第二章 24 【シー・プラネットの能力】
決死隊が二手に分かれたのは戦力を均等にする以外に、片方が若干の囮を担う意味もあった。これはリリアナ・ヘリスの<未来視>によって一方の行き先を決めたからだ。
<未来視>とは一つの事柄だけを予知すれば、その通りになるという可能性が高くなる。なので、<未来視>で見る可能性を二つに分けることなく、索敵能力の高い二人がいるロー達は街中を、フィリアナ達は予知された川沿いを、だ。
そして、その川沿いとは山岳魔導都市“ユーセラス”の観光名所の一つであった。
(…良い場所じゃん。さっさと仕事終わらして、四人で回るンも悪くないかなー)
右往左往と首を動かし、鬼の彼女は余すことなく辺りを見渡す。
観光名所『流麗町』―――ここは、ユーセラスの最新が集まる商店街。細かく間隔を刻まれた美しい橋の景観と川の流れを楽しみながら、買い物やカフェテリアでくつろぐことができる。
デザートから刺身まで、ホテルから民宿まで揃い踏み。商業国からの旅行者も大満足の評価をしているそうだ。
しかし、今では毒の霧により誰もいない無人の亡霊町となっている為、改めてユーセラスを救った際には四人で『流麗町』の観光をしようと炎煉は誓うのであった。
「? 何か今、聞こえなかったかアキラさん」
『流麗町』を遊び歩く計画を練る―――ではなく、周囲の警戒をしていた故にか、鉄の交わる音を耳が拾う。
「……いいえ、自分には何も?」
だが、隣にいたアキラに同意を求めても良き返事はこず。気のせいであったと、鬼の彼女は無関心に言葉を流してしまう―――――――それもそうだ。
魔に形作られた毒の霧は遠くの音をも霞に溶かす作用を持つのだ。
例え、遠くの方で大きな音が響いたとしてもソレは遮られるであろう。ついでに付け加える言葉があるとすれば魔毒の霧はペインキル姉妹の力。
山岳魔導都市“ユーセラス”は彼女らの箱庭であり、この国は文字通り姉妹の掌の上にある事をまだアキラ達は知らない。
「ンにしてもよ、ここまで静かなのは隊長としてはどうよ?」
作戦の通りに何事もなく川沿いを進むアキラの隊。敵も出ず、異常もなく、ただ歩いているのにしびれを切らした獄炎炎煉は気だるく同じ隊列中央にいる、隊長のアキラ・トシカワに話しかける。
「『どうよ?』と言われましても…」
「いや、ほら。予言通りに進んで、あの魔獣を見ないのはギフト様様なんだけどさ、ここまで何もないってのは不気味じゃない?」
「………確かに。レオルの隊が戦闘に入ってるとしても、猫の子一匹いないのは少々気にかかる…」
炎煉の何気ない忠告はリーダーとして気に留めるべき言葉であった。
往く道は中盤に差し掛かり、<未来視>に示された通りに川沿いを歩んでいるとはいえ、何の罠も魔獣もいないのは気にかかるモノ。そして、
「……………」
前に見える二人から右手を回す合図が出される。すると、それを見たアキラも同じように後方に合図を出して、連絡が行き渡った隊の進行は停止。
見える範囲の付かず離れずで移動をしているアキラ達だが、何かあった際はハンドサインで意思の疎通をし、こうして無音に連絡を済ませているのだ。
余談であるがレオルの隊はコレをしていない。街中を進む彼らは、付かず離れずの移動方法を取ってしまうとあっさり分断される可能性が高い為である。
「見てきます。炎煉さんはここに」
暇そうにしている主戦力に動かぬようにと釘を刺し、アキラは異常を発見したであろう前方に向かうと一目でソノ異常が何なのかを理解した。
「み、ず………?」
隊の前方。アキラが発見したのは水が球体となって道の真ん中に浮いている様。無色透明の球体内部は少し動いており、水の流れがその中にはある。
だが、それ以外に異常と思われる点はなく本当に球体状の水が、ただただ浮いているだけであった。
「あの水の球体からは魔力反応、生体反応はありません。周辺もついでに調べましたが、こちらも同じく反応なしでした」
アキラに声を掛けてきたのは『救援』の一人―――左右非対称の瞳を持つ翡翠色の彼女『フィリアナ・ルーゲル・フェンドルド』その人だ。
別動隊であるアキラの隊は魔法を扱う人間がいない。なので、こうして先導する彼らを三人一組にし、“白銀”の彼女に魔法での敵の探査に出張ってもらっているのだ。
「そうですか……ハハル、モタノ。<生体感知>に反応は?」
魔法での索敵は異常なし。となると、今度はスキルでの索敵に目を向ける。
「いいえ、フィリアナさんと同じく僕らの<生体感知>にも反応は無かったです。」
モタノの言に続き、ウンウンと同意するようにハハルは頷く。
「成程…ということは―――――」
「話にあった“ギフト持ちの囚人”でしょうね。で、どうしますリーダー―――一つ前の橋から迂回しますか?」
ハハルの問いかけにアキラは有利に立ち回る算段を重ねながらに頭を悩ます。
(<生体感知>、<魔力探査>に反応は無し。隊の左手は川で、右手には丸椅子に机と日よけの大きな傘が並べられた露台のある喫茶処。
どちらも周辺に人影はない。
ただ、迂回をすれば合流地点への到着に時間を食ってしまうのは明確。では、正解はこれであろう)
「…………」
考え抜いたアキラは、もう一度三人が異常を発見した時のように右手を回す。
異常が発見された際には右手を回して隊を停止、左手を回せば状況を解除。アキラが行ったもう一度の右手を回す合図とは、一か所に集まり迎撃態勢に入る用だ。
指示通りに隊は動く。背を誰もいないであろう川にして、周囲の警戒体制に移行―――状況は整った。
「迂回して、別ルートを行くのにも時間がかかるし、見過ごして後ろからやられる―――何てことも避けたい。ハハル、モタノ、あの球体…異常が無いか見てきてくれ」
リーダーの命令に二人は頷き、腰に下げていた魔弩を引き抜いて両手で構える。水の球まで五メートル程の距離、音を立てずスキル<消音>を唱えて近付いていく。
魔弩に込められた魔法は幸運にも『火球』。
下級の魔法ではあるが数を撃てば脅威となりうる魔法で、もし水の球に何かしらの異常が見られれば、すぐさまに燃やせば済むことだろう。
「……特に何もない?」
「触ってみれば?」
川を背にして、手が届く距離まで近づいても異常はなし。それを見たハハルはモタノに触るようにと冷徹な提案をする。
「えぇ……?!」
一理ある彼女の提案を少し考えあぐねた後、ガックシと肩を落として代案も思いつかず残念ながらにモタノは提案を飲むことにした。
「………はぁ、触るぞ」
魔弩を左手に持ち替えて、右手を空中に浮かぶ水の球へとまっすぐ伸ばす。
「人は触れてはいけない不安要素をなるべく取り除きたくなるのが性だ。オレだって水の球が浮いてたら燃やすだろうし、不安要素なんてあとに残したくない―――――だが……、“触れるのだけは間違いだったな”。」
モタノが手を伸ばすと同時に、喫茶処の露台の一部景色が水を払うかの如く、文字通り崩れ落ちる。
「<シー・プラネット>は“固定を解除した”」
オレンジ色の囚人服、腰のベルトには透明の液体の入った瓶が吊り下げられている。
短い金髪の男で紅茶のカップを片手にくつろぎ、丸椅子に座る彼の言葉は力の宿るモノであった。
瞬間、浮かぶ水の球は四散爆破――――――その凄まじい衝撃と水圧は、最も近くにいた両名をボロ雑巾のようになるまでズタズタに体を引き裂いてから、流れる川へと突き飛ばす。
「作戦成功……。初めまして、姉妹の政に反逆する抵抗組織皆々様―――――オレの名はノバン・シェンド」
三人目の囚人『ノバン・シェンド』は気だるそうに、水の球を従えて丸椅子から立ち上がる。
「姉妹の城に向か合う連中は殺せと命令が下ってる。―――――さぁて、そんな反逆者一同は無敵のオレに勝てるかな?」
「ナータ、セシリア、ペントラスは落ちた二人を救助!! トヨギ、スズカイは魔弩で援護しろッ!!」
今起こった事の全てを瞬時に理解したアキラは、後悔の念を押し殺して早々と指示を伝達させた。
(油断していた!! <未来視>によって安全な道を進んでいるという怠慢が油断を生んでしまったッ!!)
<未来視>は、ほぼ絶対的なモノであるが故の怠慢。リーダーとしての三人の能力を過信しすぎて、周囲を警戒する事を怠っていた油断。
過ぎた事――――頭を切り替えてはいるものの、自分のミスを噛み締める事に変わりはない。
どうやってかは知らないがフィリアナの<魔力探査>、ハハルとモタノの<生体感知>を潜り抜けた敵は、その油断につけいることで攻撃を開始していたのだ。
『了解ッ!!』
各員――“白銀”の二人を除く――は指示通りに行動を起こす。
落ちた二人を救助すべく、三人は川へと直行。残るトヨギとスズカイは<火球>を組み込んだ魔弩を使って、ノバン・シェンドに間髪入れず火の球をお見舞いする。
「残念。オレの力は無敵なんだぜ」
「な……?! <火球>が………」
驚くのも無理はない。トヨギとスズカイの魔弩から撃ち出された<火球>は五十発ほど。休みなしに撃ち続けられたその魔法全てが、男を覆う水の球に触れて掻き消えてしまったのだから。
「オレの力<シー・プラネット>は手で触れた海水を自由自在に固定できる。更に、付け加えて言わしてもらうなら魔法なんぞちゃちいモン、力の前では無駄よ、無駄。そして―――――」
火球を受け止めた浮かぶ水が、衝撃を受けた方向を再現するかのように張り詰めていく。弓を引いて矢を発射するかのように、Y字型の投擲道具で投石するかの如く。
おおよそ五十発の衝撃を一点に集中させて放つ事で、ただの水…ただの海水は岩をも切断する切れ味を持つ。
「“衝撃”を受けたのなら、そのまま反す事が可能!! 一部“固定を解除”スルッッ!!」
一点では仕留められない為にノバン・シェンドは、眼前にある浮かぶ海水の塊に三点の穴を開ける。そして、ギリギリまで引き絞った海水は恐るべき速度と切れ味で放たれた。
「まずい!?――――フィリアナさん!!」
「ええ、<ヴァン・ル・テューヘン>」
<パルプ・フィクション・ガム>で大盾を構築、アキラは皆の前に立つ。直感からアキラの声よりも少し早く魔法を展開していたフィリアナは、その場にいる五人を水の刃から守るべく、最上位の防御魔法で包み込む。
第九級魔法<ヴァン・ル・テューヘン>は不浄な物―――――毒物、潮風、転がる大岩など、それらが魔法使いに害をなすのなら、その全てを弾き返す強力な魔法だ。
「うそ………」
主である彼――ロー・ハイル・ヘルシャフト――であろうと、フィリアナの構築した<ヴァン・ル・テューヘン>を破るのには骨を折るだろう。しかし、ギフトを相手にするのではその硬さなど露と知らず。
全てを弾く魔法の盾は飛翔する水の刃に触れられて、いともたやすく霧散する。
「見てなかったのか? <シー・プラネット>で固定された海水は魔法が効かない。固定された海水の粒を飛び出す水刃に仕込めば、魔法のシールドは簡単に溶ける」
一撃はアキラの頬を掠め取り、トヨギの右肩を貫いた。二撃はスズカイの左足を撃ち抜く。
最後の三撃目はアキラの盾を貫いて破壊した。そして、岩をも両断する水の刃がフィリアナの眼前に牙をむく。
魔法の効果を消すというのなら、当たれば重傷は間違いないだろうと痛みを覚悟し、頭に直撃する軌道を避けるために両手を前に出す。
「くッ………あ、炎煉?!」
フィリアナの覚悟は徒労に終わり“白銀”の一人である鬼の彼女が、身の丈以上の金槌を振るう事で迫りきていた水刃を弾き飛ばした。
「魔法が効かねぇんだったら…まあ、オレの出番って事だよな?」
炎煉は得意げに頬を緩ませ、背を向けていた相手に向き直る。
「ハハハ……どうだかな。言っただろう? <シー・プラネット>は無敵、敵うわけはない!!」
「ヘッ、言ってろ囚人!!」
敵を見据えた獄炎炎煉は金槌を両手持ちに下段に構え、鬼の脚力で一気に距離を詰めて相手を潰さんと、金槌を振るう。
狙うは浮かぶ海水で覆われていない箇所だ。
見れば前方、後方と隙間はなく、頭の上にも小さい粒となった海水が散りばめられている。ならば、足元はどうだ?と、目だけで追えばと御明察。
「そら、ヨッ!!」
繰り出す一撃は下段から、隙間を縫ってのカチ上げる技。幸いにも足元には海水の粒も見えず、がら空きで自身の一撃が当たれば決着となる。
いつもの通りのいつもの必殺技。金槌を振るう腕の調子も良く、決して速度を緩める事は無かった。
「…ハッ。」
「?!」
金槌を振り上げる腕が一気に重くなる。まるで、海水に絡め取られているかのように。
何故そうなったかは、手から伝わる感触で理解できた。見えたソレは“薄く張られた海水の天幕”で、ノバン・シェンドはそれで自身を包んでいたのだ。
「<シー・プラネット>は自分自身を中心にして、薄い皮膜を作るかのように海水を固定することも出来る。“自由”っていうのは、そういうこった」
「――――ッ?! ならッ!!」
薄い膜状に形成された海水―――炎煉読みが正しければ、この方法で打ち破ることができる。
「オラオラオラオラァッ!!」
縦横無尽、縦横斜め、暴力的に乱雑に全ての角度から必殺の打撃を叩きこむ。それも、地面の石畳が揺れ軋み動くぐらいに。
「砕けぇッッ!!」
「無駄だって………………あぁ?」
迫力ばかりの相手に傷一つ与えられない必殺の一撃で、炎煉自身の物理攻撃は無駄に終わった。
それは仕方がない。
金槌の一撃は『面』での攻撃であって『点』ではない。だから、今用意するべきは『面』打撃ではなく、『点』の刺突の無数の一撃である。
「コイツは、砕かれた石畳?!―――――まずい!!?」
炎煉の金槌はノバンの防壁を潜り抜けられない。なら、天幕を突き破る小さな刺突の一撃をくれてやればいい。
(よし、これで!!)
読みは当たった。無数の刺突は海水のベールを喰い破り、本体へと直行する。
「なんてな。」
はずであったのも束の間――――食い破ったベールの下には、もう一枚の天幕が展開されていた。
「そんな事は予測済みだ。刺突武器は<シー・プラネット>の弱点ではあるが欠点ではない。補い、克服することができる――――――そして、だ」
金槌を打ち終わった炎煉の目の前に、海水の塊が浮かび上がる。
塊の中には炎煉が天幕を貫く為に飛翔させた石畳のかけらが無数に漂い、標準をこちらに見定めた。
「打撃、刺突という無数の“衝撃”を受けたのなら、そのまま反す事が可能!! “固定を解除”スルッッ!!」
溜め込んだ鬼の膂力によって、拘束に噴射される海水は砕かれた石を散弾の様に撃ち飛ばす。
ほぼゼロ距離を回避する事は叶わず。咄嗟の判断で金槌を盾として扱うが重傷を免れる事は出来ず、弩級の衝撃によってガラス張りの喫茶処へと吹き飛ばされた。




