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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第二章【魔窟の主】
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第二章 20 【烏賊・蟹、飯】

 空を仰げば、蒼天とまっさらな雲が顔を表す。辺りを一面に望めば、青く透き通った海に満ちている。食事をするのには景色や雰囲気も必要だと、ペイリス号の乗員乗客全ての者は改めて実感したであろう。

 

 ―――氷原に皆は立つ。

 

 英雄の魔法使い(ウィザード)が超級魔法<ヒュヘル・ニヴル>を使い、軽々と海のど真ん中に構築した氷雪地帯。足場は氷で埋め尽くされてはいるが、意外にも足を滑らせることはない。

 

「う~ん…相変わらず良い匂いだ…」


 芳ばしくもサッパリとした魚介類特有の香りに、彼らの鼻孔は広がり落ち着く。

 配給を待つ乗客、ペイリス号の船員、そしてコイムジ船長は年に一度の希少な食事を頂ける事に頬と口元を緩ませていた。


「みなさ~ん。鍋は完成しましたので、列に並んでお取りくださいね~!」


 船員である料理長らと共に調理を担当した“白銀”の彼女――フィリアナ・ルーゲル・フェンドルド――の号令で、皆が皆、押さず駆けずに整列完了。


「はい、どーぞ」


 英雄と謳われた冒険者チーム“白銀”のリーダー、ロー・ハイル・ヘルシャフトのおかげで船は沈没を免れ、船を襲っていた凶暴なカトラクスクはバラバラに解体された。

 コベルニクス市民であるならば、その解体された『烏賊・蟹(カトラクスク)』をどうするかは決まっている。


「皆さんに行き届きましたね。それじゃあ、いただきましょう」


 フィリアナによるもう一度の号令に老若男女問わず箸を進め始めた。

 

「…やはり、美味しいな」


 コイムジ船長は久方ぶりにしか食べられない食材を肴にする。

 今回、彼女達が調理したのはブツ切りにされたカトラクスクの(ハサミ)の部分。何度も言うが、カトラクスクの足や触腕は甲殻に包まれており、姿形に中にある身などは(まさ)しく巨大な蟹のソレ。

 三人程が、手足を広げて肩まで浸れるメートル単位の鋏は、ぎっしり身が詰まっているので今回はいつもの通り贅沢に食べる。

 鋏を半分に切り分けて甲殻を受け皿に、水を器に投入し、昆布を底に沈めてからの酒を加えて火を灯す。それから、適温になればピュムジなどの野菜類を一緒に煮込み………煮立った所で、昨日のおすすめで使われた商業国産の味噌を溶き入れ、食材に火が通るまで更に煮込む。

 完成したのは―――――つまるところ(カニ)鍋だ。

  

「…ンめーな、蟹鍋じゃん」


「いただきます。と……ハフッ、ハン……あちち…―――――おお…確かに。このちょびっと刺激的な風味と、噛むほどに甘味を口に広がらせる美味さは蟹独特のモノだ」


 炎煉(カレン)は良き風味の熱々の出汁をすすり、ローは赤く火照った柔らかな身と煮込まれた野菜を熱いうちに口へと頬張る。


「しかし…上半身が烏賊のせいなのか、少し歯ごたえがあるな」


「同意。だけど、これも悪くねーぜ」


 二人は記憶に懐かしい鍋料理を前にして、古めかしい喜びが自然と表情に出すのであった。

 お椀一杯の柔らかな身は大口を開けて(かぶ)り付くができ、野菜がシャキシャキとした触感でアクセントを利かせている。歯応えはあるが、味は蟹の身それ自体なので炎煉も言ったように『悪くない』―――むしろ良い。

 

「他にも少し作ってみたので、ぜひ召し上がってくださいね!」

 

 ペイリス号料理長とフィリアナの双方が知識を組み合わせて出来た料理が机に並べられる。


「ほう…フィリアナ殿、これらは?」


「カトラクスクの足を使った揚げ物にグラタンと……上半身は刺身と串焼きにして、カトラクスクの墨がありましたので、余っていたパスタに墨をあえてみました。」


 出された料理の全ては斬新な発想であり、それでいて彼等の舌を唸らせる程に美味。


「これは美味しい。…何というか、“クリーミー”て感じですね」


「あっち、あち……―――うん! このグラタンというヤツも舌触りがまろやかで、野菜とカトラクスクの身が絶妙に合っているぞ。――――マエカワ伍長、そっちの刺身やパスタはどうだ?」


「ハッハッハ、コイツは酒の肴にピッタリですぜ船長。“まろやか”“クリーミー”って、言うんですかい? 新鮮な素材で作ったおかげかしつこくない触感で食べやすく、その両方を味わえる。美味い!!」


 

 一時の宴は心をほぐし余裕を持たせる。――――――これから向かう()の巣(くつ)を前にして。











〔もー…――――あんなに大きいのが降ってくるなんて、聞いてないよローさん!〕


〔いやー、悪い悪い…でも特に問題なかったでしょ?〕


 魔呪全書(スペルブック)越しに、ぷんすかと怒るニャルトリアをローは何とか諫めるのであった。

 



 昼食の後。討伐したカトラクスクをどうしようかと、船長らと検討していた折にフィリアナが『本土に転送しましょうか?』と提案し『ソレだっ!』と採用された。

 女王と直接連絡が取れるのはローだけなので魔呪全書(スペルブック)で連絡を取り、どこか広くて安全な場所は無いかと彼女に聞いてみたところ、


『そうだねー……今の時間なら、ペントの沖合を哨戒する船はいないけど?』


 と、ニャルトリアの言質を取ってフィリアナは魔法を発動。そして、港町“ペント”の沖合に突如として、体の一部を切り取られたカトラクスクが出現した。

 野暮用でたまたまペントにいた女王は、突然現れたカトラクスクを目に民と一緒にびっくりしながらも事態を収拾。

 沖合に出現した元怪物はペントのレンガ倉庫に搬入されて、後は国民の食卓に並ぶだけである。





〔む。確かに問題なかったし、カトラクスクがこの時期に手に入るなんて嬉しい限りだけどさぁ……〕


〔ま、そういう事で水に流してちょ〕


〔……別にいいけどさ。それよりも一つ気になる事がある〕


〔?〕


 ニャルトリアの気になる事――――それは、季節外れに姿を現したカトラクスクの雌だ。

 元来あの魔物はこの時期に湾へと潜らないし、空腹であっても“船を襲う”などという事はめったに無い。精々にヤツが襲うとしたら、産卵の邪魔をするペントから出航した船程度だろう。

 付け加えて、船と獲物を見分ける程の知性はある。なので今の時期に船を沈める程に()()()()()()のは不可解という事だ。


〔ユーセラスを霧に包んだ犯人の仕業と?〕


〔どうだろう――――うーん……まあ、可能性は高いね。上陸したら強力な魔物がいるだろうから、気を付けておいてくれ〕


〔了解だ、女王様。〕


 魔呪全書(スペルブック)での通話を終わらせ、本を所持アイテム内(インベントリ)にしまう。


「陛下との会話は終わりましたかな?」


「ええ、今しがた」


 船首で会話をしていたローの後ろから見計らったようにコイムジ船長が声を掛ける。


「船の方は大丈夫でした?」


「はい。今一度、私の分身で確認し終えましたが水没する区画はなかったですな」


 ハッハッハ、と声高らかに昨日の泥酔加減が嘘のような調子でコイムジは笑う。

 カトラクスクの及ぼした被害は意外にも少なく、停泊して一時間ほどで修理できる故障だった。しかし、周辺海域に修理に適した体のいい小島は無い。

 そこで、役に立ったのが超級魔法<ヒュヘル・ニヴル>。

 海を凍らせフィリアナが構築した氷の大地により船はすぐさまに修理を完了、今に至るというわけだ。

 

「! それよりも見えてきましたな」


 船が進む方向に目を向ける。すると、そこにあったのはただ異様な光景。

 まるで空に浮かぶ積乱雲がそっくりそのまま形を変えず、一つの街を包み込む。人々の喧騒や船を沖へと漕ぐ姿もなく、ただの()が覆い尽くす。


「おー、本当なのじゃ~」


 船長に続き、今度はニーナたち三人がやって来た。

 直したとはいえ、船の故障部分に当てられた木材などは急造の緊急用の物。自室で休んでいた彼女達が甲板に足を運ばせたのは、冷たい海の隙間風から逃れるためだ。


「はえ~…綿あめみたいだな」


「いやもっとあるでしょ、炎煉。」


「例えば?」


「…………………ないわね」


「だろ~?」


 炎煉の例えに異を唱えるフィリアナであったが、口に手を当てて考えるも逆な質問に答える事は出来ず。


「あれが俺たちの町……」


「本当にあんな風になってるなんて」


 彼ら、彼女らに続きどんどんと甲板に人が溢れかえる、驚愕する。

 年齢、人種、性別問わず、ただ皆が甲板に出てきたのは少しばかり離れていた懐かしの故郷を自身の目で確認したいが為。ただ、その結果は良き物ではない、悪しき物であり、霧に覆われた町を瞳に映すのみ。


 

 

 柔らかく、人々を引き込む霧は蟲毒の坩堝。

 何者も融け落ち、何事も生かしはしない猛毒の魔窟(みやこ)。蒙昧に、帆を広げ進む船に揺られながら人々は沈む。











「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………―――――ほんとにこっちでいいのか、レオル?!!」


「リリー姉ちゃんの<ヴィジョン>を信じてないのっ?!」


「そんな、ことは、ないがっっ…!!」


 息も絶え絶え、足並みもまばらに()()()()()()()()()五人と何もしていない一人――――男女含めの六人組が霧の港を駆け抜ける。

 

「来たッッ!!」


 六本の足、滑らかな鱗に肉も何もかもが腐りきった獅子の頭の組み合わせは形容しがたい姿。人の数倍もある体躯に触れれば深い傷が付くであろう爪と牙は正しく脅威。

 それが二匹、彼等の後を迫ってくる。


「レオル、モリシカ、パール――――お前達は先に戻ってろ、ここは自分が食い止める」


「アキラさん、無茶だ!!」


「そうよ早く行きましょう。予言が外れることだってあるわ!!」


 仲間の静止を振り切り、生者の臭いを辿る獣に立ち向かうべく“アキラ”と呼ばれた男は果敢にも足を止めた。


「いや…時間に場所と、リリーがあそこまで事細かに描いた<予言>は必ず的中するはずさ。」


 黒髪の彼は持ち物から砂鉄がたっぷりと詰まった大きな円柱の瓶を取り出し、コルクを外す。

 “リリー”こと“リリアナ・ヘリス”―――特徴的な赤毛で顔を隠した彼女のギフト<予言(ヴィジョン)>は未来を見通すことができ、いつもなら時間時期など曖昧で気長に待つしかないモノである。

 しかし、霧に包まれる事態にユーセラスが陥った時、少し先の未来程度なら確実に分かるようにリリーの()()()()()()()()のだ。

 例えば、何処に食料や魔晶石の備蓄があるのか―――などと物資補給の際には役立っていた。彼女が<ヴィジョン>を紙に記して、その通りに動くことで被害もあまりなく今日まで生きてこれた。

 その彼女が()()のだ。

 今回の作戦から五日前に、正確な時期と時間を示した『救援』という名の<未来視(ヴィジョン)>を。


「それに二匹程度なら何とか時間を稼げるさ―――<パルプ・フィクション・ガム>!!」


 アキラの声で手にあった瓶は震えて、中にたっぷりと詰まった砂鉄が一瞬に形を構築―――ソレは槍となる。


「さあ、はや――――――」


 アキラは自身の失念に奥歯を噛み締める。

 腐った獅子は群れで狩りを行う魔物―――それでもって待ち伏せは常套の手段、有無も言わさず彼らは囲まれてしまう。

 便利な<未来視>を沢山と頼ってしまっていたツケだ。


「アキラさん、二人が……それに回り込まれた!!」


 迫る二匹をけん制しつつ、後ろを振り返ると、五人の戦闘を走っていた副リーダーであるパールとモリシカが力なく倒れていた。

 見れば二人の足から大量に血が出ており、出血は酷い。恐らくは曲がり角にいたヤツに引っかかれた様子。


(まずい………レオルは“存在”を“希釈”して逃げれるとしても戦闘要員が自分しかいない以上、ジリ貧だ)


 六人の内、四人は護衛。残り二人は非戦闘要員の志願した市民で物資を背負う役割を担っている。

 物資を捨てて逃げ果せたとしても、副リーダーを背負う二人と一人を守りながら怪物四匹を相手取るのは難しい。

 一匹なら倒せた、二匹なら時間を稼げる、三匹なら何とか逃げれる。だ


「チ…()()()()()目立ったことのできない自分にどうしろっての!!」


 じわじわと、ヤツらは狩りの要領で獲物を追い込む。そうして、逃げ場を無くし、安心を得てから狡猾な怪物は獲物に喰らい付く。

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