂かれ、トヅマの身体も同じくに英雄の矛は敵を真っ二つ。
(せっかく、ギフトを手に入れたってのに……両腕まで犠牲にしたのに…こんな、こんな死に方ッッ………!!)
ずれた視界は真っ暗闇に意識は底に沈んでゆく。
トヅマ・ノイ――――ギフト名<調教師>。
タナ・ジエン――――ギフト名<混血細胞>。
“白銀の英雄”ロー・ハイル・ヘルシャフトとの戦いにより死亡。決死隊は勝利を収めたのだった。




