第二章 16 【優美で乙女、サディスティックな執政会議】
月も隠れた闇の空、霧に包まれた世界は一寸先も見通すことのできぬ毒に浸されて。
『最も天に近い』と謳われるこの場所から、美しい街の景観を望むことも映すことも出来ず、今はただ悪夢に沈む。
中央大陸より海を越えた北西部。
その昔、人工的に作られた“この場所”とは、大きな山を真っ二つに引き裂いて紫の水晶をびっちりと生え揃わせた空洞こと晶洞。そんな巨大な宝石箱の中央を切り取るようにして顕在するのは、双頭の蛇を象った螺旋の柱が印象的な魔術国家ユーセラスを治める七の教皇と政に関するモノらが住まう居城、名を“ベクニャーチカ”。
外装は白亜もあれかしの漆喰をふんだんに用いて、内装はその反動からか落ち着きと気品を兼ね備えた朱色基調の趣ある西洋風、長々しい廊下には等間隔に蝋燭の灯を宿す柱と窓が備えられている。
しかして、今は…今では、七の教皇も政に連なる人物もおらず、たった二人の美しき黒百合の姉妹が魔術国家ユーセラスの“ベクニャーチカ”を我が物としていた。
もちろん、我が物とは比喩ではない。
現在のベクニャーチカはサディ・ペインキルとスティ・ペインキルにとっておもちゃ箱。役割としてユーセラスを任されているとはいえ、どこをどうするかという方針自体は誰にも口を出されてはいない。
「オネエサマ。支配者となった当日に声明を流したのは上手くいったようですわね?」
「そうねスティ。黒百合のドレスを着た美しい二人が怪物を従えて、家から出た人間はその怪物に吟味されて連れ去られていく……あまりにも童話みたいだ、と言われた声明でしたけど、ユーセラスの民草は賢いですわ。おおよその国民はちゃーんと私達の言葉に従ってくれていますわね」
「……しかし、例外もいましたね。家の中にいれば手を出さないというのに……ニンゲンとは全く愚かです」
「言わないのスティ。それもまた人間の楽しいところなのですから」
が、任されたということは仕事。おもちゃ箱の中身を整理整頓するのは一時的な持ち主とはいえ当然しなければならない事柄。
見よう見まねでオトウサマの友人がしていたように。
「でしたわねオネエサマ。探索隊やら物資補給部隊やらを編制しているらしいですが、無駄に無駄なことを積み重ねるのもまた愛らしい」
壁面はワインのように赤い色、洋紅のカーテンは開かれて、天井には錆びついた黒い色のシャンデリアがこれでもかと室内を照らしている。
その中央には大きな大きな琺瑯のバスタブ。金のノズルのシャワーが付いた小金持ちが使いそうな一品。バスローブや洗剤も琺瑯の網棚に一式取り揃えている。
「ほうほう……へぇ~」
朱色の廊下を長々と渡った先の角の扉、職員専用のバスルームを改装した二人だけの特別な場所。
備品、装飾、一級の品々が揃っていて一見すれば、とても良い浴場だ。
一見すれば――――そう、目の端でチラリと望むのならばとても良い。だが、視界に入れたならば、頭蓋を開いたのならば、瞳に移るのは地獄こそ生ぬるい生首が沢山と浮かぶ狂った浴場。
作り方は簡単だった。
理性的で知性的な暴力によって、とある男の妻の顔の皮を剝いだ仮面を見せた後に皮と骨だけで生かされている奥さんを瞼に焼き付かせる。
恐怖と絶望にとある男を染め上げてから加虐心と嗜虐心は絶頂に導かれ、大きな鎌をひとつづつ。さながら職人のように関節をそぎ落とし、悲鳴を聞きながらゆっくりとしっとりと絶命させて、彼らを入れた鮮血風呂。
一人で乗り込んできたとある男も、その妻もその他も……ぷかぷか浮かんで今や彼女らの食欲や性欲を満たす肉の塊に過ぎない。
彼女らが切り揃えた人肉らは新鮮で、赤い水は滴り続ける。
血で染まり。
血で染まり。
血で染まる。
こんな場所で何をするのかは決まっている――――そう、おもちゃ箱の中身を煌めかせるべく報告書を片手に国政を執り行うのだ。
「どうしましたオネエサマ?」
報告書の一枚目。
防水加工を魔術で施したソレを宙に浮かばせてサディ・ペインキルは思い出す。
「彼…えっと、タラダ・フナマチさんでしたっけ? 何とも噂を聞きつけて三か月前に生き別れた妻に会いにベクニャーチカへと交渉に来たんですって」
「一人?! それはそれは凄まじいユウシャですわね! 聞きかじったキボウに縋るのが何とも“らしい”」
若紫色の髪を揺らし、サディは手元のソレに感心を示す。
若葉色の髪を揺らし、スティは両手を合わせて頬を紅潮させる。
「ごく簡単な“損得”の話だと、誰にも迷惑をかけずにと考えたようですが――――」
「一人でワタシ達の欲を満たせる物品を用意できると思っているのは、傲慢という他ありませんよ。タラダ・フナマチさん?」
語りかける相手は足を絡ませ対面にてくつろいでいるオネイサマではなく。
そのか細くも白い指で愛おしい者のモノを撫でるように。或いは食欲を満たす肉袋を吟味するかのように。
指を添えたのは、ぷかぷかと浮かぶ生首。
頬を拭い、眼窩をこそぎ、その蛇のように長く赤い舌は生首に付いた鮮血をなめ尽くすと口腔はありえないほどに開かれて、一口。タラダ・フナマチであった肉塊は嗜虐心を満たす一助となった。
「スティ、夕食前につまみ食いなんてはしたないですわ。折角の料理も頂けなくなりますわよ?」
鮮血と共にも文字通り生首を飲み干したスティ・ペインキルは姉君の言葉にシュンと顔を俯いていじける。
「で、でもオネイサマ! これから頭を使うのですし、ちょっとくらいは許して欲しいです………」
両手の指をつんつんと合わせる妹にまぁ、と口元を隠したかと思えば頬を紅潮させてサディ・ペインキルは報告書をほっぽりだして抱き着く。
「あぁーん!! スティったらなんて可愛らしいのかしら!!」
「オ、オネイサマ?!」
両腕を八の字に背に這わせ、心臓の鼓動同士が互いに互いを意識しあう距離にて胸で抱き合う。
左手を腰に、右手を頭にヨシヨシと。蛇のように身体をくねらせたかと思えば、甘い吐息のかかる鼻先まで顔を見合わせて鮮血の付いた左の頬に口づけを。
「当然許しますわよ。だってかわいい妹の頼みですもの、聞かない方がおかしいですわ」
「オネイサマ…」
妹のわがままを聞き終えた姉は一呼吸を置いて額へと二度目の口づけを交わし、半身浴の姿勢へと戻る。
姉の法要を受けた妹は一身に受けた愛をしばしの間噛みしめて、落ち着いてから身を湯船に落とす。
「では、仕事を再開しましょうかスティ」
「ええ、そうしましょうオネイサマ」
○
中空に浮かばせた紙束、鮮血で作られた赤鉛筆、一つ一つに目を通しながら議論した後に署名か修正箇所を書いていく作業。
流れ作業にならないよう関連する書類とまとめつつ、前回の結果と見比べるのだ。
「オネイサマ。今月の魔力の使用量なのですが……」
魔術国家ユーセラスはその肩書通り、魔術にて生活基盤の全てが整っている。
炎熱、水道、魔力による電気…街のいたるところに設置された魔力集積機によって魔力になれなかったあらゆる魔術的出涸らし“魔力元素”を吸収、活用しており、この世界で最もクリーンな国家と言えよう。
ペインキル姉妹が望むのは先月と今月の使用量の対比。
片や莫大に浪費された先月。
片や極小に消費された今月。
いくら急造の支配者であるペインキル姉妹とはいえ、限りある資源をこうも簡単に使うのであれば使用料を取らない手前、いくつかの地区で差し止めは必要だろう。と、熟考の末結論。
「アラアラ…これでは星をすぐに穢してしまいますわね。スティ、原因である南部の町の魔力ラインを止めてしまいましょうか」
「奇遇ですねオネイサマ。ワタシもそう思っていたところなのですよ」
現ユーセラスの最高権力者である二人の決議によりユーセラス南部は今後半年間、魔力による生活基盤が使用不可となった。
「……こちらは水道に関してですわよスティ」
「おや、オネイサマ。こちらは月ごとに段々と消費…いえ浪費されていますわね」
ダムがあり、ろ過装置は潤沢で、魔力で水を生み出すことも可能。
一見浪費からの差し止めなぞ不要と思える設備だが、支配する権力者からすれば国民の行為は支配者の顔に泥を塗りたくるようなもの。
姉妹はこの結果に奥歯を鳴らし歯をギリギリと。
折角こちらが警告に従えば安全を担保するというのに、その提案を蹴るような仕草をするというのであれば、
「彼らに水は不要ですね」
「ええ、オネイサマ。水の一滴も愚民には過ぎたるものでしたね」
「う~ん……五年は反省が必要ですわね」
「流石はオネイサマ!!」
結論。
独裁者により断水が決定された。
「ほかには………―――――」
歯向かうものには刃を、従うものには安寧を。
しかして、所詮は真似事。
書類を確認し、人事を見直し、忖度と損得から出た答えを書き連ねるその様――――善意も悪意もない彼女らの行動は得てして最悪を迎え続ける所業だった。
「ふぅ……と」
重苦しいながらに軽い仕事を終えて若紫色の髪の彼女は肩の荷を下ろすように溜息。
魔法で紙束となった書類を転送し終えれば、為政者としての仕事はもうないのであとは夕食までゆっくりとくつろぐだけである。
「オネエサマ、そういえばなのですが……」
「なにかしらスティ?」
三日月のように口を開けて、指先で弄っていた勇者の頭を一飲みし、微笑みながら妹の言葉にサディ・ペインキルは耳を傾ける。
「グレゴ様が金剛月華会から鹵獲したアレはどうされたのですか?」
赤く濡れた白玉の指を優しく舌で舐めずりながら、空いた小腹を満たした彼女はより一層の笑みを浮かべた。
「海の王者はもちろん私達の国を守るべく近しい海流を漂わせていますわ」
「流石はオネエサマ!! 仕事が早いですわ」
任された以上、防衛設備は万全に。
親バカもあってか過剰戦力は常備されている。それこそ防衛費がゼロの数字を叩き出し続けているほどに。
「スティの方こそどうなの? 連中、使い物になるかしら」
怪しく笑う彼女は足をもたげてスティ・ペインキルを挟むようにバスタブの縁に乗せ、呼応するように血の滴るスラリと伸びた細い足の赤色を彼女は下から上へと舐め取る。
「大丈夫ですよオネエサマ。“ソラの骨片”は上手く作動し、彼以外の戦力は増強できましたわ。いつでも抵抗勢力を叩くことができますわよ」
「ン。よくやったわスティ……でも、今はこの時間を楽しみましょう」




