第二章 17 【出航】
コベルニクス商業国は中央大陸で唯一海洋に面していることもあって内陸の国々よりも資本が多く、栄えていると言っても過言ではない。
文明こそ下の下であったが、元来この土地に住んでいた原住民は現在の女王が国という世界を作るまで海での生活を基本とし、寄り添って生きてきた為に漁業や養殖などの知識は広大な海を前にしている以上、随一。
コベルニクス商業国の北部にて。
そんな過去の知識を腐らず生かし続けているのは、三日月状の湾に面する港町“ペント”。
新しき文明によって海岸側にすし詰めに敷き詰められている倉庫の群れ。塩害対策に赤レンガを用いており、見た目的にも大変によろしくコベルニクスの有名な観光名所の一つだ。
特産品は“ミママムナイ”という二枚貝のように殻を被った魚だ。養殖が盛んで、熱を加えればコリコリとした触感になるその身を使った料理……刺身、天ぷら、タタキ、炒め物……は筆舌に尽くしがたく。二年に一度の冬の時期となれば、商業国と魔術国家の住民がこれでもかと集まるとある祭りが開催される活気に満ちた港町。
そしてここはコベルニクスで唯一の海の玄関口。“魔術国家ユーセラス”への船便が出ているので、ユーセラスからの旅行客も年がら年中沢山と、大盛り上がりである。
「武器の手入れはした?」
「したよ」
「魔道具は持った?」
「持ってるし、虚空があるから落とすこともないよ」
「体調はどう? 万全?」
「四人とも万全さ」
「おっぱい揉む?」
「もみませんッ」
夕暮れに沈む太陽が海と港を温かく照らす中、くだるようでくだらないやり取りをする二人がいた。
一人はサイバーパンクな機械生命体…ないし、人型機械のニンジャを侍らせ、空色の布にて最低限のモラルを隠すこの国の女王、ニャルトリア・コベルニクス。
「そう、残念…」
「いや、残念て……そういうのはこういった公の場ですることじゃないですよ」
「えッ?! 個室とかだったらよかったの!!?」
「あ、いや。そういう意味じゃなくて……!」
残念がる彼女に頬を掻いて、墓穴を掘ってニーナに睨まれ火煉とフィリアナには呆れられるもう一人。
直近の事件で知らぬ者はいないとされる最高位冒険者“白銀”が主、ロー・ハイル・ヘルシャフト。
咳払いし一呼吸。
黒髪をかき上げて、“友人”としての会話を終わらせ“女王”としてのまじめな話へとローは切り替える。
「で、例の闖入者から何か情報は引き出せたんですか?」
肩をすくめて首を横にフルフルと、両手も上げて“お手上げ”だと。ローの問いにニャルトリアは示す。
「勘の鋭かった小人がドワーフの女を絶命させてたよ。蜥蜴人の方は高度な呪術に汚染されてたから言わずもがな、だね」
第七階層【冥府の大森林】に自然と湧き出る吸血屍鬼。
知能は銃が使える程度で言語能力は個体によってまちまちだが、命令は聞くことができ絶対厳守。死人にもなれず吸血鬼にも戻れずの魔物で移動速度は鈍いものの、死を恐れないある種無敵の兵士。
ゲームでの位置付けは一応に戦える頭数を揃えるだけなら重宝する雑魚。ただ、この世界においては唯一の特性故に少し上の位置づけである。
その特性とは、生きたまま噛み殺した者を同族に変貌させ、完全に支配下に置く眷属化。
科学的な自白剤の存在しないこの世界において、蘇生魔法を扱えるアマテラスの人員にとって、これほどに利便性の高い尋問方法はない。
まあ、ただ。
知能や言語能力が眷属化したその個体に依存するとはいえ、先に対策を打たれれば、呪術でそもそも眷属化が不可能となれば、尋問も振り出しに戻るのだが。
「――――結果、眷属化が成功したのは三人の内、小人の男だけだったよ。ま、喉と舌を掻っ切って情報を漏らさないようにしてたのは敵ながらあっぱれさね」
「そうですか……じゃあ、“例の件”は一任しますよ。こっちもこっちでしっかりと仕事をこなしてきますから!」
そもそもな話、あの十三人の侵入者がなぜやってきたのか。という疑問に対して、ニャルトリアとロー・ハイル・ヘルシャフトが話し合って導き出した最も考えられうる可能性。
ルゥル・ルグムという国属制度に登録された獣人、制度の総本山ともいえる都市イスタラトを治めるジグラス・グゥドリッヒ公爵。一見は王国の日常とも伺えるものの、ルゥル・ルグムは王国領土で暮らしていたのではなくシフルフ山から強制連行されてきた獣人である。
首謀者は王国の騎士であり暗部“鮮血獣牙騎士団ガラド・バンバジ”。テルガス・ルグムの話からするにそいつの所有物である可能性が高い。
であれば、事の成否――今回は状況から見て失敗と考え――はともあれ召喚巻物より召喚された『隠形女郎』を従えるウルナ・ギウスがルゥル・ルグムの救出に先行していたかもしれず。また、そうであれば証拠は残る。
未熟だったとはいえ、権能を持つあのテルガス・ルグムをのした王国の暗部の象徴ともいえる男が、中堅程度の実力を持つ蜘蛛の怪物の痕跡を見逃すはずもない。摩訶不思議な道具で召喚された摩訶不思議な魔物。余人におおよそ準備できるはずもないソレに検討を付けるとなれば、直近で活躍をしたものの出自が疑わしく、なおかつ商業国との関係を持った存在が怪しいと結論が出されるであろう。
ただ、“鮮血獣牙騎士団ガラド・バンバジ”が大手を振って商業国に出向くのであれば外交問題に発展するのは明白。
そこで白羽の矢が立ったのが、人形師の肉人形を加えたシーカーが十三人。
いつもの通りに商業国内の内情を知りつつ、報復と尋問とトカゲのしっぽ切りには事を欠かない戦法。
「ああ。任された!」
あちらから仕掛けてくる小競り合いを重ねるうちに王国の内部事情に詳しくなったニャルトリア曰く。
人間が獣人を助ける理由はなく。ともすれば差別されるべき存在に強力な魔道具を預けた者への処遇としては正しい。
あの差別意識百億パーセントの塊である畜生公爵ならワンチャン………あり得るそうだ。
「ジュネーブ条約こそないが、これでも交渉人の真似事は得意だからね。どーんと、泥船に乗った気でいてよ!!」
「いや、沈むじゃんソレ…」
「じゃあ箱舟?」
「え、世界沈む?」
「まっさかー! あ、そういえばトードウくんから渡された腕輪なくしてないよね?」
思い出したかのようなニャルトリアの指摘にローは頷いて、上手いこと胸元から取り出したかのように金の輪に赤い宝石が埋め込まれた腕輪を見せつける。
それを見てニャルトリアは安心した笑みを浮かべてウンウンと頷いた。
「よかったよかった。ソレ、ユーセラスでも身分の証明に役立つから到着した際には市民の一人にでも見せればお偉方のところにすぐ連れて行ってくれるさ……転移装置の鍵になってる貴重品なんだから絶対なくさないでね?」
「わかったよ。もう、心配性だなニャルトリアさんは」
その心配性に免じて素早く胸元に入れるかの如く、ローは腕輪を虚空へとしまうと、スタスタこちらへと足音が一つ。
「おっとやはり……これはこれは、女王陛下。ご機嫌麗しゅうございます」
「おや船長。出航の準備は整ったのかい?」
がっしりとした体格、整えられた黒髪、口元を覆う顎髭に日に焼けた褐色の肌。コック帽を押しつぶしたかのような帽子と真っ青で整えられた制服、白手袋に“船長”とこちらの言葉で記された腕章。
長く伸びた防波堤の先に停泊してある船よりやってきた彼は、正しく船長と呼ばれるにふさわしい風貌と証明で、コベルニクス商業国の女王へと姿勢を正し、ハキハキとした物言いにて『勿論です』と肘を絞って敬礼。
どこか芯の強さを感じさせる人物。女王がその敬礼に頷くのを見ると、休めの姿勢にて報告を開始した。
「ユーセラスへの救援物資や武器の諸々は積み終わりました。指示通り船内は貸し切りに、動力部はゴーレムの件を考慮し二倍の第六階級相当の魔力回路に換装を済ませました。残りは“白銀”の皆様方が乗船するだけです」
「うんうん。ご苦労」
「いえいえ、これも優秀な部下を持ったが故です。――――……それにしても奇妙ですな。あのユーセラス全体を覆う不可思議な霧…よい頃合いですし、聞きたかったのですが……女王陛下はあの霧についてどのようなお考えで?」
「……今手元にある情報から鑑みれば、コベルニクスには伸びてこないもののゴーレム程度の魔力心を簡単にズタズタにする有害さは持ち合わせているであろう事は確か。というくらいだ」
「やはり、そうですか――――……では、我らが海軍での哨戒は継続で?」
「勿論だ。ボクも帰りに海軍本部に寄ってオモキ元帥と諸々の打ち合わせをしておくよ。ちょーと野暮用もあることだしね!」
「なるほど。ならば安心して出航できますな……して、この人たちが――――」
「うん、そうだったね。紹介しておこう」
ニャルトリアと軽い談笑を交えていた船長らしき人物は女王の目配せに今一度姿勢を整え、ロー達“白銀”へと敬礼する。
「こちらコベルニクス海軍第一師団、特務第一中隊の中隊長“コインジ・オモキ”くんだ。ちなみに階級は特務大尉だよ」
「始めまして。今回の作戦において陛下より操船の任を賜りましたコインジ・オモキです。白銀の皆様、どうぞよろしくお願いします!」
聞いていた話によればコベルニクス商業国において海軍は南の要所“アルマドス防壁”を守護する陸軍とは違って一師団しかない。理由として海軍の仕事が密猟者の逮捕、漁獲船の安全を確保するべく漁業の邪魔にならないように追従と哨戒、海獣等の迎撃が主な三つであるからだ。
これはコベルニクス商業国が海という市場を独占しているに等しく、外敵国も大洋の向こう側に存在しないために千人弱となっている。
だからこそ、操船の技術において海軍の実力は一級品。安心しない方が失礼だと、女王陛下のお墨付き。
「こちらこそ。私は“白銀”のリーダーを務めておりますロー・ハイル・ヘルシャフトです……――――で、こっちが…」
「魔法使いのフィリアナ・ルーゲル・フェンドルドです」
「獄炎火煉だ」
「ニーナちゃんじゃぞ!!」
双方の自己紹介が終わり、敬礼を解いたコイムジ・オモキ船長は右手を差し出し、ローはその手を取って固い握手を交わす。
――――見た目通りというか、想定通りというか。
握手をすればわかる貫禄……ずっしりとした重い鉄の芯を地面に差し込んだかのような重心の置き方……を感じ取れた。
「……中々に鍛えているようですね。ロー殿?」
「そちらこそ船長殿」
何やら懐かしいようで懐かしくない友情にも似たシンパシー……信頼できる筋肉とでも言えばいい感覚……が彼から伝わり、この旅路が安心して済むであろうことをローは確信したのであった。
「何やってんだか……それじゃ、ボクは行くとするよ」
鍛えている男同士特有の共感性に女性陣は全員が“?”を頭上に浮かべ、ニャルトリアに至っては呆れてたままにその場を去っていく。
そうして遂に。太陽沈む夕暮れに船は汽笛を鳴らして出港するのであった。
●
コベルニクス商業国の船は大から小まで様々に種類が豊富だ。
その中で“白銀”御一行が乗船しているのはコベルニクスとユーセラスを繋ぐ、商業国において一番の大きさを誇る軍艦兼旅客船である。
全長七十六メートル、乗員数三百名程度、三本のマストと船体両脇に付けられた推進力となる外輪が特徴的な黒い木造船。黒いのは女王陛下の趣味ではなく、防水・腐食防止用の石炭乾留液で船体を覆っているからだ。
因んで言えば“黒船”という愛称をつけられるぐらいには造形も含めて人気な一隻で、土産屋でボトルシップが沢山と売られているそうな。
その黒船の内部は大きく分かれて四つ。
潮のにおいと海の風を感じられる“甲板”と、本やテーブルゲーム等の娯楽の兼ね備えられたソファの多い“休憩室”。そこから階段を下りれば、簡易シャワー室と二段ベットが二つ兼ね備えられた“寝室”。そして、
「いただきます」
地続きに少し歩くと。
煌びやかなメッキに塗られた金属細工と試作品とされる木製に姿形を寄せた樹脂テーブルがざっくりと並べられ、木材の色合いと乳白色、暖色系の照明という掛け合わせで何とも高級な雰囲気を漂わせる近代的な“レストラン”が広がっており、なんでも『海の上を旅行する船を作ろう』と様々に試行錯誤されて生まれた女王との折衷案だそうだ。
「ほうほーう、これが今日のおすすめかの……」
「和風ですね…――――確か、炎煉の国にある料理がこんな作りじゃなかったかしら?」
「ああ、確かに似ているが、問題は味だぜ…」
飲食こそ不要。だが、勧められたならば全力で楽しむのが人としての礼儀。
金がかけられたであろうふかふかなソファに丁度よい机、そこに並べられたのは魚の煮物を中心とした和食で味噌汁に白米やたくあんと随分日本チックに創作された定食セット。
「お手並み拝見、といったとこだな」
ローの合掌にフィリアナ達が続いて各々は箸を進めた。
最初は訝しんでいた三人だったものの、料理に慣れているフィリアナは除いてその食べる速度は好印象を裏付けるやや早め。火煉は頷き、ニーナは目を輝かせている。
(ほうほう、これは……)
最初の一口目。
日本食の味には当然厳しいローが掴んだのはブツ切りの身を“ピュムジ”という根菜と煮込んだ煮物である。
甘口醤油の味付けで煮込まれた白身魚は噛むごとに素材を引き立て味を増し、ほろほろと口の中で崩れて。付け合わせのピュムジがその味とだしを吸い上げており、可食部の代表格である丸々太った白い根っこは蒸した芋の様にホクホクながらじんわりと甘みが染み出し、緑の茎の部分は長ネギと同等の触感と味で文句の付けようがない。
茶碗によそった白米はみるみるうちに減っていき、大盛を頼まなかったことを少々後悔した。
「うーむッ。これはなかなか“ヴォォォノォッ”じゃなっっ!!」
「身から出た錆ッ。まだ覚えてたのニーナちゃん?!」
ローとニーナのやり取りを傍らに、火煉はたくあんを口へと運んで感心する。
「すげぇな……しっとり触感のたくあんだが、オレが食ってたものと遜色ないぜ」
「あら。火煉はコリコリしてた方がいいのかしら?」
「うーん…まあな。食感があるほうが食いでがあるっつーだけだ……あ、もちろん味は濃いめでな」
“覚えておくわ”と言い終えたフィリアナは味噌汁に手を伸ばして、啜る。
柔らかな豆腐にシャキシャキとしたピュムジの茎、メインでありつつも主役を張れるワカメは通常運転のおいしさ。三種三様の食材はシンプルながら玄人の舌を楽しませて、その包み込むような温かい味付けは彼女と彼を一息つかせるほど。
「甘めの煮物が主菜だからか、味噌汁は少し辛めに仕込まれてるな」
「ええ。美味しいですねロー様」
味噌汁を今一度啜り、ローは静かに頷く。
●
食べ終えた頃合いに下げられた食器と同時に出された熱々の茶を四人でしばいていると、こちらへ足音がコツコツと一つ。
現れたのはここのおすすめを紹介してくれたさっきぶりの人物、見てわかる“船長”の腕章がはち切れそうなコインジ・オモキ特務大尉。
「食事は楽しんでいただけましたかな?」
彼の質問にローたちは頷く。
「悪かなかったぜ。オレの故郷にも似た味があったが遜色なくて満足よ」
「うむうむ、うまかったの。こんなものを毎日に食っておったとは火煉がうらやましいのじゃ」
「…それはよかった。このレストランと食事を発案した陛下も満面の笑みを浮かべる事でしょう」
火煉とニーナの回答にコインジは微笑みながら胸を撫でおろし、手に持っていたアタッシュケースの様な四角い金属の塊を床に置き。
「失礼」
と言ったのもつかの間、彼が懐から取り出したのは200ミリリットルサイズのウイスキーボトル。
慣れた手つきで銀色の蓋をくるくると捻り、外し、溢れれんばかりの酒気を瞬間に漂わせる内容物をグイッと一飲み。
「お、おいおいおい………船長だろ? 大丈夫なのかよ」
急に飲酒をし始めたこの船の最高責任者に愕然とする“白銀”の四人を代表するかのように、火煉が諫めんばかりに言葉を発するも当の船長は深々と頷いて「はい」と返事をするだけだった。
「ご心配には及びません。自分は“特務大尉”…いうなればこれは必要な処置なのです」
奇妙な行動に自信満々な物言いと、本来であれば処分は免れない行為だが彼の階級と今回の仕事内容から見て「なるほど」と相づちをして合点のいったローは言葉を続ける。
「“特務大尉”の“特務”とは、ギフト能力者であるということでしょうか」
「流石は“白銀”の頭領…ご明察です。私の能力については深く申し上げられませんが、アルコールの摂取は能力を発現させる為の儀式のようなモノと考えていただければ」
「……確かに、酔っていないようですし飲酒者特有の体臭も匂ってきませんね」
フィリアナの指摘にあっけらかんと笑い「その代わりに酒を飲む意味がなくなりましたがね」と、自身の不遇さに肩を落としてヤレヤレとうなだれる。
「さて、本題に入りましょうか」
仕事前の軽口を終えてコインジ船長が手を叩くと金属の塊は薄く大きく変形し、さながら電工の光を映し出すモニターとなった。
「明日の昼には到着しますから簡潔に説明しておきます」
魔道具のモニターに映し出されたのは簡易的に描かれた停泊予定の港の全体図。
外海へと長く伸びた岸壁は陸地へと続いており、その先には倉庫がいくつか並んでいる。
「陛下から現状の説明は終えているとのことで、霧については省略します――――」
切り替わり、画像二枚目。
表示されたのは港の外側に泊まった船の簡略図だ。岸壁に向かって線が二つ船から伸びており、コインジはそこを指で示す。
「今作戦はコベルニクスの港へと船を停泊――――……後に、この港を拠点として魔術国家ユーセラスへと調査に赴きます。“白銀”の皆様には先行して現場の安全確保、及び荷下ろし用の通路が掛かるまで周囲の警戒をお願いします」
どうやら自分たちの仕事は安全確保と船の警備に始まるそうだ。“白銀”四人の可愛らしくデフォルメされたアイコンが船の周りを偵察する全体図をもって画像のスライドは終了する。
一呼吸おいて四人に目配せをしつつ「…質問はございますか?」と船長が言うと、まず初めに挙手したのはコインジの簡潔な説明に納得しつつ首をかしげるニーナちゃん。
「拠点確保とその警備……それから調査隊であるお主らに追従するのじゃろうが、アテはあるのか? むこうのお偉方の顔なんぞ知らんし、地理もざっくばらんに頭に入っているだけじゃしな」
女王陛下直々の依頼もあって、当の本人からは魔術国家の地図や七教皇への紹介状をもらい受けてはいる。
ただ、魔術国家ユーセラスへと足を踏み入れたことがない以上、紙面に掛かれた情報と現地に赴いた感触は異なる。それこそ呪いに対する忌避感から七教皇の顔写真なんて無く、渡されたのは似顔絵だけ。文字通り、右も左も分からない遮二無二なまま彼らの後ろをついていくだけなのはよろしくない。
「アテ…はあります。当然面識も――――」
ある種“白銀”の総意とも言えるニーナの質疑に思うところあったのか、コインジは少し言葉に詰まったもののウンウンと頷いて応答を続ける。
「ですが……そうですね。現地での説明の方が簡潔に伝わると思いましたが、不測の事態が起こるのを考慮して今の内に擦り合わせておきましょう」
コインジが二度と手を叩き、画面が切り替わればそこに移るのはユーセラスの全体図。
城から伸びる大きな川が町の中央を流れ、左右を海と山で囲まれたやや大きめの田舎町である。
「七教皇の皆様の顔は船員全員が把握しているので代表としての挨拶はこちらにお任せを。そして件のアテについてですが……――――」
映し出された地図に記された丸印は三か所で、拠点から近い順に巡るそうだ。
一つ目は、船を停泊して仮拠点とした港から約五百メートルの地点。ユーセラスの玄関口でありコベルニクスとの交易を行う、物品の搬入と輸入の際に使われる倉庫街にて一番大きな倉庫。最初にコベルニクスと商売を始めた大手であるタエギ商事所有の倉庫で収容人数は千人弱、もしもの避難先として緊急時はそこに避難しているらしい。
二つ目は倉庫街より川を上った先、紫の水晶が眩しい晶洞の中に作られた魔術国家のランドマーク兼省庁“ベクニャーチカ”。国のお偉方である七教皇がここにいるのは確実で、戦力もある程度整っており、倉庫からあぶれた人間や近くにいた人間が避難するのには妥当ともいえる。
最後は、優先順位が最も低いものの立てこもった人がいるのが想像に難くないユーセラスの北東部、通称を商人街。
商売で大成した者達が居を構える…言わば、金持ちが金持ちの為に集う高級住宅街。金があるということは防備も食料も兼ね備えられるワケで、もしユーセラスのどこにも人がいなくとも異常事態に鼻の効く商人がわが身可愛さに我先にと外界との交信を遮断するのは当然とも言えよう。
「……なるほど。そちらの作戦の段取りは把握できました。――――では、一つ。こちらとしても冒険者らしい布石を進言させていただく」
三か所を近くから順繰りに回ることを決め、明日の作戦の不安を払拭したコインジに女王陛下に仕事を任された冒険者としてローは提案する。
そもそも、海軍の作戦は船が紫の霧を潜り抜けて無事港に停泊出来ればの話だ。
船の動力部を第六階級魔法相当の魔力回路に換装しているとはいえ、霧の力は未知数。この軍艦が万が一動けなくなってしまえば、作戦は失敗。しばらくの間、海上での漂流生活を楽しむ事となる。
「……聞きましょう」
「“布石”と言っても、簡単な話です。コインジ船長が今作戦のリーダーを担うように、我々白銀もニャ…じゃなくて女王陛下直々の依頼として今案件を受諾しています」
「ええ。存じておりますとも」
「ですので一蓮托生の身ではありますが、何らかの理由でこの船や海軍の皆様が行動不能となった場合、我々のみでユーセラスへの侵入を試みます――――三人とも、それでいいな?」
「もちろんです」
「ああ、仕事だもんな。そのぐらいの無茶は必要だろーよ」
「のじゃのじゃー」
フィリアナ、火煉、ニーナへと視線を送ると三人は頷いて。
胸に手を当てたり、片肘をついてぶっきらぼうにしたり、身振り手振りで騒がしい動きをしたり、と了承は得れた。
「…確かに、順序立った作戦が行き詰まるよりも結果を出す方が先決です。――――しかし、何の物資も持たずに未知の領域へと潜入するのは自殺行為……いえ、それ以上に酷いことになるやもしれません。何か策があるのですか?」
優先順位を考えつつも現実味を帯びたコインジの言葉。木乃伊取りが木乃伊になる可能性を考慮するのは当然だろうが、最高位冒険者“白銀”は一味違う。
作戦を任された特務大尉に布石として懐から見せびらかしたのは、白い鞘に包まれた太刀が一刀。
「実は超高性能な魔法の道具袋を所持していましてね。この船程度なら余裕で収納でき、単独での運搬が可能なのです」
適当に掴み取ったの『紅雀』に続き、『神討・凶』や『インフィニット・ヨゴレオチール』を取り出して文字通りの意味で懐の広さを証明する。
少々苦かった特務大尉の顔も最高位冒険者らしい魔法の道具袋を見るや否や、船長としての溜飲を下げてホッと一息。
「…そこまでの準備が出来ているなら、我々の私情を挟む余地もございませんね。――――了解しました、もしもの場合は“白銀”の皆様に一任しましょう」
「ええ、任されました」
「うむうむ!! その時はどーんと任せるのじゃぞ!!」
○
「ありがとうございます。――――いやはや申し訳ない。軍人たるもの上の命令は絶対厳守……想定通りに進めば事なきを得るのですが、今回は未曽有の危機。皆様方のような冒険者らしい思考の柔軟さは参考になります」
「こちらも意見のすり合わせが出来て大変有意義な時間でしたよ」
明日の作戦に向けてのブリーフィングが終了し、時刻は眠るには少々早い夜の九時頃。
雑談に花が咲き、作戦のその後をコインジは口から滑らせる。
「そういえば、依頼完了後に何か予定はありますか?」
コインジの質問にローたちは顔を見合わせ、左右に首を振った。
「それはよかった。では、この仕事が終わったら皆さん食事でもどうです?」
彼の提案に火煉が指を鳴らす。
「乗った! ンで、何食べに行くんだ?」
「ちょっと火煉……」
「はは、フィリアナさんそうお気になさらずに」
「ですが……よろしいのですか?」
「このような大仕事、成功すれば我々も溜飲が下がるというもの。部下のねぎらいも兼ねての打ち上げですから、遠慮の必要もありませんよ。四人増えても問題ないくらいの特別手当はもらえるので」
流石は大尉と言った所か。公務員らしく金銭面には余裕が十二分にあるのだろう。―――――ただ、
「おごりなら破産するまで食ってやるぜ!!」
「そうじゃの。人の金で食べる物は美味だからの~、食い尽くすに理由はいらんじゃろ」
という火煉とニーナの並々ならぬ発言には少々顔を青くさせていたのだが。
「んで? 食いに行くのは肉、魚…それとも野菜とかか?」
と、乗り気の火煉に気圧されるコインジに助け船を出すかの如く、会話に入り込む声が一つ。
「……――――“カトラ・クスク”。食材の区分では海鮮判定ですよね、船長?」
赤っぽい黒髪で丸眼鏡を掛けた軍服の若者。
助かったと言わんばかりに彼の方へとそそくさとコインジは歩み寄る。
「ま、まあそうなるかな……」
船長と火煉とニーナをニコニコと宥めつつ、軍服の若者は胸に手を当ててお辞儀をする。
「初めまして白銀の皆様。副船長のラシェードです」
一応乗船した際に乗組員とは顔合わせをしていたものの、言葉を交わすのは初めてということもあり、各々挨拶を済ませる。
「カトラ・クスク…もしかして、あの巨大イカですか?」
そうしてふと、ラシェードの言葉を聞き返せば「流石は白銀のリーダーさんです」とカトラ・クスクについての認識は相違ないようだ。
ブレイスラル・ファンタズムにおいて、海洋系モンスターの最上位に位置する龍種“パッシュラ・ドラゴス”。軍勢という名の三百の群れを生かす生態系を持つその龍種に対し、単独にて双璧をなすのが“カトラ・クスク”である。
レベルとしては九十越え。幼体で百メートルを優に超え、成体では最大五千メートルの全長を持つ。姿形はイカに近いデザインながら違いとして殻を纏った触腕が二本存在しており、産卵時にはその触腕に卵を産み付けて緩やかな海流の海底にて自切、幼体が孵化するまでの間外敵から卵を守る家とするのだ。
ゲームでは、カトラ・クスクの心臓を用いて致命の一撃を一度だけ防ぐ装備品を作ることができ、ストーリー中盤のレベル上げではどのプレイヤーも重宝したことだろう。
「年に一度。運河も凍る冬の時期にカトラ・クスクが群れを成してユーセラスとコベルニクスの間にある海底へと産卵するんですよ」
ラシェードに続き、最後の酒で舌を濡らした船長が自信満々に胸を張って話を続けた。
「その際にペントにて『海神祭』という祭りが開催されるのですが、我々海軍は参加する漁船が産卵に巻き込まれてもいいよう沿岸警備を任されていましてね。まあ、なんというか………」
「……大変、ですよね。船長」
「ああ、やることも気を付ける事も多いしな」
どうやらゲームに記載されている設定以上に産卵は波乱で、祭り自体は喜ばしいものの海軍の視点を持つ二人からすれば苦い顔になる行事の一つのようだ。
「ま、それはさておいてです。祭りの内容としては『よーい、ドン』の合図で海上で待ち構えていた漁船が一斉にクレーンを下ろして、カトラ・クスクの自切した甲殻触腕を水深二百メートルの海の底から引っ張り上げる。そうして、見事触腕を手に入れた漁船には女王陛下から豊漁の加護を込めた時限付きの魔道具が贈与されるんです」
「へぇ~…んで、そのイカの脚はどうすんだ?」
「当然、一番最初に引き揚げた者が所有する権利を有します。が、モノがモノなので引き揚げた人が自分の取り分を適量で捌いた後、市場での取引が主ですね」
環境への配慮もあって、一度の祭りで捕れるのは二本まで。という制約がありながらもカトラ・クスクの甲殻触腕は最低でも一キロメートルはあるので珍味ながら雑に節ごとに切り分けられて、市場でのセリが行われるそうな。
高級レストランや各商業都市の小金持ち、商人等々…色々な方が買い付けに来るらしく、女王も例外ではない。ニャルトリアの場合は買い取って、自身の運営するレストランに卸すそうで、コインジが部下へのねぎらいに予約をしている料亭もそこなのだとか。
「陛下のおかげで食材を保存する氷室がかなり進化しましてね。それこそ去年の食材を安心して食べられるぐらい鮮度が落ちないんですよ」
「おすすめはカトラ・クスクの卵を半熟に茹でて塩で食べるシンプルな食べ方ですね。船長ほどじゃありませんが、これこそ酒がすすむ料理なんで是非食べていただきたい」
「ほうほう、それは楽しみじゃの! コベルニクスの女王の手腕、“イカ”ほどに?!」
『――――………………』
どうやらニーナちゃんは時間停止魔法を習得したようだ。
ローを初め、フィリアナも火煉もコインジも…思い出の中に燦然と輝く半熟卵の話を流暢に続けようとしていたラシェードの口が凍る。
「ふむ。では、イカがわしい……イカ同文、イカり心頭とかどうじゃ?!」
「ニーナチャン、ステイ。高等な口頭技術ステイ」
「おお~、流石はロー様。即座に韻を踏むとは……次代のダジャレマスターはお主に託された。じゃがしかし、妾がすぐさまに追い抜いてやるのじゃ」
「勝手に託すなッ。というか、今のはそういう意図じゃ……!」
弾幕全弾発射――――どうやら、時間停止ではなく空間を凍らせる魔法だった。
しかも、巻き込むタイプの。
「船長そろそろ」
「む、もうそんな時間か……」
「……では、明日はよろしくお願いします」
一見幼女な彼女が自信満々に口にした連続氷結魔法に巻き込まれてフォローされたのを最後に、我関せずを貫くべくフィリアナの礼節をわきまえた一言の後に蜘蛛の子を散らすように解散。
かくしてブリーフィングは終了し、船に揺られながら夜が過ぎていく。




