第二章 7 【ダンジョンフォール13】
とても広く、とても美しく。その空間は在った。
巨大な紫雲模様の回廊を抜けた先。来客に主を出迎えるは人を救う様、人を堕落させる様を左右に描いた幅十メートル、高さ二十メートルの雷色の大扉。
守護するは大扉と同等の大きさを持つ石の巨人。右に西洋の鎧武者、左に東洋の鎧武者が刃を携え鎮座している。
大扉を開き、まず望むのは白く輝くさざ波模様の大理石の大地。そして、その上に敷かれた主の玉座へと続く深紅の絨毯。
巨人をも飲み込む壮大な広さを持つその部屋を支えるは、地にある白とは対照的に……しかして、輝きを崩さぬように伸びるは等間隔に置かれた重厚に輝く黒曜石の柱。陰から覗くは幾何学模様に黄金が注がれた壁面。
どれもこれも人の造り出したものでない“神秘”を感じさせる趣向、創造性。
圧倒されるのは当たり前、そうでなければ逆に失礼な空間。だが、それだけではなかった。
天を仰げば。
儚くあり、尊くある星々が“神秘”へと光を灯し―――――さしずめ、天井に広がるのは宇宙の自由。流れる星、生まれる星、消えてなくなる星の巡りが留まることなく続いている銀河である。
改めて言うが、ここは一つ夜空の下ではない。
ここは、ただの地下空間…いや、今はそうであって実際は違う。
正しくは―――――“超高機動型自立式要塞・アマテラス”第一階層【転輪聖座】。この要塞の全て……各階層の様子や罠の作動、守護君主の状態の確認、“アマテラス”の起動まで……を一手に操る事の出来る操舵室である。
「………ッ」
【転輪聖座】の最奥。日を蝕む金環を天に置き、黄金に染め上げた菩提樹をくり抜いて作り上げた玉座にて。
左手に在るは、最高位冒険者“白銀”の一行。
右手に在るは、友人であるマナと侍らせているルト。
“超高機動型自立式要塞・アマテラス”の在り様を観戦できるよう用意した椅子に客人と友人を座らせて。
ギルド【ジパング】のギルド長、ニャルトリアは分かっていた事ながらも抑えきれず、眼前に浮かぶ半透明の画面越しの侵入者に感情を露わに舌を打つ。
「やはりか。注意書きを無視して侵入してくるとは…―――――愚かな連中だ。これから自分達がどうなるのかも知らずに……」
本来であれば、美しくもあり可憐でもあるニャルトリア。
だが、しかし。
銀の髪、尻尾、耳、全ての毛を逆立たせて【ジパング】のギルド長となった今、いつもとは段違いで誰もが尻込みする程の恐怖と怒りの重圧をその身体から発している。
「やはりとは? この…侵入者について何か知ってたんですかニャルトリアさん?」
誰もがその威圧感に緊張して指一つ動かせぬ中、平々凡々と口を開くは“白銀”がリーダー、ロー・ハイル・ヘルシャフト。
その理由は明白だ。
なんたって画面越しに見えている五人とは顔見知り/本当にそうか…?
(……………)
いや、違う。
「………」
ミシリ、
ミシリ、
ガギリ。
頭蓋を軋ませる鈍痛が告げている。
注意喚起を無視して不法侵入する奴らなど救うべきではない…お前には時間が無いのだから分かっているはずだ…/…原因はもちろんお前にある。思い出せ、外様のお前は獣の女に何を渡した?―――――この道程に不確定要素は不要。その理由づけにて、“早々に唾棄してしまえ”。
「ローさん! ローさん?」
侵入してきた経緯は不明だが『やはり』とそれを見越していた彼女の言葉は……―――不法侵入している者がいる以上、例え虎の尾を踏もうとも気にはなる。
「………な、なに? ニャルトリアさん」
いつの間にか。虎の尾を踏んでまでも聞いてみようと顔を上げれば。
周囲の視線全てが自分に向けられており、先程まで怒っていたであろうニャルトリアも気付かぬうちに目の前に屈んでいて、困惑の表情で膝をついていたこちらを覗き込んでいた。
「……ローさん、大丈夫かい? 顔色が悪いよ?」
「大丈夫。ちょっと風邪気味なだけだよ」
抱えていた頭が少し痛むだけでコレといって体調不良という訳でもない。
まあ、つまり。少しふらついただけの事。
医学の知識が無くともこれだけは胸を張って言える『いたって健康だ』と。
「なら、いいけど……じゃ、ローさんには話しておかないとね。マナさん、アレを」
「ハイヨー」
ローの頭痛が功を奏し、ニャルトリアは落ち着きを取り戻して表情や態度に冷静を身に着けた。そうして、胸を撫で下ろしたマナから小さな何かを受け取って、ローに見せる。
「……白い、虫?」
ニャルトリアの右手の平にあるモノをまじまじと観察すれば、その小さな手に置かれていたのは体長一センチ程度の甲虫だった。
「手に取ってもいいかい?」
「どうぞ。」
形状的には蟻に類似しており、真ん中の腹の部分には爬虫類の頭部を模したような模様が紫色の塗料で描かれている。感触はそこらに転がる適当な金属よりもかなり固く、触り心地は滑らか。
六本の足の造りや体の光沢から見て一級の職人が作ったスカラベのアクセサリーを彷彿とさせる。
「見た事もないデザインだな……これ、何に使うんだい?」
精巧な作りで今にも動きそうな一品だが、記憶が正しければ【ブレイスラル・ファンタズム】でこの形状のアイテムは一度も見た事はなく、米粒程度の大きさが為に装飾品や置物に使用するぐらいの見当しかつかない。
天上の光に透かしつつ鑑みるも答えは出ず。
取りあえずニャルトリアにソレを返せば、彼女はあらかじめ用意しておいた言葉を並べ、
「『使っていた』というより『使われていた』かな。それは、この世界特有の力の一つ…“呪術”と呼ばれる神秘の力で編み出された“竜牙虫”という使い魔の様なものだよ――――マナさん」
相方に声を掛けると竜牙虫を天高く放り投げて。
「ハーイ。耳塞いでてねー」
次の瞬間、マナは銀色の回転式拳銃を虚空から取り出して指を差し込んだトリガー部分でクルクルと回し、狙いを定めると十五メートル先に落下する標的を一発で撃ち抜く。
「フゥ~…」
そうして回転式拳銃の先端に息を吹きかけて熱を冷まし、クルクルと得意げに回しながら虚空へと差し込むようにしまった。
「ビッッ……クリした。撃つなら撃つって言ってよ?!」
忠告はされたものの、まさかいきなり撃つとは思わず。結果、耳を塞ぐのに出遅れた一名、ロー・ハイル・ヘルシャフトの頭の中では雷管の弾けた音が残響する。
「ゴメンゴメン。でも、処理するなら早い方が良いかなってね」
若干びっくりしたが、マナとニャルトリアの突拍子もない注文にはゲーム時代で慣れていた。なので、未だ残響にて頭が痛むものの、気にせずに話題を催促。
「というと……?」
「うーんと、確か、竜牙虫は斥候に特化してるんだよねニャルニャル?」
「そうだね。呪術で作られた竜牙虫の役割は、対象の位置の把握と魔力で繋がった術者に視界を共有して周辺状況の把握をするんだ。魔法の探知をものともせずにね。即ち…――――」
「―――現在進行形で侵入してくる奴らにここを知られる可能性がある、ですか?」
うん、と「だから早々に破壊した」とニャルトリアは頷いてローの言葉を肯定する。
「マナさんが【迷宮】のエレベーターに乗る前に、ローさんの背中に竜牙虫が仕込まれていた事に気付いてくれたんだ。席を外していたのも、竜牙虫の無力化に時間を割いていたせいだよ」
「フッフーン! 褒めるがいいわ!!」
「ヨッ、ニッポンイチ!!」
鼻高々なマナへとルトは意味の分かっていないであろう合いの手を差し込み、祭り上げられた本人はご満悦。
ローもニャルトリアの言葉にあの時を思い返せば、マナに身体を押されてエレベーターに乗り込んだ覚えがあり、あのワザらしさはその為だったのかと納得し、
「……しかし、“呪術”がこの世界特有の力ですか?」
同時に一つの疑問が湧き上がる。
【ブレイスラル・ファンタズム】において呪術は、陰陽師、退魔師などの職業で扱える魔力消費系のスキルで、ニャルトリアの職業【陰陽呪符師】も呪術を込めた符を用いる為、その一つである。
それならば、コベルニクス商業国の女王ニャルトリアはプレイヤーながら対プレイヤーの力……ギフトと同等かもしれないこの世界特有の力を扱えるということ。
だが、現実問題はそうでないらしい。
「確かにボクの符術も呪術という枠組みの一つ。なんだけど……実のところは、ボク達の特殊な力全ては“魔法”なんだ」
「魔法? じゃあ、ニャルトリアさんよ。オレの<鬼火>やニーナの能力<恐怖の呪毒>も“魔法”なのかよ?」
と、口を挟んできたのは何やら忙しない雰囲気の獄炎火煉―――――その様子はまるで催促をしているかのようで。
「だいたいその通りかな。まあ、能力については少し違うけどね」
「違うって?」
曰く、常時展開しているスキルこと能力は発動している間だけ“魔法”の括りになるそうだ。
発動していればそれは魔法。発動していなければ魔法ではない。
これは、発動していない間は魔法では無いということで……例えばの話、【黒毒の粘液女帝】であるニーナ・レイオールドが<恐怖の呪毒>という能力を発動していない場合、それは身体的特徴の一つとなっているそうだ。
もし、その間に彼女に傷をつけたのなら、発動していなくとも内包した<恐怖の呪毒>が傷口から広がるのだという。
(テルガスの【憤怒の業火】で常時発動の<HP自動回復>による回復が遅れていたのは、能力が“魔法”だったからか………なるほど。確証を得た、というヤツだな。)
対プレイヤーの【力】…即ち“対魔法”とはギフトのみにあらず。聞けば、我々の“魔法”を妨害するのは、魔術、呪術、ギフトと主に三通りとあるそうで。
どうやらこの世界は魔法が蔓延っているにも拘らず、とことん魔法を毛嫌いしているようだ。
「ふーん。で、ロー様よ」
「何だ? 藪から棒に?」
「どうするんだよ?」
「なにがだ?」
「なにってそりゃ……アイツらだよ」
ニャルトリアと話し終えた火煉が顎をしゃくってみせたのは半透明の画面越しの侵入者たち。
当然、それについては答えが出ている。いや、正しくはロー・ハイル・ヘルシャフトは答えを出す立場ではない。
「ここの城主は私ではない。俺に聞くな。――――というか、聞くなら彼女だろ?」
と、ローは首を振って玉座に座ったコベルニクスの女王陛下へと視線を移し、ともすれば彼女は応じた―――――確定事項だと言わんばかりに。
「彼らのような薄汚い闖入者は殺すよ。何か異存はあるかい、火煉ちゃん?」
「あるぜ。わざわざ殺すぐらいなら、話聞いて記憶消すなりして還した方が送り込んだ連中に怪しまれなくて済むんじゃねーかと思ってさ」
「ちょっと火煉さん!!」
「ルトは黙ってな。オレは女王陛下に話を聞いてんだぜ」
口を挟んできた若葉色の侍女を睨みつけ、何者にも誰にも何も言わせまいと火煉は仁王立ちで腕を組んでそっぽを向く。
「……ふむ。確かにその通りだ、出来なくはない提案だよ」
それに微笑むようにしてコベルニクスの女王は目を伏せて頷いて。
「じゃあ…」
「でも、する必要はない。彼らに関しては」
否定し、指折り数えつつその道理を話す。
「まず一つ。ローさん、冒険者の取り決めで未発見の遺跡を発見した場合、キミはどうする?」
「当然、組合に報告するさ」
“新たな遺跡等を発見した場合は速やかに最寄りの組合に報告する事”と規則があるように、未発見の遺跡の報告は冒険者の義務であり、責務だ。
次いで、
「二つ。ソレが国の管轄する場所に存在していたならどうする?」
「調査をする場合は、国の許可を得て調査という事になるな」
冒険者ならば誰でも知っている規則を淡々と告げる。
「火煉ちゃん、分かったかい?」
その結論。
「エノルスク城の地下に未発見の遺跡があったとしても、冒険者はまず初めに組合に報告する義務があるんだよ」
半透明の画面に映った侵入者が冒険者ではないという事実、犯罪者だという現実。
「ああ、それぐらいは分かってるさニャルトリアさんよ―――――……だがよ、ヤツらが不法侵入者だからってワケも聞かず殺すのは、やっぱおかしいんじゃねーか?」
どれだけ極悪な罪人であろうと、動機を聞き、事情を聞き。
コベルニクス商業国の女王ならば然るべき法に則って犯罪者に裁きを下すのが民草の上に立つ者としての務めのはず。次いで言えば、アマテラスに入ってきた事情だって気になるはずだ。
そんな火煉の抱いた疑問。ニャルトリアは「そうだね」と一言、同意して言葉を続ける。
「確かに、犯罪者は法によって裁かれなければならない。法による裁きはヒトが人である為の平等な権利だ――――…でも、このアマテラスに足を踏み入れた以上は違うんだよ」
「……違うって?」
ただ、それはヒトがヒトによるヒトの為の権利であった。
「コベルニクスを作る道すがら、アマテラスがむき出しだった時期があってね。その時、果敢にも挑んでくる連中がいたんだ。そいつらをどうしたかわかるかい?」
「殺したんだろ?」
「うん、その通り。ボク達は殺す前に侵入してきた連中に問うたよ、“どうして挑んだのか?”を」
ニャルトリアはその答えを今一度思い出し、噴き出すように笑う。
「ヤツらはこういったよ“気に食わなかった”“ここはオレ達が支配していた場所だから”とね」
ただ、その我欲に塗れた侵入者の意志も含め仕組まれていたものだったとギルド長は言った。
「後々。そいつらの裏を調べれば、王国と利害の一致した商業国への反政府組織だったことが判明した……威力偵察として亜人嫌いの王国が仕向けたんだ。分かるかい? “気に食わないから、殺そうとして殺されにきたんだ”―――――つまるところが、私利私欲のためだけに殺されにやって来たのさ」
「じゃあ……ニャルトリアさんはこいつらの事、どうでもいいんだな?」
「うん。この際、五百年ぶりにやってきた侵入者の事情はどうだっていい。どうであれ欲に駆られてこのダンジョンに挑んだのは間違いない。それに、装備はともかくカメラに映る程度に間抜けなんだ。第三勢力ではなく、どうせ王国が無駄にも差し向けているのだろう者らだからね」
知らずにしても、
「………ここはボク達の最終防衛ライン。ないし、最後の楽園」
どのような経緯でも、やって来たのならば、
「踏み込んできたらば――――」
コレを私刑に処すのはギルドの長としての務めだと。
「秘匿されたここ…【ジパング】を、皆を危険に晒すぐらいなら、ボクはギルド長として喜んで彼らの権利を踏みにじる」
今、火煉やローの目の前にいるのは女王ではなく、一プレイヤーでギルド拠点のギルド長。
ニャルトリアは確固たる意志で火煉を真っ直ぐに見つめ、そこに私情が入る余地は無かった。
「いいのかよロー様?! あいつら死ぬんだぜ?」
火煉はローを見つめるも、今の彼には委細不明。
それに一プレイヤーとして、ギルド長としてニャルトリアの思考は正しくローも同意するほかなく、首を振った。
「…だから先ほども言っただろう? アマテラスの城主は俺ではない。私に聞くなと…―――――もしかして知り合いでもいたのか?」
「そういうわけじゃねぇッ。オレはただ…―――」
「火煉」
焦るような燃えるような火煉の思いを汲み取って制止させるは、フィリアナ・ルーゲル・フェンドルド。
翡翠色の彼女は立ち上がって火煉の元へと近付くと、憐憫な面持ちで耳元に囁いた。
「貴方の願いはここで終わるの?」
「分かっておるよな? 火煉。ロー様はそう言っている、そう考えている。それが事実じゃ」
次いでニーナ・レイオールドも重く告げて。
たった一言、二言。そう、それだけで獄炎火煉の先程まであった熱はみるみるの内に掻き消える。
そうして残った残り火は、舌を打って不貞腐れて天を仰いで出口へと歩を進めた。
「どこに行くんだい? 火煉ちゃん」
「ん。ま、どうせニャルトリアさん達が勝つんだし、結果は見えてんだ。オレは“すめらぎ”で寝てるよ」
○
“超高機動型自立式要塞・アマテラス”第一階層【転輪聖座】より火煉が第二階層へと向かった後、ローが鑑みるは火煉の執着…――――/否、その先の彼らがアマテラスに踏み込んだ原因の解明だ。
(整った装備に呪術まで扱う十三人の冒険者もどきか………彼らがアマテラスに潜った目的は何だ?)
俗に言えば、彼らの動機が気になる。いや、引っかかるというべきか。
友人は事情は関係ないと言っていたが、どうあがいても彼らがこのような場所をわざわざ発見して、わざわざ潜る理由は無い。
(五百年ぶりの侵入者……つまり、この五百年間で今日潜るのが必然となった原因が……―――――――…あ!?)
画面越しに映る彼らを観察しつつ思案に耽っていたローであるが、必然的に辿り着いた答えは口元を覆い隠す程に後ろめたく、また単純に友人に迷惑をかけたモノであった。
(そうか。原因は俺か…?!)
遡る事、二か月ほど前。命を賭して、ロー・ハイル・ヘルシャフトが娘を救う約束をした男――テルガス・ルグム――がいた。
だが、大手を振っての協力は出来ず。代わりにとローは彼の後任であるウルナ・ギウスに魔道具、召喚巻物を五つ渡した。
巻物に内包されていたのは、レベル五十五の『隠形女郎』という花魁の恰好をした隠密に特化した蜘蛛の怪物。
これが今回の一件にどう関わっているのかと言われれば、答えは明白――――召喚された彼女達は失敗したのだ。
【ブレイスラル・ファンタズム】において召喚巻物の説明には、術者と召喚された使い魔の間には疑似的な魔力心…魔力の回路が繋がるという。これは、少量の魔力を使い魔に吸収させて食事や睡眠を不要とし、術者との連携を取りやすくする為だ。
であれば、『隠形女郎』と召喚者であるウルナ・ギウスの魔力の回路が繋がっており、その微弱な魔力の繋がりから召喚者の位置を探り当てる事は不可能ではない。呪術やガラド・バンバジのようなテルガスの【憤怒の業火】をものともしない存在がいるのなら尚更だ。
あのウルナ・ギウスが捕まって尋問されて殺されたとは思えないが、召喚巻物を渡したこちらの情報が洩れている可能性は高い。
貴族から奴隷を盗まんとする盗人にジグラス・グゥドリッヒ公爵の報復としてか。現在進行形でこの要塞を降りてきている十三人の刺客がそれを物語っている。
(なら、どう対処するか……?)
公爵が『隠形女郎』を対処したかもしれないとはいえ、獣人に強力な魔道具を渡した大元を断ちに来るのは当然の帰結であろう。
(いや、彼らはここで死ぬから肝心なのは“その後”だ。テルガスの娘をこの状況下でどう救出するか………)
命懸けの約束を違えるほど、俺は厚顔ではない。だが、この状況はまずい。
冒険者チーム“白銀”…ではなくローを殺す為に差し向けられた彼らが死ねば、すぐさまとは言わずとも別動隊によって飼い主の元へと返り討ちにされた事は届く。
そして“白銀”がその報復に自ら動き出すと公爵は考えて、テルガスの娘を殺すなりして地下へと潜伏するのは十二分にあり得る話だ。殺さなかった場合があったとしても、それは死が先に少し伸びただけ。
刺客を差し向けるような貴族が交渉の場を作ったとしても、相手は知らぬ存ぜぬで商業国と水面下で争う王国。その場こそ、敵対勢力の一切を虐殺する一計に過ぎない可能性もある。
(後手に回るのは無し……となると、ちょっとニャルトリアさんには無理をして貰おう)
こちらとて命の保証の無い仕事に赴くのだ。
これぐらいの我が儘を言うだけならばと、ローは一呼吸して立ち上がり、女王陛下へとちょっとした頼みごとを口にする。
「あー、ニャルトリアさん。少しいいかな? 実は……――――」
「剣を、弓を、槍を、構えよっ!! そうしてッ、彼の王の首を取ってきた者には夜を沈めるほどの黄金を与えてやろうッッ!!!」
その場にいた全員の耳がピクリと跳ね上がり、ローの言葉もその声にかき消されて。
皆の視線が唯一の出入り口である大扉に集まれば、軽やかで勢いのある声と共に大扉を開いたのは巨人やゴーレムではなく、ニャルトリアやローと同じ人型の存在が一人。
淡紅に白の混ざった外套のように伸びた髪、整えられたちょび髭と顎髭、眉は丸く目は鋭く。明るい茶色のワイシャツに白い蝶ネクタイ、両肩には下のシャツが見えるように穴を空けてコウモリの羽と色合いを模した飾りの外套が二つ、中衣とスラックスは地続きに白と紫の斜めストライプが広がり、ブーツは朱色でキメている。
髪色と同じ色合いの辞書のようなメモ帳を片手に現れた胡散臭そうなその男、記憶にある言い方で表すなら“イケオジ”と言ったところか。
「いやはや、今日も良き星空ですな~。おぉっ、アレはオリオン座?! 射手座まで!! オオッ!! ニャルトリア座までありますぞ!!!」
「人を勝手に星座にするなウィリアム…」
辺りを機嫌よく見渡しながら重みの無いステップで近づいて来る彼を、ギルド長はため息交じりに呆れつつ、いつもの事ながらと観客席に招き入れるのであった。
「で、ウィリアム書庫館長。何しにここへ?」
ルトの用意した椅子にもたれ掛かるように座る…かと思えば、彼は口角をニヤリと吊り上げてメモ帳を片手に彼女の右隣で堂々と高々に宣言。
「決まってるではないですかッッ。この“アマテラス”に侵入者が現れたのです!! ならば、蛮勇を携えた彼らの勇姿ッッ……最前線で吾輩が刮目し、手記に刻むのは当然の摂理でしょう!!! ――――――そうは思いませんか、母上殿?」
正直に話そう。
いきなり現れたイケオジのまくしたてるような弁の振るいように思考が停止したのではない――――逆だ。
(………は?)
気分上々で最後の決め台詞『母上殿』。これを聞いてしまえば、先の真面目に考えていたこと全てが無に等しく回帰し『何をどうやったらこんな子供が生まれるのか?』『お前のような息子がいるか!』と。
ともかく、あり得ない。そんな心情が理性を食い破り、知性を御してローの呆けた面から出てきたのは、疑問と疑惑の入り混じった世辞の句が一つ。
「は、ハハウエドノ?? ええっと、とりあえず……おめでとうございます?」
「バッ?! ち、違うからね!! そう言うんじゃなくて、“NPC”!!――――ボクが作ったキャラクターなんだからッッ!!」
「えぇ~…ツレないですな~、母上~?」
左からの祝辞をニャルトリアは秒で否定し、右の自称息子はというと右目を閉じて母と慕う彼女の慌てふためく様を楽しんでいる様子だ。
「ウィリアム、これ以上話をややこしくしない。――――今の私はコベルニクスの女王であり、ギルド長だ。“母”とは呼ばないように!!」
赤面していた母は落ち着きを取り戻し、ギルド長からの注意となる。
さすればウィリアムと呼ばれたイケオジは深々と右手を胸に一礼し、今度はこちらへと視線を移してきた。
「仰せの通りに“ボス”。して、この方々が少し前に言っておられたロー・ハイル・ヘルシャフトとその仲間でありますか?」
「うん、そうだよ」
「そうでしたか。では、これから長い付き合いになるのです。自己紹介が必要でしょうな!!」
そう言って。
「吾輩。帝都第九書庫の館長を務めております、ウィリアム・フール・ランスロットと申す者です。以後よろしくお願いします、ロー・ハイル・ヘルシャフト殿!!」
イケオジは火煉を除いた“白銀”御一行の前へと立ち仰々しく名乗りを上げ、一礼する。
「そして、麗しくも苛烈なる強さを持つお嬢様方」
仰々しい自己紹介のシメにウィンクをしてみるも、フィリアナとニーナは呆れているような面持ちで効果は薄く、実のところローもその一人であった。
(あ、そうだった)
故、思考は冷静さを取り戻す。
「で。ローさん何か言おうとしてたよね?」
「えっとですね。実は……――――」
後ろめたいながらも再びニャルトリアへと向き直れば、二人の密談を邪魔するのはウィリアム書庫館長。
「お待ちを御二方!! 壮絶な蛮勇譚がこれより開始されるのです!! 雪の様に積もる話はへそくりを隠した戸棚にでも置いておいて、今は快く彼らの旅の終わりを楽しもうではありませんか?!!」
半透明の浮かぶ画面を手で指して、ローとニャルトリアに『楽しいから』と喰い気味に迫る彼ではあったが、その言葉自体は正論であった。
犯罪者は今もなお自らを省みず、絶対の領地へと何の躊躇も無く侵入している。であれば、優先順位は彼らへの対処が先だ。
いくら我が儘を聞いてもらえるとしても、最後の楽園を守るのが最優先事項であろう。
「ウィ~リ~ア~ム~……?」
とにかく物凄い形相なギルド長の眼光を書庫館長は真正面から冷や汗垂らして喰らっている。
楽しみ半分な彼が睨みつけられるのは当然と言えば当然だが、ローはそれに待ったをかけた。
「いいんだ、ニャルトリアさん。俺の話は差し迫ったことでは無し、後で聞いてくれればそれでいい。今はニャルトリアさんの都合を優先してくれ」
「……ローさんがそういうならそうしよう」
若干不服ながら納得の意としてため息をついたニャルトリアは右手をこめかみに添えて遠距離通信用の念話魔法<レテス>を唱えた。
〔聞こえているな? ボスから第二階層守護君主“ライウン”へ――――状況は進行した。手筈通りに事を運べ〕
●
探索する盗人ことシーカーが三組。合計十三人による遺跡の探索には“レスレア”のターバ・ポリオとリル・ウィルが予め竜牙虫で知らせておいた陣形が採用された。
殿を務めるのは“ヤシャ”のリーダーであるドガ・レストと“レスレア”のターバ・ポリオ。隊列中央には“デンフィート”を置いて、その左側を“ヤシャ”が受け持ち、右側を“レスレア”が陣取って辺りを警戒するのは五人。
探索する盗人十一名、彼らを守るように先行するのは索敵を得意とした二人。“ヤシャ”のラオン・クーファと“レスレア”のポック・ラパッチだ。
「今のところ異常はない。そちらは?」
「同じくだ。このポック・ラパッチ様が警戒するまでもねぇな」
誰も知らないエノルスク城の地下深く、白亜の迷宮を彼らは道なりに進んでいる。
その理由付けは簡単。
最初に差し掛かった十字路についてはフシュ・レが前もって調べたと言い、袋小路が多い為に後回しとなり。“ならば、行けるところまで行こう”というドガ・レストの提案にて、ある程度進んだ後に出口の確保しつつ各チームに分かれての探索が行われる算段となった。
当然、シーカーのルールに乗っ取って金銀財宝を見つければ早い者勝ち。そうした思惑にてドガ・レストは提案したのだろう。
(しかしまぁ、本当に何の音も出さねぇな……)
迷宮の通路、左側を担当する“レスレア”のポック・ラパッチはリーダーの企てた非常時の作戦を頭の隅で考えながらに、同じ斥候の役割をチームで担っているラオン・クーファの足運びに感心を示していた。
鉤爪にナイフ、見える所で十数本の予備。あれだけを帯刀しておいて金属の擦れる音一つとして無いのだから。
○
シーカーチーム“ヤシャ”。闇夜を歩く者と呼ばれる彼らの斥候、ラオン・クーファは東の国の出であった。
東の国……それは帝国や王国の様な主要な都市を構えている訳ではなく、商業国のように不老不死である偉大なる女王が君臨している訳でもない。
更に言えば。その領地を永世に一丸に統治する者は居らず、他国との外交も無く、もはや国とは言えないその有り様――――――“人々がまばらに集まって出来ただけの社会”と言い表した方が的確であろう。
エル・ダ・ルルエド帝国より北東、ドワーフの国“アロイア”から南下すれば、東の国という場所がそこにはあった。
ドワーフの国“アロイア”が山脈の一角にあることから、またの名をアロイア山脈。珍しい鉱石や水晶が取れる事で有名な山脈だが、東の国が位置するのはそんな採掘からかけ離れた山々の隙間―――――美しき森、湖、草原といった豊かな自然が広がっている渓谷。
故に、高く見積もっても二世代前な程度に文明的価値観は古く『ドゥンキラの子』と自らの祖先を信仰する五つの氏族…『ドゥクルキィ』が、自然と共にその地を支配していた。
氏族の特色は様々だ。
火のドゥクルキィは狩りを得意とし、水のドゥクルキィは魔法を得意とし、土のドゥクルキィは学びを得意とし、風のドゥクルキィは呪術を得意とし、雷のドゥクルキィは隠れ潜むことを得意とした。
五年に一度、この地を平定する一氏族『ドゥンアラキ』を決める戦士同士の戦場が設けられるものの関係は良好で、どのような結果でも互いを恨む事も無く氏族間同士での交易はされている。
ラオン・クーファは雷のドゥクルキィ、今代の頭領を勤める者の長子としてこの世に生を受けた。
雷のドゥクルキィは隠れ潜む事を最も得意としているが、戦士同士の戦場では正々堂々が常。一族に伝わる特殊な歩行術によって自らの出すあらゆる音を消したとしても無用の長物で、彼らが一族が『ドゥンアラキ』になるような事は稀である。
ラオン・クーファ自身も『ドゥンアラキ』を目指していたが、それは一族の願いで自分のでは無く。可能ならば辞退して平々凡々と暮らすのが彼の夢だった。
そんな彼に最悪の転機が訪れたのは、『ドゥンアラキ』を決める戦が始まる約三か月前。
「くそ、なんだってこんなことにッ……?!!」
各ドゥクルキィの長老は「狂気を見た」「神の御使い」と委細不明瞭な理由を宣っていたが、要は各氏族が準備をしている中で狩りを得意とする火のドゥクルキィが狂ったのだ。
戦士として戦い、戦場で死ぬのは誉れとされている。だが、火のドゥクルキィ達による虐殺は誉れも何もかもを捨てた獣の飽食であった。
敵対する者や無抵抗の者を容赦なく剣で斬り裂き、槍で突き、斧で真っ二つ割る。周囲に敵がいなくなれば、今度は自分達で殺し合う。
そんな狂気の輪が段々と広がり、ラオン・クーファを含む正常であった者らは追われるようにしてその場から逃げ去った。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!!」
夜の闇に紛れて蠢く能力、暗殺に特化した誉れ鳴き足運び。木々をかき分けながら全力で逃げる中で、ラオン・クーファは雷のドゥクルキィの長子なのを今以上に幸運だと思った事はない。
『勇士を捕らえ損ねたか……』
黒装束も相まって。追う者のポツリとこぼした言葉を最後に、狂気に染まった連中からは何とか逃げおおせることが出来た。
(逃げれた………?)
だが、逃げた所でだ。
あの狂気の大惨事はもはや止まらず、戦場から逸脱してあの地全てを地獄へと変えているであろう。
(………)
もはや戻る事は出来ない。なら、進むだけだ。
雷のドゥクルキィの長子でなくただの人間としてラオン・クーファはまだ見ぬ大地を目指して。
○
それでどうなったかと言われれば至極単純で、端的に言えば彼の幸運は尽きたのだ。
後ろ盾も権力も金も。事故とはいえ全てを放って王国へと辿り着いたものの、この身一つにあるのは一族に伝わる技能。
盗みに暗殺。自然と裏世界の仕事を受け負うようになり……――――遂には遂に、捕まったのである。
とある貴族の屋敷で盗みを働いたことがバレて判決は死刑。貴族の拷問部屋に鎖で繋がれて死を待つラオン・クーファであったが、そこで出会ったのがシーカーチーム“ヤシャ”。
ドガ・レストは彼を逃がす代わりに交換条件としてその技能に目を付けた。
「オレ達に足運びを教える代わりにお前の命を助けてやる。どうだ、悪い取引ではないだろう?」
その通りだと、確かに悪い取引ではないと。
ラオン・クーファはドガ・レストの条件を飲み―――――――そうして、今の彼がある。
「……………?!」
あの日の出来事は本当に不運だったが、今に繋がっている。
山々に囲まれたあの国は美しい場所であったものの、シーカーという胸の高鳴る思いが抱ける職業はあそこにはない。
だが、ここにはある。仲間が居て、不味いような美味い酒と食事を食って、厳しくも充実した毎日を過ごして。
雷のドゥクルキィの長子であった時には味わえないような現実が、シーカーというラオン・クーファにとっての天職がここにはある―――――ただ、彼の運はここで尽きたのだ。
「………ぁッ?!!」
言わずもがな。
そうして、今の彼は…――――脆く儚く、何事もなく、一瞬に命を散らした。
「え………?」
T字路に差し掛かる直前。ラオン・クーファの足運びをばれないよう目の端で観察していたポック・ラパッチが見たのは、酷く明るい赤色のドロリとした液体が白亜の床に広がる様。
白いキャンバスの様な床を雑に汚すのは、吸い込まれそうなぐらいに真っ赤で真っ赤な鮮血。
しかして、その絵画に混じるモノあり。
キラリと赤の中で綺麗に光る金属のソレは、まさしく隣を歩いていた彼の鉤爪であった。




