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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第二章【魔窟の主】
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第二章 11 【ダンジョンフォール7】

 岩の林こと三メートルは下らない岩が乱雑に立ち並ぶ岩石地帯。そこに潜むのは森の毒婦(マシャルヒュメ)の群れが五十ほど。

 百八十前後の大きさでゆっくりと蠢く二足歩行、知性は乏しく頭部には白く丸いキノコのカサ。遠目から見れば奇妙な帽子を被ったグラマラスな女性だが、実情は動くものを追いかけるだけの巨大なキノコ。

 見る分には十二分に目の保養となるが近接戦はご法度な魔物で、肉質こそ柔らかく切りやすいものの死体となった瞬間に切り口から溢れ出る毒の胞子をひとたび吸えば、肺を胞子に埋め尽くされて数分足らずで胞子は発芽し死に至る。

 猶予を与えられたイアロス・ペンドージ、スィニス・レドーナの二人はその森の毒婦(マシャルヒュメ)が潜む岩石地帯を通り抜けてゴールへと向かうのでなく、辿り着いたその場にて待ち伏せを開始した。

 制限時間、規則(ルール)に基づいた情報の開示。

 今までの状況を説明すれば嘘は言っていないと断言できるが、逆を言えば自分に不利になる本当のことは言っていない。


「ここまでか……」


 例えるなら出口付近に大量の罠、目を向けるなら情報の開示がされていなかった森の毒婦(マシャルヒュメ)の大群。

 裏の裏をかくべく、まず初めに行ったのは岩石地帯に潜む森の毒婦(マシャルヒュメ)の一掃。――――これは簡単だった。

 隅から隅まで岩の隙間に<斬円刃>を手繰らせて胞子の届かない風上から発動し、スィニス・レドーナの火矢で切り裂いた死体を全て焼けば処理は完了。


「ああ、ここまでだ」


 待ち伏せという利点が消える狼煙、にも思えるが布石自体は打てていた。

 胞子を除去して残るのは焦げ付いた臭いと環境と死体の群。待ち伏せの言葉とは似ても似つかずな正面から敵を迎え撃つのと同時に影から矢を放つ。

 <衝撃(ヴィツィ)>の魔法の小杖(ウィスタフ)を投擲し、上空からの衝撃に加えて前後不覚の挟み撃ち。当然、あらかじめ唱えられていた<小門障壁(ヴァント・ミナス)>でツダ・ウィンズは防御するだろう。


「大変実りのある一戦だったよ。守護君主、ツダ・ウィンズ」


 左手の剣による会心の一撃は杖で撥ね退けられて防がれる。

 死角からの一矢、上空からの衝撃は魔法の壁に阻まれる。

 なら、もはや盾となる魔法も武器もツダ・ウィンズには存在しない。空いた右手の刃で死体に潜ませた<斬円刃>の轍を防ぐことは叶わず、捕らえて切り刻み魔力を流して爆破するのは造作もないことだ。





「守護君主……コベルニクス商業国の女王ニャルトリアの懐刀、どうということはない」


 イアロス・ペンドージ、スィニス・レドーナ…いや、かつてその名で存在していた人間の肉人形は寸分違わず同時に、地べたに這いつくばった眼前の死体を見下ろしながら嘲り笑う。

 こんなものか、この程度か。

 我々が恐れていた仮想敵はただの木っ端の肉人形で事足りるのかと。


〔――――ウィンズ!! ウィンズッッ!!?〕


 奴の首元から先程聞いた声がする。

 木っ端の戦力では厳しかったが策を講じれば対処は容易な守護君主、名前は確か“紅”だったか。


「……大方、私の正体を知って念話か何かで通話を試みたのだろうが生憎、お前の声はもう届かない」


 刃を手向ける。

 死体は肉人形にできない以上、生き返らされることも考慮して早々に粉みじんにするのが最も安全で、その程度であれば詠唱破棄での<斬円刃>で事足りる。


「…………な、に?」


 無詠唱から発生した緑色の光が貫いたのはズタボロのボロ雑巾(したい)ではなく、すすけた灰が散らばる地面。


「ワシが“ここまで”と言ったのは……」


 何故どうしてと、人形師が疑問に思うよりも早く、視線は声の方向へと自然と移る。


「制限時間が過ぎたって意味だぜ」











 しゅうしゅう、とボロ布を被った人型から蒸気が噴き出る。

 先ほどまで地べたに転がっていて死んでいた老人、ソレは人形師の肉人形による<斬円刃>での一撃を避けた。

 ありえない、あっていいはずがない。

 スキルによる一撃だが致命的な一刺しは確かにヤツの肉を切り裂いた、爆破した。その後に息の根が止まっていたのも確認済みで人体に精通した人形師の技量が間違うはずもない。


「バカなッ…」


「馬鹿? ああ、確かに馬鹿らしいよな。ワシも最初はビックリしたぜ“コレ”」


 未だ緑のボロ布を被る男はちぎれて生まれた布の隙間から目を細めて笑う。

 人形師が「バカ」と言ったのは驕り詰めを誤った自身の失態からの失言であり、死んでいたはずの老人が生き返ったという魔法なしの蘇生に対してであり、流木の杖を変形させて丸メガネにしてかけた男への埒外さからだ。


「なんだその姿はッ?! それではまるで………――――」


「若返っている、だろ?」


 細枝の手足には血が通い肉を得たことで瑞々しさを緑鱗共々取り戻し、丸っこい黒髪に丸の眼鏡と相対して瞳は三白の凶相。身長は伸びに伸びて百六十、首元には通信用の白い魔道具、オレンジ色の遊泳用脚衣を履いて、おおよそ青年とも呼べる若気の抜けない見てくれへと“超高機動型自立式要塞・アマテラス”第八階層【楽園楽土】の守護君主は変貌した。


「【外宇宙的(アロモス・)神秘(エニグマ)】……あー、ワシには制限時間があるって話をしたな。覚えているか」


「覚えている……だが、お前はあの時完全に死んでいた。規則(ルール)を破れないんじゃなかったのか?」


 人形師の疑問を「確かに」と眼鏡をクイッと持ち上げて吐き捨てるように笑った。


「そう、ワシは規則(ルール)を破れない。大方呼吸や心臓の動きを見ていたんだろうが、笑止。ワシには明確な弱点があり、それをつかない限りは死なない。死んだように見えても時間が経てば肉体は元通りなんだよ」


「なん、だと…………」


「まあ、おまんの見立て通り肉体的には死んでいたから見間違うのは無理もないがな」


 弱点を突かなければ倒すことはできないが、HPをゼロにすれば動きを一時的に止められる。

 元より規則(ルール)に縛られたエニグマクラスの欠点ではあるが、ツダ・ウィンズのように時間経過が関係する【外宇宙的(アロモス・)神秘(エニグマ)】の規則(ルール)においては相手が階層から逃走しない限り、この疑似的な不死の特性は利点となる。


「で、だ。制限時間を超えればどうなるか……答えは簡単だ――――行脚の音、聞こえて来たろう」


 柔らかい何かがせっせと擦って草木をかき分ける乾いた音が複数――――いや、五十ほど。

 岩の上にいたスィニス・レドーナの肉人形がその目の良さからその正体を目視する。黙々と知性も乏しいのに隊列を組み、こちらへと一目散に向かってくるのは燃やし尽くしたはずの森の毒婦(マシャルヒュメ)



森の毒婦(マシャルヒュメ)はおまんらが殺した。だが、この階層の人員名簿から消去されたわけではない」


 もはや軍靴となった足音を背景に、邪悪な顔をしたツダ・ウィンズはニヤリと笑って両手を広げ、見下すように答えを告げる。


「ワシのエニグマは制限時間が過ぎれば『ハイ終了』という都合のいいモノじゃあなく、階層の状態を万全に戻し自らを強化するだけだ」


『シュゥグググ………カッー!!!』


「この鳴き声……?!」


 聞き覚えのある声に人形師は遠見の眼を用いて音の方角に目をやる。


(先程殺したはずの魚竜二匹だと……)


 原理不明で泳ぐように浮かぶ二匹を目にした後、輪切りにして仕留めた死体二つが置いてあった場所を確認し、ツダ・ウィンズの言葉の裏付けが自然と済む。

 開示された情報に人形師は敵を侮った自らの傲慢さに奥歯を食いしばり、今一度敵を見据えた。

 その瞳、仮初ではあるが油断も隙も見下すこともなく、ただ残るのは慢心を消去して対等の敵として扱うという気概。そして、ものの数秒後には軍靴よりも早く敵の喉元へと食らいつく瞳孔の開き。


「ほう」


 眼鏡を手刀の中指で上げてツダ・ウィンズは雰囲気の変わった人形師に感心すると同時、動く。


「クッ……」


「今のを避けるか」


 老人から青年に変わったことで筋力は先の倍の倍、魔法主体の彼ではあるが扱う武器は拳と蹴りの肉体派。

 岩盤という安定した地面を用いた強靭な脚力での跳躍からスィニス・レドーナであった肉人形に対しての渾身の右ストレート。寸での所で、射手はその身体を何のためらいもなく四メートルと小高い岩より投げて躱した。


「<斬円刃>」


 岩の頂点に立つのはただ一人。

 剣士の肉人形は容赦する必要がなくなり、魔力を多めに込めて二つの鞭で挟み込む。


「なに……?!」


 ツダ・ウィンズの体勢は殴りぬけた後で隙だらけ。

 そこを責めるのは当然ではあるものの、足が遅くて魔物だよりに制限時間を待つ老人ではなく今は青年。

 二つの鞭を目で追い、跳躍し、足蹴に二つを踏みつぶして封じるのはやぶさかではないのだ。


「老いぼれた時とは動体視力も力も関節も違うのさ――――さて……」


 圧倒的な実力差を見せつけ鞭を足蹴に見下ろして、右手の指二本でこめかみを叩き思考するのは確認ともとれる相手の情報の開示。


「『“死肉の巨人(レクディオプ)”事件』その時の資料にあったな。ギフト能力には個人的差異がある。いや、正確には精神的な高ぶりか――――」


「発破」


 踏みつけていた<斬円刃>が音を立てての大爆発。

 これには流石にと人形二人は思うものの、その戦意は消えておらず。煙る岩の上を注視しつつ見つつ辺りを見回し三秒後。


「はたまた単純な得手不得か」


 グイッと肩を引かれたのは常に遠距離での戦いを旨としていた射手の肉人形。

 いつの間にか真後ろにいたツダ・ウィンズは肉人形をぐらりと翻し、そのどてっ腹を力任せに蹴り飛ばす。


「…ともすれば、ギフト能力には段階があり、それに応じて魔法に対しての絶対的な防御反応が定まる」


 飛んで来た射手を剣士はいとも簡単に避けて交代するかのように突貫。

 右腕の剣を下に、左腕の剣を上に構えての切り込みは突拍子もない無駄な構えかと思われたが数秒後、口ずさむのを終えた主の動きを追従するのは<斬円刃>の輪が四つ。

 一つ目、容易く躱される。

 二つ目、容易く砕かれる。

 三つ目、青年の右足に傷をつける。

 最後の四つ目。目の慣れた守護君主は迫る光輪を寸でで避けて輪投げの要領で左腕に通す、投げ返す。


「その防御……というよりかは報告書の所感から汲むにギフトによる免疫反応だな」


 返された光輪を刃でなぞるように掬うと射手は剣士からその力を受け取り、矢として天へと放つ。

 半径百メートル、完全詠唱の<斬円刃>の魔力を用いた緑に光る矢の雨は軍靴を奏でていた魔物どもをついでに蹴散らし、本命へと迫る。


「おおまかに三段階…」


 正中線を軸として僅かに身体を揺らしながら青年は前進。

 全てが当たらない、と射手の肉人形で嘆き。

 ならばこれはどうだ、と剣士の肉人形で合図を送る。

 双剣を打ち合う金属音が響き渡り、地面に突き刺さっていた光の矢はブクブクと音を立てて爆発寸前。


「権能という位に至れば、魔法は完全無力化」


 膂力有り余るツダ・ウィンズは左足を軸に身体を限界まで捻り、地面へと右の拳を添えて引き絞られたゴムのように肉体を開放する。

 捻られた身体が一回転して元に戻る○・二秒前にアタリを付けていた地面へとアッパーカット。

 たまらず大地は光の矢ごと土塊を剥され、作り出した安全圏へと青年は退避してしゃがむ。


「ネームドは魔法を半無力化。ま、軽減だな。そして普通のギフト能力は魔法の阻害と言った所だろう」


 安全圏から煙る周囲を観察していると、一寸先も見えぬ黒煙からヌルリと切っ先が二つ現れた。

 射手と剣士、その手には両者一本づつ剣を持っている。


「紅の戦い方は最初に向上した能力(バフ)を剥すに始まるから――――」


 飛び込んでくる二つに対し、左足を軸に斜めから蹴り上げるようにして回し蹴り。

 一蹴にしてまとめられた肉人形を鈍い音を立てて岩肌に蹴り飛ばし、今一度丸眼鏡の位置を直す。


「恐らくだが、おまえの魔力心は第八階級相当の魔法を無力化できない。人形師の本体じゃないから魔法を阻害する力は薄いのだろうな」


 ツダ・ウィンズはおもむろに右手を岩肌に打ち付けた肉人形二体へと向ける。

 それがどういう事か一瞬で理解した人形師は剣士の肉人形の体勢を立て直そうとするも体は動かず。

 無理もない話だった。

 主人が安全圏をわざわざ作ったのだから、土地勘のある配下こそ安全圏に一足先に籠るのは当たり前。

 剣士と射手、二つを万力の腕力で捕らえていたのは森の毒婦(マシャルヒュメ)の残った軍勢だった。


「一つ開示しておこう。この姿になればワシの扱う魔法は第八階級以下は詠唱が不要となり、威力はそのままの五倍だ」 


 一応に手こそあるがそれらは丸みを帯びた可愛らしい手腕。


「だが、大事を取って扱うのは第九階級魔法だ。照覧せよ、我らが力を」


 森の毒婦(マシャルヒュメ)の拘束をもがいて振りほどき、右腕を何とか自由にした剣士は簡易的に詠唱をすると三割と強化された<斬円刃>放ち、その轍がツダ・ウィンズの頬を抉る。


「永劫の闇、手繰るは炎の雫、霊廟の処刑人、絢爛する銀の王――――」


 が、魔法の詠唱は止まらない。首筋を狙った一裂きさえも左手を突き立てて防いでなにするものぞ。

 白い魔力の本流がツダ・ウィンズから湧き立ち始め、

 

「血脈流るる大地は鉄錆を喰らい、波高々に知恵を得る……」


 意思を持つかのように彼の体に纏わり付き、詠唱と同時に放出されることを善しとして。


「<有限なる後光エス・ルメス・シィンバーラ>」


 白く眩しい光が溢れる。

 右手から力の本流全てを集めて打ち出されたのは、まん丸の小さな光。本来なら天から降り注ぐ自然の全てが自然と享受する奇跡。

 ふわふわと浮かび、ゆっくりゆっくり、剣士と射手に近づいて今一度砂粒よりも小さくなって。

 瞬間、質量を持った光は大爆発を起こす。


「…………やったか」


 土煙が払われて残ったのは巨人が砂山を鷲掴みにしたようなクレーター。

 肉人形を消滅させただけで本体は殺していない、とツダ・ウィンズは内心で自分に突っ込みを入れて大の字に寝そべる。


「ふぅ、この姿まで引き出されるとはな……」


「無事か? ウィンズ」


 大の字に寝そべる彼を見下ろしていたのはけたたましくて着信を切っていた相手、第六階層【辺獄(リンボ)】の守護君主“(くれない)”であった。


「いいのか? 持ち場を離れたらボスにどやされるぞ?」


 ため息混じりに一安心と安堵の表情を浮かべて悪態を突くツダ・ウィンズに、紅は腰を下ろしてクレーターを見据えた。


「ギフト能力者…特に人形師であれば慎重に越したことはないだろ。私のような援軍も必要と判断したまでだ」


「そうかよ」


 回想の惨状を目につつ紅は「それに…」と言葉を続けた。


「残る侵入者はサイハラの所だ。アイツが獲物を脱がすとは思えんし、安心してこちらに余分を割けたというわけだ」

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