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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第一章【白銀の英雄】
36/155

【赤目赤毛の少女を拾った鍛冶屋。そして、その少女の記憶(過去)】後編

 出会いと別れの季節。冬ってのは、そんなもんだとオレは思う。

 だからこそ好きだし、だからこそ嫌いだ。

 あの日の暗い寒空が出会いの日であったように。この日の真昼の寒空が別れの日だったように―――――






 神人暦、十七万と三五五六年。雪降りし、曇り空。

 獄炎火煉が十八歳となった真冬の時期。または、別れの季節。

 ()()は、唐突に雪崩のように始まった。


「火煉、必要なモンは持ったか!!?」


 島国であるカガビコ国の首都、天上京の南西部にて。

 対凶ツ星の病用隔壁として二十と構えられた縦三十メートル、横五十メートル、長さ三キロ弱の吸収壁(アンバシス)を凶ツ星の病が一つ“クロバミ”はその億をも超える物量で文字通り、()()()()()

 そうして、最前線は瓦解。

 南部にあった白亜の内裏、隔壁以上に分厚くある吸収壁(アンバシス)の牙城要塞を“クロバミ”はシナト・明善院とその結界ごと喰らい付くし、もはや都に、この国に安全である場所は存在せず。

 雪崩れ込むは彼岸をも覆い尽くす“クロバミ”の大軍勢。生き残った明善院の者らや彼らに仕える高官は前線を引き下げながらに天上京を守るべく、後手後手の計略を張り巡らせるがもう遅く。

 全てを回るのに竜車で五時間はかかるこの天上京の町を到達から約十時間、墨でまだら模様を描くようにクロバミは天上京を南西部から覆い尽くし始めてしまったのだ。

 その光景に内裏は防衛線を諦め、『カガビコから脱出セヨ』という全国民に対しての発令を最後に音信不通となった。


「おう! いつでも逃げれるぜ!!」


 各々が考え、逃げ、住民たちは我先にと“クロバミ”に背を向けて走り出す。


「よし、なら行くぞ!!」

 

 天上京一の鍛冶屋の親子も同様に。

 鍛冶屋兼魔術師として必要なモノのみを牛鬼の皮で作った背嚢に詰め込み、入りきらぬ剣などは腰や肩に下げて、焔燃ゆる藍色の羽織に深緑の脚衣、朱色の下駄に胸にはサラシの獄炎火煉は威勢よく獄炎卜部の問いに頷いた。


「―――ッ?! もう来やがったか!!」


 中庭より覗く獄炎卜部邸の表玄関が真っ黒な影に包まれ始める。そして、一部があぶれ出て、怪物は“個”の姿を現す。


『ぐきぃいいきぃっ……』


 大きさは成人男性程度で二本づつ手と足があり、指の数は手に五本と手首に三本の計八本、足は対照的に指の無い楕円形。真っ黒な霧を纏っているかのような身体には凹凸は見られず雄雌は不明。

 唯一、あれらが生物だと認識できるようにか、赤く光る二つの瞳と真っ白で綺麗な歯ならびが黒い海に浮かび上がるようにある。

 その名は“クロバミ”。

 外宇宙(ソラ)より来たれり、暴食の権化の指先が一つ。


「親父!」


「わぁってるッ。裏口から逃げるぞ!!」


 火煉と卜部に気が付いたクロバミ共は一斉に二人へと視線をやって、その赤い目と白い歯で食材を見つけた事に喜びを示す。


『みみミみミィィつぅぅううけタァァァアアッッッッ―――――――!!!』


 あれらはうつろな笑顔と金切り声の雄叫びを上げて、獲物が動かぬよう溜飲せり上がる重圧(プレッシャー)を二人へと浴びせる。


「…く…あ………」


「火煉ッ!!」


 指一つ、息継ぎさえ忘れてしまう圧倒的な恐怖(食欲)。だが、卜部はそれを飲み下し、気圧された火煉の手を取って工房の中にある裏口の板戸へと全速力で走った。

 勿論の事、追ってくる。

 食事の機会を逃すまいと津波のように団子となって追いかけてくる。


「<岩よ、刺され>!!」


 あれらに対し、魔術は意味を成さず霧散する。

 ならばと、工房に飛び入った卜部は渋々置いていくことになった鞴や火床に金床、果ては魔術で使用する宝石類をバケツからひっくり返したかのように呪文にて壁と成す。

 これにて十分程度は持つであろうと、


「<玄翁持って鉄を打つ>」


 続き、クロバミの怒号と壁を破る衝撃を背に裏口の結界を解いて裏通りに飛び出せば、


「―――ッッ?!」


 四方八方は塞がれて、百八十度全てが真っ黒な闇と赤い目で覆われていた。


「お、親父ッ……」

「わぁってる」


 火煉の震える声に周囲のクロバミを警戒しつつ卜部は静かに頷き、自らの持ち物を今一度と確認する。


『ほしいぃいいいぃいイイいい』


 逃げる為に使えるであろう物は無い。


『ワたしワあしだぁぁぁ』


 こいつらに有効的な武器はある。


『オれぇはうでがイィいい……』


 だが、それを振るう事は叶わない。


『ロウジんはクれテやるぅうぞぞおお』


 何故なら、力ある者でなければ燃やされるであろう概念武装であるからして。


『オんな、オンナ、くいてぇぇ』


 クロバミどもは怨嗟のような渇きの声を上げながら着々と、ゆっくりと二人(えもの)との距離を確実に詰めてくる。

 迷っている暇はない。

 ここで背負っていた炎刀を抜かなければ自身はおろか、火煉までも食い殺される。


『ウヌロオォオオオオッッッ―――――――!!!』


「しまっ――――?!」


 そう。迷っている暇など、考えている暇などなかったのだ。

 十分程度は持つであろうと卜部が構築した即席の防壁。そう楽観視していたが故に、おおよそ一分弱で喰い破られて、卜部と火煉の喉元へと空腹の怪物は歯をむき出しに喰らい付く。

 食べ物を欲する赤子。

 飢餓に苦しんだ長旅の末、遂に糧を得ようとする者。

 形容するならば、食べる事に貪欲な存在。奴らの涎滴る口が迫る中、死が迫る中、終わり悟った卜部はふとそういった感想を抱く。

 彼の声が聞こえるまでは。


「卜部おじさん!! 火煉姉ちゃん!!」


 闇夜よりも真っ黒で白い歯と赤い目を浮かばせた食の亡者の大群を、炎燃ゆる一振りの刀が斬り裂き、横なぎに炎を振るい、獲物(二人)に喰らい付こうとしていた奴らを燃やし、悉く討ち払っていく。

 そうして、彼が現れて数分も経たずクロバミの群れは跡形もなく霧散していった。


「大丈夫? 二人共?」


 水の流れる様を模した鋼の軽鎧を右腕全体と短い外套(ペリース)の付いた左肩に左手と装着した暗い青色のロングコート式軍服。

 和の雰囲気漂う天上京には似合わぬ格好だが、これこそ今の検非違使の装束である。

 二人を救い声を掛けて来たのは、そんな装束を百八十センチの身長で見事に着こなし、黄色の髪を揺らす瓢箪を背負った魔人種の知り合いだった。


「あ、ああ。助かったぜ……フェイル坊、だよな?」


「そうだけど、何か変?」


「いや、変てワケじゃねぇ。四年も見ねぇ内に随分とタッパがデカくなったなぁ、と思ってな?」


「そりゃあ、父さんの知り合いに訓練は付けてもらったし、なにより魔人種は身体の成長が早くて生まれて十年ぐらいで成人の身体になるからね」


 刀を持った右手で胸を叩き自信満々なその姿、人間から見ればどう見ても大人な十四歳のフェイル・グレイ・フーギュリー。


「軍…じゃなくて、検非違使になれたのもこの身体(みため)のおかげだよ」


 天上京の魔を打ち払う検非違使を勤めるには、成人である十五歳というのが最低条件。

 曰く、それをフェイルは踏み倒して早々に入隊するべく父親に頼み込んだらしい。

 父親としては商人の道を歩ませたい所ではあったが、誠実な息子の望みにダリオンドはというと“元軍人である知人の訓練に一年と二カ月耐えられたのなら”と、一つ条件を提示した。

 フェイル・グレイ・フーギュリーは見事その条件を達成し、ダリオンドは頷いて人脈(コネ)を使い、検非違使…もとい天上京の軍にフェイルは入隊。

 検非違使となって一年間。

 今の今まで前線で戦っていたのだが、本丸の内裏が崩されたと聞いてこっちに文字通り飛んできたそうだ。


「て、長話してる場合じゃなさそうだ……」


 ひとまずの安息も与えられず、段々と周囲には獲物を喰らう怪物の産声と瘴気が四方八方に満ち始める。


「破ッッ!!」


 刺さる様な重圧、闇より出でる咢、終わりなき飽食。

 炎が一閃。フェイルは刃に魔力を乗せて物理的な干渉とする事でそれらを一気に焼き尽くす。


「おじさん、お姉ちゃん。ここから東の外壁に他の検非違使が避難用として穴をあけてるから、二人はそこに向かって! 父さんが逃げる算段を付けてるから!!」


「向かって…て、フェイルはどうすンだよ?」


 またぞろ増え始めんとするクロバミが来るであろう道を眼前に見据えつつ。

 火煉の言葉に背を向けて敵と対峙するフェイルはこちらに振り返って笑みを見せた。


「逃げ遅れた人の救出と逃走経路を確保するよ。ここでクロバミを食い止めなきゃ、奴らまた津波みたいに押し寄せてくるだろうからね」


 そう言ったフェイル・グレイ・フーギュリーの背中はとても大きく、そして儚く。まるで…いや、無理をしていた。

 よくよくと見れば、腕や足からは血が滴っており、重傷ではないが軽傷でもないことが窺える。

 そんな怪我をしながらも気丈に振る舞う彼の姿に、ふと火煉は自らの始まりを思い出す。卜部と出会う前、一番大きな子に助けられたあの時の事を。


「火煉、姉ちゃん……?」


 自然と。

 ごく自然と、フェイルの大きな背中に細い両腕で握りしめるかのように火煉は逃がさぬよう触れた。


「だったら…だったらッ、一緒に逃げよう!! そんなになってまでフェイルが無理することじゃないよっ!?」


 煙幕玉、魔術の炎が込められた魔石、油壷。


「ほ、ホラ、逃げる為の道具も揃えてるし……ね、早く――――――」


 目頭に涙をにじませて火煉は背嚢から凶ツ星の病に対して効くであろう道具を取り出し、確かめるかのようにフェイルへと見せびらかす――――――もうここで別れたら、出会えないような気がして必死で引き留める為に。


「火煉姉ちゃん」


 振り向き、刀を捨てて。フェイル・グレイ・フーギュリーは獄炎火煉という少女を優しく強く抱きしめた。


「ぼくね。検非違使になったのはこの都を守りたかったからなんだ」


「え…?」


 少女は涙を流しながら彼の逞しい胸の中で顔を挙げる。


「天上京の景色も、食べ物も、卜部おじさんの工房も、好きだから守りたかった」


「………」


「それに……――――」


 今更ながらフェイルは顔を赤くして天を仰ぎ、自身の考えを煮詰めて恥ずかしながらも吐露した。


「それに……ぼくは、か、かぁ…火煉が大好きだ!!」


「………ふぇ?!」


 突然、唐突。

 あり得もせず、考えもしなかった彼からの告白に火煉の思考は一旦と行き詰まる。その思考が再開すれば、胸に抱かれたままの彼女は髪の色同様に頬を真っ赤に染め上げる。


「そ、そそそ、それは…………」


「男として、獄炎火煉という女性を愛してるってコト…………だ、よ」


 言っていて恥ずかしくなったのかフェイルは火煉の肩に手を置いて、抱きしめていた体勢から引き剥がすように距離を取り、


「――――……だから行って。守らせて」


 顔から火が出ている真っ最中でイマイチ格好がつかないものの、真剣な眼差しで彼女を見つめる。


「…………うん、わかった」


 フェイル・グレイ・フーギュリーという男の、好きだと言ってくれた彼の覚悟に獄炎火煉は涙を拭いて笑顔で快く頷いた。


「“フェイル坊”とはついぞ呼べなくなったな。―――――こいつを持っていけ、フェイル」


 見計らい、卜部は背負っていた炎刀をフェイルへと手渡した。


「これは……?」


「手前のカエデ、そろそろ寿命のようだからな。餞別と言っちゃあなんだが、そいつを渡す」


 禍々しく、煌びやかに聖なる力を帯びている金と赤の鞘に収まった一刀。

 鯉口の辺りには古めかしいお札が十枚と張られており、抜刀は今ではない事が理解できる。


「名を“日輪地祇(にちりんくにつかみ)”。手前なら振るえるオレさまの最新作。概念武装だからな、一刀しかできなかったのはご愛敬だ」


「ありがとう。()()()()()


 突然の宣言にむせかける卜部だったが、深呼吸して気の早いガキへと脳天チョップ。


「あだぁ?!」


「莫迦モン。十五にもなってねぇのにその呼び方はまだ早ぇ!」


「ええー、おじさん認めてくれたんじゃなかったの?」


「それとこれとは別の話だ莫迦モン。――――……じゃあな。生きて帰ってこい。オレさまの愛娘を悲しませるんじゃあねぇぞ?」


 卜部は火煉の肩を叩いて東への小路に踵を返し、駆けていく。


「……フェイル!!」


 その途中。火煉はグルリと身体を翻して、愛する彼へと声を掛けた。


「オレ…いや、私、待ってるから。絶対、ぜぇぇっったい生きて帰って来て!!」


「……うん!!」


 もう一度、今一度と火煉を抱きしめたくなったフェイル・グレイ・フーギュリーだったが、彼女の声援に後ろ髪引かれる思いは消えた。


「嬉しいな。ホントに」


 フェイル・グレイ・フーギュリーという男は己が責務を果たし、愛する者の元へと帰る。と、芯を胸に抱き、いざ敵と向き合わん。

 数十、数百と増えつつある黒影。

 暴食の権化を前にして“日輪地祇(にちりんくにつかみ)”を御し、太陽の炎を周囲へ纏いながら抜刀。


「さぁ、来い!! 化け物どもッ! 」





 終わりの無い悲鳴。

 ごうごうと燃える音、臭い。

 天上京は地獄の坩堝。他人に構っている暇などなく、獄炎卜部は獄炎火煉と共に走って、走って、走り抜ける。

 クロバミが現れれば油壷に火を着けて遠ざけ、群れに見つかったのなら煙幕で振り切る。

 双方、膝は笑い、肺は潰れるように痛む。いや、獄炎卜部の方が歳と運動不足のせいで火煉よりも四肢に身体は痛みに痛む。

 火煉はそんな親父に悪態をつきながら支えつつ。遂に東の壁に開けられた大穴へ辿り着いたのであった。


「卜部さん、火煉ちゃん!!」


 天上京は山に似た高台に構えられていて外へと出れば、うっそうとした森が広がっている。

 その中からひょっこりと姿を現したのはフェイルの父親、茶色の背広を着こなすダリオンド・グレイ・フーギュリーだ。


「ダリオンドさん!」


「おお、良かった。二人共無事だね――――…いや、息子はどうした?」


「手前の息子なら逃げ遅れた人を助けにまだ町に居るさ…」


 肩で息をしながら卜部は端的に伝え、ダリオンドはその答えにしばし沈黙をするも意を決して「そうですか」と一言。


「では、逃げましょう。こちらです」


 踵を返してダリオンドは迷いなく森の中へと入る。

 卜部に肩を貸した火煉も続き、彼の後を付いて行けば二足歩行で黄土色の鱗の竜、シュヴァーフを二頭と従えた鋼鉄式の竜車が一台、一応に草木を纏って停車している。

 御者が座る場所には鋼鉄の屋根がついており、キャリッジの部分も同様に窓は隙間程度の穴。さしずめ装甲車である。


「手前、コレくっ付けたのか?!」


 卜部が呆れつつ喜びつつ顎をしゃくってさしたのは、ダリオンドが草木を払った竜車の後部座席。

 そこには、鉄板二枚を盾として装備した砦防衛用ながら形状はクロスボウに近い木製の小型バリスタが鎮座していた。


「ええ。貴方に改良してもらった連射式のバリスタです。後ろは任せましたよ!」


「火煉、手前は弾込めだ。準備しろッ」


「お、おう!!」


 天上京から沢山と煙が上がり、爆発が起き、もはや一刻の猶予はない。

 ここが見つかるのも時間の問題だと。味気の無い灰色の車内に手荷物を乗せて。卜部は銃座に座ると引き金(トリガー)であるクランクハンドルを握りしめ、火煉はその下でクロスボウの矢が均等に込められた赤子大の木箱(マガジン)を両手で持つ。


「よし! いつでもいいぜ。走らせろ、ダリオンド!!」


 卜部の言葉にダリオンドはシュヴァーフ二頭に鞭を打ち、隠れていた森の中から開けた道へと一気に走り出す。

 大通りにはクロバミ共が蔓延っているだろうとダリオンドは草木にまみれた森の中、緩やかな坂となった獣道をシュヴァーフの足が絡まないよう慎重に、大胆に、下って、おおよそ五分。


『……う…………ッッ――――』


 何事も無く逃げの算段が達成したと思われた瞬間、大通りなら舗装されたコンクリートの道路から土の地面へと変わる頃合い。

 静かであった森の中から鳥が飛び立ち、奴らの血相変えた声と姿が走る竜車の後ろから響いて来る。


「連中、もう気付きやがったぞ!」


 まるで、雪崩。

 まるで、津波。

 木々をなぎ倒しながらに。


「ダリオンド!! もっと速度出せねぇか?!!」


「無理だ! これ以上出したら横転する!!」


 真っ黒な塊に白い歯と赤い目が浮かび上がったソレが逃げようとする獲物を視界に捉え、より一層速度を増して迫る。


『にぃぃクううううううぅううウウッッっ―――――!!!!』

『クぅぅうぅワセぇぇぇロぉおおおおっっッッ―――――!!』


「コレでも食ってろダボがぁッ!!」


 狙いを定めクランクハンドルを回し、卜部は真っ黒な塊へと小型バリスタを連射にてお見舞いする。

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ―――――。まるで竜の行脚が如き低い射出音(いななき)と同時に矢を放ち、命中すれば黒い塊に少しばかりの穴が開く。


「ちィッ…」


 だが、それは炎を纏わないただの矢。クロバミにとって致命傷にはならず。

 緩やかでも彼らが逃げるは“坂”。獲物の反撃により一層クロバミは速度を増し、一つの個体となって装甲車へと差し迫り、その大口をあんぐりと開けた。


「火煉ッッ!!」


「わぁッてるっつの! そりゃっとッ!!」


 “動植物が獲物を齧る瞬間”…もとい食事にありつく時というのは、どのような存在であっても必ず“隙”が生まれるものだ。

 獲物が喰える。食事にありつける。


「掛かったぜ親父!」


「おうッ! <焔>てなァッ!!」


 もはや調理されている存在なら、その暴食は受け入れられるであろう。だがしかし、まだ生きているモノを相手にして、その道理は()()()()()()()


『うぅぅうぅっっギャガアァァァァァァァッッッッ――――――?!!!』


 奴らに魔術の類いは効かないが、物理的な攻撃ならば届く。

 火煉が投げた油壷を獄炎卜部は撃ち落とし、中身を個となったクロバミにぶちまけた所で<焔>を付与した火矢を一発。

 さすれば“油”へ焔が燃え広がり、火だるま一丁の出来上がりだ。


「よっしゃ。命中!」


「やったな親父!!」


「森を抜けます。備えてッ」


 クロバミを退けた三人は天上京の城下、田畑広がる農村へと躍り出る。

 第一避難区域に指定されているそこは米の栽培が主で、農村の中央には穀物の品質を管理する巨大なドームが構えられており、天上京から逃げ延びた住民はそこへと向かうように()()()()()


「そ…んな……」


「どうしたダリオンド?! 急に止ま………おいおい……」


 そう、なっていたのだ。

 本来ならば、第一避難区域に逃げ延びた住民はそこから陸路か空路にて同盟国の帝国へと足を運ぶ算段。しかして、ダリオンドと卜部、続いてひょっこりと装甲車から顔を出した火煉が目にしたのは、その算段の大ご破算。

 即ち、この国の終わりの光景。真っ黒に塗りつぶされた田園風景。


「………マジかよ」


 “凶ツ星の病”とは、人を含めた動物に感染するモノだからこそ。星の資源全て喰らう敵対性異星生物(エイリアン)だからこそ。

 この星から切除せねばならぬ害悪が故に“病”と呼ばれている。

 その“敵対性異星生物()”は六種類の姿が確認されていて弱いモノほど数が多く、強いモノほど数が少ない。

 まずは最弱、病の名を“クロバミ”。

 人型、体長は二メートル程度で力も同様に人間程度で訓練を受けた兵士の場合、一~三体であれば対処は容易。ただし、その物量は侮れない。

 下から二番目、病の名は”カズィル”。

 不定形の黒い影で、地面を泳ぐように移動する触手を生やした敵対性異星生物(エイリアン)だ。

 カズィルは身体の中心に大きな口とその周囲には福笑いが如く散りばめた目を沢山と持っており、その数センチも無い紙のような体の内部構造は不明。

 数も多くはなく地面に注視すれば敵ではない。が、地面を泳ぐように移動しており、移動中の馬や竜の足を食われる事が多い。

 下から三番目、病の名は“オフュー”。

 全長八メートル、クロバミと同じく体表を黒い靄で覆っている。麦わら帽子を二つ合わせたかのような円盤型で原理は不明だが空を飛んでいるタイプ。“凶ツ星の病”の軍勢にとって上空からの索敵係。しかし、飛び道具は持ち合わせていない。

 唯一の攻撃もとい捕食の際に円盤の下部を開いて、恐らくは口であろう箇所から五メートル程度の触手を伸ばし対象に突き刺して捕食する。意外にも身体は脆く、当たれば弓矢でも撃ち落とせる。

 上から三番目、病の名は“ブルアルド”。

 全長十五メートル、例えるなら姿形も色も合わさって歩く豆腐だ。

 長方形の身体に前足が二本、後ろ足が二本、前と後ろに挟まれて側面からは角ばった補助足が左右一本ずつ。正面にはまん丸な目が二つとギザギザ牙の見える小さな口が一つ。それと、背中に全方位を見る為の目玉沢山のアンテナを生やしている。

 ブルアルドの主な役割は、抉れた形に穴の開いた脇腹に収容している下位種(クロバミ)等の放出と敵地域への突貫で、走り出せばその巨体ながら約十五秒で最高時速百八○キロを出し、見た目からは想像できぬ硬さで隔壁などを粉砕する。ただ、速度を早々と出すが故に関節部は脆く、砲撃等でへし折る事は容易。

 上から二番目、病の名は“トラインタ”。

 全長三十メートル、黒い靄に覆われている。生物から一番かけ離れた形をしており、その姿は丸い球を三本の屈折した柱で掲げた四角い土台下部の腹足綱で自走する塔。さしずめ、運動会の優勝トロフィーみたいな形状である。

 役割はまま不明で、一部の学者の話では『侵略した土地に二、三体と置く“凶ツ星の病”の自走基地』だとか『ブルアルドを輩出するところから“凶ツ星の病”を生み出す装置』だとか。

 だが、最も脅威なのはそれらの能力ではなく、半径三十メートルの周囲に鉄をも溶かすを酸を霧状に散布する能力。一度と、その酸に触れてしまえば十五秒程度で全身が溶かされてしまう恐ろしいシロモノ。そして、ヤツは喜々としてドロドロに溶けた対象(ソレ)をノズルのような口吻を伸ばして啜るのである。

 最後に。凶ツ星が病の頂点、俗に言えば司令塔、名を“ロウク”。

 全長は二メートルで形はクロバミと同じく人型、捕食方法も同様。しかして、戦闘能力と知恵が他の凶ツ星の病と一線を画しており、昨今の帝国兵でも勝てる者は一握り。

 手や足など肉体の一部をあらゆる武器に変化させることができるのが特徴で、軍勢が現れれば一体いるのは確実だ。


「なンなんだよコレ、一体どういう事なんだよ。親父……意味が分かんねぇよ………」


「……オレさまにも分からねぇよ。だが――――天上京は、この国は終わりって事は分かる」


 火煉はその現状を眺望し、愕然と卜部は言葉を垂れる。

 ダリオンド、卜部、火煉…彼らが見た田園風景とは、指さし指示で人語をかえす指揮官まで揃い踏みの真っ黒な景色。

 周囲に立つは三本のトラインタ。ブルアルドが脇腹に内包していたクロバミを下ろし、オフューが周辺を警戒し、ロウクの指揮の元で各自がカズィルやクロバミが隊列を組む。

 当然、放心してしまうとも。

 当然、絶句してしまうとも。

 天上京…いや、人類の敗北はここまで差し迫ったものなのかと確信を得てしまう程に、その景色は絶望的であったのだから。


「……逃げましょう」


 絶望の光景を前にダリオンド・グレイ・フーギュリーは息を飲み、冷や汗をかきながら二人に淡々と告げる。


「『逃げる』って、この軍勢を前にか?!」


「いえ、北西に向かいましょう」


「何言ってんだ?! 北は海が広がっているんだぞ?」


 天上京の北部は広大な海が広がっていて、漁業の場となっている。

 一応に、ダリオンドの故郷である千年魔境の大瀑布がその大海原の先にあるものの、この状況だ。

 今頃行ったって船も何もかも無いに決まっている。逃げるならば、クロバミのやって来た南へと向かわなければならないだろうと、


「そんな場所、どうやって逃げるッてンだ!!?」


 卜部の確信めいた思い込みをダリオンドは首を振って否定した。


「一隻だけ……私が牛鬼を取る為に使っていた漁船が海辺の洞穴に隠してあります。息子にも、もしもの時はそちらに避難しろと言っていますのでそこに向かいましょう」


「………大丈夫なんだな?」


 もし漁船が無ければ、一巻の終わり。

 後ろは海で前は凶ツ星の病が溢れんばかり、そうなれば後は食われるのを待つだけの食材だ。


「賭けるしかありません。従業員がその船を使って避難していないとは限りませんので…」


 物事に至って確信を得れない商人が馬耳をしょげさせて不安のみの言葉を紡ぎ終わった瞬間、途方もない重圧(プレッシャー)が三人へとのしかかった。


()()()()()……出せっ! 迷ってる暇はねぇッッ!!」


 数千万の大軍勢の視線が一斉に逃げ延びた三人を視認し、ダリオンドはケツに火が点いたように竜車を北西方面に翻して再び森の中へと脱兎の如く駆け抜ける。


「親父、オフューだ!!」


「分かってらぁッ!! 火煉、手前は森に油と火を撒け。クロバミ共を近付かせるな!!」


 かくして決死の逃走劇は始まった。

 卜部はオフューの目を逃れんと小型バリスタで丁寧に迅速に一体づつ浮遊する円盤を撃ち落とす。

 火煉はこれでもかと手持ちの油壷を装甲車から外へと放り投げ、<焔>と唱えて木々をかき分けながら走ってくるクロバミやカズィルを退けていく。


「親父! 油壷が切れた!!」


「クッソ?! ダリオンド!! あと、どれぐらいだ?!!」


「―――――――」


 御者をするダリオンドはこの混戦の故か、卜部の怒号にも似た声に返事をしない。

 竜車駆けるこの獣道だが、ダリオンドの腕ならば整備された道路も当然。卜部も彼の腕は信用している。しかし、切羽詰まっているとはいえ返事をしないのはどうなのかと、卜部は身体を翻した。


「……なあ、オイッ? 聞いて…――――」


「親父? どうしたんだ!!」


「見るんじゃねぇ……!!」


 身体を翻せば本来見えるはずの装甲車の鉄の屋根。しかして、卜部が見たのはドロドロに()()――――いや、そんな()()の答えを持ち合わせているからこそ、火煉を振り向かせるワケにはいかないのだ。


「手前はバリスタでオフュー共を撃ち落とせ!!」


「はぁ? 親父は!?」


「オレさまは御者をする。後ろは任せたぞ!」


 もう溶けていないことを確認してから、ドロドロに溶け終わって無機物と有機物の混ざり合った御者席へと銃座から直に乗り移り、奇跡的に溶かされていなかったシュヴァーフの手綱を握る。

その瞬間、


「四体目のトラインタ、だ、と……」


 大きな影ができたかと見上げれば、先程まで酸を撒いていたであろう四体目の大きな塔が真横を並走していたのだ。


「クッ、ソォォッッ――――!!」


 恐怖する自分自身の感情を雄叫びでかみ殺して、卜部はシュヴァーフに鞭打つ。

 だが、もう遅かった。トラインタが獲物と並走していたなら、その獲物を追い立てるべく、ヤツの身体から下位種の“凶ツ星の病”が出るのは道理。


「うッおおぉッッお――――?!!」


 いつの間にか地面を泳ぐ黒い影、カズィルがシュヴァーフの足元に這寄ってその両足を切断(そしゃく)。行く先の木々が溶かされていた事も相まって、最高速度を出していた竜車はコントロールを失い、倒木に躓き、ミキサーの中身のようにぐるぐるぐるぐると斜面を物凄い速さで転がった。





「ん……あ、れ………」


 節々に打撲特有の鈍痛を覚えながらに獄炎火煉は真っ暗で目を覚ます。

 光も、風も、生き物の声も何もかも。聞こえないし、見えない、四メートル程度の広さで壁に囲まれた空間。ただ、この玄翁転がる地面には覚えがあった。


(ここ、オレんちの蔵か……?)


 玄翁を拾い、手探りで触診してみれば木製の柄の所に“獄炎”と彫られている。それに十八年と出入りしていれば、あの土蔵特有の臭いは鼻がよく知っている。

 だが、何故と。

 獄炎火煉は少し前、ダリオンド・グレイ・フーギュリー、獄炎卜部と共に天上京の北の漁村を目指していたはずだ。

 それがどうして。

 その答え、彼女に考える暇は無かった――――いや、少し前から現状(いま)()()()()()、というべきか。


「………ヒッ?!」


 今の今まで壁と思っていたソレらは壁…ましてや無機物ではなく。

 赤く光る眼が沢山、白く笑う歯を並べた口が沢山。加えて、この重圧(プレッシャー)を忘れる訳もない。


(クロバミの巣……――――――?!)


 呼吸は荒く、肩で息をするのがせいぜい。冷や汗はだらりと全身を濡らし、恐怖故に身体は震える。

 現状を理解した獄炎火煉に出来る事は“震えて待つ”これ一つのみ。


(…何もしてこない……?)


 荒い呼吸の為か動けぬものの思考は鮮明(クリア)にあった火煉は、何もしてこず見てくるだけの相手方の不気味さに疑問を抱く。

 死刑台を眼前に望む死刑囚。或いは、食材となる前に切り刻まれる動物か。しかして、奴らが襲ってくる気配は無い。

 寧ろ、後生大事に守られている様なそんな思惑をひしひしと本能で感じている。


『………うぅ、あ……』


 すると、真っ黒いクロバミの壁が真っ黒く火煉の視線の先を真っ二つに開き、真っ黒な奥底から一人、人間を歩かせてきた。


「…………あ」


 “凶ツ星”その病名は凶黒病。

 植物を除く全ての生き物へと感染し、対象の全身を最大二十八時間で黒く変色させて死に至らしめる病。そして、凶黒病に罹った死体を放置すればクロバミと病気の因子である奴らが纏う黒い靄がその死体を苗床として発生する。

 ただ、早期発見のみ治療が可能なのが、人類にとってまだ救いな病である。

 クロバミの光る眼に照らされて、火煉の目の前に現れたのはそんな凶ツ星の病“凶黒病”に冒された人物。


「あ、ああ、あぁぁ………」


 今は黒ずんだ黄色の髪に馬の耳、“日輪地祇(にちりんくにつかみ)”を右手に持っている故にか身体の右半身以外を黒い靄に包まれた検非違使の装束を着こなした、彼女を『愛している』と言ってくれたヒト。

 変わり果てたその姿に獄炎火煉は嗚咽を漏らす。


『まぐわえ、まぐわえ』


 フェイル・グレイ・フーギュリーを包んだ黒い靄は白い歯をむき出しに嗤いながらそう言い、皮切りに壁となっていたクロバミが一斉に歓喜の声で空間を振るわす。


『苗床。苗床。美味。喰らうクラウくらうううううぅぅぅうぅぅうっっっ!!!!!』『愛、憎、悦、楽、スベテ全てェェェクうぅうぅぅぅぅ!!! 甘味、甘露………ケヒィ、ケヒィヒィイッッッ―――――――!!』『オれは赤子のアシが欲しい』『ワタしは目の球ダァ』『舌ワオレんもんだぁぁあぁぁぁ』

『サア、サア、まぐワイ産め産め産め産め産め産めメメメメメメッメメメ』


 呪詛。食べることのみに執着したモノらの渇望の怨嗟。


「キサマら………」


 ()()なんて生易しい感情ではなかった。


『アの()()()()のホうがヨカったか? ダメだ。シんでた、から、クった。ウマかっタ』


 耳に入る呪詛をも燃やして、獄炎火煉の中に憤怒以上の灼熱が迸る。


「キサマらァァァッッッッ―――――――――!!!!」


 奥歯をガチリと噛み、血の涙を流しながら復讐鬼と化した女は喉を灼熱に焼き焦がしながら叫び、持っていた玄翁で一心不乱に一直線に、愛した男に着いた黒い靄へとその鈍器を振り下ろす。


『ダぁぁメぇ…!』


 その玄翁を持った右手、


『ケヒィイイイ……』『うでうえでづえうでうづえづウデだぁぁぁッッ』『美味、甘美、うまいうまいいいぃいぃいぃいぃ―――――ごちそううさま』『くわせろくわせろもっとほしいほしいようおおおお―――――!!!!!』『ダメっぇ苗床、ツクる。うまいうまいゴハン食べたいからぁ………』


 もはや助からない愛した男によって斬り捨てられ、胴体はゴミのように蹴飛ばされて。


「ふ……ぐぅ…は、あ………」


 激痛と悲しさの間で、慟哭であろう言葉にもならない言葉を垂れ流すように獄炎火煉は嗚咽する。

 右腕は肘から先の感覚が無くなり、ただ熱い。震えるぐらいに本当に。

 眼は霞み、思考はぼやけ、次第に怨嗟も何もかもどうでもよくなって聞こえなくなっていく。


“情けない、情けない、不甲斐ないなぁ?”


 が、死の間際。

 火煉の掠れた意識を呼び覚ますように脳髄へと、直接と言ってもいいぐらいガンガンと声が響く。


“おいおい、死ぬにはまだ早い。現状を打破する力が欲しいかどうか? 儂はそれが聞きたいんだ……で、どうだ? 答えるぐらいの猶予はあるだろう”


「…………あ……あ」


 こんな状況ながら頭に響く声は元気そのもので、多少苛立ちを覚えるものの火煉は血反吐を吐きながら頷いた。


“んじゃあ、儂のところまで来い。道は作ってある”


 声が消え入る瞬間、何かに指し示された()()()()()()を覚えて頭をもたげるとクロバミの壁面の下部に人一人通るのがやっとな穴が開いていた。

 満身創痍の身体の内、唯一動くのは左腕。

 コレは好都合だと。血反吐と右腕からの流血を撒き散らしつつ、火煉は芋虫のように地面を張って指定された場所に移動する。


(こ、こ……は………)


 在りし日、十二歳の頃。獄炎家に認められた喜びを、辿り着いた先で火煉はふと思い出した。

 そう、火煉はこの地べたの扉が何なのかを知っている。獄炎家の蔵の地下、天上京を恐怖に染め上げた鬼と何者をも殺す大剣の眠る場所だと。


“まあ、入りな。茶は出せねぇがな”


 火煉の身体は飲み込まれるようにしてスルリと蔵の地下へと招かれた。


「う、ぐ……?!」


 招かれれば丸石の床が火煉を出迎え、痛々しい濁音が無音の室内に波紋を立てる。


“ようこそ獄炎の大馬鹿。何代目かは知らないが、儂の事はよくよくと知っているな?”


「こん、じき……どう、じ………だろ?」


 言い終われば三度目の血反吐を床にまき散らし、仰向けになった火煉はもはや息をするのもやっと。

 奉られた金色の箱は見かねて“ヤレヤレ”とため息をつき、神棚から転げ落ちるように動いて火煉の隣にちょこんと落ち着く。


“当たり。ま、知ってんならそのまま聞いてろ。このままじゃ、オマエそろそろ駄目そうだからな”


「だ、れが………だよ。クソ」


“お、イイねぇ。強気な女は大好きだ……――――じゃ、長ったらしいのは好かねぇから端的に言うぜ?”


 箱と声のみの存在ながら…言い方はアレだが表情豊かな金色童子は、にこやかに笑ったかと思えば無機質な声音で本題に入る。


“取引だ。オマエは現状を打破したい、儂はこっから出たい――――――だからこの箱に入っている儂を飲め”


「は…ぁ?」


“正確には自然的概念である儂の因子だがな”


 何故と言わんばかりに箱を見つめれば、


“なぜかって? そりゃ簡単。この上でのさばっているあいつ等、喰う事に関しては一級品だからな。このまま箱から出ても肉体が無ければ、儂の魂は呆気なく食われるだけだろうさ”


 感じ取ったのか呆れ様を示すように箱はコテンと倒れこむ。


“だが、仮初めでも身体がありゃ話は別だ。あいつ等を皆殺しにする事は可能だぜ”


「テメェ…そのまま、身体奪おう、って……魂胆だろ…?」


“ハッ、馬鹿言うな。結構いい線いってるが、オマエの身体なんぞ儂の趣味じゃねぇ。あいつ等皆殺しにしたら返してやるさ――――――で。伸るか反るか、選ぶのはオマエだぜ?”


「ク、そ……がッ」


 冷たくなりつつある左手を傍らにあった金の箱へ、獄炎火煉は精一杯に伸ばした。





 『なぜだ、ナぜだ』『ドコダ、どこだ』と肉団子となって密集したクロバミは吼える。

 いたはずなのに、逃げられないはずなのに。苗床として囲んでいた獲物が消えた事に奴らは動揺を隠せないでいた。


『う、ギィッッ―――――!!?』


 傍から見れば動揺する真っ黒な肉団子。

 その熱に浮かされたのか、文字通り“弾け飛ぶ”―――――否、奴らは自主的に弾け飛んだのではない。

 暗がりの天が照らす肉団子の大穴には一人、女が立っていた。


『なぜだ、ナぜだ』『どうしてだ』


 その女にクロバミ共は覚えがあった。しかして、実に奇妙。意味不明だと、怨嗟を上げる程に。

 額には先程までなかった二本の赤黒い角を生やし、我らを弾け飛ばしたのは斬り落として食ったはずの右腕。

 知っているが知らない。と、クロバミ共はソイツを囲み、無い頭なりに食って掛かった。


「ナァッハッハッハァッ――――――!!!」


 が、一人の笑い声と共にクロバミの身体は今一度弾け飛んで塵へと帰る。


「素晴らしい。頭の先から爪の先まで細微に魔力心を感じ取れる!! オマエなんだ? 凄いなこの身体!!」


 獄炎火煉…いや、今は金色童子と呼ばれていた鬼は、生やした右手を開いて握って、肉体の隅々まで感じ取れる力に驚喜した。


“知らねぇよ。それより……”


 急激な力の波動に天上京全て、領土内全ての“凶ツ星の病”がただ一体の個に、食事ではない敵としての意識を向け、獄炎火煉の肉体に入った金色童子を囲うように集まる。


「ああ、分かってる。約束は守る……身体は返す、こいつ等は皆殺しにする」


 心の内から聞こえる獄炎火煉(身体の主)の声に、金色童子は頷いて両の拳をガチッと鳴らした。


「喰らえ、喰らわば、喰らいて果てる、享楽にて一切塵殺。儂ン名は金色童子、オメェら畜生に格の違いってヤツを教えてやるよ」


 金色童子の名乗りから始まったのは彼の言った通り正しく一切塵殺だった。


 右手をかざせば火炎の光線が五キロ先まで焼き尽くし、左手を振るえば襲い掛かろうとしていた“凶ツ星の病”はみじん切り。足をズドンと踏み鳴らせば、地面は隆起し敵を突き刺す。

 圧倒的な火力を振るう金色童子。塵を払うが如くの若干飽いてきた塵殺中、一体のクロバミ…正確にはその手にあった一刀に興味を示す。


「ほう概念武装……」


 “日輪地祇(にちりんくにつかみ)”という炎刀を持った未だ半身を侵食できないでいる()()()()は高々と跳躍し、不動の姿勢で見上げている鬼へと刀を振り下ろしての突貫。


「だが、弱すぎるぜ」


『く、あ……!?』


 何も“凶ツ星の病”()()が食べる事に秀でてはいない。

 享楽にて暴虐を一つの味になぞらえ驚喜する金色童子のまた、食べるのは得意中の得意。概念武装といった特殊事例でもまた然り。

 振り下ろされた一刀、その口で噛み砕き、頬張り、己が力として逆に振るうのだ。


“駄目、殺さないで!!”


 右手を炎刀と化して飛び込んできた雑魚を切り刻もうとした途端、心の内から駄目と言われて身体が硬直。すかさず、そのクロバミは距離を取って応援が来るまでこちらを睨んで唸る低姿勢。


「なんでだ? オマエ、コレに思入れでもあるのか?」


“彼は、フェイルは………”


「見ろ、現実を直視しろ。どうやったってアレは助かんねぇだろ?」


 概念武装“日輪地祇(にちりんくにつかみ)”を金色童子が喰らった事でクロバミ化への浸食は進み、もはや見る影はほぼほぼ無い。

 それでも、と。助からないと知っていても。

 獄炎火煉は彼、フェイル・グレイ・フーギュリーを塵殺する事に首を振る。


「まあいい」


“へ………?”


「まあいい、て言ったんだ。病み上がりついでに丁度やってみたいこともあったしな」


 火煉の身体を借り受けている以上、身体の主の心情は痛いほど理解できる。が、金色童子は言葉の通り、切実な女の持つ情のみで動いたわけではない――――――本当に、本当に、気に入った女に弱い訳ではないのである。と、金色童子曰く。


「まあ、一度と儂の肉体になったんだから時間は無限にある。打開策ぐらいは見つかるだろうさ―――――――じゃ、お集まりいただいた事だし…始めようか」


 数億のクロバミ、数千万のカズィル、数百万のオフューとブルアルド。加えて、千体のトラインタと十体のロウク。

 ただ一体の個を殺す為に周辺全て“凶ツ星の病”は揃い踏み。

 弱者ならば、自らの運命を悟っただろう。

 強者であっても、脱兎の如く逃げ出すだろう。


「万象具現……」


 正しく絶望、正しく終わりの光景。対し、金色童子はニヤリと笑い、両の手を合わせると一言唱えて合掌。

 続き、合掌した手を開けば青白く光る見た事もない文字の刻まれた線が宙に浮かぶ。

 それを用いて舞うように全身で弧を描き、文字の螺旋の円を作り、壁に触れるようその円の中心に右手を添えた。


「転界陰陽術」


 すると、するりと浮かばせた円の中心を握り潰し始めれば、世界は飴細工のようにひび割れて“がくり”音を立てて揺れ動く―――――それは始まり。

 凶ツ星の病共はぐちゃぐちゃになりつつある世界に動けず。その顛末を見守るしかない。

 天上京のまだら白亜の光景は色を変えて。

 燃え盛る炎は掻き消え。

 今の今まで食べていたモノさえも消える―――――変わる、具現する、顕現する。

 これこそは金色童子の持つ文字通りの別世界を、世界という事象にばら撒いて無理矢理に染め上げて浸食し、その世全てを我が物とする必殺の秘術、妖術、神秘の類い。


『ナんだ、こレは……』


 鳥の頭と両腕を刃物と化した最も賢きロウクは力なくそう呟いた。

 目に見えるのは地平線まで屏風に描かれた金色の空と雲、中空には紅の鳥居を構える無数の水球、膝から下は透明な液体に浸されており、むせ返るような酒気がそれを酒だと認識させる。

 その中心。瓦葺きで八角形の屋根を持つ巨大なお堂が構えられ、そこから伸びるように八つの白い大蛇が赤い目で凶ツ星の病(えもの)をじっとり睨んでいる。


「“金色(こんじき)八岐(やまた)酒呑堂(しゅてんどう)”」


『ナんだ、何だッッッりかい、リ…かイフのう!!!』


 お堂から姿を現したのはロウクが『苗床にする』とクロバミより聞き及んでいた一匹の家畜。食った男の記憶にあるならば、名は確か獄炎火煉とかいう現地の生物。

 ただ、その容姿少しばかり違っており、黄金の羽衣と深紅の長い髪に四本の腕は食った男の記憶にもない初見。


「コイツは言うなれば儂が絶対に勝てる儂の土俵だ。本来は陰術だが、封魔結界として機能させんなら陰陽術じゃねーとな」


 そんな平々凡々と喋る家畜の姿を見るや否や震えが止まらない。

 賢きロウクは知識と知恵こそ持ち合わせているが、知らない事はまだ多い―――――それが恐怖という感情ならば尚更だ。


「さぁて、一匹以外は全部死ね」


 これより始まったは一匹以外を殺す一切の塵殺。

 大蛇は凶ツ星の病(えもの)を踊り喰らい、自我を保てぬ雑魚は等しく酒に浸され溶かされて。天上京の領地に訪れた凶ツ星の病(ざいりょう)で、金色童子による享楽の酒造りが始まったのである。











「…………」


 神人暦、十七万と三五六○年。雪の降る曇り空。

 あれから四年の月日が経ち、獄炎火煉は二十二歳の誕生日を迎えた。

 迎えた、と言っても祝う者が一人もいなければ大変にわびしい。

 四年前、凶ツ星の病によって天上京は陥落して町はボロボロに、僅かに生き残った者もここには住めないと、どこか遠くへ旅立っていた。

 町からは人の熱が無くなり、雪が降ったらつもるばかりの静かな廃墟の都。

 そんな中で一応に空いた穴を修繕した工房にて。

 あの日から額に生えた赤黒い二本の鬼の角以外、姿形変わらぬ獄炎火煉は焼き入れを終えた刀を黙々と吟味し、『不良品』と札の下げられた箱へとかなぐり捨てる。


「はぁ~…駄目だ駄目だ! 親父の概念武装(かたな)にゃまだ遠いぜ」


 三十九本目の完成品に不服の火煉は座っていた金床から立ち上がり、ため息交じりに組んだ両手を裏返し背を伸ばす。


「まったくどうやって作ってたんだか……」


 概念武装。その製法は魔術と鍛冶の両観点から親父より学んでいた。

 魔術として他のモノに概念を組み込むならば、元より概念武装であったモノの残滓。あるいは物質の概念を水の一滴のサイズに凝縮させて使用する事。

 鍛冶の技巧として他のモノに概念を組み込むならば、太陽の如き灼熱で鉄を熱し、巨人の腕が如く力で瞬きに鉄を打つ事。

 この双方、現実問題として獄炎火煉は持っていた。

 魔術としての概念…これは、火煉の身体を金色童子が乗っ取っていた際に日輪地祇(にちりんくにつかみ)を食べたおかげで炎刀の概念は肉体の一部となった。伸びた髪も概念となり、適当に切って用いれば素材として完璧だ。

 鍛冶の技巧としての概念…これについても金色童子様様だ。

 天上京を脅かした鬼に出来ない事はなく。太陽の如き灼熱を吐く事も、巨人の力を振るう事も簡単である。

 しかし、条件を満たしたところで概念武装の一つとして出来はしない。

 完成するのは斬るのも燃やすのも中途半端なナマクラが沢山。髪束(そざい)も残り一本。

 髪の毛を瞬時に生やすぐらい造作もないが、ここまで失敗続きならば手を休めるのも一興だ。


「…ん?」


 不良品の箱…もとい刀による刀塚へと投げ入れた一刀の当たり所が悪かったのか、後ろに隠していた漆塗りの瓢箪が転がり出て来た。


(……それにしてもアイツどこ行ったんだか)


 ソレを見て火煉が思い返すのは、こんな身体にしてくれた鬼…金色童子のこと。

 金色童子が憑りついたおかげで獄炎火煉という人間は、ヤツと同質の鬼となった。

 魔術に妖術の腕は超がつく一級、年を取っても死なず老いずの怪力無双でうわばみ、息をするのに空気は不要、どんな場所でも生存可能で、炎を吐き雷鳴を轟かせる自然的概念。因みに言うと、享楽を好むようになるのだが火煉の性格上そこまで傾きはしなかった。

 真に殺せるのは何物をも殺す概念か、自らかの二択の不老不死。

 そしてその前者は目の前にあり。金色童子が身体を離れる前に深く注意されて貰ったモノだ。


「凶ツ星の病を煮詰めた酒とか……死にたくなっても飲みたくはねぇな」


 死をも楽しめと金色童子が置き土産に火煉に手渡した酒だが、造る過程を見ている以上飲めるわけが無い。


「はぁ、やるか……!」


 最後の髪束(そざい)を左手に握りしめ、右手に持った玉鋼へと直接火炎を吹き付ける。

 玄翁持って準備は完了。しかして、ふと外の喧騒が作業の手を止めた。


(珍しいな……こんな廃墟に人が来るなんて)


 天上京に来るのは大体が火煉のご飯となる魔物。一応に人も通るが、凶ツ星の病の大軍勢が来たこともあって病を忌避する者は早々に去って行くのが常だ。


(しかもカップル?いや、アベックか? なんだ、当てつけか?!)


 そんな忌み嫌われた場所を男女二人が仲睦まじく歩いている。


「う~む。そうだな、であれば手短に…――――とかどうだ?」


「いえ、やっぱり敬意が足りません! 私は反対ですよ!」


「む。なんでだ? 結構親しみのこもった呼び方ではないか?」


「いいえ! 親しき中にも礼儀ありです。まったく…――を隠しているとはいえ、ご自分の立場を理解してください!!」


「フハハ、そう言われれば立つ瀬がない。やはり最初の案にするか!!」


 聞き耳を立てれば、よく聞こえないがこのように。

 人が居ないであろうと思ってか、とっても仲良く談笑中である。


(あー、無視無視。廃墟巡り中のカップル…いや、アベックに構ってる暇なんてねぇぜ)


 頭の呆けた奴らを相手するような気分でもないので、今一度火煉は肺に炎を溜め込み、玉鋼に灼熱を吹きかけ、髪束を持ち、概念武装を造る為の準備をする。


「獄炎よ! 久しいな!! 七十二年前の約束、もちろん憶えているだろうな?!」


 と、作業を開始しようとした途端、勢いよく工房の扉が開かれた。

 声からして現れたのは先程のアベックだ。

 片方は黒い髪に赤い目をした白い外套を纏う眼帯の男。

 もう片方は翡翠色の髪に赤と青の虹彩異色(オッドアイ)を持つエルフ。翡翠色のローブにホットパンツと、杖を持っている所から恐らくは魔術師であろう。

 扉を開いた男はそのまま一歩前進し、両手を上げて高らかに宣言した。


「では、唐突だが拒否権は無い! これから俺の仲間となって『ロー様』と俺を敬い、慕い、呼ぶがいい!!」


「……はぁ?」

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