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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第二章【魔窟の主】
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第二章 10 【辺獄】

 黒々とした大地、狂うように吹きすさぶ熱風、湧き出るは炎の水。

 照らされるはずの太陽は暗雲に覆われ、ただ淡々と生命を殺し、生かし、試す環境。一切の緑は無く、水も枯れ果てて。唯一、光のみは地を這いまわる炎の川が作り出す。

 ここは地獄だ、と称されれば創造主は否定する素振りを一切見せず『そうだ。しかし序の口だ』と潔く肯定するであろう――――つまるところが、ここは溶岩流れる活火山のお膝元。

 そう造られたのだから、そうあるべき場所。

 “超高機動型自立式要塞・アマテラス”の第六階層【辺獄(リンボ)】である。


「……」

「………」


 流れる溶岩に注意しつつ、二人の女が【辺獄(リンボ)】の大地を踏みしだく。

 透明な宝石を先端に埋め込んだ魔法の杖を二つと手に持ち、露出の多い白のニットドレスと目元を覆う黄色に染めた髪のアクセントが眩しい一人。

 馬の尾みたく後ろで一つに纏めた青い髪を揺らしつつ、腰に一本の直剣を携えた鉄の軽鎧を身に着けた一人。

 彼女達の名はカヤレ・レドーナ、ニルマ・レドーナ。

 シーカーチーム“デンフィート”の奴隷の刻印を施された方と揶揄される二人である。


「ニルマ姉さん。イアロス様が心配です」


「安心しなさいカヤレ。あの御方には、スィニス姉上が付いているわ。よっぽどのことで死ぬことはないでしょう」


 出口にまい進する中で一度と彼女達が口を開けば、湧くように話題に上がるのは主であるイアロス・ペンドージの心配事ばかり。

 否、それだけではなく。

 その心身の自由さえもイアロス・ペンドージへと向けられていた。

 熱さによって鉄の軽鎧で腕の肉が焼かれてもニルマは鎧を脱ごうとしない――――何故なら、それはイアロス・ペンドージに貰ったものであるから。

 溶岩の熱で肌がただれようとカヤレは着込む事をしない――――何故なら、それはイアロス・ペンドージが美しいと見立ててくれた装備であるから。

 何故なら。

 (イアロス)を無性に愛する事が奴隷(カヤレとニルマ)の絶対的役割だからだ。


「ニルマ姉さん。何か遠くに見えました」


「ふん、確かに。大きな神殿のような…白い建物が見えますね」


 そう、役割。ただの役割だ。

 二人は本当に心の底からイアロス・ペンドージを心配している訳ではなく、これは第五階級魔法に相当する強力な“奴隷の刻印”による役割の分担。


「急ぎましょう、一刻も早くイアロス様に会う為に!!」


「ハイ!!」





 四天教の敬虔な信徒が都民の七割を占めるサブグレムの北部、赤き善き神の手足である四人の熾天使の内の一人、マーオリツァの名を借りた地方の町“オーツァーン”。

 治めるは、最も神へと信仰…という名のお布施…を多く捧げていた敬虔な信徒であり上級貴族、ペンドージ家。

 一代で築き上げた膨大な人との繋がり(コネクション)、元は行商人であった故に上にも下にも顔が聞き、黒い噂などはすぐさまに揉み消せるほどの権力を持ったペンドージ家現当主、グロスト・ペンドージ。

 彼の栄光は彼の息子(えいこう)であるイアロス・ペンドージによって、一代で潰える事となった。


「父様。あの娘たちは何者でしょうか?」


「ああ、アレか……アレはレドーナ家の三姉妹だよ。とても良い葡萄酒を造るので有名な一家だが、何分貴族になろうとも取り入ろうともしない偏屈な()()だ―――――私の提案した契約を無下にする馬鹿共だ。我らの高貴なる血が薄汚れるから、関わるんじゃないぞ?」


「…………はい」


 その血塗られた禁断の確執(こい)は十五歳の頃に始まった。

 イアロス・ペンドージという人間は将来を約束されたペンドージ家の一人息子で、何不自由ない屈託した生活を送っており、欲しい物は全て手にすることができた。

 例えば。

 貴族らしからぬ剣術を欲し、彼が手に入れたのは退役した王国騎士団員からの指南よる“都市を守る青鋼騎士団”と同等の腕前。

 技量を備えたのなら次は装備だと。王都の鍛冶師に特注で、機能美と強さを兼ね備えた武器と防具を一週間という早さで手に入れて。

 料理人を欲したのならば、王都でも指折りの店をそのまま買い取り、家の召使いとして扱う。

 貧民が生活に困っていたなら、金銭での交換を行った後に奴隷として何体か見繕い、都市“イスタラト”へと出荷する。無論、ペンドージの名義で。


「…………」


 不快なものを即刻捨て去り、思うがままに欲を満たし、思った通りに事が運ぶ毎日。

 しかし、ただ一つ。自分の力(親の権力)でどうあがいても手に入らなかったモノがあった。


(愛か……)


 一言で言えば(ソレ)に尽きる。

 他を見るよりも明らかに両親から溢れんばかりの溺愛は貰った。

 フラフラと遊び歩く貧乏な貴族(ゆうじん)から親愛を受け取った。

 だが――――母を除く異性から“愛”を手に入れた事はない。


(どんなものだろう……?)


 剣の腕は“都市を守る青鋼騎士団”と同等。地位や名誉だって五大貴族にこそ敵わないが、十二分に誇れるほどの良さがある。

 自画自賛となるが、こんないい男に見合い話の一つも無いなんておかしいと常々思っていた。


「よし!!」


 だから、イアロス()・ペン()ドージ()はすぐさま行動に出た。

 自らに流れる高貴な血筋、商才を全力で用いて手に入らない物を手に入れる。それが何かと言われれば、ひとえに三人の美女に行き着く。

 スィニス・レドーナ、ニルマ・レドーナ、カヤレ・レドーナ。

 ペンドージ家の治める“オーツァーン”より南西の葡萄園から契約した飲食店に四カ月に一度、葡萄酒を卸しに来る平民。

 父様は高貴なる血が薄汚れると毛嫌いしていたが、しかしてその容姿はどうだ。

 素朴ながら見目麗しく、手を加えれば今以上に輝くであろう容姿。なびく青い髪は少々趣味ではないが、ニルマはその青髪こそ似合っていて彼女だけはあのままでイこうと決意する。

 スィニスとニルマとカヤレを愛する為の第一歩は、もっともらしく食事に誘うに始まった。


「――――分かるかい? やっぱり、お前達はイイ女だ。食事に誘って正解だった!!」


「そうですね」

「で、ですよね~……はは」

「は、はぁ」


 整えた身だしなみ、王都で売られている高級な香水、そしてスィニスとニルマとカヤレに似合う花束とそれを渡しつつ今朝予約しておいた高級レストランへの誘い。

 結果。

 第一歩は我ながら上手くいったんじゃないかとわたしは思う。

 スィニスとニルマとカヤレは黙々と私の話を聞いてくれたし、こちらに好意があるはずだ……――――よし、と。これは間違いないと順調に二歩目に進んだ。


「では、よろしく頼むよ」


「……ええ。はい」


 二歩目とは、こちらの懐の豊かさを示す契約だ。

 葡萄酒や取り扱っている雑多な商品を月に五十万ルティ程度ペンドージ家に卸す。その季節にしか味わえない特別なモノがあれば、地上最も価値のある貴族のみが使用を許された王国純銀硬貨にて支払いを済ませる。

 これも上手くいった。

 スィニスとニルマとカヤレは苦い顔ながら私の提案を良しとしてくれた―――――まあ、それは仕方ないだろう。スィニスとニルマとカヤレの親はわたしの親と険悪なのだから仕方ない。


「言ったはずだ!! オマエらペンドージ家とは今後一切関わらんと!!!」


「………え、はぁ?」


 険悪なら、険悪でなくなるように相手方に施せばいい。それは、交渉ごとにおいて簡単な処世術だ。

 スィニスとニルマとカヤレとの今後の生活もある事だし、親御さんへと誠意をもって挨拶に出向くのは三人の夫として当然のコト。

 だ、が、どうした事か。

 身なりを整え、手土産の百万ルティを片手に誠意をもってして挨拶に出向いたのにも関わらず。わたしに平手打ちを行い、玄関先で突っぱねる始末。


「……これは、駄目だな。問題だな」


 『高貴な血筋を汚す平民』と父の言葉を思い出す。

 理性にて接したが、帰ってきた返事は暴力の行使。それも、誰にも叩く事が許されない貴族(わたし)への仕打ち。

 平民であるからこの様な暴挙に出たのかとわたしは思うものの、それは違うと理性が否定した。

 アレは()()と呼ばれる存在なのだ。どれだけ冷静に、知的に、応対しても難癖をつけてくる俗物(クレーマー)と同価値の存在。

 端的に言えば、あの父親はスィニスとニルマとカヤレにふさわしくない。

 ふつふつふつふつ……頭蓋と心臓を熱いモノが駆けあがり……その煮えたぎる感情が“怒り”と気づくまでそう時間はかからなかった。


「私は言ったはずだぞ!! 高貴なる血を汚すレドーナ家には関わるなと!!」


 家に帰り、自室に戻り。

 初めて己の内に沸いた“怒り”という感情に苛まれる中、あの父親(ぞくぶつ)をどう処理しようか考えている最中で、父様が…それこそ“怒り”の形相で部屋に入ってきたかと思えば、このイアロス()・ペン()ドージ()に平手打ちを行って一言告げる。


「………ッ」


 子供を教育するのに暴力は必要ないと父様は言っていた。が、わたしという人間を目の前の父様は殴った。


(……?)


 では、この目の前の父様に似た男は誰だと思い。


(そうかッ)


 “怒り”の最中で考え、考えに、考えて…天才的な商才を持つわたしはすぐさまに答えを出し、目の前の男が父様に顔を似せた間者だと見抜き、排除を実行した。


「な、イア…ロス……?」


 脇にあった果物用のナイフを首筋にあてがい右に引き裂けば、間者は父様に似せた声を呟き、この私が見下ろす中で首を押さえつつ音も無く絶命。

 父様の真似事をするのに相応しくない間者、道化を見ているかのようで多少笑みがこぼれる。


「イアロス様?!」


 ペンドージ家に五十年と仕えていた老執事が驚愕の表情を浮かべて、廊下からこちらを望む。

 まあ、しかして。驚くのは無理もない。

 父様を真似た間者に私が直接手を下し、始末したのだから。傍から見れば親殺しに見えるであろうがそれは違う。


「じい。この死体の処理を頼む。コレは父様によく似た政敵の間者(スパイ)だ」


「イアロス様……いえ、は、分かりました。このじいにお任せください」


「それと私の朋友。パトン・ラーチスを呼びつけてくれ」


「こんな真夜中にですか?」


「ああ。アイツの事だ。どーせ、路地裏の酒場に入り浸っているだろうさ」


 パトン・ラーチス。貧乏な貴族だったが、オレの事を気にかけてくれる唯一の友人――――そして、事が済んだ今では大成した上級貴族の一人。

 彼の人脈は父様よりも大きく、表から裏までを知り尽くしており、死体の処理と暗殺の業者を集うのは赤子の手をひねるよりも簡単で俗物(どくおや)の始末も三日程度で済んだ。

 この世からスィニスとニルマとカヤレを苦しめる存在を消し、私は正義に燃え、高揚した。

 だがしかし。俗物(どくおや)の葬儀にて、スィニスとニルマとカヤレにその真実を打ち明ければ、彼女達は何故か激情し、私の頬を殴りつけた。

 どういう事か、何故なのか。

 疑問に疑惑に思考に耽れば“洗脳”と二文字が脳に過ぎった。

 他者を意のままに操り、自力での抜け出せない精神的な呪縛を“洗脳”という。今回の一件、スィニスとニルマとカヤレの“洗脳”を解くにはどうすればいいか。


「……ヒヒッ、マア待ッテロ。イイモン仕入レテクルカラヨ」


 パトン・ラーチスに相談すれば、その答えを彼は明確に導き出し、三日後に一枚の契約書を私に見せた。


「奴隷の刻印?」


「アア。王都デモ指折リノ第五階級相当ノ刻印魔法ヲ施セル術師ニヨル“奴隷の刻印”ダ……意味ハ分カルナ?」


「なるほど!! 目には目を、洗脳には洗脳をかッッ!!」


「ソ。ダガ、ワザワザ王都カラ呼ビツテケテノ施術ダ。コトノ処理ヤ人件費ニ諸々…契約書ニ書カレテイル通リ、施術料トシテペンドージ家ノ財産ヲ売ッパラウコトニハナルガナ……」


 パトン・ラーチスの契約書に目を通せば、通すほど誰もが首を縦には振らない無茶を要求する内容だった。しかし、この私の愛するスィニスとニルマとカヤレの“洗脳”を解けるならば、このぐらいは安く思える。


「いいだろう。すぐに取り掛かってくれ」


「エ、ホントニ?」


「なにを驚いている? 愛する者が洗脳されているのであれば、全財産をつぎ込んででも治すのは当然だろう? それに夫婦の証には指輪があるように、その身に刻む証があってもおかしくはないぞ?」


 契約書を持ってきたパトン・ラーチス自身が私の頷く様に驚いていたが、今思えば恐らくヤツは私の愛を試していたのだろうと推測できる。

 ともあれ。私の愛を確かめるように刻印魔法がニルマとカヤレに刻まれている様はとても素晴らしく、洗脳故に私の情欲を掻き立てるように何て許しを乞うていたのはとても腹立たしく。

 事が済めば、二人は憑き物が落ちたように物静かで私を慕うようになっていた…いや、正しくは三人共だ。


「イアロス様。どうやら貴方様の献身で私の洗脳は解けたようです」


「ん、本当か?! 私を愛しているのか!!」


「はい。当然、心の底からお慕いしておりますとも」


 スィニス・レドーナは拘束していた男の腕を払い優美に振る舞い首を垂れた。次いで『愛している』と耳元で囁いて、私に抱き着く。

 何たる喜ばしい世界か。愛の力が洗脳に打ち勝ったのだと私は歓喜に身を震わし、その愛を確かめるように彼女の腰に手を回す。口づけを済ませる。

 そうして、スィニスの洗脳は解けてペンドージ家の財産は三分の一と残り、私は私達の愛の巣を得る為に庶民的な暮らしを始めたであった。





………(嫌な記憶だ)………(死にたい)

………(もういやだ)………(だれかころして)


 呪詛のように。或いはどす黒い悪意のように。

 十年に渡って情を交わした後に始まるイアロス・ペンドージの愛の自慢話をカヤレとニルマは、愛を深めるかの様に追憶させられる。そして、深層の心理にて否定し、涙し、怒りで狂い、逃げ場のない現実に打ち倒される――――繰り返す。

 もはやその身体は彼女達のモノではなく奴隷の主“イアロス・ペンドージ”の()で、何を考えて喋っても全て全てが“イアロス・(憎き)ペンドージ()”へと笑顔を持って集約される。


「このような僻地にイアロス様に相応しい神殿があるとは……。ニルマ姉さん、いかがします?」


「そうねカヤレ。一刻も早く、イアロス様に会うためにここを探索するのは必須よ」


 溶岩の流れる大地とうって変わって別世界。

 道中にいた強力な魔物たちはこちらを見ているだけで襲ってくる気配は無く、障害も無く、辿り着いたこの場所。

 遠くに見えたのは確かに神殿で、白くとても白い清潔さを形にしたような造形美で構築されていた。

 全長五十メートル、全高五十メートル。四方にある無数の柱は女神を称えるかのようにあり、支える屋根は白一色の芸術品と見間違うほどに荘厳な建造物。


「素晴らしいです! ニルマ姉さん」


「そうね。ホント、私達が場違いみたいな錯覚を覚えるわ……イアロス様なら話は別でしょうけど」


 一つしかない出入り口をくぐれば、二人は刻印に支配されながらも感嘆の声を漏らす。

 白い壁面には多種多様な植物の花を模った模様が隙間なく刻まれており、見上げれば天井にはとても長い生物ような()()が篝火や魔法の光の代わりに七色の光を放っている。

 外は荒れ狂う烈火の只中だというのに音一つ、振動一つとして響かず。神殿の内部は静寂が支配している。


「ようこそいらっしゃいました。お客様方」


「「……ッッ?!!」」


 静寂を裂くように二人に声が掛かり、カヤレとニルマは臨戦態勢に移る。

 声の方角を望む。すると、三十メートル先に居たのは溶岩色のタキシードを小奇麗に纏う老紳士…ないし、長い白髪を後ろで一つに結んだ老執事。

 彼は白い手袋で装飾された右手を胸に背筋を伸ばし、正しく一礼するとおもむろに口を開いた。


「不安になるのも仕方ありません。では、僭越ながら……――――わたくしはこの“超高機動型自立式要塞・アマテラス”第六階層【辺獄(リンボ)】の守護君主“(くれない)”と申します」











「シーカーチーム“デンフィート”。ニルマ・レドーナ」

「同じく、カヤレ・レドーナ」


「……どうぞ掴めぬ光にすり寄る害虫共、掛かってきなさい」


 ニルマ・レドーナとカヤレ・レドーナの目的は一貫しており、紅の使命も一貫していた。

 ならば後は語るまでもないと最低限の礼節として名乗りを上げて、闖入者と第六階層の守護君主の戦いは始まった。


(しかし、ボスが生け捕りを選ぶとは。これも例の友人の影響でしょうか?)


 イアロス・ペンドージ仕込みの青鋼騎士団に勝る剣術をニルマ・レドーナは放つ。

 杖を二本と持っているが故に能力は向上し、魔力が尽きるまで悠々と第五階級魔法をカヤレ・レドーナは発動させる。

 見知らぬ人間からすれば、この一戦は達人同士の鍔迫り合いだと感心するであろうが、当の本人たちの抱く所感は全くもって違った。

 特に老人、第六階層【辺獄(リンボ)】の守護君主である紅。

 迫りくる剣戟を指の腹に乗せ、弾き、右手でいなし。

 巨大な火炎の球、氷の刃、雷の竜。一般に最高と呼ばれる第五階級魔法の数々を蹴り飛ばし、握り潰し、正面から打ち破る。


(まあ、この二人が生き残れたらの話ですが……)


 退屈な顔こそせぬものの、彼の思考は別の事柄に割かれていたのだった。


「クッ、なかなかやりますね。おじいさん」


「イアロス様に教えてもらった第五階級魔法をこうも簡単にッッ!!」


 余裕綽々な老人の様にニルマとカヤレは、主の顔に泥を塗られたと勘違いして奴隷の刻印に乗っ取り、怒りを露わにする。


「第五階級魔法……地上では最上位の魔法でしたか。いやはや、凄いとは思いますが掛かっている強化(バフ)もその程度なら、打ち崩す手段はこちらにあります」


「な?」

「に?」


 疑問視する二人に応えるように紅は目を見開き、思いっ切りに鼻と口で深々と空気を吸い込む。

 その鳩胸がことさらに膨らんだところで空気を吸っていた口と鼻を閉じるように構え、開き、


『覇ッッッッ!!!!』


 体内全ての空気を一気に音として吐き出した。

 重低音と高音のカルテットにて放たれたのは龍種の持つスキルが一つ<龍の咆哮>。これは、第八階級魔法に類するあらゆる魔法の効力を打ち消すスキルで、その効力は()()()()()()()()()


「え」

「あ…」


 即ち、第五階級相当の刻印魔法にて彫られた奴隷の刻印も無効化されるということで。


「ふふうふふふううううふううふっっ!!!」

「ああはっはっははっはあっはあはっは!!!!」


 心まで支配していた楔が唐突に断ち切られたのだ。

 二人は武器を捨てて膝を着き、十年の隷属で押しつぶされていた怨嗟と歓喜を一身に受け、感情が混在する中でずっと高らかに笑いに興じる。


(え。なに、こわっ?!)


 



 装備品にも影響する第八階級のスキルによって解かれた操り人形の糸――――であれば、このまま紅はドン引きのまま闖入者を捕らえたであろう。


(……この感じ、まさかっ)


 狂気と正気、歓喜と奮起、あらゆる感情の濁流を女二人は浮かべた。―――かと思えば、その肉体は何の脈絡もなくその行為が正しいと言わんばかりに時間を止めた。


(ここで決めねば、こちらが死ぬかッッ!)


 比喩であるが正しい表現だと、女二人の表情を見た瞬間に紅は老躯へと力を籠める。

 敵意でありながら殺意。何の感情もない表情でありつつ指を動かされる前の操り人形は全ての動作、呼吸までをも静止し、顔と目だけはこちらへと向いている。


「<双爪爆雷>ッッ――――!!!」


 生け捕りは不可能、もはや目の前にいるのはただの女二人ではない。舐め取られるような殺気が届くよりも高速に、紅は直感から全身と両の手に貯めた力にて敵を屠る。

 稲妻が如き一閃を放ち、通り抜け、両名の首を絶つ。

 その絶技、一瞬の出来事に身体は立ち尽くしたままで表情もそのまま。


「……?」


 だが、指にある感触がおかしい。

 首を絶てば残るのは頭が二つ。分厚いゴム紐を引っ張っている質感なぞ指の腹に伝わらないはずだ。

 伸びた方角…いや、今この手のあるモノを紅は半身の体勢で目の端に望む。


「実体化した魔力心?! まさか“人形師”の肉人形ッ…!!」


 内外の魔力を扱う霊的な器官である魔力心臓は、例えどんなことがあろうと実体化しない。

 これは物理的にも言える事だが、全身を駆け巡りながら本来存在しえない物へと質量を与えれば、急激な変化という異物の登場に肉体が追い付かずその人間は自壊する。

 魔力心を実体化させ、人間台の人形として扱う――――そんな絶対の法則を破る外法があるとすれば、絶対の法則側の力…この世界特有の“ギフト”がという異能が起因しているとみて間違いはない。

 淡いピンクのゴム紐に似たそれを見て、ふと紅の頭によぎったのは我が国と冷戦状態である王国へと間者として潜入している者の情報。

 性別不明、出身地不明、年齢不明の“人形師”。分かる事といえば、その者が王国上層部の関係者である事と精巧に人間を模した肉の人形を自由自在に造り、扱えるという事。そして、


「自爆」

「自爆」


 その人形は魔力心を実体化させており、魔力心の圧縮爆破はお手の物だ。


「………危ないところでした」


 半身になっていたことが功を奏して爆発を紅は躱し、胸を撫でおろす。

 あのまま戦っていれば、組み付かれて黒ずんだ白亜の爆心地にて重傷を負っていただろう。

 報告にあった獣人のギフトには及ばずとも肉人形はギフト能力、避けて喰らわずに越したことはないのだ。


「確か“デンフィート”と名乗っていましたね……今戦っているのは――――」


 ポケットからボールペン大の白い簡易コンソールを取り出してスイッチを押し、要塞の全体図を拡張現実(AR)にて宙に表して目星をつけた名前を把握する。


「第八階層【楽園楽土】……ウィンズの管轄か、急がなければッ」


 指で辿り見つけた戦闘状況は同胞であるツダ・ウィンズが今のところ勝っている。――――というより、もう闖入者を倒して事後処理に入ろうとしている頃合いか。

 それはまずい、と紅は神殿から駆け出して第六階層【辺獄(リンボ)】の端にあるエレベーターを目指しながら耳にコンソールを当てて通話を試みる。

 ツダ・ウィンズの立ち回りは情報を開示しながら戦う魔法に特化した守護君主で、完全詠唱という縛りこそあるがその威力は五倍。しかも、彼自身の戦い方は階層内の雑魚を率いて数にて敵を押しつぶし、大仰な魔法を使えるのにもかかわらず影から致命の一撃を狙うという石橋を叩くような戦略だ。なので、隙という隙は無いし油断の二文字も似合わない。


「聞こえるかウィンズ!!」


「耳元でうるさいわい。どうした、紅?」


 ただ、それは前の(ブレイスラル・)世界(ファンタズム)での話。

 この世界の理、魔法全てを無効化するギフト能力の前では魔法を主軸とする彼にとって天敵だ。


「まだ終わっていないぞ!! そいつら人形師の肉人形だ」


 生唾を飲むより早く伝えるも、爆発音がウィンズの返事をかき消した。

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