第二章 13 【ダンジョンフォール3】
敵の大砲の様な攻撃がターバ・ポリオ、リル・ウィルを穿ち。
誰が見ても即死であった今、実質的なリーダーとなったポック・ラパッチは考えるよりも早く、第二階級魔法<白煙>の込められた手のひらサイズの赤く丸い魔石を発動させて物理的に視界を遮った。
「よし、これで……」
これもまた使えば出費がかさむ高価な魔石ではあるが、敵の位置すら分からぬ現状において妥協はできない。
「フシュ・レ無事か?!」
「ええ。何とか……ですが―――――」
草むらの前線より赤茶色の鱗の彼が煙を縫うようにして姿勢を低く五体満足でこちらに合流。
その曇る表情は撃ち抜かれた二人の死を確信するかのように、首を振った。
「精神の動揺によってワレの『竜牙ノ戦士』も砕けてしまいました。面目ない」
「……気にすんな。誰だってそうなるだろ」
「でも、無事でよかったよ。……で、ポック。どうするね?」
「ハ、ハハ……」
先程まで話していた二人の唐突な死、今この瞬間も命を狙われる状況。
天下のポック・ラパッチ様の膝がけたたましく笑う。身体は震える。背筋は凍る。
この白煙が晴れてしまったら死ぬ。という決定的で無慈悲な現実が――――――、
「しっかりしなポック!!」
寒く虚ろな感覚をドワーフの彼女、ブーケ・ジアルが分厚く重い手袋越しの平手で小さく振るえる男の頬を叩き、勢いのままに胸ぐらを掴んだ。
「ターバが死んだ時、アタシらを指揮するのは誰だいッッ?!」
「お、オレだよ……」
ポック・ラパッチは元々冒険者や何処かのシーカーチームに属していたわけではなく、どちらかと言えば彼等の標的となる職業ないし“生業”……ちょっと大きな地方都市で名を馳せた窃盗団の頭目であった。
だが、彼は上に立つような性格でも向上心に溢れていた訳でもない。ただただ成り行きで窃盗団の頭目になってしまった小心者の小人。
そんな自らの経験則から導き出される自己評価こそ低いものの、曲がりなりにもならず者共を率いていた実力は確か。
牢から出す為にわざわざ金を積まれて仲間に引き入れられて以来、その才を見込まれてもしもの時には仲間を率いる副リーダーを任されている。
「そうかい? じゃあとっとと指示を出しな!!」
ブーケ・ジアルはそんな彼の実力を知っている。そして、信じているからこそ彼を突き動かそうとする。
「でもよぉ……」
「なにさ?」
「勝てねぇよ、あんなの……ターバもリルも気付いたら死んでたんだぜ?」
掴んでいた胸ぐらをドワーフの怪力を持ってしてブーケは今一度強く揺らし、彼の目を見つめた。
「ああ、知ってるさ。あの二人が死んだのはアタシもこの目で見たんだからねぇッ」
「………」
「どうするんだい? このまま仲間を殺されて泣き寝入りするってのかい?! アタシはごめんだね!! そんな無駄なコトをするんなら立ち上がって武器を取るよ」
ブーケの覚悟に小心者らしく彼は押し黙るも、違った。
先程までの怯えは消えて。その表情と瞳、まるで燻る火が炎となる瞬間の熱に色を変える。
「さァ選びな!! このままみすぼらしく泣き寝入りするか? それとも、戦って勝って生き残るか!!」
焚き付けられた火の粉は火炎となってニヤリと笑い、
「はは……」
一度と勝利に燃えれば、天下のポック・ラパッチ様が歩みを止めるコトはないだろう。
「そうだ、そうだとも。ターバとリルを殺られたんだ! この借りは倍にして返さねぇとな!!」
覚悟の決まった小心者にこれ以上の叱咤は必要ないと、胸ぐらを掴んでいたブーケの手が離される。
何もかもご破算になって後戻りも出来ない状況。尻に火が点いた彼に、成り行きで頭目になってしまうような男にその状況を覆せない道理はない。
「して、どうされますかな?」
何としても勝利を掴まんとする心情を定めたポックにフシュ・レが聞き尋ねると、答えは数秒の沈黙の後に返ってきた。
「煙を焚いて相手は撃ってこない……なら、こっちの姿は見えてないって事で――――よし。フシュ・レ、『竜牙ノ戦士』はあと三体召喚できるんだったよな?」
「然り」
「じゃ、『竜牙ノ戦士』と『竜牙虫』。出せるだけ頼んだ」
「承知した」
指示された通りにフシュ・レは『竜牙ノ戦士』を三体召喚し、握った拳に息を吹きかけて『竜牙虫』を四体召喚し始める。
「ブーケ。あんたには特大の<岩石弾>を一発撃ち出してほしい」
「任せな。どこへなりとも飛ばしてやるさ!」
ブーケ・ジアルは「その場でいい」とポックの指示に従い右足を引いて半身となり、右手を後ろに槍投げの姿勢で拳に魔力を込め始める。すると、少しずつ彼女の正面に小さな小石や土が集まって大きな岩の基盤が構築されていく。
「そうだ。巨岩が当たる確率は低いと思うから魔力温存のためにも<岩石弾>の中はある程度空洞で構わないぜ」
「<土妖精の悪戯>は必要かい?」
「……頼む。魔力を感知される危険性はあるが、今更だしな」
「あいよ。<福は来い来い、砂にさらさらと。踊るは大地の砂利たちよ、賽を転がし六を出せ。土妖精の悪戯、土妖精の悪戯やや子らよ>」
詠唱を終えて彼女が手持ち無沙汰な左手を鳴らせば、土くれから造り出されつつある右手の岩の姿は掻き消えた。
第三階級魔法での<土妖精の悪戯>は、術者を中心に広がる<幻惑空間>や直接的な攻撃魔法ではない自己強化が基本の補助魔法だ。
種別は土属性。基本と言ったのは自己強化の際にかかる補助魔法がランダムで、自分自身の運がある程度の高さでないと強化の名目で弱体化を受ける可能性がある。だが、その一日に初めて発動する場合は必ず欲しい効果を引き当てることができ、今回使用したのは第三階級魔法相当の<土妖精の悪戯>。
全第三階級魔法の効果の中でブーケ・ジアルが選んだのは静止した状態に限り透明化するという補助魔法。
加えて呪文の完全詠唱により、ブーケは自身の<岩石弾>は一時的な透明から一定時間の透明化となった。
「こちら、言われた通りに召喚しましたぞ」
手斧を持った『竜牙ノ戦士』が三体、白く竜の印を刻まれた『竜牙虫』が四体、フシュ・レの元に揃い踏み。
「揃ったな。……じゃ、手短に作戦を説明するぞ」
●
「む?」
“超高機動型自立式要塞・アマテラス”の第七階層【冥府の大森林】の守護君主が放った銃弾が二発は、エルフの男の頭蓋を砕き、魔法使いの女の脳しょうを撒き散らした。
俗にダブルキルというヤツだ。
だがしかし、余韻に浸るのも束の間。カンのいい侵入者は次の標的にサイハラが狙いを定めようとした途端、この森では悪目立ちするぐらい白い煙幕を張って狙撃への対策はなされた。
「クンクン……生木をくべて作った煙幕ではなさそうだな。とすると、煙の量や形からして魔道具の類いか」
白煙は木々を飲み込みながら半球形状に広がり、侵入者のいる場所を含めた広範囲をすっぽりと覆っている。
(……少し、楽しくなってきたな)
狙撃を知らぬ敵とは思えない最適解な行動に、サイハラは三日月に口を歪ませる。
リル・ウィルの<幻惑空間>が呆気なく失敗したのは、彼等とサイハラの圧倒的なレベル差によるものだ。百二十レベルの彼と精々が三十程度の彼等とでは、かける、かけられる魔法の効果は第四階級魔法だろうと皆無に等しい。
ただし、魔法の力由来であっても物理的な障害…“煙幕を張る”という行為は、一切のスキルや魔法に文明の利器を扱わない狙撃手に対して最も効果的な身を隠す手段だ。
ただの第二級魔法<白煙>ながら魔法的な阻害ではない為にレベル差による汚点は付かないのである。
(魔道具なら煙の持続時間は最長でも五分。残る三人に魔法使いがいない場合、煙幕はこの一回……五分で終了だな)
【ブレイスラル・ファンタズム】やこの世界においての自らの障害となる魔道具の知識をサイハラはあらかた記憶している。
その知識の項目によれば、煙を焚く魔道具は少なく目ぼしい効果も望めない五分弱の儚い煙を出すのみ。魔法使いがいた場合は毎秒魔力を一づつ消費して煙の寿命を延ばせるが所詮はその程度。
(…………)
人のシルエットを目立たせないようにモスグリーン色のマントを頭から羽織り、目視で一・二キロ先を確認。
五分以内に何か動きがある以上、目は離せない。
(煙が晴れるまで待ってるのか?―――――……いや、来るかッ!)
サイハラが指折り数えずとも侵入者は反撃を開始し、手始めに半球形状の煙幕から二つの影が勢いよく同時に飛び出してきた。
(『竜牙ノ戦士』……蜥蜴人が居たし、一秒でも早く偵察を出すのは当然とはいえ当然だが………)
手斧を持った赤っぽい骨の爬虫類をサイハラは肉眼で目視。
森の中をせっせと走り、二体が向かうはこちらから見て東と西。弧を渦巻き状に描くようにしてジグザグに走り回っている。
(なるほど。二体用意して銃撃が当たらない様に移動しつつ、面制圧にて索敵……銃を知らないってホントかよ……? 対策上手いね。こりゃ)
遊底をコッキングさせ、空薬きょう排出し、次弾を装填する。
守護君主の宣言した攻撃回数は六。その内、二発は消費したので残弾は四つ。
「だが、オレは弾を余分に一発撃てるんだぜ?」
左右に『竜牙ノ戦士』がアタリを付けて突き進んでいたなら、サイハラはこの一撃を消費しなかったであろう。何故なら、隠れ潜む狙撃手として単純な無駄撃ちは褒められたものではないから。
エルフの男を撃ち抜いた時の様に慣れた手つきでサイハラは狙撃銃を構える。
目視一キロ弱の地点――――なんて事はない。
右手でグリップを握り、トリガーに指を構え、予測して集中。
弧を描いての索敵の弱点は二体の使い魔が交わる瞬間があるという事で、サイハラは来る地点を予測し、トリガーを軽く引いた。
「命中」
銃口が火を噴き、腹に響く重低音が奏でられて。
瞬きの間に。
偏差撃ちは見事に完了。『竜牙ノ戦士』の一体は頭骨を砕かれ、もう一体は肋骨と背骨を大破。そうして、形を保つことも出来ず骨片が地面に散らばる。
「……呆気ないな?」
遊底をコッキング、空薬きょう排出、次弾を装填。
残るは三発。残骸となった『竜牙ノ戦士』を観察しつつ、サイハラは事の成り行きに何処か違和感を覚えた。
(遠距離の攻撃ってのは先に撃った二発で理解してたはず……だが、『竜牙ノ戦士』を一度に撃たれたのにも拘らず何の対策もしていない?)
こちらの攻撃が上手く行き過ぎている――――サイハラの抱いた所感はぬぐい切れぬ違和感そのものだった。
穿ったのは計三発の銃弾。ともすれば、遠距離からの攻撃、身体の一部分でも陰から出せば瞬時に砲撃される一撃、高所からの一発。と、銃を知らずとも嫌でも理解ができる。
ルールに基づいた勝負に乗った以上、勝つための手段としてそれらを理解した次の一手を用意しているはず。
(何か企んでいる? ……いやいや、たまたま最適解の行動を取れていただけか?)
『竜牙ノ戦士』の動きこそ見事であったが、それだけ。
色々と可能性を模索するが、目視している白煙に動きは見えない。魔法使いを仕留めたなら弓矢がせいぜいの遠距離攻撃の手段だろうに、未だにだ。
「はぁ。何にせよ、煙が晴れるまであと一分弱。場所を特定される前に移動するか……」
自身の扱う武器は“銃”。
この世界において文明水準超過な一物で、それ故にアマテラス外部へと駆り出されることがほぼない。あるとしても、コベルニクスの“形としての兵士”への弓矢による狙撃指導をおこなう時ぐらいで、もちろんのこと銃の所持は禁止。
自分自身が全力で得意な武器を扱えて万全の状態で戦闘に臨めるのは、第七階層【冥府の大森林】だけ。
紅のような戦闘狂でないにせよ、正直な話。
こんな滅多にない珍しい機会を逃すまいと任務でありつつ心を躍らせていたのに。このような結果の分かる死合いになってしまっては、落胆して少しばかりいじけるのも許されるであろう。
「………アレは?」
次の地点へと移動する準備を整えつつも煙幕からは視線を外さないでいた。だからこそ、一・二キロと離れていても大きく見える忽然と現れた巨大な影には驚く。
「まさか……」
煙幕が晴れるのと同時に姿を現したのは、空洞――――いや、そう見えるが周りの白煙がその岩石の形を示している。
言葉にしがたい悪い予感…ではなく、脳裏に予測された結果がサイハラに語り掛ける。
アレは不味いと、この場所に居るのはもっと不味いと。
『<岩石弾>ォォッッッ――――!!!』
気付いた時にはもう遅い。
白煙が散ったのと同時に女ドワーフの呪文が森に響き、強大巨大で無慈悲な岩石が勢いよく飛んできた。
もちろん狙いは北部の巨木が一本、地上より二百メートルの地点の“木の枝”。サイハラ目がけて真っ直ぐ大岩はかなりの速度で飛来する。
(位置がバレた?! 回避行動を取らなければ……!)
数える暇もない内に迫りくる巨岩にサイハラは心躍らせ身を動かし。
術者の目論見通りに大岩は直撃と共に巨木を揺らした。
●
<岩石弾>は土属性の第三階級魔法である。
大岩を放つこの魔法は大岩の完成までに時間が掛かり、<岩石弾>に魔力を回している間の術者は一歩も動けない無防備な状態となってしまう。その代わり、第三階級の土魔法で最も攻撃力が高く、やり方によっては広範囲に被害を及ぼすことのできる魔法だ。
呪文の完全詠唱に加えて<土妖精の悪戯>の補助、魔力供給の長さは約三分。大きさは魔力供給時間によって比例し、今回は補助魔法付きで最大級の岩石。
「どうだいフシュ・レ。命中したかい?!」
背丈の低い彼女は巨岩の着弾地点をいち早く確認するべく、傍らの数倍ある大きさの蜥蜴人に問いかける。
「……ふむ。どうやら彼奴めは岩石の直撃を免れたようですな」
「チ……カンの良い守護君主様さね。しかしまあ、ポックの言った通り事が運ぶとはね……――――フシュ・レ、『竜牙虫』はどうだい?」
「あいや待たれよ…………うむ、『竜牙ノ戦士』に付着していた二匹は駄目なようですが、もう二匹は無事なようです。魔力を感じます」
「じゃあ、作戦通りに動くよ!!」
「承知」
ポック・ラパッチの想定通りに動く敵に、ブーケ・ジアルとフシュ・レは勝利の確信をもって行動を開始する。




