第二章 21 【山岳魔導都市“ユーセラス”】
―――――かに、思えた。
――――――ヤツらの牙と爪に切り刻まれる。かに、思えたが現実は違う。
「炎煉、ニーナ、そっちは任せる!! 私はコッチの二匹だ」
「おうさッ!」
「なのじゃッ!!」
黒髪の青年――アキラ・トシカワ――は自分自身の黒い瞳に『救援』の正体を映し出す。
白く淀んだ霧の中で空を伝い、自分らの元に飛んできたのは“白く銀のように滑らか”な外套をなびかせる彼と、熱き焔に染まった鬼の彼女、そして至極に色付けされた女の子。
彼方から飛翔してきた“白銀”はアキラ達を取り囲むように醜悪な獣の前に立ち、向かう。
最初に始まるのは双方同時、“力”と“技”のコントラスト。
「そら、よ!」
焔色の彼女は自分自身よりも巨大な、炎と空の美しい金槌を目いっぱいの“力”で獣へと振るい、ソレをいともたやすく圧殺完了。後は着いた汚れを拭うのみ。
「終わりなーのじゃ!!」
一方で黒髪の少女は力に頼ることのない“技”の武器を扱っている。
左右の手に持つは、ただ刺す事に特化した黄金の針。普通の大きさなら服を縫うのに最適なのだが、それは少女の腕よりも長い武器。
至極の少女は風の如く跳躍し、クルリと身を翻しながら――――獅子の頭の醜悪な獣の脳髄と心臓へと針を突き刺し、コレを絶命させる。
彼女らの凄腕に皆が危機を忘れて見惚れるが、白銀にある彼はそれ以上だ。
「あれが、剣……?!」
背負う剣は鬼の乙女が持つ金槌よりも長く、ぶ厚く、ただ強大であり………おおよそにそれは、『鉄の塊』と呼ぶことが正しいシロモノ。
「シィッ……!!」
彼は奥歯から歯を思い切りに噛み締め、堂に入った構えで上段に刃を落とし、頭蓋から尻尾までを一刀両断。
「危ないッ!?」
いつの間にか、白銀の彼の左隣にいた獣は一旦に距離を取っており、港の倉庫の壁伝いに潜み隠れて男の頭上へと一気に飛びかかっていた。
醜悪な獣、ヤツは状況判断程度ならできる頭を持っている。そうならば、獣は三匹の仲間を殺されて、最後の一匹は尻尾を巻いて逃げるかに思われた。
だが、知性を持っていた故か、“醜悪な獣”の判断は『復讐』をすることに先走る。
『グゥゥゥゴォォォォォッッッッ!!!』
人の数倍とある巨躯は圧し潰すだけでなく、捕らえて首筋を噛み切るようにする“獣の知性”。声も上げず、忍び寄る“我”に気付かれる事は無いと獅子頭は自負していた。
「おっと、ホントに危なかった」
『グゥゥゥギィィィィゥッッ……?!』
彼に飛びかかった“我”は『宙に浮く感覚』と『顔面を潰される感覚』を覚える。
一見すれば怪物が男の手に喰らい付き、離すまいと足で男の腕を掴む様子は、怪物が優位に見えてしまうもの。
だが、実際は獣が浮いているのではなく、単純明快、彼に軽々と鷲掴みにされているのであった。
「フゥゥゥ…―――ッ!!」
彼はその右手に持った大剣を逆手に獣の腹へと突き刺す。そして、そのまま先程とは反対に下から上へと凄まじい力で一刀に引き裂く事で“醜悪な獣”の巨体を両断し終えた。
「ロー様、船の方は無事脱出しましたよ」
「そうか、船長たちは無事だったか?」
「はい。全員毒が回るうちに撤退できました」
濃い霧の中から飛んできて白銀の彼に淡々と報告をするのは、翡翠色の髪をした朱と蒼の瞳を持つエルフの淑女。
「美しい…」
彼女に対して仲間内の一人が正直な感想を口からこぼす。そして、その感想はこの場にいる全員の総意でもあった。
アキラ自身も、色を知らぬレオル自身も、彼女の温かく自然な美しさに心を一瞬奪われる。
「……ハッ…?! そうじゃなくて、だ。――――貴方達は何者?」
冷静にアキラが思考を取り戻すのは、今の状況に場違いすぎる白銀の彼らが何なのかを聞く為。『救援』とは<未来視>されていたが、文字通り飛んで来たロー達を一応に疑うのは必然である。
「私は――――、と自己紹介をしたい所ですが………」
背中に剣を戻した彼は周囲を見回して、足を怪我したパールとモリシカに包帯で止血処置を施す。
すると今度は唐突に優しく、彼女の背中と膝裏に手を差し込んで抱きかかえた。
「ちょっ、アナタ…?!」
「大丈夫。後は任せて――――炎煉、そっちの男性を頼む」
「おう」と元気良く返事をした炎煉と呼ばれたオニの彼女は、何故かは知らないが彼を同じようにお姫様抱っこする。
パールとモリシカは彼、彼女のカッコイイ受け答えと行動に頬を赤らめて、ときめくのであった。
「今は撤退する事が最優先です。えーと……」
「アキラだ。アキラ・トシカワ」
「では、アキラさん。とりあえずはこっちに来ている怪物の群れを巻きましょう」
彼――ロー――が先程周囲を見回していたのは気付いた為だ。
耳をすませば“醜悪な獣”の吐息と耳障りな足音がドタドタと自重せず、騒ぎを聞きつけた獣たちが真っ過ぐこちらへと向かってくるのがわかる。
「あー…、それがいいですね」
獣が巣食う霧の港―――――彼ら彼女ら十人が颯爽と隠密に駆け抜けていく。
【魔導山岳都市“ユーセラス”】は別段、山岳に都を構えている訳ではない。
山岳に沿って螺旋状にあるのはユーセラスを治める十教皇の住まう居城のみ。国としては周辺国家と比べて最も小さく、国の種別は『市(程度の大きさの)国』――――原案、命名はニャルトリアだ。
人々が生活するのは十教皇の城から地続きに作られている都で、中心部には山から海へと一直線に川が流れており、コベルニクスの『ペント』と同じく漁業関係が栄えている。
漆喰塗りの建設物が多く、理由として“魔導都市”ならではのある技法が採用されているからだ。
(隙間は無いな。しかし、変わった作りをしている……)
ロー達が怪物から何とか逃げ隠れて到着したのは、都の東南方向に作られた町の三分の一を占める大きな倉庫。
この倉庫はユーセラス一の商人『タエギ・ショウジ』の管轄にある。今は彼女の指示によってユーセラス市民の避難所となっているらしい。
ローが漆喰塗りの壁を指でなぞっているのは隙間が無いかどうかの確認で、その理由はここに来る前――船での出来事――に時は遡る。
異変に気付いた無事な四人はすぐさま事態に対処した。
「―――…!? フィリアナ、第九級魔法障壁で船を包むんだ!!」
「<ヴァン・ル・テューヘン>」
フィリアナの第九級魔法<ヴァン・ル・テューヘン>は不浄な物全てを弾き返す強力な魔法。それによって、甲板に出ていた皆は何とか一命を取り止めた。
船を襲った異変―――それは端的にユーセラスを覆う“霧”。
ペイリス号はこれ以上の進路妨害もなく霧の中へと突入し、後は港へと船を停泊させて、何事も無ければ物資を搬入する手筈であった。が、突入する否や、甲板に出ていた人々は突如として霧に襲われたのだ。
「ゴホ、ゴホ……一体何が………?」
コイムジ船長を筆頭に。霧を吸い込んでしまった人々が息を吹き返す。
ロー達四人は状態異常無効の能力を獲得していたので霧に倒れる事は無かった。その為、何とかこの『毒霧』に対処することができたのである。
「ロー殿、これは…?」
「ユーセラスを覆う霧には毒が含まれていました。――――ニャルトリアさ……女王の飛ばしたゴーレムや調査に向かわせた魔物が帰ってこないのもコレのせいでしょう。」
自分達が毒にならず、船長が毒にかかる。そして、ゴーレムなどの無機物が霧に毒される情報からして第七級魔法程度の猛毒性だと確信を得た。となれば、ここからは冒険者の仕事だ。
「フィリアナ、船が霧の中から出るまでの魔法障壁と皆の治療を頼んでいいか?」
「ええ、お任せください」
「よし。じゃあ、終わり次第私達のいる場所に飛んでくるといい」
言い終わると、顔色の悪い船長に肩を貸して適当な場所に座らせる。
「船長、この霧の中から出るように操縦しているマエカワ伍長に指示を――――締め切った船内には、まだ毒が浸透していないはずですから」
「ロー殿は、どう…、するんです?」
「仕事をしに行きます。ただ、それだけですよ」
そうして、“白銀”は船を跳躍して、未知の魔物に囲い込まれたガスマスクをしたアキラ達に出会ったのだ。
(しかし、あんな魔物見た事なかったな……)
物思いに耽っていると切り伏せた魔物の姿を改めて思い出す。
(避難民の人達は『アグァン』と呼んでいたが…記憶を探るにゲーム内には、いなかった魔物だった)
六本の足に滑らかな爬虫類の鱗、全体的に苔色をした身体にゾンビみたいな腐りきった獅子頭の魔物。率直な感想として、やっつけ感覚で動物のフィギュアをぐちゃぐちゃにくっつけたような見た目。
凶戦士の刃で一撃に屠ることができる魔物。我々にとって敵ではないにしろ、生態を知らない以上警戒するに越したことはない。
「どうしたんだいアンタ? 壁なんて触って何か悪い事でもあったのか?」
「いや…少し考え事をしていただけですよ」
壁から目を離して声の方向に目線を下げると褐色肌のドワーフがそこにいた。
「あんただろ? 助けに来た人間ってのは」
「そうですが―――貴方は?」
「……ああ、自己紹介をしてなかったな。トサカ・マツジ、この国生まれのドワーフだ。よろしくな」
「ロー・ハイル・ヘルシャフトです」
二人は軽く握手を交わし、何かに気付いたであろうトサカはニマニマと会話を切り出す。
「ハッハッハ――――分かったぞ。アンタ本土の人間だからな………いやいや、俺達が作ったこの壁を物珍しくするのも無理はないさ」
白髪の短い髭を撫でながらにローの腰を叩く彼は、的を得たであろう感触にニヤリとする。
「漆喰塗りのこの壁………何かあるのですか?」
改めて否定するのも面倒なので、素直に話をご教授願う事に。
「魔導都市と呼ばれるのには訳がある。コイツもその訳の一つだ」
トサカ・マツジが壁を軽くノックすると、中身の無い――空洞――様な音が微かに聞こえる。
「俺ら技術者と魔法使いとの共同開発末に誕生したのが、この世にも珍しい“吸収壁”だ」
「吸収、壁…? という事は――――」
「お、察しが良いな。俗称“吸収壁”、公用名を『アン・ヴァニッション』。コイツはな―――――――」
“吸収壁”とは、字の如く吸収性に特化した魔法の壁の材料だ。
魔導都市は漁業が栄えている海辺の都という事もあり、塩害対策や湿気、霧が市民にとっての問題だった。
十教皇は幅広く市民の声を聞き、対策として塗装技師会と魔導協会の面々に要望を満たす新商品の開発を命令。お国の資金援助の元、二十年以上前に完成した商品が“吸収壁”である。
塗装方法は極めて単純。
施工する壁の大きさに適した魔法使いと技師を人数分用意。それから『アン・ヴァニッション』を塗り込むのは技師で、効果を発動させるのは魔法使いの役目。
肝心の“効果”はというと、文字通りに霧や吹き付ける潮などの気体を『無害な物質として吸収』する。そして、吸収された気体類は壁自体に補強の一部分として使われる一石二鳥の万能材質である。
ただ、この効力の説明はローに一つの疑問を湧かせた。
「じゃあ、外にある霧を吸い取れば…?」
トサカの説明を聞く限りだと当然の結論。しかし、現実にはそういかず。
「いや駄目だ。オレも技師の一人だが…ただの一人だ。しかも、技師のみで吸収壁を解除するのは無理なんだ」
「魔法使いがいないと?」
「ああ、そうだ。『アン・ヴァニッション』を塗り直すのにもソレ専攻の魔法技術者が必要なんだよ………ま、それがこの壁唯一の欠点だな」
避難所にいる魔法使いは攻性魔法や防衛魔法に回復系統と、ある意味ここまで逃げて来られたであろう魔法を学んでいる連中ばかりだそうだ。
「いたとしても、だ。街を覆う『毒霧』を撤去するのには相当の人数が必要だし……何より外をうろつくアグァン共を一掃しないとオチオチ作業も出来ない」
「確かに……―――――――炎煉か、どうした?」
トサカと話し込んでいると、両手を上着の袖に入れて下駄を鳴らしながらに炎煉が歩いてやって来た。
「ロー様。あのアキラっていうのが作戦会議室に来てほしい、てさ。ニーナとフィリアナも集まってるぜ」
「分かった、すぐ向かおう――――――面白い話でしたトサカさん。では、また」
話も一区切り着いたところで、炎煉とローはその場を後に作戦会議室へと向かった。




