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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第二章【魔窟の主】
41/155

第二章 3 【異世界対面会】

「どうしたのローさん。……まさか、コベルニクスを治めているのがボク達とは思いもよらなかったかい?」


 全くもって一言一句。その通りだと、ローはポカンと口を開けたまま頷いた。

 

「ま、無理もないか。とりあえず、積もる話もある事だし座ったらどうだい?」


「そーそー! 長旅で疲れてるでしょ?」


 すると、コベルニクスの女王様(かのじょ)はニコリとほほ笑み、右手を翻し促す。

 続けて、彼女の隣に座る知人もウンウンと頷いて明るい声で同意する。


(…………)


 片や、白群の瞳で銀の髪と猫耳と尻尾を持つこげ茶の肢体を水着同然の服装で彩らせた猫人種【キャットシー】の最終進化【バステト】。

 片や、金髪碧眼で背格好や体型から幼くも見える白く玉のような肌の女性。背中からは光で模された隼の両翼を生やしており、ゲームでの分類は鳥人種【ファルア】の最終進化【ホルス】。

 痴女一歩手前の恰好とライダーズジャケットを着る背伸びした子供のような両者の見た目、ロー・ハイル・ヘルシャフトこと十川四朗は知っている。

 だがしかし、冷静になって一つの可能性を考慮した。

 彼女らが()()であり、尚且つゲーム時代と()()()()()()保証はない。

 それにヤマシタシルベの件もあり、唐突に“心変わりした”かもしれない可能性が万が一ということもある。


「ニャルトリアさん。座る前に一ついいかな?」


「……何だい?」


 “偽物でなく、ゲーム時代と変わっていない”。

 その証明をするに当たって、十川四朗は交わした約束…()()()を提示する。


「確認だ。あの時に言った合言葉(パスワード)は憶えてるかな?」


「…………」


 コベルニクスの女王は何も言わず俯く。


「えーとー…ニャルニャル?」


 心配そうに隣の少女がその見えぬ尊顔を覗き込もうとした瞬間、噴き出す音が女王様から聞こえた。


「ップフ。アッハッハハ!! 懐かしいね―――――合言葉(パスワード)は、“SV6592”だ。マナさんの素性もボクが保証する、心配ないよ。………ところで、キミは?」


「“SV7955”。レーヴァテインを用いての討伐数……これで、信用に値するかな?」


「ちょっと、ちょとー! 話が見えないんだけど??」


 張り詰めた空気は一気に歓談に快く和らぎ、ローはフィリアナらを手招きし、共にソファに着席。

 そうして、未だ『?』を頭上に浮かべるマナ・イーター。彼女にコベルニクスの女王、ニャルトリアは言葉の有無を簡潔に説明した。


「あー…前の世界でボクとローさんは大量発生した(イベントクエストの)シュヴァーフの討伐数を競い合っていたんだ。その時はマナさんいなかったからね、知らないのも無理はないさ」


「そういうことだ。それで、俺ら二人はもしもの時に別素体(アバター)で会う際、その討伐数を合言葉(パスワード)にしたんだ。―――ま、二人の入ったギルドの決まりが厳し過ぎて、別素体(アバター)で会う事もなくなったんだけどね」


「なーるほど…」


 金髪の彼女は噛みしめる様にウンウンと頷いて納得。ローは二人との再会を喜ぶ。

 その姿は久しく、本当に久しく、絶対に会えないと思っていた人に会えたかの如く。邪に疑っていた十川四朗の心を潤す程に。


「ロー様、二人とは知り合いじゃったのか?」


 そういえば、と。

 前の世界で二人に最後に会ったのはニーナ達NPCを造る前の事。

 フィリアナ、火煉、ニーナが知らないのも無理はなく、初対面のはずの人間が実は既知の人物であった。という筋書きには、ニーナの言葉に続き火煉とフィリアナも少々困惑気味だ。


「そうだな。どこから話せばいいか……」


 三人の困惑を解消するべく『造る前』とか『ゲーム用語』をなるべく使わず『前の世界で』といった言葉を念頭に、おおよその旨をローは説明。


「まあ、そんなわけで二人とは知り合いなんだ」


 ローの説明に火煉は「なるほどな」と納得してくれた様子だが、


「恋人、ではないのですね?」


「コイビトッッ?! も、もちろん」


「では、愛人でもないのか?」


「アラジンッッ?!」


「たわけアイジンじゃ!! ランプをこする話などしておらぬだろう!」


「ああ、愛人……いやいやそんなワケないだろ!」


 フィリアナとニーナ。

 一呼吸置いて説明に納得してくれたかと思えば、妙な勘繰りをしだしたのである。


(この状況で急にどうしたんだ……? 眼差しもいたって真剣………いやそれ以上かもだし、コワイ)


 火煉を端に座らせて二人を右に置いた事が、こうも斜め上の展開になって逆に困惑である。

 しかも何だか目が怖い。まるで、浮気な男を糾弾するようなそんな感じだ。


「いやいや、ナカムツマジイコトデ」

「以下同文」


 加えて、否定もせず肯定もせず。ニャルトリアとマナは紅茶を飲みつつほっこりとニヤニヤ笑って愉悦中。

 なんだか釈然としない内に追い詰められたような状況に、ローは冷静な思考と面持ちで会話の流れを切り替えるべく手を叩いて再度説明…いや、もはや弁明。


「はい、ふざけるのはここまで。……いいか? ニャルトリアさんとマナさんはさっきも言った通り、前の世界の知人だ。そんなやましい関係じゃあないよ」


「ホントに~……?」

「ホントかの~……?」


 流れを変えようとしたものの、二人の疑り深さにはつい身を引いてしまう。

 「はぁ」とため息をついてこれ以上は埒が明かないと、ローは愉悦し俯瞰する二人に叱咤にも似た檄を飛ばす。


「ああホントだ。取りあえず、そこの二人は……―――――」


「羨ましい……」


「…え?」


 が、しかし。

 思わぬところからの第三者の声、二人の後ろで休めの姿勢で不動を保つ人型機械(アンドロイド)によって高まりに昂った室内に蔓延った冤罪証明の熱が、ローの言葉をも遮って一気に一挙に最適な処方薬の如く事態を鎮静化させた。


「も、申し訳ございませんッ!! つい、君主に攻め入る二人を見て“羨ましい”と口が滑ってしまいました!!!」


「………あー、今も口が滑ってると思うけど()()?」


 ルト、と呼ばれた人型機械(アンドロイド)の彼女は若葉色の髪を揺らし、深々と頭を下げて謝罪。


「ま、許そう。ここのところ根を詰める仕事が続いていたからね。久々に休暇を取ってみたらどうだい? 有休、余ってるでしょ?」


「いえ、問題ありません。私はボスに使える忠実な僕ですので」


 ニャルトリアは手を振ってソレを許し、当のルトは胸に手を当てて一礼して直立不動の姿勢へと戻った。


「さて…」


 ルトの珍妙な行動を皮切りに今までの歓談――当社比較――の空気は掻き消えて、ニャルトリアは言葉を飾らず本題に入る。


「最高位冒険者“白銀”の皆、コルコタの一件では大変役に立ってくれた。感謝するよ―――――……ついては、そちらのリーダー…ロー・ハイル・ヘルシャフトとボクとマナさんの三人で話し合いといきたい。……いいかね?」


 ニャルトリアは少々圧を感じさせる笑顔で、フィリアナ、火煉、ニーナに真摯に語り掛ける。


「はい。もちろんです」

「ああ、異存はねぇぜ」

「構わんぞ。じゃが、誘惑こそしてくれるなよ? 露出が多いからなお主」


 素性の分かったプレイヤーないし、ローの知人に三人は意外にもあっさりと了承。しかし、先の会話がしっかりと尾を引いておりニーナは口酸っぱくニャルトリアに忠言するのであった。


「気を付けるとするよ。ボクはこう見えて魅力的だからね―――……で、だ。キミ達はその間に()()()でゆったりとリラックスしておいてくれ」


 それを真摯に受け止めた当の本人はというと、あっけらかんと余裕をもって笑って答える。


「本拠地……まさか、()()()()()?!」


「うん、その通り。この城は違うけどね」


 単純に明快に、さらりと驚きの事実発覚である。

 コベルニクス女王が言う()()()…つまるところ、彼女が示唆したのは所属していたギルドの拠点。それごとニャルトリアとマナは転移してきたと言っているのだから。


「じゃあ、ルト。彼女達の案内よろしく」


「はい。皆様、こちらです」


 ニャルトリアの命令にルトは一礼し、若葉色の長髪を揺らしながら火煉達を引き連れて部屋の外へと向かう。

 そうして、彼女らが扉を閉めて数秒。ニャルトリアは目を伏せて()()()()()()()に語り掛けた。


「ドーシャ。キミも部屋から出ていくんだ」


 護衛と言ってもそれは人ではなかった、ましてや亜人と呼ばれる種族でも。

 ニャルトリアの声に反応して彼女の真横に姿を現したのは部屋の光の当たらぬ場所…いわゆる“影”から出でた“かげ”。一応に人の形をとるが、目や口が当然のように無い真っ黒なシルエット。

 初めて見たならば種族の判別は不可能だろうが、ゲームの世界を知っている人間(ロー)ならそれが【影人】という魔人種だと理解は可能。


「お言葉ですが、この男にそれだけの価値があるので?」


 目や口が無いのに、視線はこちらに、言葉は流暢に。

 若干の敵意を持って彼は主に言う。


「あるとも」


 主、ニャルトリアは迷いなどをおくびにも出さず断言した。


「私達に害をなす者すべてを抹殺するキミの心配はもっともだ。しかし、さっきも話していたようにローさんは前の世界からの知人――――価値もあり、信用にも値する」


「ですが……万が一という事もあります」


 なかなか引き下がらず口酸っぱく言う【影人】に、ニャルトリアは「ぐぬぬ」と唸って一呼吸の間の後、ひらめきを示すように声を発して妥協案を提示した。


「なら、キミはこの部屋の前の廊下にて務めを果たせ。ただし、恥ずかしいので聞き耳は立てないコト。いいね?」


 おどけつつもニャルトリアの堂に入った立ち振る舞いは女王然としており、時間とはここまで人を成長させるものなのかと、その様にローは感心する。

 【影人】もニャルトリアの妥協案にしばし沈黙に答えを濁したが、ニャルトリアの毅然とした態度にドーシャは肯定の意として一礼し、扉の暗闇へと溶け消えた。


「いったかな…?」


「いったんじゃない?」


 ドーシャの背中を見送ってものの数秒。しばしの沈黙をニャルトリアが破り、マナがその言葉を肯定すると、女王然とした態度を彼女はかなぐり捨てて柔らかなソファの背もたれに全体重を預けて小休憩(リラックス)


「たは~……もう、皆心配してくれるのはいいけどさ。あんな角張ってちゃ、ボクも肩が凝っちゃうよね」


「お疲れ~ニャルニャル」


 背を伸ばして上品かつ美しい姿勢だった彼女は、くつろぎの極みを体現するかの如く大股を開いて、マナが労いに注いだ紅茶を一杯とあおる。

 本人に自覚が無いのか、それともニャルトリアさんは()()()()()性格だったのか。

 ともかく、最低限の箇所を隠したその恰好でそのポージングは正直言って目のやり場に困る。

 ―――まあしかし、今は注意するよりもマナさんと同じように労うのが先か。


「そっちも苦労しているようですね」


「まーね。ローさんの方は何だか…従順?というか、大人しい子たちだったよね?」


「……もしかして、()()()()?!!」


 ヘッヘッヘッ、と下賤な笑い方で光翼をパタパタとマナさんは拳を握って中指と人差し指の間から親指を出す。

 言わんとしていることが理解できてしまったローは、軽くため息をつきつつ否定の意を込めて横に首を振った。


「止めてくださいよマナさん。そういうんじゃありません……もう、ジェスチャー覚えたての子どもじゃあるまいし」


「ちぇえ…なぁんだ。つまんないなー」


「マナさん。紳士淑女の場でそう言うのは良くないよ?」


「その恰好で大股開きしてるニャルニャルに言われたくないけどねー」


 金髪碧眼の少女は口をとがらせてそっぽを向き、銀髪で白群の瞳の彼女は注意されたことで頬を赤らめ姿勢を正し「コホン」と咳払いした後、紅茶をもう一杯。


「あー、じゃあ……何から話しましょうか?」


 ローは若干の気まずさを覚えつつ話を切り出せば、


「う? うん、そうだね――――その前に一ついいかなローさん」


 調子を取り戻したニャルトリアは頷いて一つ問いかける。


「もちろん」


 と、ローに言われれば。

 そっぽを向いていたマナの肩を叩き、振り向かせて耳元で密談を済ませれば顔を見合わせて「せーの」と息を揃え、


「本当に久しぶり! また、よろしく!!」

「本当に久しぶり! また、よろしくね!!」


「……ああ、よろしく!」


 知った顔に歓迎されて。ローの口元は柔らかく微笑んだ。











 プレイヤー同士の座談会。つまるところ、元いた世界から何らかの要因でこの異世界にやって来た者らの話し合いは、まず初めに“何か”我々に共通点があったのではないかという議題が上がった。

 そこでロー・ハイル・ヘルシャフトこと十川四朗が思いだしたのは、【ブレイスラル・ファンタズム】八周年記念のプレゼント。しかし、その答えにマナとニャルトリアは今一つ芳しくない表情を浮かべた。


「実はね、ローさん。ボク達は確かにキミの知るニャルトリア、マナというプレイヤーだけど……()()()()()()()かと言われれば、ちょっと違うかも」


「………えっと、どういう意味です?」


「あーと、簡単に言えばね。前の世界こと日本とか地球の事は知識として持ってるんだけど、私達がどういった人間だったか記憶がおぼろげ……いや、無いんだ」


「うん、そういうこと。だから、八周年記念のプレゼントとか言われても今一ピンと来なくてね…。唯一記憶にあるのは……そうだローさん、()()()を聞いたかい?」


「ちょ…ちょっと待って?! あの声? それに記憶が無いって……」


 平然と前の世界の記憶が無い事を話す二人の表情は真剣そのもので冗談ではないようだ。

 動揺した心を落ち着かせるべく、ローは口元を隠すように右手を添えてニャルトリアの質問“あの声”を鑑み、一つ思い出した。


「…よし。順繰りにいこうか―――――まず、ニャルトリアさんの言っている“あの声”って、この世界に最初に来る時に聞こえた機械的な声の事かい?」


 ローの答えにニャルトリアは自身を落ち着かせるように紅茶を一杯と煽って、コクリと頷く。


「へぇ、やっぱしローさんも()()()聞いたんだ」


「俺の場合は各ステータスの上昇を聞かされて、実際に上がっていた。二人はどうだったんだ?」


 ニャルトリアとマナはローの疑問に身体を傾け小耳で会話。

 しばしの二人の時間こと話し合い終えて、猫耳をぴくぴくと左の彼女が訝し気に口を開く。


「一応聞くけど、“恩恵”とか“魔呪全書(スペルブック)の本来の役割”とか“魔王の玉座争奪戦”とかの説明はなかったかい?」


「……いや、初耳だ」


「説明の途中で誰かに起こされたとか…?」


「……たぶん?」


 魔呪全書(スペルブック)についてはβ版を起動した際にゲームメニューと説明された程度。ニャルトリアの言っている“恩恵”、“魔王の玉座争奪戦”などは恐らく今初めて聞いた話。

 ―――まったく、素晴らしいぐらいに情報過多の連続である。


「まあいいや。“恩恵”っていうのはね。文字通り、プレイヤーに与えられる特殊効果()で……例えば、ローさんなら各ステータスの上昇だけだろうね」


「そ。でも、ボク達は少々()()んだ」


()()とは?」


 曰く、“恩恵”とはこの世界に来たプレイヤーに平等に与えられる力らしい。

 プレイヤーによって力の在り方はさまざまだと機械的な声が説明していたそうだが、


「ボク達が受けた“恩恵”は設定に基づいた人格と記憶、幸運(LUCK)というゲーム数値の上昇だ」


「ほら、さっき記憶が無いって言ってたでしょ? 推測だけど()()()()()()されたっぽいんだよね~」


「その代わりだけど、ゲーム世界での出来事は良く憶えている。まるで、あの世界で実際に生きてきたかのようにね。自慢じゃないけど、合言葉がスっと出てきたのはその為さ」


 二人の場合は同じものを与えられていた。しかも“恩恵”とは呼べぬ、もはや呪いだ。


「……なんで、そんなに二人は平気そうなんですか?」


 と、問えば『五百年も前の話だから』とあっけらかんと、過ぎた事だと、二人は平然に笑う。


「………きおく、か」


 設定に基づいた記憶と人格を上書き―――――それについては、ロー…いや、十川四朗として二人の状況に思い当たる節がある。しかも、現在進行形で。


(火煉の夢を見たけど……まさか、アレが?)


 頭によぎるのは獄炎火煉という女の過去(ユメ)の生々しい感覚、そこに実際に居合わせたかのような体が覚えているあの怒り、愛と憎。

 “恩恵”がもし、必ず与えられるモノならば今から上書きが始まっても遅くはないはず。

 しかし、そう決めつけてしまえば一つ疑問が残る。


「……ニャルトリアさん、マナさん。その上書きされる記憶って従者(NPC)の記憶も含まれるのかい?」


 ロー・ハイル・ヘルシャフトという人物の過去(ユメ)を見たならば、それはまさしく“恩恵”に記憶を侵食されているのであろう。が、十川四朗が見たのは獄炎火煉の過去でロー・ハイル・ヘルシャフトのではない。

 十川四朗が“獄炎火煉”というプレイヤーだったらあの過去(ユメ)を見るのは道理だが、自分は“ロー・ハイル・ヘルシャフト”というプレイヤーでそんな過去(ユメ)を見る道理がないのだ。


「いや、ボク達はギルド拠点ごとこの世界に来てるんだ。それはあり得ないし現にこの五百年起きてないよ。――――ギルド拠点はNPCだけで千人は超す大所帯だから…ま、そんな事になったら流石に発狂して執政どころじゃないしね」


 と、ニャルトリアは首を振り、マナは心配の眼差しをローに向けた。


「えーと、察するにローさんはあの子たちの記憶に侵食されてるってこと?」


「いや…夢で見た程度だよ。自我は保てている、自分の名前も憶えている―――――でも……」


 元の自分は十川四朗という日本在住の日本人、新都内に一軒家を持つフリーター。

 この記憶が上書きされたモノでない確証を付けるなら、あの日【ブレイスラル・ファンタズム】の製作・発売元『ライフ&ピースマン社』の広報部の人間から「十川様」と呼ばれたのが何よりの証明か。

 ただ、この世界に来てからの記憶を過去に遡れば、テルガス・ルグムとの戦いにて「【神の尖兵に至る】」などと自分が思ってもいない事を口にしていたのは記憶に新しく。


「でも?」


「二人の話を聞いて、自分も少しだけ記憶があいまいだったのに気が付いたよ」

 

 故にか、()()()()()()()()()を全く思い出せない自分がいる。

 これが“恩恵”による上書きか、それとも自身が単に忘れているのかは分からない。


「大丈夫なのそれ?」


 “恩恵”という名の呪い、今現在侵食されているかもしれない自分自身。

 普通の人間なら発狂寸前の出来事かも知れないがロー・ハイル・ヘルシャフトこと十川四朗は現状況に恐怖は抱かず…寧ろ……何故か………安心感が心を充足させていた―――――まるで、失くした物を取り戻すかのように。


「……問題ないと思うよマナさん。そんな感じがする」


「ふふっ、フィーリングって。ローさんらしいね」


 異常事態過ぎて正常なローの落ち着きっぷりをニャルトリアは微笑み、彼女は流れるように銀と金の装飾で辞典並みの厚さを持つ黒色の一冊…魔呪全書(スペルブック)を虚空から取り出した。


「じゃあ次。ボク達が説明されたのはもう一つ、“魔王の玉座争奪戦”について………ローさんも魔呪全書(スペルブック)は持ってるね?」


「ああ、ここに」


 同じようにローとマナも虚空から一冊を取り出す。


「ローさん。でかでかと数字が書いていたページは知っているかい?」


 ニャルトリアの問いに頷いて一番最後のページをおもむろに開けば、英数字がおどろおどろしい青黒色で刻まれている――――――想像とは少し違って。


「アレ…? 数字が減っている?」


 最後に見た限りでは英数字の“7”だったはずが、今は一つ減って生き物のように蠢くは英数字の“6”。

 ニャルトリアとマナはローのこぼした言葉に急いで魔呪全書(スペルブック)の最後のページを開いて、沈黙。


「………()()()()()。いや、始まったのか?」


 くたびれた溜息と共にその沈黙を最初に破ったのはコベルニクス女王、ニャルトリアであった。


「この数字が…どうかしたの?」


「あ、ああ。そうだね、説明しておこう……――――“魔王の玉座争奪戦”とは、その名の通り『何処にあるかも分からない、あらゆる願いを叶える玉座』…眉唾なソレの奪い合いさ」


 曰く、“魔王の玉座争奪戦”とはただ一つの眉唾な玉座の奪い合いの殺し合いだという。

 機械的な声が告げたのは魔呪全書(スペルブック)を持った参加者による殺し合い(バトルロワイヤル)によって、あらゆる願いを叶える玉座に座るただ一人を決めるというもの。

 ()()と言ったのはこの大陸中を探し回った結果、何処にも無かったからだという。


「参加人数は百人。これはプレイヤーと同じ数であり、魔呪全書(スペルブック)はその“魔王の玉座争奪戦”の参加権。ボク達も否応なしに当然参加している。この数字はね? 所謂、参加者の残り人数を示しているモノなんだ」


「でもでも? ニャルニャルと私は国造りで忙しかったし、そんな暇も無かったし。他のプレイヤーを見たのだって、この五百年でローさんが初めてでさ。それまでずぅっと数字は“7”だったんだけど………」


 ニャルトリアとマナが何か言いたげな視線をこちらに向けてくる。

 その理由は明白だ。

 “五百年間で初めてのプレイヤーが現れて数字が減った”。これはもう後ろめたいことを隠す為に嘘をついていると思われても仕方がない証拠の揃い踏み。


「どう? ローさん。何か思い当たる事でもある」


「それとも何か隠してるとか?」


 だがしかし、やってないものはやってない。

 先程二人を偽物と疑っていたケチがこうも早くついて来るとは思いもよらず、しばし熟考。


「……あるにはある」


 そうして、頭に過ぎったのはこの世界に来ての最初の出来事。プレイヤーっぽい()を退治した時の事だった。


「『THE・コーデ2042』の『漢のスタイリッシュコーデ』一式を着ていたゴリブを退治したことがあるんだ。ハンナ・カンベルトという受付嬢に聞けばウラは取れる。で、ソイツの名前は……ああ、そうだ。“ヤマシタシルベ”だ」


「……“山下導”!?」


「知ってるのか…?」


 目を見開き驚くニャルトリア。

 ローがその有無を聞くも「いや」と彼女は険しい面持で首を振った。


「名前がユーセラス出身者に似ていたから、つい驚いてしまったんだ」


()()()()()って?」


「私らと同盟を結んでいる小国だよ。多分だけど、プレイヤーが作った国なんだ」


 ローが初めて聞く名前にマナが得意げに補足し、ニャルトリアはその空気に乗りつつ魔呪全書(スペルブック)をしまって手を叩く。


「さぁて、その話はご飯の時にでもしようか。お腹すいちゃったよボク」


「唐突すぎないニャルニャル?」


「ちょっと遅めのお昼だよ!」


「無視ィッ?!!」


 マナの華麗なるツッコミをも無視して、何かと凄い気迫にて圧を感じさせるニャルトリア。どうやらこれ以上ここで話をする気はない様子。ローも気圧されながら仕方ないと思いつつ、彼女の意を汲んで首を縦に振った。


「良かった。じゃ、ローさん。辛い物は得意かい?」


「無論、問題ない」











 取りあえずの話は置いてから。

 ニャルトリアを先頭にマナとローは引き連れられて、エレベーターを使いエノルスク城(ビル)の天守から真っ逆さま。職員すら入れぬ最下層へと向かい、到着。


「こんな大空洞が高層ビルの地下にあるとは……」


 降りた先、出迎えてくれたのは規則正しく並ぶ炎を宿した大理石の柱とそれに照らされた青白い岩の壁。だだっ広く何もない空間に思えたが、少し進めばその中央に一柱…いや、()()()()()()が鎮座している。


「これは、“モノリス”?」


 大きさは目視で二十メートル、幅は三十センチ、光をも吸い込むぐらいに真っ暗な石柱。見た限りだと、地面に突き刺したわけではなさそうだ。


「その通り。ギルドメンバーの一人がこの何もない()()()が寂しいからと造ったんだ」


「最上階? ()()()じゃなくて?」


 エノルスク城の地下に下りてきたのだから、ここは最下層と呼ぶべきではないか。と考えるのがふつうだが、「ププッ」と吹き出して笑うマナによって、その考えは得意げに一蹴された。


「まっさかー!? 私らのギルド拠点は埋まってるからね。最上階であってるんだよローさん!!」


「埋まってるって……なんでまた?」


「そりゃあ…まあ、転移した時に埋まってたというかなんというか………」


 先程の得意げな表情は何処へやら。ローの疑問にマナは歯切れ悪く尻すぼみして、ニャルトリアに助け船をよこせと言わんばかりにチラチラと視線を送る。


「……ま、歩きながら話そうか」


 マナのお助けアピールを汲み取ったニャルトリアは呆れつつ先に進もうとモノリスに手を伸ばして、その表面をなぞる。


「おお…!」


 まるで、水面に手を入れた時のようにモノリスの表面は揺蕩い、スルリとモーセが海を開いたかの如く、黒い色彩は白亜の内装を覗かせた。


「足元注意してねローさん」


「分かった」


 ニャルトリアが先頭のまま、マナとローがその歩みに続いてモノリスの内部…というより更に地下深くへと続く緩やかな階段を降りていく。

 材質や見た目はギリシャの大理石に近い白く輝く美しさ。だが、職員がもし入ってきたときの為か、異世界文字にて『立ち入り禁止』や『危険』等の注意書きで茶色にくたびれた張り紙が壁面に所狭しと張られており、景観は散々である。


「そうだね……埋まってる理由はこのギルド拠点が陸海空の全てを掌握できる“超高機動型自立式要塞”だからだよ」


「え、ちょうこうき……何?」


 ニャルトリアが助け舟に口を開いたかと思えば、羅列した言葉は暗号一歩手前の長々しい肩書であった。


「“超高機動型自立式要塞”……つまりはどんな場所にでも脚を延ばしたり、飛んだりできる要塞で自給自足の設備を兼ね備えてるってこと」


「……そんな凄い物、なんで埋めたままなんです?」


「それはもちろん、()()だからね。使うべき時は見極めないと、常時飛んでたら燃料とか何から何まで消費が激しんだよ」


「へぇ~“アマテラス”を動かさないのはそういう理由だったんだ……」


 納得の理由だ。いくら空を飛んだりできるらしいとはいえ、その機動力は無尽蔵ではなくそれなりに資源を消費するのは当然だ――――――マナさんの初めて知った小声のリアクションは聞かなかったフリをしておこう。


「と、いうわけで第十階層【甲板】から第九階層【迷宮(ラビリンス)】に到着~」


「もう、マナさんったら調子良いんだから……」


「ノンノン! 細かいことは気にしないの! 早く行こ!!」


 天井は広く五十メートルは下らない高さで幅も同様。どうやら名の通り、迷宮(ラビリンス)になっているようで見渡す限り同じ景色で最初の通路は四方に分岐している。

 調子の良いマナはその迷路を慣れた足取りで率先して進み、右、左、直進…しばらくしてまた右に曲がれば辿り着いたのは袋小路。

 一見何もない大理石の壁だったが、マナがその手で触れれば先のモノリスと同じく表面が水面のように揺れて、凄く現代な金属の両開きの大きな自動ドアが姿を現した。

 しかも、手を挟まない様にと注意書きのシール付きで。


「またエレベーター?」


「せいか~い! さあ、乗って乗って!!」


 催促するマナがローの身体を押していそいそと乗り込めば、ショッピングモールで乗ったことがある様な何だか安心感を持たせる鏡付きの内装が広がっている。


「そんじゃ、第二階層に出発!!」


 ボタン配置もかなり酷使しており、緊急用に電話のマークのボタンもある。

 そこに記されている“2”のボタンをマナは勢いよく押して、エレベーターが動き出す。


「うおっ?!」


 久方ぶりに身体にのしかかったGに思わず声が漏れる。

 エノルスク城と打って変わって、こちらのエレベーターはかなりの速さで下降、上昇しているようで到着も早かった。


「次は、第二階層【岩窟帝都】~【岩窟帝都】~」


「おぉ……すごい…な」


 甲高く短いベルの音が響き、緩やかに扉が開く。マナによる店員の真似も相まって、ローは目の前の光景に感嘆の言葉を漏らし目を奪われた。

 ゲームでの町や世界を体験するにしても、結局のところそれは液晶の向こう側の話。どれだけ素晴らしかろうと完全に五感で体験出来る事はない悲しい性。

 だが、()()を生で体験できたとなれば、これほどに素晴らしい事はない。

 天井はごつごつとした岩肌と電線に付属する電球が乱雑に光を生み出し、大正浪漫を感じさせる街並みの中央には旧いながら新鮮さを感じさせる丸っこいフォルムの電車が我が物顔で線路を走る。

 道行くは様々な柄の着物に紅の袴に黒ブーツを着たNPC、直立した昆虫、軍服の衛兵。それらは、しっかりゲームであった事を実感させる『幻想』ならぬ『創作』的な空間で一ゲーマーとして、異世界転移ではあるが“液晶の向こう側”に来られたことには感動せずにはいられない。


「じゃあ、改めて……ロー・ハイル・ヘルシャフトさん。ボク、ニャルトリアはギルド【ジパング】のギルド長として、この“超高機動型自立式要塞・アマテラス”第二階層【岩窟帝都】に君達”白銀”を歓迎しよう」

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