表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カムイモノ  作者: 食食食御さん
第一章【白銀の英雄】
6/156

第一章 5 【テンプレート】

「やってしまった…」


 緩やかに風が吹く草原で、こぼす台詞は慙愧の念からの一言。

 一本道の草原の端。目の前には、まるで暴風雨に吹かれたかの如くひしゃげた荷馬車、そして投げ出された馬と御者。

 嗚呼、どうしてこうなったのかと十川四郎ことローは頭を抱えた。

 言葉の通り、自身の不()際で起こったこの事態、この悲惨な現状。至った経緯については少し時を遡る。





「は、はい。この先を真っ直ぐ行けば、プカドという村に着きますよ」


「そうか。助かる」


 異世界第一現地人、荷馬車の御者を勤めるモルダ――――彼とのコミュニケーションは自己評価ながら、とても上出来にこなせたと思う。

 何故なら。

 彼の話す言葉は、なんと幸運にも流暢な日本語で口の動きも紛れもないソレだから。

 不思議には思いつつも話が分かるならそれで良しと、周辺の事を細かくと聞けばプカドという村落があるらしく。

 聞けば、村近く洞窟に家屋補強用の鉄鉱石を取りに行く途中との事()()()


「ロー様」


 ()()()、というのはその言葉の半分が嘘であったから。


「この男……怪しいと思いスキルにて馬車を覗けば、採掘道具も乗せずに女一人と大量の食料を積んでおるだけぞ」


 『消えゆく外套(クラルテ・リーゴ)』を用いて姿、気配を消しているニーナの声を潜めた耳打ち。

 彼女の忠言の真偽を高めるべく、ニーナの持つスキルより劣る自身の感知スキルで荷馬車内に目を通せば、パンパンに膨らんだ沢山の革袋に体を預けている少女が一人確認できる。


「どうするのじゃ?」


 荷馬車に採掘道具は無く、労働者や手伝いには見えない縛られた少女、しかもどこかぐったりとしている様子。

 出そろった証拠は鼻孔を刺激するぐらいに怪しさをムンムンさせている。


「それじゃ、これで」


 臭いの原因である彼はそう言い残し、そそくさと馬を走らせんと鞭を打つ。

 彼、モルダに対してどういった対応をすれば最適解なのかを一考したい所であるが、そんな時間は無い。


「……あー、少し構わないか?」


 半ば勢いでローは声を慌てて声を掛けてしまい、立ち去ろうとしていた荷馬車は動くのをやめる。


(焦って声を掛けちゃったけど………どうしようか? 面倒ごとに巻き込まれるのは勿論嫌だ。けれど、中を見ちゃったのもあるし…―――――)


 笑顔ながら、こちらを観察する疑惑の視線。


(ハァ、仕方ない。一応、聞くだけ聞いておこうか…)


 その視線を意に返さず、ローはため息のように軽く深呼吸。

 胸に新鮮な空気が入り込んだ後、少女の方へとおもむろに指をさす。


「その娘……拘束されているようだが貴方の子か? 重大な疾患や怪我…あるいは呪いの類ならば、私に治せるかもしれないぞ?」


「え? は、へ、い………は、い?」


 こちらを睨んでいた疑惑の視線はどこへやら。

 モルダは何を言われたのかを全くもって理解できないと、まるで鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。

 束の間ながら場が静止したものの、すぐさまにその時間は終わった。


「助けてくださ――――いッッッッッ!!!」


 荷馬車から響くは助けを乞う叫びであり、静止した空間と彼にトドメの一撃を与える少女の乾坤一擲。


「お、オマエッ!?」


 そして、頭が追いついたのかモルダは次第に脂汗が額に浮かび上がり、顔面は蒼白に。

 笑顔も消え失せて反射的に馬を走らせる。が、ロー・ハイル・ヘルシャフトの右腕は逃がすまいと馬車の後部を鷲頭掴む―――――――()()()()()()()


「あ」


 自分的には逃げ出す馬車に飛び移ろうかと手を掛けただけだった。

 だがしかし、格好良く少女を助け出す作戦は慣れない体を扱う十川四郎の、文字通りローの手によって失敗した。


(これも………身体的な数値(ステータス)が上昇したせいなのか?)

 

 ただ、グッ、と。

 荷馬車の端を掴んで引き寄せただけで。

 自身の怪腕によって起こったのは大惨事。道端の草原に放り投げ出された馬、御者、ひしゃげた荷馬車。

 この悲惨な現状に取り繕う言葉は無かったのである。





「お前達はあの男と馬を助け起こし、縛っておけ。私はこっちを助ける」 


 考えるよりも先に身体は動き、馬車を取り囲んでいた彼女達三人にローより命令が下る。


『はっ!!』


 フィリアナ、火煉、ニーナは阿吽の呼吸で了解の返事をして『消えゆく外套(クラルテ・リーゴ)』を脱衣。すぐさまに横たわっている一匹一名の救出作業、一名の拘束作業へと取り掛かった。

 もはや残骸に近い骨組に被さった天幕をめくり、まずは謝罪の一言から始める。


「すまない。まだ力加減が難しくてな………大丈夫だったか?」


 うつ伏せからこちらを見上げる少女に外傷は見えず、一安心。恐らくは沢山の革袋(クッション)があったからだろう。


「はい、ありがとうございます……!」 


 手を差し伸べてゆっくりと引き上げる。

 栗色の髪と釣り目、後ろで一つに纏めた髪、焼けた小麦色の肌、モルダと同じ人種であろう事は明白。そして、彼女の容姿からクウォーターとも言い表せない謎が解けた。

 欧米人種に近く、かと言って日本人でもある。十川四郎の記憶にある親近感、その答えはコスプレだ。

 好きなアニメのキャラクターになりきって写真を撮る日本の文化。このモルダと少女は、その写真の先にある偶像から出てきたような、ある意味で完璧な異世界人と言えよう。


「構わないとも。助けを求められたのだから応じたまでだ―――――それにしても………」


 だからといって。ただ、総評。

 どこにでもいる様な村娘。

 それにしてもと、言葉を詰まらせたのは()()()()()()()()()()から。

 フィリアナ達と比べても特別顔が良い、身なりが凄いわけでもなく。恰好や握った手の触感から肉体労働に従事しているのはあきらか。

 何処かの貴族が身代金目当てに攫われている途中、もしくは隠れて逃げている途中ではないと断言出来る。

 

「こっちは済んだぜ。ロー様」

 

 どう会話を切り出そうかと口を噤んでいたら、米俵の如く縛られたモルダを肩に抱える火煉(カレン)を筆頭に、作業を終えた三人が集まってきた。


「お疲れ。じゃあ、まずは安全の確保だ―――――フィリアナ、<ラズ・レケイス>を」


「はい」


 探知・視覚阻害の範囲魔法をフィリアナに頼み、ニーナに周囲を見張らせてから少女の話に耳を傾ける。

 そうすると意外でありつつ創作でよく聞く真実を聞き及ぶことに。


「一週間分の食料とキミ“ハンナ・カンベルト”をねぇ~…」


「本当です! 信じてください!!」


 彼女、ハンナ・カンベルトの話を要約すれば人間みたいなゴリブが村を襲い、顔の良い女と食べ物を今日の昼過ぎに要求したそうだ。

 ささやかな抵抗として村人はこの領地を治める辺境伯に使いを出すも帰らず。

 結果、差し迫った恐怖に人々は敗北。彼女は人身御供となって運ばれている最中だったそうな。


(つまり………面倒ごとに巻き込まれたって事か)


 ()()()()()()()()()()()。“異世界”モノの展開としてはありがちなイベントだ。

 コレ以上分かり易い展開は無いが、自分自身がその渦中となれば存外に面倒くさいの一言も呟かざるおえまい――――心の中でだが。


(しかし…)


 流れに身を任せれば、このままシルベという人間ゴリブ退治になるとは思う。

 正直言って右も左もわからぬ今では、そうするのが一番だろう。

 ただ人助けを了承するとして、ハンナ・カンベルトの話には引っかかる点が一つあったのは事実。


(『シルベ』……どう考えても日本人。いや、プレイヤーだろうな)


 【ブレイスラル・ファンタズム】では、プレイヤーの操作キャラクターの種族においても多岐に渡るのが他のゲームとは一線を越えた自由度が売りの一つだ。

 人間をはじめとした、エルフ、ドワーフ、鬼、粘液生物(スライム)樹木人(アードラドイ)死人(デステイス)、天使、悪魔などなど………千差万別の種族がいる世界。魔物系統のゴリブを選んでいるプレイヤーが居てもおかしくはない、むしろ自然だ。

 同じ時期、近郊に突然現れた人間ゴリブ。極め付けには『シルベ』という名前。たとえ魔物であろうとも、判断材料からして同等のプレイヤーである可能性は高い。


「あの、聞いてます?」


「大丈夫、聞いてるよ」


 栗色の瞳が食い入るように見つめてきたので、ローはおもむろに首を振った。


「信じるよ。いや、別に疑ってたワケじゃないさ」


「だったら………!!」


「助けてください、って? もちろん」


「えっ?」


 そうして了承の有無を迅速に提示すれば、若干食い下がりつつ話を聞く姿勢へとハンナはその場に直る。


「『えっ』じゃなくて、困ってるんでしょ?」


「は、はい………」


 引いている、という表現が正しいのか。

 ともかくとして彼女は即決の判断に一歩足を下げて、たじろぎながらも頷いてから、こちらを真っ直ぐと見つめている。

 何か聞きたいことがあるのだろうと、首をかしげてその意図を促す。


「いや、あの…」


「?」


「どうして、助けてくれるんですか? あんなにも怖い魔物なのに……」


「あー…」


 彼女の問い、答えられる理由としては様々だ。

 今はいない彼女の両親に恩を売る、村民一同から謝礼を頂く、この世界のノウハウ…情報をそこはかとなく集める。

 現金で理屈っぽい…むしろ理屈な理由がほぼを占めるが、怯えている少女に言い聞かせる言葉ではないのは確か。


「ここまでの話を聞いてしまった以上、助けの手を差し伸べるのは道理というものですから。このロー・ハイル・ヘルシャフトの名に懸けてね」


 だったら行動で示すべしと、白い歯を見せて会心の笑みでガッツポーズ。


「フフッ…あ、ありがとうございます!」 


 彼女は吹き出して、緊張で張り詰めていた頬が緩むのが見える。

 一礼の後に。瞳に浮かぶは恐怖でなく、希望に満ち溢れた年相応の無邪気な明るさは戻り、どうやら信用してくれた様子。

「名に懸けて」なんて今日日聞かない恥ずかしい台詞を言ったのは間違っていなかったらしい。


(ま、何とかなるでしょ)


 前情報を集めずの会敵は多少のリスクを伴うが、丹精込めて作りだしたこのロー・ハイル・ヘルシャフトというキャラクターが負ける光景は浮かばない。

 プレイヤー同士の戦いには自信がある、というヤツだ。

 何よりこの異世界に来てから覚悟はできているとも―――――()()()()()()()()()()()は。











「なぁ、ロー様よ。何であの人間を助けたんだ? 一銭の特にもなりゃしないだろ?」


 幸いにも荷馬車の後部が破損しただけで少し修理すれば、走らせることは十分に可能であった。よって、火煉が即席ながらある程度馬車を修理した後、土地勘のあるハンナが御者を勤めて目的地へと赴く最中が今現在である。

 因みにモルダは目を覚まして暴れられても面倒なので縛ったまま革袋の山に放っている。


「それはだな……」


 ガタガタと揺れる荷馬車の中、ハンナに聞かれないよう声を潜めての質問を面と向かって投げ掛けてきたのは獄炎火煉。

 ロー・ハイル・ヘルシャフトは従者とも仲間とも言える彼女の質問に少しの間を置いてから、ちょいと小声ですぐさまに答えた。


「コネクションと拠点、この世界の通貨……いわば金を手に入れる為だな」


「あ? 他はわかるけど、金? 持ってんじゃねーか、()()()()()をよ」


 ローム金貨とは【ブレイスラル・ファンタズム】においての通貨を指す。

 本当に不思議でならないという火煉の面持ちもその所有数――十八億六千五百三十五万ローム――からすれば当然も当然だ。


「火煉よ。お主、ローム金貨が何で出来ておるか知っておるのか?」


 辺りの警戒をフィリアナに変わり、ふわりとローの左に腰を下ろして。会話に入ってきたのは至極色の少女、ニーナ・レイオールド。

 少女の小ばかにしたような問いかけには流石に火煉も大失笑。終われば後に、胸を張って問いの答えを堂々と言い放った。


「そんなもん決まってらぁ。()()なんだから()だろヨ?」


「そう純金じゃ。まぁ、分かっておるなら良いわ――――では、もう一つ問うぞ? この世界の通貨を得る為にローム金貨をどうするつもりじゃ?」


「あぁ? そりゃ、質屋とか………」


「保証人も何も後ろ盾のない我らがか?」


「あー……」


 火煉の得心のいった顔を見てニーナ・レイオールド嬢は胸を張ってのご満悦。対し、得心の顔を浮かべた鬼の彼女はバツ悪く頭をかく。


「そう。いくら純金の硬貨を持っておるとはいえ、街に来た新参者が大量にソレを質に入れるなんぞ怪しい事この上ない。オカミが我らの事を調べ上げ、時代が時代であれば謂れの無い罪を着せられる可能性もある……妾であればそうするしの。―――なぁ? ロー様」


「そ、その通りだとも。見た限り、前の世界(ゲーム)のように金を硬貨にできる余剰は馬車や彼女の服装からしてこの世界にはないだろう。…よく分かったなニーナ」


「ふふん。世辞は世辞でもロー様の言葉は妾にとって心地よい。もっと言ってよいのじゃぞ?」


「…やめておこう。前者二つについての説明もしておきたいしな」


 言えない、コレは言えない。

 町に着いたら即行で何枚かを質に入れようとしたなんて。


(あ、危ねぇー…!! この人間ゴブリン退治で貰うであろう金額じゃ足りないと思ってウン十枚ぐらい入れようとしてたわー………)


 真剣な表情を取り繕い、話題をサラリと変えて難を逃れる十川四朗ことロー・ハイル・ヘルシャフト。

 

「この辺りは見通しがいい。フィリアナ、周囲の警戒はもういいだろう」


「よろしいので?」


「構わんさ、魔物が出たら対処は容易だ。それより、四人での大事な話がある。こちらへ」


「はい!」


 元気良く返事をしたフィリアナは御者の隣からすぐさまにローの右隣に着席する。手招きをしたのは自分だが、こうも近くに座られるとちょっと話づらく、ニーナの火煉の視線も痛く。

 対面、花蓮の右手に座り直し。本腰を入れて話し始めるのはこの異世界生活に関わる重要な議題。

 探知・視覚阻害の範囲魔法<ラズ・レケイス>を四人の周りのみに一応掛けてから話し込む準備は完了だ。


「まずは()()()()()()…つまるところ()()だが、コレについては概ね良好に事が運んでいるな」


 聞いた話だと今回の依頼主、ハンナ・カンベルトのご両親は冒険者だそうで。

 “冒険者”その名こそ心躍るシロモノではあるが、聞いた話ではもっぱらの仕事は村や町の近隣に出た害獣、魔力の源である魔素に染まった獣こと魔獣、魔力とともに生き死ぬ魔法生物…通称を魔物の駆除が主な―――要は町の雑務をこなすちょっと危険な猟友会といった所だろう。

 因みに高ランクであれば、その名の通りに遺跡の調査などを任されるらしい。


「カンベルトさんの()()を頼るという事ですか?」


「その通りだフィリアナ。娘の命が掛かったこの依頼………無事に完遂すれば、“冒険者”のご両親に多少無理のできる恩を売れるという筋書きだ」


 内容こそ雑務が中心だが仕事は仕事。

 この異世界生活において、ツテを使って深入りされず手に職を就けるに越した事は無い。それが、我々の特技を生かせるならなおさらだ。


「なるほどなー…依頼された雑務をこなす冒険者なんだし、顔は広い。手ぇ貸すにゃ、うってつけだな」


「それだけではないぞ火煉。彼等の紹介があれば、今後の()()となるであろう町や宿にも何不自由なく住むことができる」


 ツテを頼るならとことんと利用するべきだと、もう一つの議題をローは持ち出す。

 それは()()、端的に表すなら今後の生活に必要な家の事だ。

 贅沢こそ言わぬが生活環境は整っておいてほしい。風呂、台所、四人分の個室…望むところはソレだが、まあ今のところは無理な話。

 金に余裕ができて人々の信用に足れば、そう言った要望を叶える夢の一軒家の購入も視野にいれる。が、ペーペーの冒険者なら地道に仕事をこなして安宿で寝食を取るのが一番だろう。


「『拠点の確保』……この世界に突然ほっぽり出された今の我々の目標としては、ちょうどいい塩梅な指針だろう」


「ま、腰を下ろす場所が無きゃあやってらんねぇしな」


「…妾らはこの世界に突然放り出された流浪の身。贅沢が言えぬからこそ、村娘のツテを頼るのじゃな」


 腕を組んでウンウンと頷く火煉とニーナ。

 二人が納得をしたところで、直近ともいえる最後の議題へと移す。


「それに、だ。彼等は広い土地に遠征をすると聞く。ならば、私のような存在(プレイヤー)の話を耳に挟むかもしれないだろう? 情報収取にもこの仕事はうってつけだ」


「『プレイヤー』……ロー様と同等の存在で私達の敵………ですが、今の私達ならば負けるはずもございません。もう、二度と………――――」


 今の今まで押し黙っていた翡翠色の彼女(エルフ)、フィリアナ・ルーゲル・フェンドルドは、そう言って静かに。しかして、慙愧の念に溜飲を下げながら恩讐の炎を宿した真剣な眼差しにてローを見据える。


(………そこまで認知しているって事は、憶えているのか?)


 ゲーム時代おいて他の()プレイヤーと()戦った()経験は勿論ある。

 山賊のような待ち伏せ、街中での辻斬り、イベントクエストでの大陸を股に掛けた全プレイヤー参加の大戦。強者から弱者まで数え切れぬほどあり、何度か倒された覚えも。


『…………』


 その時のコト()を三人は憶えているのだろう。

 フィリアナと同様の面持ちでニーナ、火煉もこちらを見つめている。彼女らにとってあの無数の”死”が現実で実体験だというのであれば、主人として取れる対応は一つだ。


「ああ、確かに負けるはずはないさ。絶対にな」


 道理を持って、胸を張って、三人をなだめながらにローは話を続けた。


「だからこそ、他の敵対者(プレイヤー)の事を小耳に挟む…つまるところ、相手の情報を少しでも手に入れるに越した事は無い。敵対せねばそれで重畳、だろ?」


「そ、れは………そうですが」


 敵対者(プレイヤー)に一矢報いたいというのが三人の感情なのだろうが、主人の覚悟と自信を持った言葉にフィリアナをはじめに三人は渋々と納得した。

 十川四朗の状況を鑑みるに、自分と同じ理由で他のプレイヤーがこの世界に来ている可能性は十分にある。言ったように敵対せず、更には交友関係を築けるのなら申し分は無いだろう。

 しかし、ソレができぬ場合。

 敵対して戦う流れになった際、敵の情報を多く集めていればコチラは優位に立ち回る事ができる。

 もう死の恐怖を彼女たちに味わわせることもない。


「ま、懸念はそれだけじゃないんだけどな…」


『?』


 ローの小言に三人は首を傾げる。

 自分達の強さは最高レベルの百二十、言葉にした通り大凡の敵なら黒星を付けられはしない。だが、もし他のプレイヤーがこの世界特有の強者と手を組み、こちらに挑んできたなら話は別だ。


(『敵を知る前に己を知れ』………何故か分からないけど、直感がそう囁いてる)


 だからこその情報、だからこその今回の依頼(たのみ)だ。

 魔法、スキル、アイテムの利用法は理解できた。しかし、それは実戦ではない日常的な意味合いでだ。

 今回の依頼を受けたのは諸々の理由と合わせて、己らを知る――武器の振るい方、魔法発動のタイミング、スキル使用の見切り、自分たちの戦術の幅、それら全てを――学ぶ訓練(チュートリアル)をこなす為。


「そんなワケで私は今回の依頼を引き受けた。――――まあ、なに、心配するな。後手に回ることにはなるが、慢心せず勝利しようとも。だから、お前達にはしっかりと手伝ってもらうぞ?」


「はいっ!」

「おう!」

「のじゃ!!」


 恐らく、今回の相手は相互理解不可能なプレイヤー。実験的な戦いとなるが、負けるはずはないだろう。

 これもまた、十川四朗の直感が無意識にそう囁いているのだから。











 森に入ってしばらくとすれば、目的地である洞窟の入り口が開けた場所に見えてきた。


「馬車はここに止めておいて下さい。今のところ敵は見えませんが、万が一もあります。慎重にコトを進めましょう」


「は、はい。分かりました」


 入口を監視できる少し離れた場所に荷馬車を止めて、ロー達は馬車から降りると同時に周辺を軽く観察している。

 数える程度だが足を運んだことがあるこの場所、いつもならただの普通の採掘場。しかして今は、不気味そのもの。

 唯一の出入り口から覗く洞窟内部には松明の灯りが一つとして無く、陽光が吸い込まれるぐらいに真っ暗闇。そして、その暗闇からは今までに感じた事のない獣臭が離れていても漂っていた。

 

「…足跡。多いな」


「ほ、本当ですね………」


 腰を落として地面をなぞる彼へと声を掛ければ、ローはすぐさまに立ち上がって手を払う。


「大丈夫さ、ハンナ君。数は多いが、相手ではないモノばかりだ」


「そうなんですね………それで、あの、ヘルシャフトさんは―――――」


「長いからローで構わないよ」


「わ、分かりました……じゃ、じゃあ、ローさんはこれからどうするんですか?」


 今回の依頼に関してハンナ・カンベルトの持つ情報は三つだ。

 人間ゴリブの容姿、統率力、そしてヤツらの拠点の出入り口は一つという事実。彼女がどうするのかと、言ったのはどう攻め込むのかという疑問だ。

 相手はゴリブやオグンをいとも容易く統率し、鋼鉄の扉を腕力のみで破壊できる存在。

 ハンナ・カンベルトにとって、プカド村の住民にとっての絶望そのもの――――そんなのを相手取るならば、真正面からはまず勝てないだろう。


「無論、入るさ。出入り口はここだけで一本道なんだろ?」


「え!? は、はい………」


 その真っ直ぐな言葉にハンナは頷くしかなかった。止めることも出来ず、諫めることも出来ず。


「あの!!」


「?」


「………私は、どうすればいいですか?」


 こんなにも善い人を、自身の無茶を聞いてくれたロー・ハイル・ヘルシャフトという人物を、死なすまいと。

 同等以上の力を持つかもしれない人間ゴリブに今から相対する彼を留めんと、自分なりに対策を張り巡らせるが体のいい言葉は思い浮かばず。

 ただ、自分がどうすればいいのかを聞くだけで、ハンナの口はそれ以上動かなかった。


「そうだな…―――」


 そんな不安を見かねたのか、ローはハンナの頭を軽くなでて笑顔を見せる。


「ハンナ君は馬車に隠れておいてくれ。火煉、ニーナ、彼女を頼んだ。それと、洞窟から魔物が出てきたなら強さを計り、可能であれば退治をしておくように。フィリアナは………私と一緒に来い」


「わあったよ」

「分かったのじゃ!」


 二人の返事の後、エルフの彼女は頷いて歩み出すローの元へと付いて行く。

 純白のロングコートをなびかせながら、白銀の彼と彼女は虎穴へと赴く。その背中は、冒険者の父や母よりも眩しく輝くような頼もしさだった。

 ふと、父の言葉を思い出す。


『冒険者には二種類の人間がいる。一つは、村や町を守るのが精一杯なオレ達みたいな冒険者。そしてもう一つは、強大な赤龍や凶悪な魔獣共に立ち向かい、何事も無く帰ってくるヤツら。そういうヤツらを何て言うか知ってるか? それはな―――――』


 父から聞いたありきたりで使い古された単純な言葉だ。でも、この人達を表すには間違いではなかった。


「……――――英雄」


 白銀の英雄は彼女が恐怖した暗闇へと挑む。

 何事も無く、真っ直ぐに、まるでその働きが当然の如く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ