第二章 26 【巨人狩り】
「よく来てくれた。立っているのもなんだ、掛けたまえ」
無機質で清潔な金のかかっている部屋は客間だろう。高級そうな革靴に黒いスーツを着た男の指示に俺は従う。
「――――――」
「呼び出したのは今一度の確認するためだ。しかし、君のような人がこの仕事を受け負ってくれるの意外だったよ」
座り心地が良いのだろう灰色のソファに座り、出された飲み物は茶柱の立つ緑茶。
すすり、半分ほどを飲み干してから、さっさと本題に入る。
「――――――?」
「…資料に記されてある事の通りだよ。戸籍、名前、住居は全てこちらで用意するし、足りない物があるのなら可能な限り手配しよう」
「………??」
「ハハッ…疑り深いのは仕事上仕方ないのかい?―――――もちろん本当の話だとも。確かに、疑わしい事実だと思うのも当然だが…事実は事実。ソレは本当にある別世界さ」
好条件、好都合。これで――――――男の今一度の説明に私は頷いた。
「ああ、そうだ…」
と、何かを思い出したのか目の前の男は私に向き直る。
「名前も希望にそって決めることができる。何か希望は?」
名前、名前か…暫くと考えた後に解は出た。
「―――――。」
「そうか分かった。では色々と手配しておくよ、十川四朗君」
(あれ……俺は一体?)
瓦礫を背にし、顔をつたう血をローは拭う。どうやら頭を打った衝撃により白昼夢を見ていた様子。
「………ッ?!」
身体を起そうとするも、瞬間、体中からの突然の悲鳴によって自由が利かない。目を閉じて、深呼吸をし、自身の状態を軽く調べる。
(剣の握りが甘い………利き腕をやられたか…)
右手を持ち上げて見れば、手の甲から向こう側が細い斬り込みによってうっすらと視認できる。だが、そのおかげで、まどろみ混乱していた意識が徐々に冴えていくのが感じ取れた。
(怪我が治らない以上、武器変更は悪手だろう。――――しかし、だんびらが無かったら今頃、俺の首は飛んでいただろうな。腕のいい鍛冶師には今一度感謝しておこう)
歯を食いしばり身体を奮い立たせ、鈍痛を噛み締めながら戦えるよう、右手の平に刃の持ち手を括り付けて応急処置を施す。
痛みによって冴えた意識は、あの恐るべき四方向からの剣戟と今の状況を思い出す。
(ここは民家か…ああ、そうだった)
どうやら、かなり遠くに飛ばされた様子で瓦礫の散乱している周囲は見知らぬ場所だ。
見える景色は半壊して大穴の開いた瓦屋根と崩れ落ちた家の支柱。フローリングの床には漆喰塗りの瓦礫がまばらに落ちている。
そして、その倒壊寸前の建物の前にいるのは、仁王立ちに体から引き抜いた四本のショーテルを構えているローをここへと突き飛ばした巨人だ。
(追撃してこないのは武人を気取ってるからか?―――――…まあいい)
タナ・ジエンであった怪物が依然として無い頭でこちらを睨みつけているのは戦況を整理する好機であり、自身の不甲斐なさを認める事の出来る瞬間であった。
「しかし、強いな…」
改めて相手が自身よりも上だと、言葉を口にする事で噛み締める。
ローの剣筋は所詮、素人が玄人の真似をして力任せに振るう様な付け焼刃の剣術。対して、あの巨人は情報にあった盗賊の頭――――彼が魔法を使わずショーテル二刀のみを使っていた理由は、刃を交えて理解できた。
(技量上、図体上、膂力上、そしておまけにアグァンと同じ呪いを持っていて、俺の物理吸収を簡単に無視できる強者…)
二刀の刃は四刀に増えて、人間であった頃の間合いの隙を限りなく消している。付け加えて、あの怪物には視線が無い。人間であるのなら、矛先をどこに向けるのかが目の配りで読み取れるのだが、巨人には頭が無くさらには目も存在しない。
更に付け加えて一つ分かったことがあった。
(過去に一度。ギフト持ちの男と戦ったが、アイツは自身の“力”に慣れていなかったらしいな)
あの巨人の攻撃は物理吸収を全て貫通し、レベルという概念はどうやら“力”の前には無意味らしい。その証拠に怪我は治らず、体温は上昇、額には脂汗。『凶戦士の刃』を縛り付けた利き手を握り込むことで、じわじわと血がにじんでいく。
満身創痍の自身の眼前に、そびえたつのは限りなく自分より強い存在。だが、逆に――――
「面白くなってきた。お前を倒せば俺は成長できるだろう…いや、して見せるッ!!」
矛先を巨人へと向けてローの瞳には闘志が宿る。『逆境は人を成長させる』と、彼自身がそう実感したのだ。
『グゥゥゥオオォォォォォォォォッッッッッ!!!!』
敵意を感じ取ったのか、四本腕の巨人は咆哮を轟かせ四本の刃を構え直す。
同時、それは合図でありローの歩みを進ませるもの。
「いくぞッッ!!!」
側面への攻撃、不意を突いての斬撃は効果的だが決定的ではない。―――――では、正面切っての斬り合いは?
ほぼ自殺行為だ。
相手の性能が全てこちらを上回っている以上、斬り負けるのは当然の道理であろう……だが、死地にこそ勝利を見出すことができる決定的で愚直な手段である事は事実。
故、活路を見出すためにローは巨人の懐へと一気に走りゆく。
『オオオオォォォッッッッ!!!!』
走りくる敵を視認した巨人は確実に仕留めれる距離まで引き付けて、間合いに入った彼を逃がさぬように挟み込む。
振るう刃は下部の腕にある二刀の業物。弧となった刀身を反対に持つ事で、避けられても追撃できる。
さあ、来いと。懐に入った瞬間、お前は真っ二つにしてやろうとタナ・ジエンであった怪物は身構え、振るう。
「<魔法の壁>!!」
左手を掲げたローの目の前に形成されるは、青白く仄かに発光する魔法の壁。自身を覆うように形作ったハニカム構造の障壁は逃げ場なく振るわれる刃をことごとく弾いた。
『ウオォォッッッ?!!』
剣士が魔法を使うという予想外の行動に巨人は身じろぎするも、すぐに体勢を立て直し四本の刃で連撃を放つ。
「クッ………―――――ウオオオッッ!!!」
全てがこちらを上回る連撃はローに膝を付かせ、剣戟によって削れゆく魔法の壁を維持するのには両の手を使うしかなく、ロクな反撃に出ることができない。
(…三)
ただ、身体は動かせずとも頭は使う事ができる。
(二…)
元が人間なら、それなりの癖というあるだろうと<魔法の壁>で耐え忍びながら、来たる剣筋を見極めていく。
(一)
二刀流であったのなら、同時に斬りつける動作が必ずある。と、怪物の太刀筋を目の端で追い続ける。
「今、だッ!!」
狙い通り、読み通り。
四方向から潰し込む様な一撃が来た瞬間、ローは魔法の壁に魔力を注ぎ、増幅させることによって一時的で僅かな、四つの刃が存在しない完璧な“隙”を作り出せた。
「……ッ!!」
どっしりとした体幹は揺れ動き、よろめく巨人に“隙”ができた。そこから押し弾いた反動で余力を付けて、踏み込みからの横殴りに振るい上げる。
半円に軌跡を描いた斬り込みで、狙うは下部にある両の腕。踏み込むことで距離を詰め、ローのだんびらは深々と皮一枚に巨人の腕を切断した。
「やっ…な、これは………?!」
瞬時、目に見えた現実には差異があり、確かに切断したであろう両腕は音もなく元に治っている。
『超速再生』だ。それも、一瞬の猶予もなく完治する能力。
『フンッッッ』
「馬鹿なッ!?」
せっかく作ったチャンスはいともたやすく呆気なく終了し、巨人の連撃は再開される。
「――――――ッ!!」
だんびらを盾に使い両腕で構える事で弾き、滑らせ、何とか受けきる立体的な連撃。その全て、ローの持つ一撃を軽く上回る。
(この腕じゃあ、防ぐのにも限度がある。何か勝機は…)
太刀筋をうろ覚えに防ぎ、ちょっとばかしの猶予にローは勝利の為に手段を探べく、剣戟の合間を縫って辺りを見回す。
ローの後方には先程の民家、その家から地続きに繋がっているのは武器防具を扱う店があり、巨人の背にも店が立ち並んでいる。
どうやらこの場所は大なり小なりの武具を取り扱う店が建ち並ぶ商業地域らしい。―――――ならば、勝機は見えた。
『シィッッ!!』
巨人の放つ立体的な刃の軌跡は、早く鋭く鋭利さを増していく。だが、それを真っ向に打ち合うのは“白銀”の英雄――ロー・ハイル・ヘルシャフト――。
もう一度と人間であった頃の癖を見極め、四方から同時の剣戟を痛みに血を馴染ませながら弾いた。
「よしッ…!」
隙を作り、無詠唱にスキル<次元飛翔>を使用する事によって細かな瞬間移動を行い、来る連撃を躱し目的の場所にローは駆け抜けた。
「思った通り。どうやらここは、魔弩の製作工房らしいな」
駆け抜け滑り込み、窓からの入店。居ない家主にすまないと思いつつ、使える物を物色する――――すまない。
店内は外から見えるガラス張りで、身支度を整える用の大きな鏡が二つ。会計をするカウンターにはざっくばらんに大から小なりと魔弩の部品が並べられている。そして、目的のモノは目立つ場所に飾られており、見つけるのは案外簡単であった。
「使い方は確か…魔晶石か魔力を込めるんだったか?」
『グゥゥゥム……』
二度、同じ手を喰らう事で巨人は理解した。
自分よりも小さな建物に潜む男を追い詰めるべく、音を聞き分けゆっくりと歩みを進め、いるであろう建物の目の前にそびえ立つ。
表情というか、頭が無いのは見て分かる通りではあるが、顔のない巨人の感情は読み取れるぐらいに怒りを示していた。
『ガァァァァッッッ!!!!』
四本の腕を使いまな板に置かれた食材を刻むように、巨人は憤怒に身を任せ、怒りの矛を刻み下ろす。
瓦屋根はみじん切りに、建物は二度三度の剣戟で倒壊し終える。
『ムゥ??』
どこだ、どこだ。と、切り刻まれた瓦礫を手に持ったショーテルでかき分け、標的である男の残骸を探す理性のない怪物。
「こっちだ、デカブツ」
声の方向から投げられるのは、大きな鏡が二枚ほど。一つは粉砕して、もう一つは隣の家屋に弾かれ入る。
ただ、ソレはまずかった。武器を構える前に、雑に弾くという行為は。
その“好奇心”――――“探す”という盗賊の残滓よって標的へと隙を与えてしまうのだから。
『ウォォォッッッム!!!!』
学習し、確実に仕留めるべく四刀を構え直す―――――よりも先に倒壊した屋根の上に立つローは、左手で大砲並みの巨大な魔弩を構えている。
魔弩の使用方法は魔晶石を装着するのが基本。ではあるも、自身の魔力を込めて魔法を発動するという手もあった。
「吹き飛べッ」
狙いは必中、威力は最高。ドコンと、大きな音を奏でて。
込めに込めた爆発寸前の魔力は巨大な力の塊となり、下部の両腕で攻撃を防がんとす怪物の努力は虚しく、ローの一撃は防ぐ腕ごとその巨躯を貫く。




