第一章 4 【異世界、そして現状確認】2
(…駄目だ。上手く思い出せん)
まるで頭の中に靄が掛かったような感じだ、と。かぶりを振った。
あの日、十川四朗の祝日とも言えるVRA版の【ブレイスラル・ファンタズム】が届いた恐らくは昨日。
鮮明に記憶として憶えているのは、VRヘッドセットを被って利用規約の同意アイコンを押したところまでだ。それ以降の記憶…もとい、未だに若干残っている頸椎の激痛の原因は不明。
だがしかし、十川四朗はこの状況についてある種の既視感を抱いていた。
(この場合は…この世界で生まれたわけじゃないから“異世界転移”か? まさか、二十年ちょっと前に流行った娯楽作品の状況に自分がなるなんてなー)
異世界転生、異世界転移―――通称“異世界モノ”。
二○十○年から二○二○年辺りに特に流行ったライトノベルの題材における定番の一つだ。昨今は小説投稿サイトからの作品が商業小説の多く占めており、自分も何冊か読んだことがあったはず。
創作の内容を完全まるごと信じるわけではないが、自身の身体がプレイキャラ、見知ったNPC、今現在において十川四朗が置かれている状況を持てる知識で鑑みれば、おのずとそういった結論となる。
(自分が死んだ……となんでか確信できてるし、『直感を大事にしろ』ってノエルも言ってたしな)
そう。本当に何故なのかは分からないが、自分自身が死んだと十川四朗は直感していた。
あの激痛が原因であろう事は確かだ。
記憶にはなく、物証もないが“日本在住、日本国籍の十川四朗は死んだ”という実感だけがこの胸にある。加えて、何故か安心感を憶えており、元の世界に戻りたいという気持ちもミリとして存在していない。
正直なところ自分自身の気持ちが不可思議そのものだが、それはひとまず置いておこう。
今探りを入れるのは、先の思案の中の言葉だ。
(………ノエル? 一体誰のことだ――――)
違和感を覚え、もう一度と十川はその名を思い浮かばせる。
友達こそ少ない自分だからこそ、顔や名前を忘れる事は無い。特徴的な名前の外国人なら尚更だ。しかし、頭の中で反響させている“ノエル”という外国人の名には紐づけされた記憶が無い。
「……砂?」
まるで、彼女の名前よりも大事なものかのように。
十川四郎の意識は右手に握られていたであろう零れ落ちる紫交じりの黒い砂に気を取られて。
「ロー様?」
「うおっ?!」
思考は過ぎ去り。
気が付けばNPCである鬼の彼女がこちらを覗き込んでいた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。心配ない」
はつらつとした火煉の呼びかけで手の砂を払い我に戻り、先程まで不安ながら疑問に思っていた事も払拭される。
(多分、映画か何かと記憶が混ざってるんだろう。ま、考えても仕方ないなら今は置いておくか)
思い出せないのなら、多少の不備なら、早急に片づけないと駄目という訳ではないだろう。
十川四朗はNPCと共にゲーム世界から異世界に転移した。
――――これは確定だ。
そうなれば、創作物のルールに基づいて、先決すべき課題がある。
「火煉、少し離れてくれ」
「おう。いいけど…何すンだ?」
「うーん、そうだな。取りあえず………魔呪全書」
呼びかけに応じ、往時の創作物みたく。銀と金の装飾が成された辞典並みの厚さを持つ黒色の一冊が、左手へと出現。
予期してはいたものの念じたとおりに現れたその本に若干驚く十川。だが、火煉は全くの平常心で少し気恥ずかしさを覚えた。
(思った通りだ。スキル等を音声認識で発動させるとか言ってたから、アイテムでもどうかと思ったけど―――魔呪全書を呼び出せたし、どうやらアタリだな)
思い出すはβ版での機械音声による説明。
アレの話では動作認識、音声認識で呪文やスキルが使えると言っており、試してみれば大当たり。
これで、この世界での生活において武器や荷物等で困る事は無いだろう。
NPCから不審な目も向けられないし、正直言って安心した。見るに彼女達にとって、これが“普通”のようだ。
「…えっ?!」
“ゲームメニュー”となる“魔呪全書”も手に取ったことだし、取りあえず自身の状態を確認しよう。とページをめくれば、つい声を上げて驚いてしまった。
「どうした?」
「いや、何でもない―――」
火煉は十川の所作を不思議に思い近づいて来るも、十川はその動揺を気取られず首を振って再度と本に刻まれた数値を視る。
状態こそ普通。しかし、十川四朗…ではなくロー・ハイル・ヘルシャフトのステータスが異常ともいえる程、伸びていた。
(生命ボーナスがどうとか言ってたな………アレのせいか?)
つまるところ体力、攻撃力、防御力、素早さ、魔法攻撃力、魔法防御力、筋力、知力、器用さ、運―――――その他を含め、全ての値が大幅に増幅されていたのだ。
これは、物理に強く魔法に弱い近接系の性とも言える汚点がほぼ払拭されている。結論、ゲームにおいて無敵と言っても差支えの無い生体情報を持ち合わせている。
「―――何でもないが……確かめたい事ができた。火煉、二人は?」
「哨戒に出てるけど?」
「じゃあ、二人を呼んできてくれ。」
「おう。待ってな」
そう言うと火煉は早足に二人の元へと駆けていく。
「…………」
“生命ボーナス云々が加えられた生体情報”というのはこれ以上無いくらいに嬉しく思えるが、それはゲームでの話。今ではない。
ここは異世界だ。
付け加えて言うのなら、右も左もわからぬ未開の地、今の自分たちのとって現実世界。
十川が疑惑に唸っているのは、その未開の地で唐突に訪れたこの“変異”だ。
原因こそ大まかに理解できるが、異世界に転移した際に何かしら書き加えられたという事実が魔呪全書という物証を持って証明されている。
「確認……する必要があるな」
だったら、彼女達はどうかという結論に達するのは当然の道理―――――そして、確かめたい事とは、所謂ソレだ。
少なくとも自分――ロー・ハイル・ヘルシャフト――は意識もはっきりして良い方向に変異している。だが、彼女達は分からない。
魔呪全書のページをめくってNPCの生体情報を見てみるものの、変化という変化は見受けられず。幸い、問題という問題は無いと結論付ける事は出来るものの、それは些か早計か。
性格や書かれていない設定などが生命ボーナスによって付け足されていれば、今後の異世界生活に影響が出かねない。
「ロー様、呼んできたぜ。」
「ありがとう」
それに、だ。
幸いにも火煉を筆頭にロー・ハイル・ヘルシャフトという人物に対して見たところ三人は好意的であり、今この状況で異変を確認するのは好都合である。
「で、呼び出した理由は何なのじゃ?」
彼女達三人は十川四朗の前へと横一列に並び、開口一番に右端の至極色の少女が口を開く。
「まずは、コレを三人は持ってるか?」
ニーナの問いに答える様にして左手で掲げたのは魔呪全書が一つ。
確認すべき事の最初の項目とは、この本がいかに貴重で重要であるかだ。
魔呪全書とは大雑把に言えば、プレイヤーの全てを把握できる“ゲームメニュー”であり、だからこそプレイヤーの存在にも関わる重要なシロモノだろうと十川四朗は確信している。
「うんにゃ、持っとらんぞ。フィリアナはどうじゃ?」
「いいえ、持ってないわ。火煉は?」
「右に同じ」
ニーナに問いかけられた翡翠色の彼女は首を振って否定し、火煉も同様に身振り手振りに両手を振って肩をすくめる。
「そうか…」
「何か問題がございましたか?」
首を傾げるフィリアナに、十川四朗は本のページをめくりつつ。
「いや、個人的な事だ。気にするな」
これで魔呪全書の価値は大幅に上昇した――――例えるのなら、命と同等程度か。
そんな貴重過ぎる品は今すぐにでも懐にしまって隠しておきたい所だが、確かめるべきことはまだある。
「―――といっても、簡潔に説明はしておこう。この本、魔呪全書は所有物を含めた私達の情報が詳らかに載っている。弱点さえもな。一応聞くが、これがどういう事か分かるな?」
「…“私達の命と同等の価値がある本”ということですか?」
「正解だ、フィリアナ。という訳で、今後を踏まえ確認すべきことが大まかに三つとある。準備はいいな?」
フィリアナ、火煉、ニーナは何故か凄んでいる主人の問いかけに顔を合わせて深々と頷き、十川はゆっくりと口を開いた。
「まずは名前、取得している職業、種族を答えてもらう。次に、このロー・ハイル・ヘルシャフトをどう思っているかを話してもらおう。最後に――――先の急な転移の為か、魔法やスキルの発動の要領を得ないでいてな。教えてくれると助かるのだが………」
簡潔に口を挟む隙を与えず、なおかつ困っていることを正直に話す。
これこそが、ロー・ハイル・ヘルシャフトという人物像を崩さず、怪しまれない様にする十川四朗の人生経験から生きた巧言である。
項目前者二つについては先にも言った通り“異変”の確認の為、後者の魔法やスキルのくだりは実際に体の中に感じているSPやMPの使い方を少しばかりの先駆者から学び、今後の生活に役立てる為だ。
例えば創作物のように。
魔物というような“力ある存在”が、この世界に居るならそれ相応の準備は必要だろうからして。
「構いませんよ、ロー様の頼みであれば」
「フィリアナに同意。…まあ、そういうことならしゃーねーな」
「そーじゃの。」
主人の頼みを断る事は出来ないだろうと、試すようで悪いと思いつつ。
十川四朗の頼みにフィリアナは微笑んで、火煉はあっけらかんと仕方なく、ニーナは出来る女が如く髪をなびかせつつ、三者三様の面持ちで快く了承するのであった。
●
「私の名はフィリアナ・ルーゲル・フェンドルド。種族はエルフの最高種である【エルフラムス】でございます。取得しているクラスの方は【虹色の魔導元師】と【炎の料理人】の二種のみと記憶しています」
八種のクラス――個への対処から大軍への対処を目的とした防御魔法こと【城砦魔法】、善悪問わずにあらゆる魔物を召喚できる【混沌の主】、火と雷と水を主軸とした【属性魔法1】、土に風に氷を主軸とした【属性魔法2】、MPやHPを消費する回復系【癒しの宝呪】、味方すら巻き込む無差別の能力低下魔法を行使する【忌みの大罪】、発動が早く効果は永続に近い能力向上をかけれる【老龍の知恵】、防御力や敵の属性に縛られない【無属性魔法】――の複合クラスである【虹色の魔導元師】に、あらゆる即死攻撃を受けても体力を1残す食いしばりまでを含む効力を付与する料理が作成可能な【炎の料理人】。
十川は翡翠色の彼女、フィリアナの自己紹介と同時進行で魔呪全書に記載された内容の確認しており、今のところは彼女の言葉に偽りはなく大事無い。
次へと促せば気恥ずかしそうにフィリアナは頬を赤らめつつ、おもむろに答えはじめた。
「それと、貴方様へのお気持ちですが………あの時から私、フィリアナは貴方様を心からお慕いし、忠誠を尽くしております」
フィリアナは言葉を終えると忠誠の証として胸元に右手を当てて深々とお辞儀。
対して、十川四朗。
一瞬、フィリアナの精一杯の告白に動揺とクエスチョンマークが浮かび上がる。が、彼はすぐさまに記憶からソレを呼び覚まして鑑みる。
(『あの時』………なるほど、設定は生きているという事だな)
思い返すのは、短編小説ができる程の設定欄とソレを書き連ねた自身の記憶だ。
フィリアナの言っていた彼女の過去――――要約すれば、ヘルシャフト帝国の奴隷市場で売られていた彼女をロー・ハイル・ヘルシャフトが助け、奴隷制度を撤廃し、ついでに同胞達をも助けたというどこにでもありそうな設定。
だがしかし、書き連ねた文章にここまでの忠義を尽くせとは刻んでおらず。
(文章が若干誇張されているのかもな………まさか、これが彼女達の“異変”か? でも、大事はなさそうだし、こっちが気を配れば大丈夫そうだな)
多少の冷や汗と驚きを内心で噛み締めながら、十川四朗は彼女の忠誠を快く受け取った。
「じゃあ、次は火煉。」
「おう」
列にフィリアナが戻り、変わり替わって火煉が足を一歩前へと繰り出し仁王立っての自己紹介だ。
「オレ…いや、私の名は獄炎火煉だ。種族は鬼人族で最強の【鬼神】、あとクラスは【神性鍛冶師】とさっき言った【鬼神】。ンで、アンタへの気持ちだけどさ………」
スラスラと答えていた火煉の言葉が詰まり、彼女は鬼の顔らしく赤面する。
我ながら無茶を言ったものだと、十川四朗は内心で頷いた。
仲間内であるが故に、こういった改まっての気持ちの吐出は気恥ずかしさがあるものだ。ソレを言ってくれとは、自分の立場でも早々に言えるものでもない。
「凄く尊敬してるッ――――…これでいいか?」
「ああ、ありがとう。問題はなさそうだ」
赤面しつつ頭を掻きながら、バツが悪そうに火煉は一歩と下がる。
(それにしても、種族名の【鬼神】をしっかりとクラス認定しているんだな)
自身の能力や攻撃方法を左右する“クラス”。
【ブレイスラル・ファンタズム】において組み合わせは何万通りとあるが、スキルや能力をツリーの端からまで修め、そのクラスを真に極めんとすれば、二種類しか取得できない仕様となっている。
種族関係の値はクラスと同じ扱いなので、先のような組み合わせとなる。なお、【武神兆雷】や【魔導元帥シリーズ】などは一部例外だ。
「では、最後は妾じゃの」
「ああ。これも必要な事だ。頼むぞ、ニーナ」
「うむっ!」
艶やかな黒髪を揺らしながら、少女は快活に頷いた。
「妾の名はニーナ・レイオールド。種族は粘液生物種の【黒毒の粘液女帝】じゃ。修めておるクラスは【ゴエモン】と……正確に言えば【毒殺女帝】の二種かの。そして、そなたとの関係は………すとれーとに言えば、もちろん心から愛しておるぞ!!」
威風堂々と少女は無い胸を高々に、鼻高々に。火煉とフィリアナは口をあんぐりと開けて。
十川四朗、その言葉に度肝を抜かれるのであった。更に言えば、誇張されているとはいえ設定にズレが無い事にも驚きを隠せない。
因みに、その驚きの半分は過去の自分への叱咤である。
(うーん、愛か。実感湧かないな~…)
彼女の設定は元々、ロー・ハイル・ヘルシャフトを暗殺しようとしていたが、その企みが悉くローに打ち破られて失敗し、それ以降仲間となって彼に惚れたというモノだ。
因みに『のじゃ』といった口癖は設定上、女帝出会った際にその喋り方で箔をつけようとし、身体に染み付いてしまった結果である。
(でも、書いたことには変わりない。俺なりになるべく期待に応えよう)
決心という名の割り切りで、十川の視線は魔呪全書へと移り変わって確認の作業に入る。
ニーナ・レイオールドの種族名は、【暗殺者】の毒特化型クラス【毒殺女帝】と種族値を最大に上げることによって【黒毒の粘液女帝】へと変容した代物だ。
この仕様に近い究極系として、先の【武神兆雷】が上げられる。
気力、体力消費という魔力を一切使わない物理系クラスを極め、ほかの物理系クラスに変更し、極め、変更し…とこれを八回と続けて極めたクラス八つが特別処置として一つに統合される事で、完成されるのが【武神兆雷】だ。
概要だけ見てみれば“簡単゛かのように思えるが、クラス変更の際にはクラスに依存したステータスとスキル習得に使用したポイントは初期化されて還元される。そうしてレベル上げを始めるというのは、レベル百二十の地帯をレベル七十程度で練り歩くようなものだ。
さて。
脱線した話を戻し、【黒毒の粘液女帝】について振り返ろう。
クラスの能力等をアップさせるポイントは、さしもの通りに例外を除いて必然的に正攻法でいけばクラス二種類しか極めることができない。
しかし、毒特化の【暗殺者】クラスの場合は正攻法で習得しても少ないながらポイントに余裕がある。なので、盗賊系の上位に位置する【ゴエモン】を使用上限のあるポイント増加のアイテムを使い、習得しているのが彼女の能力事情だ。
(問題はなさそうだな…よし)
とやかくと言ったが、魔呪全書の記述と彼女達の発言を再三と照らし合わせば、特筆する問題も無し。
本を閉じて三人に向き直る。
「フィリアナ、ニーナ、火煉――――この無茶に付き合ってくれてありがとう。皆の忠誠とその気持ち、深々と受け止めよう」
残るは、死活問題になりうるであろう最後の項目を確かめるだけだ。
「では、最後に。魔法やスキル、アイテムの発動と使用についてだが…」
十川四朗は元皇帝ロー・ハイル・ヘルシャフト然とした態度で質問を投げかけ、遮るように最初に口を開いたのはフィリアナであった。
「ご安心を。分かり易く説明しますね」
そう言うと彼女は空いているローの右腕に両手を添えて「失礼します」と言った後、手取り足取りといった感じでその右腕を風が緩やかに吹く草原へと向けた。
「私達もこの世界で気が付いた際、ロー様と同様の状況に陥りましたので色々と試しました。――――つまり、『習うより慣れろ』です」
今の状態はフィリアナと密着しており、とても良い匂いがする。
正直言ってソワソワしてしまう距離であるが、ギリギリの所で理性が勝利し、聞く耳は持たずにならずだ。
「魔法の発動、スキルの発動は前と変わらず呪文を唱える事で発動出来ますし、無詠唱も可能です。そして、発動させる場合に方向を決めるのですが、要領を得やすいように今回は右手を前に出して発動しましょう」
言われた通りに右手を前に、補助をして貰いながら呪文を唱える。
「<魔法障壁>」
今回発現させた魔法は立ち回りの為に取得した防御魔法の一つで、件のポイント増加アイテムにて獲得した魔法だ。
魔素で出来た無数の六角形で形成する魔法障壁で、主な用途はチームの体勢を整える為に使う中級魔法である。
「お見事です! ロー様」
身体から溢れる魔力が縦横幅五メートル、青白く仄かに発光した半透明の障壁をローの眼前に形作った。
「す、スゲェ…」
「スゲェ?」
「あ、いや。何でもない」
思わぬ失言を取り繕い、ローは自らが発現させた魔法に歓心の二文字を胸に浮かべた。
(魔法、本物………この歳になってファンタジー世界の住人になれるなんて、嬉し過ぎる!!)
β版を起動した時以上の衝撃。
自分の言葉で、自分の発した呪文で、“魔法”という異世界な技が使えるというのは正直言って心が躍る――――ドンチャン騒ぎだ。
「あの、ロー様?」
「………すまない。続けて」
高揚と衝撃によって飛んでいた意識をフィリアナの言葉が引き戻す。
続いて、説明されたのはスキルとアイテムの件である。
「さながら四次元○ケットだな…」
スキルとアイテムも魔法の発動と似たようなものらしく、簡潔にフィリアナ先生の授業は終わった。
授業を要約すればこうだ。
魔法と同様にスキルも詠唱、無詠唱での発動が基本。<戦士の雄叫び>などは、その名の通りに叫ぶことでも発動できるようだ。
アイテムに際しては十川の洩らした感想のままである。
火煉やニーナが実際に所持アイテムを取り出すのを見せてもらったが、意識して空間に手を伸ばせば、空間が裂けて頭の中で念じたアイテムが取り出せるといった具合。
魔呪全書を道具袋にしまう前に持ち物のページを開けば、流石はゲームメニューといったところ。今持っているアイテムと異空間内部にある倉庫のアイテムのとが管理ができるようになっている。
戦士職の能力でアイテム倉庫と道具袋が常時繋がっている仕様だけど、まさか魔呪全書にその全てが記載されてるなんてな。この本の価値がまた一段と………ん?)
パラパラと魔呪全書をめくった一番後ろ、おどろおどろしい青黒色の数字が生き物の如く脈を打ちながらも記載されていた。
(英数字の“7”………何の数字だこれは?)
身に覚えのない数字。深々と考えを張り巡らせてみたが、思い当たる節も無い為のでひとまずは本を閉じ、道具袋へと丁重に魔呪全書をしまう。
目先の問題は取りあえずこれで解決した訳だが、まだやる事はある。
(まあいい。それよりも異世界に来たのなら次のアクションは………情報収集だな)
創作物の展開をなぞるなら、この異世界での立ち回り、文化、言語を調べて現地民と友好関係を築くのが妥当だろう。
それに自分のレベルは最大であるが、創作物の醍醐味として同レベルの者やゲームの枠からはみ出した特異な存在がいるかもしれない。
そういったモノへの対策を立てるには、とにかく下調べが大事である。
加えて、情報を得るなら金が要る。対策を練るなら拠点が必要――――今後、安定した暮らしを得る為にもだ。
(町に行くか…)
金、拠点、情報…その全てが集まる場所と言えば人々の集う町。
自分の直感も、とりあえず今は創作物の展開をなぞるを良しとしてるし、闇雲に行動するよりかはマシであろう。
「おおかたの問題は片付いた。なので、これから町にでも行って情報収集を行いたい所ではあるが、何か異存は?」
どこぞの刑事のような言葉ではあるが情報を集めるなら『足で探せ』というヤツだ。
「いいえ、ございません」
フィリアナは首を横に振って、
「以下同文」
火煉は未だ恥ずかしさを顔に浮かべながら頷き、
「異存ないのじゃ」
ニーナはウンウンとご満悦。
三者三様な態度ながらも『足で探す』ことには即答で賛同してくれたようだ。
「………ロー様。少しよいか?」
ご満悦から百八十度、険しい表情をニーナは浮かべてローに耳打ち。
「およそ二キロ後方から馬車がこちらへと向かってきておるぞ」
彼女のパーティーでの主な役割は敵の偵察、斥候がほとんどだ。
どうやら、この世界に転移してからも自身の役割は見失わなず、先の忠言は大変に喜ばしい。
「<鷹の目>」
なれば、役割を果たした彼女の誠意に答えようと十川四朗ことロー・ハイル・ヘルシャフトは遠見のスキルを発動する。
視界に映っていたのはニーナの言葉通り、馬車で御者は一人。因みに左腕は折れている様子。
護衛を連れてない辺りを見るに、急ぎの用ながらそこまで重要でない物を運んでいるのだろう。
「この機会、どう生かすのじゃ?」
「当然。利用するとも」
シンプルイズ農家風味な見た目のおじさんではあるが、一応に対策は講じる。
先程教えてもらった応用から空中に手を突っ込み、道具袋の中から半透明のコートを三枚取り出す。
これの名は『消えゆく外套』。
装備者の気配、姿をほぼ完璧に遮断できるアイテムの一つだ。ほぼと言ったのは、上級の探知魔法には引っかかる為である。
フィリアナ達に『消えゆく外套』を装備させ、こちらに有意な状況を作れる安全な交流の準備は完了である。
(よし、アイテムもちゃんと機能しているな。俺は何となく能力で分かるが………)
速度を変えず馬車がゆっくりと近付いて来た。
(異世界第一現地人、見た目は白髪にちょっと高めの鼻筋………ヨーロッパ人種ぽいが……三・七の割合で日本人ぽくもある? クウォーター…と言い表すのも違う気がするし?―――――……ともあれ。言葉が伝わるかどうか不安だけど、当たって砕けてみよう)
偶然を装いながら、ゆっくりと。
三人に合図をし、満足に舗装されていない一本道を取り囲む陣形を敷いてロー・ハイル・ヘルシャフトは歩き始める。