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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第二章【魔窟の主】
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第二章 2 【コベルニクスの女王】

 コベルニクス商業国には首都『エノルスク』を中心に、東に三つ、西に三つ、南に一つ、潮の混じった運河が流れている。そんな国内を潤す貿易の要、なにも最初からあった訳ではない。

 元々は水の流れの無い大地で、その離れ小島のような立地から中央大陸を支配する王国や帝国にも見向き去れず、文明レベルは下の下。

 また、南方からの凶悪な魔物連中に支配されるのもままある事で原住民と呼べる者はおらず、補充されるように来るのは虐げられた者や祖国(シフルフ)を追われた者ばかり。

 国も作らず力が強い者こそが正義だと言わんばかりの無法地帯。一民族として徒党を組んだ人間や亜人が村を作るも、和平の均衡は危うく何かあればすぐさまに暴力へと転じる居場所。

 おおよそ五百年前、そんな我らに転機が降ってきた。そう、()()()()()だ。

 それは空を揺蕩う星の如く巨大な存在で物体。大地へと根付くように落ちてくれば、地は割れて、亀裂に海が注がれる大災害。


“さて、これにて基盤は出来た。残るは君たちの意識次第だ―――――”


 亀裂の爆心地であり、この国の中心となる場所。加えて強欲な奴らの住処だったところ。

 土煙を斬り裂き、残る雑魚を打ち払い、二人の女性が現れて手を差し伸べつつ言った。


「…………」


 もはや、言葉はいらず。私は猫の耳を生やした一人の獣人…娘よりも小さな為政者の手を取ったのだ。

 そこから始まったは正に()()であった。

 広大な大地、守りに適した立地、作り出したのは山あり森ありと肥えた土壌。彼女はそれらを有用に活用するべく、私を含めたこの土地の全住民を諭し、扇動し、導き、最初の仕事とそれに見合う報酬を与えた。

 仕事とは、運河を完璧に作り直す作業と文明開化の(富む)為に必要な知識の取得(べんきょう)

 報酬とは、暖かな寝床、魔物に襲われない絶対の安心感、腹いっぱいに満たされる食事、清潔な衣類。

 正当な働きに正当な報酬を与えてくれる空からの来訪者、ないし救いの御手に我々は不平不満などなかった…一部を除いて。

 この土地に革命が起こる前、弱者は孤島の端に追いやられて漁業を生活の糧にしていた。故、馴れない陸の仕事にしびれを切らして三割が彼女に反対し、海での生活に戻ると今の今までの恩を忘れて“我が儘”を言い始めた。ついでにいえば、有言を実行に移す者も出始めたのだ。

 だが、彼女は織り込み済みだったのだろう。

 去る者を卑下せず。しかも、与える物資はそのままに袂を分かつ彼らの意見を丁重に祝福したのだ。

 これには私を含め『何故だ』と疑問を口々に言った―――愚かにも。


“適材適所の投資だよ……いずれ彼らもこの国の住民。ならば、今の内に漁業に力を入れておくのは当然さ”


 適材適所。得手不得手にて意見を聞き、仕事を取り決め、斡旋する。

 女王手ずからその全てを成し得て、感服した我々はより一層の…心からの忠義を示したのだ。





 女王が飛来してきて八十年くらいか。運河が半分ぐらい出来てきた所で、あの頃から姿形変わらぬ彼女は『各要所に町を作ろう』と言った。

 ただ、建築士も数えるくらいしかいない我々にできるのは精々が簡易的な石造りの町並み。

 沿岸部に位置する要所では潮風も考慮せねばならぬこの土地、作りやすいソレが最適解だったからだ。

 だが、これも彼女は織り込み済みだったのだろう。


“見たまえ、そして学びたまえ。この美しく不完全な都の様を―――――”


 私を含め、彼女が学びの機会を与えた者らに見せたのは、不完全とは言い難い天を地に支配された光尽きぬ都。

 もちろん、私達に出来る事はこの光景に衝撃を走らせるしかなかった。

 原色が基調ながらも色鮮やかに落ち着いている外観、魚の鱗のような“瓦”という屋根、木造でありながら鉄ものを一切使用していない家々、研磨した岩を埋め込んだようにまっさらな石畳。

 彼女が開示したのは過程を得る為に必要な“解”であったのだ。

 私達はそれらを穴が空くまで見つめ、学び、女王陛下のおかげで自らが持ち得る知識とできた。そうして、建国の下地が出来上がった頃。

 おかげで、噂を聞き付けた難民が東から、南から、西から大勢と押し寄せて来たのだ。

 ならば、と。

 寛大な女王陛下は全ての難民を快く受け入れ、食料、住む場所、必要な全てを…生きる意味をも与えた。





 最後に。

 私は、自身が長命な獣人とのハーフエルフでよかったと心の底から思う。

 シフルフが文字通り解体された時はどうなることかと思ったが、この二百年で一から全ての規範を作りだした女王陛下に出会えた事と、建国のこの日に立ち会えた事は何よりも喜ばしい幸福でしかない。











「なに読んでるのさ?!」


「ん、これかい。これは五百年前のとある知人の手記さ」


「へぇ~…なんでまた?」


「………なんでだろうーね? ()が来るからかも?」


 五百年の歳月、自分達で手掛けたハイカラな街並みを地上六十メートルの窓から望みつつ。

 間の抜けるような返事をし、やぼったく古臭い手記を閉じて彼女は虚空(インベントリ)へと一冊をしまう。


「カレ? カレー………あ、ああッ?! ローさんのコト?!!」


「う、うん…そうだけど、どうしたの?」


 素っ頓狂に声を上げたかと思えば、背中についた隼を模した光の両翼をバサバサと。

 建国のもう一人の立役者、ライダーズジャケットを着こなす金髪碧眼の彼女の目の色がコロッと変わる。


「さっき報告があって、関所の転移魔法使って首都に入ったって!!」


「……そう。うれしいな」


 地を写す摩天楼が頂上、天守ともいえる飾られた枯山水の一角。白玉砂利をかき分ける宝船の木の柵にもたれ掛かりながら柔らかく。

 彼女は白群の瞳に夜の街を映しながら、銀に輝く短い髪と美しい毛並みの尻尾を揺らして、嬉しさではにかんだ。











「…………ッッ」


「大丈夫ですかロー様?」


「問題ない。少し、頭痛がするだけだ…」


「ホントーかよ。風邪でも引いたんじゃネーのか?」


 少し痛む程度だが、こうも頻繁に頭痛が続けば火煉の言葉通りにこの肉体でも風邪を引いてしまったのだろうかと、十川四朗ことロー・ハイル・ヘルシャフトは思いつつ。


「大丈夫だって。それより火煉、パンフレットをくれ」


「おう、いいけど……なにすんだ?」


「地理の照らし合わせだ。覚えておいて損はないだろうからな」


「て、やっぱ聞いてなかったのかよッ?!」


 頭の痛みが落ち着いてきた所で気分をほぐすべく、冊子『コベルニクス商業国の歩き方』を火煉から受け取って外の景色に気持ちを移す。


「見ろ、景色、凄いぞ」


「語彙力消えてるのじゃ…」


 ニーナの呆れたような指摘に苦笑いで応えながらに、ローは未だ若干に痛む頭で簡易的に地理を覚える。


(町の造り自体は商業都市と同じ……いや、こっちがオリジナルか)


 粘土(クレー)舗装と石畳の街道、大正時代を模倣したのであろう日本風な街並みを除いて、コベルニクス商業国の首都『エノルスク』の造りは商業都市と類似していた。

 西に“居住区”、北に“行商区”、ロー達が竜を走らせる東には生活に必要な物品や冒険者の装備を作り出す“技巧区”、南にはアルマドス防壁へと続く大運河。

 更にエノルスクの中心には噴水広場の代わりにコベルニクス女王の根城が構えられている。


「凄いな……」


 ポツリ、とローは感嘆をこぼす。


(どんな知識と行動力があれば、ここまでの発展を三百年前に済ませられるんだ……)


 コベルニクス商業国が三百年前に誕生したとしても、この土地も最初から完成されていたわけではないはず。プレイヤーかもしれないコベルニクス女王が原住民を強制的に人的資源(どれい)として扱っていた歴史があってもおかしくはない。

 だが、商業都市に定められた国際法曰く、潔白の証明の如く。

 町行く人々の顔を見てみれば不平不満などの一切ない喜びに満ち溢れている。言うなれば、過去にとらわれず未来(あす)を見る眼差し。

 重税、重労働、人権の剥奪。そんな独裁をしている様子もなく三百年…いや、建国(それ)よりも前から今の今まで続いているであろう女王の執政は「素晴らしい」と「良い国」だと頷くに値するものだ。


「白銀の皆さま!」


 感銘を受けていると竜車は停止して小窓が三度とノックされて、金髪おかっぱの御者――アフト・トルプ――がヌルリと顔を覗かせる。


「どうしました?」


「ここからは“エノルスク城”までの橋は徒歩での移動となりますので、下車をお願いします」


「分かりました。――――皆、降りるぞ」


 ローの言葉に女性陣三人は元気良く返事をし、ロー、フィリアナ、火煉、ニーナの順番で竜車を降りて橋とその先にある度肝を抜く建築物を見据えた。


「では、私は転移装置近くの御者の詰め所に居ますので、何かあればそちらに一報お願いします」


「あ、ああ…ハイ」


 生返事でアフト・トルプを見送り、今一度ローは目の前の城を見直す。


「これは…」

「凄く……」

「デッケェ………」

「ビルじゃな。」


 女王の居城を囲むは運河という船が行き交う巨大な円形の水堀、六つの木造のアーチ橋が伸びていて立派な虎口も六つとある。十メートル前後の白い土塀には等間隔に狭間が空いているものの、穴の大きさや形的には防衛用ではなく景観用に開けられたモノだろうと推測ができる。

 これらに守られているのはこの国の中心。高さは目視で六十メートル以上とかなり高く、細身ながら重量感を感じさせる高層建築物(ビル)が一棟。頂点に据えた三日月を真横した盃が如き建造物が特徴的な“現代でよく見たデザイン”。

 ロー・ハイル・ヘルシャフトこと十川四朗も日本人として、異世界でソレを見たならば懐かしさと物珍しさで感嘆の一つ漏らす。はずだったが、目の前のソレはちょっと…いや、かなり異質だった。


(………悪くはない。悪くはないけど――――)


 外観こそ無機質的な美しさを感じさせるものの、そこからキノコの如く生えているのは琥珀色の巨大な結晶。

 ガラス張りの外壁、周囲の土塀、鋼鉄の柱…などなどに、大小含め琥珀色の結晶が生え揃い、後光みたくなっている。

 パッと見の外観で安心感に胸をなでおろした以上、この落差にはかなり頭が痛い。例えば、安全確認を常に怠るネコの様な。


「へぇ、悪かねぇじゃねーか」


「うむうむ。形はともかくあれ為政者の居城というのはこうでなくてはな!」


 しかし、ロー・ハイル・ヘルシャフトこと十川四朗の幻滅を傍らに、崩壊寸前にも見える居城の有様に、快く笑みを浮かべる者が二人。


「え、えぇッ? 火煉、ニーナ、こんなのがいいのか?!」


「斬新でいいじゃねーか。なあ、ニーナ?」


 火煉は腕を組んで頷き、視線を至極色の少女へと送る。


「うむ。城とは為政者の力強さを示すモノ。ここまで()()()()()にこれを示しているというのは、さぞ美しくハッキリとした物言いをする御仁じゃろうて」


「そそ。ロー様は帝都暮らしが長かったから、こういう城。あんま見た事ねーんだろ? オレんとこの内裏もロー様が来た時にゃ、崩壊してたしな」


「え、あ、いや~……」


 豪放磊落な建築物にご満悦なニーナ・レイオールドと獄炎火煉。

 そんな火煉の過去を見知った故、答えずらい疑問に口ごもった後「では」と。

 常識人であろう隣人に諮問の機会を設けるべくローは声を掛ける。


「フィリアナ………どう思う?」


「……。わ、私は……ロー様と同意見です」


 いささか答えるまでに間があったが、どうやら十川四朗の感性に問題は無い様子――――たぶん。


「まあ、なんだ。往来の場で騒ぐのもなんだし……行こうか」


 ナシよりのアリな表情をしたフィリアナを筆頭に火煉とニーナを引き連れ、ロー・ハイル・ヘルシャフトはコベルニクス商業国“エノルスク城”へと足を運ぶ。





 軽石でさざ波を描いた緑豊かな日本庭園を両端に正門をくぐり抜け、泥落とし用のマットレスで足裏の汚れを綺麗にした後にロー達を出迎えたのはどちらかと言えば西洋風な和の内装だった。

 磨き上げられた床と壁はヒノキのようなフローリング、敷かれたマットは緋毛氈(ひもうせん)風の赤、天井には蛍籠の柔らかな光と螺旋を模した飾り電灯。その光を反射して部屋全体の照明に一役買っているのは、中央に置かれている六つの乳白色の長椅子、そして馬人と兎人と鳥人と動物の特徴を姿形に表した亜人種(おのおの)の受付嬢が居る乳白色の長机。

 天守の盃を支える為に内側に四つの柱、部屋の壁際には例の結晶が柱の代わりを担っていて、この受付…もとい(ビル)が崩れていないのは納得ができる。

 出入り口左に目をやると案内板が設けられており、一目見ればこの一階が何なのか理解はできた。

 受付の右手にはトイレ、左手には休憩室やら応接室などに続く扉。

 この部屋の右側、即ち北には魔法組合。

 この部屋の左側、即ち南には冒険者組合。

 即ち。商業都市的に言えば、ここは鍛冶屋を除く組合を合併させた役所であった。


「あれッ?!」


 流石は商業都市を作った商業国だと、その集権の手腕に感心しつつ。

 本来の目的である女王への謁見を済まそうと受付へと目を運べば、手前の長椅子に見知った二人の人間が見知らぬ五人と仲良く会談しているではないか。


「お主ら、なんでここにおるのじゃ?」


 その見知った夫婦にニーナが声を掛ければ、革鎧を着た釣り目の夫は驚きながら手を挙げて、銅色主体の軽装を身に着けた妻は杖を両手に深々と一礼する。


「皆さん!? 奇遇ですねこんなところで」

「お久しぶりです。ニーナちゃん、ハイルさん、火煉さん、フィリアナさん」


「ルイさん、ケイナさん。何でここに…?」


 ルイ・カンベルト、ケイナ・カンベルト。

 両者とも仕事で遠出する事が多い中堅(第六級)冒険者だが、まさかフーシードに最も近く冒険者の仕事がほぼ無いであろう商業国に居るとは、だ。


「おう、久しぶりだなケイナさんよ」

「最後にお会いしたのは三か月くらい前ですね」

「なのじゃ、なのじゃ~」


 久しぶりの再会でありながらも喜ぶより驚きの方が勝っているのは言うまでもない。


「お、オマエら、“白銀”の……?!」


 が。ローよりも、ロー達“白銀”を見て驚くは先程までカンベルト夫妻と話していた一団の恐らくは頭領。剣と盾に金属を使っていない革鎧を装備した金髪碧眼のエルフだった。


「なに驚いているんだポリオ? ……あー、確かにあの出世は私もびっくりしたがな。まあ、それはそれとして失礼だぞ。ハイルさん達はハンナの命の恩人なんだからな」


「え、そ、そうなのか?!!」


 ポリオ、と呼ばれた金髪碧眼のエルフは若干に憤って腕を組んだルイの忠言に従いながらも、まじまじとこちらを見てくる。

 品定めするように、或いは危険視しつつ臆病に。


「初めまして。冒険者チーム“白銀”の代表(リーダー)、ロー・ハイル・ヘルシャフトです」


「あ、ああ。オレは“レスレア”の代表(リーダー)、ターバ・ポリオだ……」


 彼の不安要素を打ち切るように、一つ咳払いをしてローは手を差し伸べる。

 すると、彼はおずおずとながらも握手。


「ちょっとターバ! 場に流されないの!!」


「な、何だよリル? ルイの知り合いだ。悪いヤツじゃねーだろ……?」


「……もう。そういう事じゃないわ」


 大きな帽子にカタツムリの甲羅を先端に付けたような大きな木製の杖、魔女らしく胸を強調した黒いドレスに身を包んだ「リル」と呼ばれた赤毛の女性は呆れる様に知ってそっぽを向いて。

 ターバ・ポリオは彼女の機嫌を直すべく、右往左往と両手を合わせて平謝り。


「ムゥ……。リル・ウィル殿、ワレらがリーダーがそう言うのです。そこまで()()する程ではないのでは?」


 手足には鋭い爪、腰には尻尾、露出している部分には赤茶色の鱗。

 竜の頭蓋と指の骨で出来た冠を被り、木の幹を編んだ首飾りと服を着こなすインディアンな恰好の蜥蜴人(かれ)は丁寧な口調で両手を叩き彼をフォローしようと彼女に問いかけるが、それは全くの逆効果だった。


「フシュ・レは黙ってて!! この人は場に流されやすいから毎度毎度言わないと駄目なの!!」


「おうコワイコワイ。南の湿地帯から来た蜥蜴人(フラシュト)は勇敢だね。『怒る女、危うきに近寄らず』だよ?」


 紳士的なフシュ・レとは対照的に乳白色の長椅子からひょっこりと顔を出したのは、二刀のダガーを二の腕に巻き付けた茶髪に童顔の少年…かとおもいきや、少々悪人面の小人(ヒュグハー)の成人男性。


「フム。そういうものですか……」


「コラ、適当なコト教えんなポック。全くヒュグハーは………フシュ・レも納得するんじゃあないよ?」


「へいへい。わかってるってブーケ。………――――ッチ、ドワーフはうるせーな」


「何か言ったかい?!!」


「いいい、いやなんでも!?」


 その小人(ヒュグハー)の男性を叱るように、これまたひょっこりと顔を出したのは腰まで伸ばした白髪の先端を丸く紐で縛っている女性のドワーフで、小さく童顔ながら髪色ゆえに幼さは皆無。

 彼女は魔法を付与した玄翁を持って振りかぶるポーズで弁明を促し、小人(ヒュグハー)の彼は引き気味に了承した。


「ま、そういうこった。さっきのは、このポック・ラパッチ様の個人の意見ってコトで」


「……ジアル殿も納得のご様子。承知しましょう」


 ふと、この賑やかさにあの仕事から会っていない“イータイルト”の面々を思い出してローは懐かしさを覚え、彼らの体たらくに呆れて溜息をついているルイに聞く。


「ルイさん。彼らは?」


 ローの疑問にルイ・カンベルトはバツの悪そうに小声の耳打ちで応じる。


「昔、私達が世話になった元冒険者のー……冒険者ですよ」


「元冒険者の冒険者……? 辞職してまた始めたって事ですか?」


「あ、いや。そういうワケではなくてですね……」


 呟くような会話を“レスレア”代表、ターバ・ポリオはその長い耳で挟むと身体を翻して向き直る。


「いいよ、気を使わなくて。元冒険者の冒険者……つまるところオレらは“シーカー”だ」


「“シーカー”? 聞いた事の無い職業ですね」


 ローの返答に先程まで騒ぎ立てていた五人は黙り込み、その代表は深くため息をしてから掻い摘んだ事情を述べる。


「“シーカー”っつうのは冒険者紛いの仕事をする傭兵だ。護衛に討伐に警備に色々……まあ、大体は元々が冒険者で規則を守れなかった冒険者崩れ(連中)のコトを言うのさ」


 要は冒険者の規則を守れなかったゴロツキだ。と、自虐的にターバ・ポリオは鼻で笑う。


「そうでしたか……立ち入った事を聞いて申し訳ない」


「いいよいいよ。最高位冒険者さんなら知らなくても当然だ」


 申し訳なさから目を伏せるローより前に出てきたのは、至極色の少女ニーナ・レイオールド。


「ふむ……じゃが何故ここにおる?」


「………どういう意味かな、お嬢ちゃん?」


「冒険者をクビにされたのなら、その総本山であるコベルニクス商業国に居るのは少々気まずいのではないか? それも、この首都の役所なら尚更じゃ」


 その幼げな容姿を生かして彼女は単刀直入に、ローも抱いたちょっとした疑問を口にする。

 ターバ・ポリオの説明からすると彼らは冒険者の規則を守れず解雇(クビ)された。

 そんな彼らの状況、例えば辞めさされた支社の本社に出向いてその受付で楽しく喋っているような感じだろう。

 冒険者に再就職とか辞職を考えていないのでそこら辺の事情は知らないが、するにしてもわざわざ中央大陸から本山であるこの国に来るのは、規則を破って解雇された身として些か風当たりが強いのではないか。

 端的に言えば―――彼らがここにいる理由がイマイチ思い浮かばない。


「あ、あー、それはねー………」


「観光だよ、か・ん・こ・う!」


 言い淀みたじろぐリーダーを見かねて、口酸っぱくニーナに檄を飛ばすのはドワーフのブーケ・ジアルだった。


「観光とな?」


「そ、観光だよ。こうやって冒険者は辞めさされちまったが、アタシらはいち観光客だ。ここの武具は目を見張る物が多いし、仕事道具を調達しに来るのは当然さ」


「じゃが、何故役所に? 首都に来たとしてもわざわざココに出向く事はあるまい」


「ここは魔法組合と冒険者組合が合併した城だよ? たたき売りされているモンやらの情報を手に入れるには持って来いなのさ―――――因みに、今はその情報を待っている所だよ」


 どうやら邪な勘繰りをしていたらしい。

 ここは会社ではなく、一つの国。一観光客としてやって来るのなら、そんな内情は関係ないようだ。


「うむむ。道理じゃな」


「だろ? それにしてもアンタらの装備凄いねぇ!!」


 『見た瞬間からピンと来た!!』という豪快な物言いを初めに、ドワーフな彼女はズカズカとフィリアナに詰め寄る。


「え、あ、あの~…」


「うん、凄いわ! アタシは魔法の武具についても知識があるんだけど、この翡翠色の装備一式は無駄なところが一切ない。“魔法使い用に洗練された”とでも言えばいいのかね」


「おお。分かンのか、アンタ」


 詰め寄られてたじたじなフィリアナをフォローするべく口を挟んだ火煉だったが、ブーケ・ジアルの慧眼に関心を示し、そこから始まったのは鍛冶師としての自慢と意見交換諸々。


「また始まったか……」


「ええ、“また”ですね」


 ターバ・ポリオのため息交じりの言葉にルイ・カンベルトは苦笑しながら頷く。


「『また』とはいつもこういう調子なのですか?」


「ああ、そうだぜ。白銀のヘルシャフトさん――――――こうなるとブーケの話は長いんで覚悟しておけよ」


 そうして、彼らの求める情報がまとめ上げられてカタログとして完成するまでの三十分。

 冒険者にとっての日常、多少の武勇、死肉の巨人(レクディオプ)の一件とその英雄譚について、一同は歓談に花を咲かせた。











 歓談は終わり、レスレアの一行と別れを告げて。

 全都市共通の格好をした受付嬢に今回の要件を話し、予め貸与されていた腕輪(ブレスレット)と書簡を見せれば黙々と受付左手にある扉の先へと通された。

 どうやらカンベルト夫妻も途中まで道のりが同じ様で、彼らと共に灰色のマットが敷かれた廊下を馬人種の受付嬢に案内された先にあったのは、中世や大正の…いや現代チックな異世界観を吹き飛ばす木製の扉の昇降機(エレベーター)――――因みに大型の貨物用だ。

 どの国にも類を見ない最新の技術だと馬人種の受付嬢(エレベーターガール)は言う。

 大型の昇降機(エレベーター)は魔法によって細分化そして迷宮化した内部を縦横無尽に駆け上がり、ものの数分で最上階まで到達できる魔法のない世界であったならば搭乗員は全員バターとなっているであろう、まさに最新鋭の大型昇降機(エレベーター)

 入口上部のカメラにて魔法の道具袋(マジックポーチ)の中身全てを含めた入念な手荷物検査(スキャン)が乗る前に行われる為、搭乗するのに最長で十五分は掛かるらしい。

 それを見越して椅子などが壁際にみっちりと用意されている所から遅いのは省くことのできなかった仕様(欠陥)のようで、せっかちな人間用にと昇降機(エレベーター)出入り口の隣に最上階まで続くカメラ付きの階段も一応にある。

 ただ、おかげでカンベルト夫妻とも落ち着いて話す機会が設けられた。

 壁際に備えられた椅子に横一列。腰を下ろして聞いてみれば、ルイとケイナの二人が商業国に来ていたのは国籍をコベルニクスに移す…つまるところが、移民の手続きをする為に来たのだという。

 別段、王国に不満があるわけではないらしいが国籍を商業国に置いた商業都市住まいの方が遠征の多い仕事柄、娘の安全や村の取り決めに従わなくてよい分幾ばくかの()ができるそうな。

 しかして、その()に辿り着くまでには険しい道を練り歩いていたようで、家を多く空けていたのもその費用を稼ぐ為との事だ。

 曰く、冒険者組合と王国との契約で点在する村々に冒険者や円満退職した元冒険者を配置する事が義務付けられているらしい。

 村の規模によってまちまちだが、第六級ならば一組、第四や第三級なら三組程度と村への居住が定められており、これは時折り人里に現れる魔物への対策とのこと――――因みに、ロー達“白銀”のような最高位冒険者は都市や国のお抱え冒険者になるので件の契約内容とはまた違った特別枠である。

 そんな任地を離れるならば、他の冒険者を村に迎え入れる為に謝礼金や防衛費として莫大な費用が必要で、ルイとケイナは必要経費をびた一文揃えて見事に納金したそうだ。

 そうして、残すは国籍を移す為の最終試験。

 冒険者組合と魔法組合の本部長、首都長による商業国にふさわしいかどうかを素行やこなした業務内容を確認して選考する面接のみである。


「では、私達はこれで」


「ええ。面接が上手くいくことを願っています。それではまた」


 プレイヤー故の弊害か。魔法の道具袋(マジックポーチ)という名の異空間(インベントリ)は受付嬢の予想と説明を超えて、数分で手荷物検査の終わった夫妻を後目に見送った後もまだ続いていた。

 澄ました顔の馬人種の受付嬢(エレベーターガール)もこれには流石に冷汗が額に浮かぶ。

 故障か何か。考えうる最悪の事態を想定するも、エレベーターガールのそんな心配は杞憂に終わり、昇降機(エレベーター)の扉がゆっくりと開く。


(さて……――――)


 あの二人なら大丈夫だろう。と、乗り込んだ昇降機(エレベーター)の扉が閉まってガクンと音を立てて上昇し始めるのと同時、ローはおもむろに念話魔法<レテス>を発動させる。


〔フィリアナ、火煉、ニーナ。聞こえるな?〕


 口を開かぬまま話す議題は、当然今から出会うプレイヤーであろう女王陛下について。


〔どーしたよロー様? ハラでも痛てぇのか?〕


〔ああ、若干………痛ッッ―――――?!!〕

 

 ミシリ、

 ミシリ、

 ガギリ。

 頭蓋を軋ませる鈍痛が瞬間、十川四朗ことロー・ハイル・ヘルシャフトの思考を妨げた―――――火煉の冗談を返せないほどに頭が痛む/両手で押さえてもままならぬ。


「ロー様!! 大丈夫ですか!?」


 すかさず右隣にいたフィリアナがフォローに入ろうとするものの、頭痛は一瞬の内に過ぎ去って。後を引くように残されたのは前頭葉を少しばかり締め付ける鈍痛だけ。


「オイオイ、大丈夫かよ…?」


「……あ、ああ、問題ない。本格的に風邪でも引いたかな……」


「とても問題なさそうには見えんがの。今からでも引き返した方が良いのではないか?」


 ニーナの提案にローは首を横に振る。

 確信こそないが女王への謁見で先の鈍痛が再び起きる事はないだろう――――今はそんな事よりも、もしもの時に備えての作戦だ。


〔フィリアナ、火煉、ニーナ。今から接見するのはコベルニクス商業国の最高権力者…恐らくは俺と同じプレイヤーだ〕


〔おう。分かってるって。気を付けりゃあいいんだろ?〕


 作戦、といえば耳障りの良い言葉だが女王と直接の謁見をする以上、今から話すのはもしもの時に素早く撤退する方法についてだ。


〔その通り。しかし、何事にも例外はある。穏便に事が済んだならそれで良し、済まなかった場合は……火煉と私が防御に回る〕


〔……ふむ。ならば、妾とフィリアナは退却の手筈を整えたらよいのじゃな?〕


〔そうだ。フィリアナ、ニーナ、その時は手早く頼むぞ〕


 作戦とは言い難いお粗末で大雑把な命令だが、これはもしもの時の…不測の事態に陥った場合の算段。

 わざわざ商業国への招待状を出すぐらいなのだから“白銀(こちら)”の話はある程度聞き及んでいるはず。理性的なヒトでなければ、何百年の歳月も国を持つ事は不可能―――――だからこそ、一応に気を付けるぐらいの、こんなお粗末な話し合いでも大丈夫なはずだ。


〔うむ!〕

〔はい!〕


 元気の良い二人の返事を最後に念話魔法<レテス>よる会話を終了。と、


「到着いたしました。最上階です」


 昇降機(エレベーター)の扉が開かれて。馬人種の受付嬢(エレベーターガール)が一足先に降りて、ロー達はそれに続く。

 一つ数えて息を吸う。

 二つ数えて息を吐く。

 三つ数えて深呼吸。

 これを三回と続けて気持ちと痛みを落ち着かせ、服装や諸々の乱れが無いかを確認して準備は完了。

 木目鮮やかな和の回廊を歩み三十秒。案内する彼女の足が止まったのは、和の雰囲気からかけ離れた西洋風の赤い両開き扉の前。

 

「白銀の皆様をお連れしました」


「うん。入っていいよ」


 受付嬢が三回とノックすれば、かなり若い女性の声が入る事を良しとして。ゆっくりと馬人の彼女が扉を開いた。


「あ、え…」


 思わず、間の抜けた声がローの口から漏れる。

 明るく花の香りが漂う和洋折衷の天守閣ともいえる一部屋には三人の女性が居た。

 一人は、上座の赤いソファに座っている二人を護衛するべく街を眼下に一望できる窓硝子とソファの相中。肌に張り付く黒色の忍者のようなボディスーツを着こなし、腕を後ろに“休め”の体勢で不動を保つは機械の関節部が見え隠れする若葉色の長髪の自動人形(オートマタ)…ないし、人型機械(アンドロイド)

 一人は、悠々自適に適切なマナーで膝下の大きさの机にある紅茶を楽しんでいる。

 白群の瞳、銀に輝くの短めの髪と猫耳、ゆらゆらと喜びを表す尻尾、こげ茶色の細めで美しい肢体、お偉方でなければ“痴女”と呼ばれても差し支えの無い水着のような恰好で、空色の布にて飾り、最低限の場所(モラル)は当然覆い隠されている。

 一人は、その右隣り。

 紅茶を楽しむ彼女とは対照的に白い肌にライダーズジャケットとホットパンツを着込み、チャック付きのブーツを履いた金髪碧眼の女性…いや、見てくれ的には少女。そして、背中から大きな隼の両翼を模した光の翼を生やしている。


「“初めまして”と言うべきかな? それとも、“久しぶり”と言うべきかな?」


「なーに言ってんの。こういう時は久しぶりだよ、ニャルニャル」


 三者三様の亜人種。その内の二人、ソファに腰かけた彼女らをロー・ハイル・ヘルシャフトとして十川四朗は知っている。


「…………ななな」


 衝撃、開いた口が塞がらないとはこの事か。

 撤退の算段なんて那由他へと飛んで行き、十川四朗は精一杯にその驚愕の感情を素っ頓狂に濁すことなく口に出した。


「ニャルトリアさん!! マナさん!! なんで……?!!」


「そんな驚かなくても……ねー、ニャルニャル?」


 光の翼を持つマナ・イーターは首を傾けて語り掛け、某猫の彼女…ニャルトリアは一瞬暗く瞳を伏せたかと思えば、笑顔でこちらに微笑みかけてきた。


「そうそう、マナさんの言う通り。旧知の仲なんだから快く歓迎するよ」


 そう言って。

 【ブレイスラル・ファンタズム】にて孤高(ソロ)の時代に見知った二人が、コベルニクス商業国の首都エノルスクのエノルスク城でロー・ハイル・ヘルシャフト一行、最高位冒険者“白銀”をこの国最高位の権力者として出迎える。

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