第二章 23 【二手に分かれて】
“決死隊”とは連れ去らわれた人々を捜索、奪還する、言わば“救出部隊”。
作戦により、目立たず、戦力を割かずの十人一組で隊を作り、毒の霧を防ぐガスマスクを口元に装着。藍色で軍服の様な戦闘服を身に纏う、各々に装備を整えた彼らの主武器は他国で類を見ないモノであった。
全体的な形状はボウガンの弦を外し、引き金部分を残している縦長の物。全体図、作りからして“魔法”という概念のあるこの世界での“銃”に変わる武器であろう。
その名を『魔弩』。
使い方は簡単。魔法詠唱を簡略化した武器で、引き金を絞る事により備えられた魔法――例えば火球など――が発動する。
先端部のバレルには扱う魔法の文字が刻まれており、取り外しが可能。引き金後部には魔晶石を装着する機構を備え付けてあって、魔晶石内の魔力を使うことにより、魔力を注ぎ込むことなく魔法を発動できる。
山岳“魔導都市”と言われるのは、第九級魔法などの高度な魔法を扱う者が何も沢山いるわけではない。
この国で最も発達しているのは“魔法技術”。個人が秀でているのではなく皆が皆、知識を寄せ集めて、自動化という“楽”をしたい彼ら全員の総意によって市国はそう呼ばれる。
その完成形。最近になって開発された、魔法簡略化装置の試作品『魔弩』はその技術の一端である。
「こっちです……ニーナちゃん、どうです?」
「………大丈夫なのじゃ、敵はおらんぞ。」
そんな最新鋭の武装をした隊を先行するのは最年少(仮)のニーナとレオル。<存在希釈>のギフトを持つ彼と隠密・斥候能力の高い彼女。二人の能力における相性はとても良く、彼らの選ぶ道程では一匹とてアグァンの姿を視認せず、安全に街中を進むことができている。
「アグァンにも見つからずに上手くいっているようですね。ローさん」
「ええ、そうですね。このまま何事も無ければよいのですが…」
犬型の亜人である茶髪の彼は夜間警備での眠気を紛らわす為、目をすぼめながら小声でローに話しかける。
作戦開始から三十分―――現時刻は十九時を回り、陽も落ちて夜の暗がりに街が染まる頃合。本来ならばカンテラの一つ用意しなければ闇夜を進むことも出来ないが、救出部隊の装備には灯りをともす道具が無い。
道具が無いのは“必要ない”からである。
生きる物を殺しつくす魔の毒の霧。ユーセラスを覆うコレは昼夜の区別を誤認させる霧で、先をある程度見通すことができる真昼の様に明るく発光する霧だ。
「所で聞きたいのですが……腐肉死塊を屠ったのは本当で?」
「私ではないですよ。正確には、むこうの隊にいる炎煉が、です。」
教師が間違いを訂正するように人差し指を強調してローはリベルに注意する。むこうというのは、アキラの提案により決死隊と“白銀”は二手に分かれたからだ。
理由としては魔獣どもに感づかれない様に、そして戦力を均等にする為。で、決死隊の目的は捕らわれた人々を救出し、元凶であるペインキル姉妹を倒すこと。
目指すは居城の山岳城、往く道筋は二通り。
一つはアグァンの魔窟となった入り組んだ街中を進むのと、もう一つはリリアナの<未来視>に示された、安全であろうユーセラスの中心を流れる川沿いを真っ直ぐ進む道筋。ロー、ニーナ、レオルのチームは前者、アキラ、フィリアナ、炎煉のチームは後者だ。
余談だが、本当なら怪我をしたパールとモリシカの両名が決死隊へ加わるはずだったのを、ロー達が穴埋めに加わった事で決行日が今日になったのである。
(……前の方はこのまま任せておいても大丈夫そうだな。それにしても――――――)
隊の殿を務めるローは異常が無いことに軽く胸を撫で下ろしつつ、周囲の警戒を継続。目に見えるユーセラスの街並みは意外にもごちゃごちゃとしていた。そして、
(食事処、雑貨店、散髪屋………カナ文字を当てはめる部分には王国で見た公用語か)
廃墟となった店の名はどこか既視感のあるモノであり、コベルニクスの女王が同盟を結んだ理由を知れるモノ。
(ユーセラスに住む彼らの名前からして怪しいとは思っていたが……そういう事か)
軒並みにある建築物。看板、表札、紙に書かれた広告、注意書きなど………その全てがカナ文字を除いた日本語で形成されている。
つまり理由とは、『漢字』『ひらがな』というプレイヤーの痕跡だ。
「―――――おっと……前の方が止まったようですよ」
存外に根深く染みついた知己の文明、この国の成り立ち。気にはなる所だが、状況が考察する事を許してはくれず。リベルの声により現実に引き戻されたローは戦力である自身の役目を果たすことに。
「少し見てきます」
レオル、ニーナが先導する隊の現在地は北東の繁華街。道幅はかなり広く、石畳の地面には吸収壁が使われているそうだ。
もちろん頭を働かせてる間も周囲を警戒しているも敵は確認できず、待ち伏せ等の罠もなし。となると、
「どうした二人共?」
前で何かあったのだろうと早足に先導していた二人の元へ駆け寄る。二人もこちらに気付いたようで、少々苦い顔をしてローを出迎えた。
「アレを見てください」
レオルが指をさすのは前方に見える一軒の食事処。見た感じは何の変哲もない店ではあるが、目を凝らして<生体感知>を発動させることにより異変をすぐさまに感知できた。
「あの魔獣…いや、あの昆虫の“巣”か…」
意外なる事実に二人は驚愕の表情を浮かべて、ローの顔は若干青ざめる。
細い体に六本の足。ローが疑惑から確信へと奴らを虫と断定したのは、建物内部――天井に張り付いたアグァンの卵を見た為だ。――――<生体感知>は生き物を瞳に捉えることができる。そのせいで、こぶし大にある無数の卵をローは見てしまったのだ。因みに卵の色は乳白色。
「気持ち悪くなってきた………しかし」
ざっと数えても四十匹以上のアグァンの姿が視認できる。自分とニーナで殲滅する事は可能だが、早計に答えを出すのは危険。なので、リーダーに抜擢されたレオルの考えも聞いておくべきだろう。
「一応聞いておくが……どうするレオル君」
「――――妾とロー様で静かに殲滅することくらい朝飯前のじゃけど?」
若きリーダーの彼は二人の問いに少し頭を悩ませて、答えを導き出した。
「あそこを抜ければ近道なんですけど………例のギフト持ちがいるかもしれないんで――――――」
「オイ、何やってんだぁ?」
噂をすればなんとやら。話し合いの途中、瓦屋根から声を掛ける例の囚人の姿在り。
ロー達はレオルを中心に全方向からの攻撃に対処できるよう即座に陣形を組む。
「ハハッ。姉妹の言ってたことは正しかったな」
レオル達を見下げるのはオレンジ色の囚人服を着た眼鏡の男。髪は薄汚れた深緑色で銀のピアスを右耳に三つ、左目下部に二つと付けている。
前もって得た情報と照らし合わせて導き出される名は、
「お前がトヅマ・ノイか?」
「御明察。んで、アンタが姉妹の言っていた『救援』てヤツか?」
ローの問いかけに意外にも素直にトヅマ・ノイは答えた。しかし、その思いもよらぬ言葉に皆がざわめき始める。
「皆さん、冷静にッ――――何故、『救援』の事を?」
ざわめく彼らを落ち着かせる為、小声であるがはっきりと伝わる様に言葉を口にする。その後、皆が落ち着きを取り戻した所でローは核心を突いた質問をトヅマにぶつけた。
「クックックッ……」
含み笑いに体を震わせて。これまた意外と素直に、悪人面の眼鏡を掛けた囚人は事もなく答える。
「オレたちゃ囚人だ。ワルい事をしたから捕まってるんだぜ? 力だけで上下関係を示すその悪い囚人があの姉妹に対して、反旗も翻さず素直に従ってるのはどうしてだと思う?」
今一つ要領を得ない質問に質問で返す彼に、ローは更に返すのであった。
「“答えてくれ”とは言っていないが、ソレは答えになってないのでは?」
「うっせーな!! 雰囲気作りってもんがあんだろ!!―――――――あー、つまりだ」
強烈そうで案外普通なツッコミを終えた彼は、瓦屋根に座り込み、演説をするかの如く高々に右手を上げて喋り続ける。
「一つ、ユーセラスは文字通り、あの姉妹の箱庭だという事。この霧が何なのか知ってるか? 何と、あの姉妹のギフトだそうだ。お前らの情報も筒抜けだったわけよ。んで、もう一つは――――」
高々に挙げた右手の中指と親指をこすり合わせる形で打ち付けて、トヅマはパチンと指から合図の音を鳴らす。
「オレの魔法と引き換えに“力”をくれたって事さ」
「いつの間にッ?!」
「ハッ。そこの獣人、いつの間にとか本気で言ってんのか? ご丁寧にそこの男の質問を答えていたのは、この為よ!!」
四方八方より魔獣…もとい“魔虫”はトヅマの腕を振り下ろす号令と共に、ロー達へと一斉に飛びかかる。
「ニーナ、後ろは任せた」
至極色の少女はにこやかに頷き、主の命令を素早く済ます。そう、ローとニーナが連携を取るのには一言で十分。
ローは背中の大剣を、ニーナは袖から長く鋭い暗器を、双方はソレ手に持つ事で手腕を示す。
「なっ!?」
リベルに続き、二人の“力”を皆が驚愕した。
一斉に。と言っても、こちらに着地するまでのズレはある。一秒であれ、コンマ一秒であれ、個々の生物ならば必ずズレるのが群で動く生き物の特徴。ならば簡単に、ソコを付けばよいのだ。
「――――!!」
「ほわちゃー」
巨大な凶刃を振るい、白銀の彼は風に乱れる風車の如く、魔の虫共を両断する。
そして、黒き暗器を持つ少女。至極の色の彼女は気の抜けた真面目な声で、可憐に踊って、害虫の瞳から脳に針を差し込み殺し終える。
「…………姉妹の警告は嘘っぱちじゃあなかった、て事か。なら――――出番だぜ、お頭」
『グゥゥゥオオォォォォォォォォッッッッッ!!!!』
再度トヅマは指を鳴らすと、それに呼応して地を揺らす雄叫びが上がる。
(なんつう馬鹿デカイ咆哮だ…ズカズカと下腹に響く――――――――来るッ!?)
前方、トヅマのいる場所の少し隣。広い道になっているその場所から、霧に紛れて巨大な物が飛んでくる。
長さ五メートル、太さ五十センチ。視認できる距離まで高速に近づいたソレは、木造建築などに使われる加工された木の柱。見れば、無理矢理に根っこから捩じり取られたのであろう跡が凶器になっている。
「クッ!!?」
凶戦士の刃を出していたのが幸運であった。すぐさま剣を構え直し、ローは飛来する柱の着地点を剣の腹を斜めに構える事によって、ずらす。
『オオオオォォォォォォォォッッッッッ!!!!』
声の主の諦めが悪いのか、続けて二撃と飛来する。
「同じ手は食わん」
同様の方向から同様の攻撃、二つになった所で対処は容易。一投目は先程の要領で着地点をずらし、見切った二投目は、剣を上段から思い切り振るう事により柱を叩き落とす。
「よし……と――――アレがお頭か。随分と情報とは違うようだが…」
地面を揺らしほどの咆哮と同じくして足音を響かせる彼が、建物を倒壊させながら姿を見せた。
二階建ての建物を優に超えるその大きさは、おおよそ十二メートル。姿形は人間ではなく四本の腕に足と鉄色の身体。おまけに、どこから咆哮を出していたのか頭と呼べる物が無く、首の生えているであろう場所はつるつると平べったい形。
あれが『お頭』なら名残のある部分は見る感じだと、下半身を覆うオレンジ色の布と弩級ともいえる胴体に刺さったショーテル四本程度だろう。
「そりゃ、違うぜ?! お頭は自身の“力”で自我のない暴れまわる怪物に変貌したし――――――だが、まあ? オレの“力”<調教師>でお頭を含めた怪物共を操れるのは実に幸運な事だ」
<調教師>から最後の号令が出される。
怪物となったタナ・ジエンは胴体に刺さった四本のショーテルを引き抜き、どこからともなく今度は隊列を組んだアグァンの群れが集合する。
「お前たちに下す命令はただ一つ、殺せ。」
魔窟を全てが湧き出たかのように、たった十人の救出部隊に魔の怪物が雪崩れ込む。
「皆さんは守りに徹して、攻めるのは私達にお任せをッ!!」
「で、ですが……」
しかし、彼らの味方は英雄と謳われた“白銀”のその二人。
「なに、すぐに点数をひっくり返して見せますよ。――――ニーナはアグァン共を、私はあのデカブツを殺る。」
「はいなのじゃ!」
黒髪の少女は可憐に踊るかの如く敵を殺しつくし、巨大な剣を振るう彼は竜巻となって魔虫の群れを斬り伏せていく。




