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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第一章【白銀の英雄】
35/155

【赤目赤毛の少女を拾った鍛冶屋。そして、その少女の記憶(過去)】前編

 深夜、晴天の夜空に真昼よりも明るく大地を照らす真ん丸お月さまが浮かぶ今日この頃。

 瓦が乗った重圧な漆喰の塀に囲まれた人の気配もない真夜中の小路。そこに吹きすさぶ風は一段と寒く、地べたの乾いた冷たさも伴い冬の時期の到来を感じさせてくれる。

 ここは天上の富と技術を集めるべく造られた四千年以上もの歴史がある由緒正しき技巧の都、天上京。


「ふゅー、寒びぃなおい……」

 

 その街路を酒がなみなみと入った一升瓶と巾着袋片手に男が千鳥な足取りで歩いていた。

 狼毛皮のちゃんちゃんこを羽織り、煤に塗れた腹巻と股引で、厚手の足袋と朱色の下駄を履いた丸坊主の黒い髭を沢山と生やした老人。


「住めば都とよくいうモンだが、この時期の寒さだけには未だに慣れんのがつらい所だ」


 一見頑固そうに見える老人――――いや、その通り。かなり頑固者で、加えて職業は鍛冶屋ときたものだ。


「しっっかし、この卜部(うらべ)さまにコイツで染物をしろって?! 良い染物屋なんぞオレさま意外にもいるってのに、どういう風の吹きまわしかねぇアイツは……」


 酔いも回り、誰もいない路地で巾着袋を掲げて頑固者の口はべらぼうに回る。

 鍛冶屋の老人。その偏屈さに難ありではあるものの、腕は確かで鍛冶以外にも雑多な技術を持ち、どれもこれもが一流の腕前。

 呪術から秘術まで。人生にて含蓄した技術を腐らせるわけではないが、鍛冶仕事一筋と彼は決めている。まあしかし、それは時と場合による。

 例えば、飲み屋で酒をおごってもらった友人に染め物の材料と共に仕事の依頼を持ってこられたのならば、話は別という事だ。


「まぁ、オレさまは鍛冶屋だが。高けぃ酒あんだけ飲み干したし、やらねぇワケにはいかんよな」


 ここのところ仕事もないし暇を持て余しているのは事実。そして、それを見越した友人の依頼にはたっぷりと時間がかけれよう。

 そうと決まれば、本腰を入れてどういった模様を描くか。この深夜の小路は一考するのに丁度いい塩梅の帰り道()()()


「うぉおっっ?!!」

「……―――ッ!?」


 曲がり角を曲がろうとした途端、小さな影が脛へと勢い殺さず体当たり。

 堪らず双方尻もちをつき、一足早く動転した気を取り直した頑固者の卜部(うらべ)は尻を擦りながら怒鳴り上げ、


「馬鹿野郎!! どこ見て……―――――」


 たかったのは山々だが、目の前で尻もちをつくガキには正直言って目を見張るぐらい()()があった。


「おまえ……」


 “覚え”と言っても卜部(うらべ)に孫や息子は居らず、天涯孤独の独り身。ここでの言い回しは、“話に聞く”のが尤も正しい言い方か。


(赤目、赤髪のガキ……確か最近になって、きな臭くなった帝国が各地から血眼で集めてるって話だったけか?)


 灰色の手術服だけを着た五歳ぐらいの人種の子供―――――靴を履かず服の中に何も着ていない所をみると、さしずめ逃げてきたのだろう。


「オイ」


「……ッ」


 すってんころりんと転んだ子供に卜部は声を掛けるものの、その強面な形相に逃げて来た子供は手足を縮こまらせて口を噤んでしまった。


(はぁぁ……面倒臭せぇな)


 面倒な子供の面倒なんぞ見たくもないのが卜部の本心だが、今回は目の前で自身に怯える子供の事情を知っている。

 それに、これも何かの“縁”――――卜部はその“縁”を大切にする方の人間。


「おい、ガキ」


 そそくさと立ち上がった卜部は尻に着いた砂を払って、今一度声を掛ける。


「………ッ」


 子供は立ち上がったものの相も変わらず怯えている。がしかし、卜部は無視して髭を弄りながらに溜息を吐き、そのまま言葉を続けた。


「いいか? もう捕まりたくないってんなら、この卜部さまの言う事を聞きな」


 きっぱりと言い放って腕を組み、目を瞑って相手の返答をしばし待つ。

 このまま逃げるのもよし、“助けてくれ”と懇願するもよし。卜部は選択の自由を子供に与え、


「………」


 その答えは小さな手がちゃんちゃんこを掴むに終わる。


「よし、いいだろう――――――て、もう来やがったか……」


 人の居らぬ小路に鉄を擦る様な急ぎ足が二つ。真夜中の帳に響いてこちらへと迫ってくる。

 頼ってきた子供はその行脚の音に怯えており、卜部もまた来る神格特有の重圧(プレッシャー)に少しばかり肝が冷えていた。


(ケッ、腐った三下でも神様は神様かよ……)


 重圧(プレッシャー)は音と共にどんどんと大きく近づいて来る。

 もう時間が無い。一升瓶、巾着袋、ちゃんちゃんこ…卜部は今自身が持っているモノらを見直し、苦肉ではあるが策を講じた。

 ちゃんちゃんこを羽織らせ、染物用の素材の入った巾着袋に右手を浸し、安心させるよう子供の頭を撫でて準備は完了。

 そうして。

 曲がり角から現れたのは翼を模った合金の鎧を着て、三メートルの槍を杖のように携えた兵士が二人―――無論、帝国の兵士だ。


「なんだ。ジジイと青髪のガキだけか……オイ、相棒。ホントにこっちに走っていったんだろうな?」


「無論。周囲に残った感情の起伏から見て間違いない……が、おかしいな」


 頭から爪先まで鎧を着込んだ双方変わらずの見た目。

 しかして、一方は口汚いチンピラな口調の男。

 しかして、一方は丁寧な口調だが粗野な態度を取る男。


「オイ、()()()()()。赤毛赤髪のガキがこっちに来なかったか?」


 チンピラ風の兵士が舌打ちをして卜部へと吐き捨てるように問いかける。


「はッ。ご先祖様に神にして貰ったからか、人間の道理を忘れたのかよ手前らは?」


 初対面の者に舌打ちをされて高圧的な態度で“クソ”などと言われたのなら、誰だって気分が悪くなるもの。

 重圧(プレッシャー)に気圧されようとも面と向かって叱りの言葉一つ、浴びせなければ気が済まないのは当然だ。


「おいテメェッ! オレら帝国兵に盾突くってのかよ?!! オレの刃で切り刻んでやるぞ? おぉッッ!!?」


 ただ、チンピラ風の兵士は卜部の言ったように人間ではない神。

 態度と言葉、卜部の存在そのものが気に入らなくなったチンピラ風の兵士は激昂に身を任せて右手から、刃渡り三十センチの刃をニュルリと生やして威嚇。


「よせ、構うな。それよりも逃げた子供の情報を集めるのが先だ」


 と、感情のままにこちらへと歩み寄ろうとしたチンピラを相方が肩を掴んで静止させた。


「………ああ。そうだな相棒」


 先程の激昂はどこへやらといった様子でチンピラ兵士は大人しく。

 代わり、粗野な兵士が相方を押し退けて卜部の前に仁王立ち。そのフルフェイスの隙間から卜部を見下ろす目は、まるで宝石のようにキラキラと赤紫に輝いていた。


「じいさん。帝国が赤目赤髪の子どもを集めているのは知ってるよな? わたしの見立てではこっちに逃げたはずなんだが……何か知らないか?」


 粗野な兵士を卜部は鼻で笑った。


()()()()()()()()なんざ、知らねェよ。ここらにゃいねーだろうさ」


 身体の芯を引き絞るかの如く思考を冷静に卜部は勘付かれない様、一応は()()()()()()()()弁明をする。


「どうだ?」


 老人の弁明にチンピラ兵士が相方を仰ぎ、粗野な彼は首を振った。


「感情に起伏の色は無い。嘘を言っている訳ではないだろう……ただ」


「ただ?」


「いくら我々の神格であろうと人間の上位存在なのは確かだ。神気は溢れているからな……―――神にはこびへつらうのもの。たとえ我々だろうとその原理は通用するようだ」


「ようはこいつオレらに怯えてるって事か? あほらし」


 二人に興味の無くなったチンピラ兵士は吐き捨てるように嗤い、踵を返して来た道を戻っていく。

 粗野な相方もそれに続いて踵を返す。が、一歩、二歩と進んだところで「そうだ」と何かを思い出してこちらへと振り向いた。


「最近、ここらでも凶ツ星の病の一つ……“クロバミ”が出たという報告があった。天上京がシナト・明善院様の結界に守られているとはいえ、夜道は気を付けろよ」


「ケッ、余計なお世話だよ()()()()


 言うだけ言うと粗野な兵士は肩をすくめて踵を返し、相方を追うようにしてその場から去っていた。


「………よし」


 残された頑固者の老人は兵士の漂わせる重圧(プレッシャー)と足音が完全に離れたのをその身で確認し、今は青髪で赤目の子どもの手を引く。

 左右に漆喰の塀が軒並み連ねる迷路のような街路を早歩きでくぐり抜け、向かうはもちろん彼の住まい…ないし、仕事場であった。


「ふぅ……久しぶりに寿命が縮んだぜ」


 天上京の北東の端。所謂鬼門に卜部は仕事場兼住居を構えていた。

 鬼門である為に周囲に住宅は少なく漆喰の塀で囲まれた土地の広さは三十五坪前後とやや広めの平屋。

 寝室、台所、風呂、便所を東に固めて、南には急須を吊るした囲炉裏のある卜部特製の武具が揃えられた売り場もとい表玄関。そこから西へと廊下を進んで北へ足をやれば、中庭を挟んで鍛冶場というよりは工房、そして裏口がある。

 資材を運び込む為に裏口は広くあり、二メートル強の塀の高さも相まって、物理的な戸締りは腰板の付いた障子と板戸のみ。

 一見、防犯意識は低いように見えるがそれは違う。卜部が締め切った表玄関に手をかざし、


「<玄翁持って鉄を打つ>」


 呪文を唱えれば、この通り。

 見えぬ鎖が音を立てて蛇の如く表玄関や塀の上から消え去り、初めて入れるようになるのであった。


「そこに座ってな。オレさまは足ふく為の手ぬぐいと水を持ってくる」


 板戸を開き、本来であれば店番にて腰かける段差に指をさし、下駄を脱いだ卜部は一升瓶と巾着袋を置いて台所の棚の備蓄から水の入った瓶と手ぬぐいを数枚を取り出して表玄関にとんぼ返り。

 続いて「<焔>」と唱え、囲炉裏に火を着け吊るした急須に水を注いで幾ばくか。水が少し熱めのぬるま湯になった所で転がっていた綺麗な桶に注ぎ、手ぬぐいを濡らしてなすがままな腰かけた子供の足を拭く。


「……おまえ。名前は?」


 年相応の歩きの年季の無い柔らかな足には血が滲んでおり、木の枝もいくつか刺さっている。

 卜部は医者ではないが、こんな足を見れば一目で分かった。――――この子供は本当に必死こいて逃げてきたのだろうと。


「…い」

 

 黙りこくっていた子供が口を開き、卜部は小枝を取りつつ足を拭きつつ顔を見上げた。


「あぁ? なんだって?」


 か細い声。

 今にも消えそうな呆然としたまま、少女は小さく小さく口を開いた。


「一番大きな子が言ったんです。“ここから逃げるわよって”」


 喋るにつれて自然と涙が瞼に浮かび、


「そしたら、牢屋がねじれて……私を逃がしたあの子も大人にねじられて…………私は逃げました」


 悲壮感。或いは、究極なまでに自己の嫌悪と恐怖の入り混じった怖気。


「…………」


 顔をクシャリと歪ませるわけでもなく、ただただ無表情で泣き崩れる少女に卜部は何の言葉をかけることも出来ず押し黙る。


「そうか。で、名前は?」


 だからこそ、自分は自分の出来る事だけをするのみ。

 測りも出来ない相手の悲しみに首を突っ込むなんて事はせず、ただただ手ぬぐいを渡すだけだった。


「………」


 少女は手渡されたそれを手に取って涙をぬぐい首を振る。


「名も無ぇ、行くところも無ぇ……じゃ、一つ提案してやる」


「……?」


「オレさまの娘になれ。“親戚筋を頼ってきた”って周囲に言えばバレねぇだろうし、バレたとしてもガキ一人ぐらい抱え込むことはできる」


 いつものように偏屈な頑固者の態度で卜部は言葉を続けた。


「それに、このままほっぽったんじゃ寝覚めも悪い。手前が一人前になるまでオレの娘として面倒見てやるさ――――どうだ? 伸るか反るか……ま、反るんなら別の国に飛ぶ金ぐらいは出してやるさ。選ぶのは手前だぜ?」 


 足を拭き終わり、手ぬぐいをぬるま湯に浸し、同じ視線で卜部は少女を見据えた。


「……」

「…………」


 しばしの沈黙。その終わりは少女が首を縦に振ったことで崩れ去った。


「まあ、任せとけ――――ンにしても“名が無ぇ”か……掴まってたやつらにゃ、何て呼ばれてたんだ?」


「“一五○七○”」


「カッ! そりゃ、なんとまあ味けねぇ!! だが、安心しろ。オレさまは雅号に銘と名付けんのはとんと得意なんだ」


 そうと決まれば立ち上がり、腕を組んで一考に耽る。

 赤目に赤髪…桜や薔薇、血潮や火の粉。少女の見た目から思い浮かぶもどれも違うと、自信満々だった卜部は成す術もなく項垂(うなだ)れる。


「……おう? どうした?」


 と、首が落ちるかの勢いで考えに考えていた彼の袖を小さな手が引っ張ってきた。

 赤目に赤髪の少女がそうして指をさしたのは、上等な紅色の風呂敷に包まれている化粧箱である。


「興味あンのか? それは明善院様に献上する儀式用の真剣だ」


「………」


 五十センチ程度の化粧箱の中に入っているのは赤い刀身をした一振り。名を……―――――、


「……“火煉”、獄炎火煉ってのはどうだ?」


 少女の呆然無表情は相も変わらず。しかして、獄炎卜部の口に出した名に獄炎火煉の瞳は淡く輝いていた。


「おおう。そうかそうか、気に入ったか」











 (オレ)はまた、この旅の始まりを夢に染めて思い出す。あの暖かな日々を忘れられず焦がれている―――――――






 あの真夜中の冬空から七年。獄炎火煉、十二歳の時。


「親父ッ。そろそろメシにしようぜ!」


「……おう、もうそんな時間か?」


 秋の混じった夏の昼時。寝るも良し、仕事するも良しな季節。荒ぶく風が冷えているのはご愛敬。

 汚れの目立たない青いタンクトップに着ていた灰色のつなぎを腰に巻いて、店の看板を準備中に翻した彼女は早朝から工房に籠りきっていた父親を足を出向かせ呼びに行き、一仕事終えて物品の整理中だった獄炎卜部は時計を見るや否や、手を拭きながらに頷いた。


「で、火煉。今日はお前が当番だが…何作った?」


「鍋だぜ、鍋。店番してたらよ、獲れたての魚介類と牛鬼の具足貰っちまってさ」


「ほう。鍋にゃちと早い気もするが具足貰ったンなら話は別だ―――――毒抜きは済んでンのか?」


「当然! 貰った時から氷水に漬けてらぁ」


「ならいい。さっさと作んな」


「ふっふーん! そう言われると思って後はもういっぺン煮込むだけだぜ」


 牛鬼とは、蜘蛛の身体に牛の角とオニの頭を生やした妖…もとい魔物である。

 海に住まい、海から這い出て人を襲う毒を持った生き物ではあるが、年にあるかないかの話でそんな事は稀。海へと捕獲に出向くとしても、牛鬼は常に海の底にて生息しているので専属の漁師でも取るのが難しい獲物である。

 そんな牛鬼。海の近い天上京では珍味として扱われているものの、それらが理由に市場への流通は少ない。

 焼けば肉厚、蒸せば柔らか、煮ればホロホロ。三拍子そろったこの肉に一番合う料理法は鍋だと、獄炎卜部(オヤジ)の談。


「<ほむ…―――」


「いいっていいって親父。火ぃつけるぐらいオレがやるさ……<焔>」


 具足肉、白菜、ニンジン、エノキ、シイタケ、肉団子、数種類の白身魚の切り身とトビウオで取った出汁。それらを煮詰めた卜部特製の土鍋を囲炉裏に吊るし、出汁を少々追加し、火煉は魔術で火を着ける。

 一煮立ち。

 魔術での火を火煉は弱め、双方座布団に胡坐をかき、お玉に取り皿と割りばしにて、合掌(いただきます)


「……ほう。悪くねぇ」


「だろう?」


「莫迦。貰った具足がだよ」


「ちぇ、素直じゃねぇんだから親父は……」


 日差しこそ夏で鍋には暑いと思われたが、玄関から中庭まで秋の到来を感じさせる柔かな風が丁度良い塩梅となっていた。


「……なあ、親父」


「なンだ?」


「オレ、このままでいいのかな?」


「何がだ……?」


 ホロホロとした具足には味がしっかりと染みて、噛む度にその旨味を感じることができる。

 白菜やニンジン、エノキにシイタケ、肉団子と数種類の白身魚の切り身。どれもこれも具足肉の邪魔をせず、かといって主張は弱くなく、食ってよかったと思える程に美味であった。


「いや、なんて言うか……一人前になってんのかな~って」


 火煉の漠然とした言葉に、お玉片手にシイタケを掬おうとした卜部の手が止まる。


「何言ってんだ。休みの日にゃ、鉄の打ち方や土ン塗り方……鍛冶屋に必要な魔術の類いも教えてるだろ?」


「でもよ~オレ……」


 食い下がらない火煉に対し、卜部は鼻で笑った。


「莫迦モン。一兎も追えてねぇヤツが二兎追えるワケねぇだろうが」


「……でも、親父は俺と同じ位の歳で鍛冶屋を開いたんだろ?」


「ああ、そうだ。なんたってこの獄炎卜部さまは天才だからな」


「ならッ」


 卜部はそういうと食事の手を止めて水を一杯とあおり、吐くように笑った。


「己惚れるんじゃねぇ。一朝一夕の付け焼刃なんぞ三流にも劣る愚の骨頂だ―――――ま、天才であるオレさまの場合、それには当てはまらねぇがな」


 それから箸を持ち直し、


「オレさまは生涯現役。手前が心配するにゃまだ早いさ」


 と言い切って。


「………」

「…………」


 言い切られたからには火煉もこれ以上踏み込む事は出来ず。

 ただただ、無言の食事時。箸は手早く、お玉は素早く。いつしか、なべ底が空になった頃合いだろうか。


「やあやあ、こんにちは」


 準備中の看板を素通りして、一人の男が店の中へと入ってきた。

 茶色の背広服に黄色の髪、その頭上には細く長い馬の耳。黒い杖を片手に二本の両足からは蹄鉄特有の音を鳴らしながら。


「……」


「どうです。美味しいですか、ソレ?」


 彼の姿を見るや否や、食べ終えて煙管にて一服しようとしていた卜部の視線は鋭くなり、彼の言葉にその目線は鍋そして火煉へと向いた。


「おいまさか。具足持ってきたてのは……」


「? そうだよダリオンドさんだよ」


 悪気の無い火煉の応答に卜部は喉を鳴らして溜息をつく。


「かぁ~…」


「ど、どうした親父?! なんか悪い事でもあったか!!?」


「いや、別に悪くねぇんだが……まあ、面倒くせぇんだわ」 


「ハァ……せっかく具足を昼時に間に合うよう持ってきたというのに、持ってきた本人を前に溜息とはいただけませんよ卜部さん」


 と、お返しにと卜部に分かり易くため息を吐くのは獄炎卜部の友人、名をダリオンド・グレイ・フーギュリー。種族は見た通り、かなり人間寄りの馬人種。

 次いで言えば仕事仲間、それも三十年来の。しかして、回してくる仕事は鍛冶は少なく雑多な小物作りが多い―――――例えば染め物など、鍛冶屋にとってそぐわぬ仕事ばかり持ってくる人物である。


「火煉お姉ちゃん!」


「お、フェイルじゃねーか。遊びにでも来たのか?」


 そんなダリオンドの後ろからひょっこりと現れたのは彼と同じような恰好をした息子、フェイル・グレイ・フーギュリー。

 現在、十二歳の火煉と八歳のフェイル。まるで姉と弟のように仲睦まじく声を掛けあう二人が出会ったのはフーギュリー親子が天上京にやって来た三年前の事だ。

 千年魔境の大瀑布こそ彼らの故郷。しかし、そこは人種を忌み嫌い“力ある魔の者”こそ至高と尊ばれる場所で、彼らの見た目…要は人種に近い魔者の人種こと魔人種は例え才能があろうと卑下される存在であった。

 フェイル・グレイ・フーギュリーに母親はいない。いや、正確には()()()()()か。

 凶ツ星の病の大攻勢によって千年魔境の大瀑布、その治安基盤が緩んでしまい“力ある魔の者”を信奉する少数派の声が次第と大きくなったのが事の始まり。“力ある魔の者”からすれば人種に近い魔人種は足を引っ張る()()()()しかなく、遂には弱者を皆殺しするという暴動が三年前に起こってしまったのだ。

 人種に近い見た目が為におおよそが力も人並みな魔人種は抵抗も虚しく殺され、虐げられた者らはあらゆる国や集落に落ち延びた。ダリオンド・グレイ・フーギュリー、フェイル・グレイ・フーギュリーも愛する者(フェイルの母)を犠牲に、ここへと辿り着いたのだという。

 逃げ伸びた先までも“力ある魔の者”の追手はこないが、そこは異境の地。

 人種に近いものの魔人種はどっちつかずな種族故に歓迎されぬのが常であって天上京でも変わりなく。

 ただ、幸いにもダリオンドには商才と今の今まで外界に培ってきた人脈があった。技巧の都において十分に暮らせるほどにだ。


「ううん。今日はお仕事で来たの」


 ただ、ダリオンドの人脈とは商売のみの…悪く言えば全てを値踏む冷たいモノばかり。

 当時五歳で母という大切な存在を亡くし、故郷を追われたフェイルには一流の商売人の世界は少々酷だった。それに、急に引っ越して来た魔人種(にんげん)がいきなり上流階級に足を踏み入れていたのならば周囲からは白い目で見られ、大人ならともかく子供であれば耐えられない重圧がのしかかった事だろう。

 ついでに言えば人種に近い魔者人種。石を投げられることも多々あったはずだ。


「仕事だぁ? フェイルが?」


 獄炎卜部とダリオンド・グレイ・フーギュリーは三十年来の友で、天上京に来た際も最初に顔を合わせる程には仲がいい。

 そんな時、火煉は二人の身の上を障子の向かいから聞いて重圧に押しつぶされそうなフェイルを見た――――ないし、彼に自らの過去を投影し()たのだ。

 幼少期に余所から来たという境遇や姉、弟というぐらい歳が離れていた為に。

 一緒に野山を駆けるような友達、大切な者を亡くした感情を知っているが故に。

 姉弟のような、家族のような、いつしかそんな大切な間柄を目指して火煉は接し、フェイルは応じて今に至るのである。


「私から説明しますよ。実は……“酒呑炎刀・カエデ”をお借りしたいのです」


 ダリオンドの言葉に、面倒ごとを押し付けられると予想していた卜部の目が点となった。


「意外だな。なんでまた?」


「最近入った情報(うわさ)ですが、凶ツ星の病は炎を嫌うらしく。()()()()()対策として量産化可能な炎の武具を探しているご様子――――ですので、蔵で腐っている物品を見せに行くぐらいは構いませんよね?」


「はンっ。良いように仕事を回してくれるんならそれでいいさ……――――それはそれとして、フェイル坊に頼まんでも炎刀なんぞ手前が取りに来ればいいじゃねぇかよ?」


「フェイルももう八歳です。そろそろ卜部さんの蔵を遊び場ではなく、仕事場として歩ませようと思いまして……」


「ハッ。親バカが……まぁ、だが、そりゃ丁度いい。火煉」


 魔術で煙管に火の粉をまぶし、紫煙をくぐらせて一服した卜部は少しばかり真剣な眼差しで火煉へと目を向けた。


「一人前に近づく為の仕事をやる。手前がお客さんに炎刀の説明をしな」


「親父……自分が動きたくないだけなンじゃ――――」


「莫迦。鍛冶屋として蔵ン中にしまった(モン)をわざわざ出向いて来た御客人に見せるのは当然だぜ? それとも手前は何か? 置いてあるから勝手気ままに説明もなしに、御客人に“持って行け”って、運び出させンのか?」


「……チッ。わぁったよ! おい、フェイル。行くぞ」


「う、うん!!」


 親二人に言われて、子二人は履物をひょいと持つと卜部邸の表玄関から廊下に抜けて、中庭へと早々に駆けて行った。

 そんな子の背中を見る親二人。


「卜部。アンタも大概親バカだ」


「……五月蠅ぇ。手前には言われたかねぇよ」


 一方は呆れつつ紫煙をくぐらし、一方は商人から友人へと態度を変えて笑った。











 干された洗濯物と井戸の備え付けられた横倒しの丁字路中庭を駆け抜けた獄炎卜部邸の北東部、または工房の隣。

 塀と同じく漆喰の壁面と木骨で造られた高さ十二メートルの瓦屋根の土蔵がそこには構えられていた。


「よーし。行くぞ? せーの!!」


 “酒呑炎刀・カエデ”を取り出すべく。獄炎火煉とフェイル・グレイ・フーギュリーは木造ながら重厚な両開きの扉に手を掛け、声を合わせて一気に引き開ける。


「……もー、相変わらず埃っぽいよな」


「ケホッ、コホッ……うん、そうだね。火煉お姉ちゃんは掃除とかしないの?」


「まあ、そりゃ、してーはしてーけど……この山を見ちまったらな~」


 最新武具の目録、魔術の書物、卜部が手慰みで作ったとされる防具、不良品、売れなかった物品、何に使うのか分らない珍品などなど。

 一階から板ハシゴの架けられた木床の二階まで、恐らく鍛冶に関するモノで敷き詰められており、その密度は鼠色の床が見えない程だ。


「さぁて“カエデ”ちゃんはと…………お、あったぜ。()()()だ」


 炎刀を発見した火煉は指をさすや否や、まるで大海の如く陳列された物品をかき分け一直線に進んでいく。フェイルも姉と慕う彼女の後をおずおずと追いつつ、開かれた大海を落盤させまいと崩れそうになった物を直しつつ。


「これが、刀?」


「そ。物珍しい形の鞘だろ? そういや、フェイルは見るのは初めてだっけか?」


 土蔵一階の奥底。火煉の問いにフェイルが頷いたのは、今の今までコレを刀とは思ってもいなかったからだ。


「まぁ親父曰く、瓢箪の鞘が酒を溜めとくンに一番いいらしいってな」


 “酒呑炎刀・カエデ”とは、見るも驚く子供程度の大きさの赤瓢箪と、その飲み口に刀がブスリと刺さった…もとい納めた一振り。


「知ってっか? コイツにゃ、天上京の塀…というか漆喰全般を作っている土と同じ素材“ドマヅマ”が使われてるんだぜ」


「……ドマヅマ?」


「そ。天上京は海が近いし、気温の変化が激しいだろ? だから昔は濃霧がことあるごとに発生してたらしいんだが、水気を吸収する魔術と水棲の魔物の肉を混ぜ合わせて“ドマヅマ”っていう土を作って……―――――えーと、それから確か“ドマヅマ”を用いた吸収壁(アンバシス)つう漆喰が出来上がって、天上京で濃霧が発生しても大丈夫になったそうだぜ」


吸収壁(アンバシス)……あ、それぼく知ってる!」


「なら、話は簡単さ。“酒呑炎刀・カエデ”つう一刀は名の通り、酒を飲むんだぜ」


 目を輝かせたフェイルの顔に火煉は得意げに炎刀の説明をする。

 “酒呑炎刀・カエデ”とは魔術による炎を引き起こす刀ではなく、物理的な現象にて炎を生み出す一振りである。

 鍛冶の工程で焼き入れの際に塗る土…所謂、焼刃土に先にあった水気を吸収する土“ドマヅマ”を用いたモノで、その素材が使われているのは鞘の瓢箪の内部と刃文。

 本来。水気を吸収する“ドマヅマ”だが、魔術によってその本質を変えることは可能だ。

 例として、鞘と刃文に酒という概念を吸収させることだってできる―――――つまるところ、酒を呑むのだ。

 だがしかし。

 酒のみでは炎どころか蝋燭の火をおこすことも不可能で、獄炎卜部は悩み考えた末、瓢箪の口元と刀の鍔の部分に一方向だけに火の粉が飛ぶよう魔術を用いて作成した火打石を起用した。

 銃からヒントを得て、撃鉄のような形でだ。

 結果。鞘である瓢箪に酒を注ぎ、刀を引き抜けば、炎を纏う一振りの完成である。

 ただ、因みに。炎を纏う特色を強めた事で手入れの回数は普通のモノよりも多くなってしまい、生産性や維持費の高さから今の今まで蔵の奥底に眠っていたのは言うまでもない。


「わー! すごいすごーい!!」


 その説明を一通り聞いたフェイルはさらに目を輝かせて、


「ねぇねぇ、振ってみてもいい?」


 と言うもんだから、


「ああ、構わねぇぜ。製品確認もしなきゃいけねーし……ま、取りあえず外に出るか」


 火煉は快く頷き、フェイルは飛び跳ねて喜びを表現。


「うんうん! 早くいこ!!」


 そうして、くるりと足を翻し出口へと直行するフェイルだが、二秒も立たず彼の姿は消えていた。


「のわぁッ?!」


 否。消えていたのではなく、盛大にうつ伏せで倒れ込んだのであった。


「大丈夫か?」


「いてて……ん?」


 フェイルが倒れ込んだのは何もない所ですっ転ぶおっちょこちょい……だからではなく、彼の右足先に何か輪の様なモノが引っ掛かっていたのだ。


「……こりゃ、扉か?」


 持ち運ぼうとした“酒呑炎刀・カエデ”を傍らに置き、フェイルが足を引っかけた輪をよく見れば、それは地下へと続く、両開きの木製の扉。


「あれ、なにか書いてあるよ?」


「あ? どれどれ~……あぁ。こりゃ、親父がよく言ってる獄炎家の家訓みたいなもんだな」


 埃を払い、いつも口酸っぱく言われている文字を露わに火煉はなぞりつつ読んでいく。


「“良い道具、良い人、良い武器。良いモノには敬意を払え。敬意を払ったならそいつはそれ相応に答えてくれる”―――――うおッ?!」


 火煉の口上が終わった瞬間、見えぬ鎖がスルスルと音を立てて地面の扉から無くなるのが聞こえた。


(鉄鎖の結界? なんでまた……?)


 何故、という疑問を火煉は沸き上がらせて。

 それを確かめるように扉の金属の取っ手へと手を掛けて、開く。


「お、お姉ちゃん……い、いいの?」


「あぁ? 大丈夫だって。地面見えてるし」


 別段開いたところで火煉を出迎えたのはいつもより埃っぽい空気ぐらいだ。

 直下に降りる鉄の梯子が付いていて、地面も見えており、降りて見渡す分には危険も何もないだろう。


「<焔>」


 魔術にて灯火程度の小さな火の玉を右肩辺りに浮かばせて。いざ蔵の地下へと火煉は足を踏み出す。


「ま、待ってよ。お姉ちゃん!!」


 火煉が梯子を半分降りた所でフェイルも後を付いて行き。

 そうして、二人が辿り着いた地下は四方と床を丸石の壁に囲まれた何とも殺風景な場所であった―――――ただ、一つを除いて。


「デッケェし、すげぇ……―――」


 梯子を下りて真正面。

 そこにあったのは、お札がたんと張られた正方形のこぶし大の金色の箱とソレを置いた紙垂と赤い布の敷かれた神棚の様な台。そして、その後ろにはとても大きく分厚い鉄の暴力を体現したかのような一振りの剣が地面へと突き刺さっていた。


「…………」

「…………」


 双方、こんな殺風景な場所に似合わぬ異物が二点に息を飲む。


「お姉ちゃん!? なに触ろうとしてるの?! ダメだよ!!」


「………………」


 フェイルの忠告も意味を成さず。獄炎火煉はその金の箱に呼ばれるかのように右手を自然と金色の美しい箱へと伸ばし―――――、


「莫迦モン。そいつに触ンじゃねッッ」


 突如として聞きなれた低く鋭い怒鳴り声が火煉の手を間一髪で制止させた。


「お、親父? アレ? オレ………?」


 梯子の前に立つのは獄炎卜部。親父に怒鳴られたにもかかわらず、全くもって不可解な感覚を獄炎火煉は抱いていた。

 先程まで自身が思い、考えて手を伸ばしていたはずなのに。こうして止められてみれば、まるで他人の不注意で自分が叱られた感覚――――――何か呼ばれるように、操られたような……そんな。


「遅せぇと思ってきてみれば……ハァ。火煉、手前がここを開けたのか?」


「あ、ああ、そうだぜ」


 愛娘の疑問を消し去るように獄炎卜部は頷く火煉に今一度ため息をついて、髭を撫でながらに地べたへと腰を下ろす。


「手前がここの封印を解いたンなら、そいつぁ獄炎の血筋に認められたってこったな」


「え、じゃあ!!」


「ぬか喜びは大概にしろ莫迦。例え認められても、オレさまから見ればド三流の鍛冶屋。一人前にゃあまだまだ遠いぞ」


 言い切って卜部は腕を組み深呼吸。そうして、目を伏せたかと思えば真っ直ぐに火煉とフェイルに視線を向けた。


「さて、十五の成人の日にでも話すべき事だったが、手前が認められたンならもうここで話しておこう。フェイル坊もいずれ知る話だしな」


 まず初めに、獄炎卜部が指をさしたのは神棚に置かれた金の箱であった。


「二千年前の話だ。この天上京にとある鬼が居た……――――」


 獄炎卜部が話し始めたのは天上京では知らぬ者はいない昔話。

 鬼の名は“金色童子”。

 四腕に二本の足を大地に響かせる黄金の肉体と鮮血の長い髪を持つ最も邪悪な一匹の鬼で、略奪、虐殺、享楽に耽り人を喰らうその名を知らぬ者はいない。

 検非違使なり、化け物を殺す狩人なり、陰陽師なり、立ち向かう者もいたが、結果は無残にも彼らの引き裂かれた躯が示していた。


「“天上京は技巧の都、しかして金剛の腕を持つその鬼あれば、血の都”―――三十二代目の明善院家当主が残した言葉は有名だな」


「そンぐらいは知ってるぜ。なあ、フェイル?」


「うん。碓井川(うすいがわ)惟任(これとう)って旅のお侍さんが倒したのもね」


「そう。碓井川惟任という女傑が色仕掛けで金色童子を罠にかけ、その首を掻っ切った……――――全くもってその通りだが、この話には続きがある。歴史には記されない“めでたくおしまい”の続きがな」

 

 獄炎卜部が語ったのはめでたく閉じた物語の続き、獄炎という家に関わる金色童子退治の延長戦。


碓井川(うすいがわ)惟任(これとう)は金色童子のそっ首を叩っ切った。しかし、金色童子(こんじきどうじ)の魂までは殺すことはできなかった」


「魂?」


 商人の息子であるフェイルはその現実感の無い言葉に首を傾げ、卜部は気にせず反復された言葉に深々と頷いた。


「そう。金色童子は一種の()()()()()……火煉、“概念”つうのは何か分かってるな?」


「もちろんだぜ親父。“概念”っていうのは、物質の質量、形状、素材、関係なくその代物の在り方を示す魔術的烙印。または一観測者における定義……――――例えばの話、ただの木の棒でも“刀”という概念を付与されたなら、それは人を斬る“刀”である。だろ?」


「……三流にしちゃ上手く説明したな。ま、金色童子の場合は()()()()()だから、ちょいと説明を足さなきゃなンねぇんだがな」


「そうだぜ、親父。“自然的概念”て一体何なんだよ…?」


 卜部はどこからともなく煙管を取り出し、魔術で火を着けて一服。そうして、火煉の質問にゆっくりと言葉を選ぶように答えた。


「或いは荒れ狂う波であり、或いは空の降らす雨である……――――要するに“自然的概念”とは、神である、だ」


「え?! じゃあ、碓井川惟任は神さまの首を刎ねたって事?!!」


「ハッ、ソイツは早計だぜフェイル坊。金色童子つう化け物は“自然的概念”だが、間違いなく神じゃなかった」


 言うなれば大きさ(スケール)の違いである。

 片方は神という名の自然災害。もう片方は金色童子という名の自然災害ではあるが、あくまで“個”。


「竜巻や津波などを箱に封じ込めるのは獄炎家の技術でも不可能。だが、金色童子という“個”の自然的概念ならばそれは可能だった………魂を二十一~五十グラムと定義したならば、こぶし大の御魂箱に封じれるのは当然だろうさ」


 紫煙をくぐらした卜部は手に持った煙管にてお札だらけの金の箱をさした。


「つうワケで、金色童子とは自然的概念。故に肉体を失っても地震や嵐のように、また時が来れば復活する怪物。そこで、白羽の矢が立ったのが獄炎という鍛冶屋だ」


 一服し終えて、腕を組み。


「獄炎家はずっとこさ魔術の腕と鍛冶の素質を組み合わせて完全な一太刀(ひとふり)を生み出そうとしていた。だからこそ、神に似た自然現象たる金色童子の魂を封じ込める箱……御魂箱を作るのは朝飯前だった」


 火煉とフェイルを座らせて、話は本腰へと至る。


「だが、まあ一つだけ誤算があってな。金色童子は魂だけになってもしぶとく、御魂箱を作って自らを封じた獄炎家の技術を持つモンに一つ呪いを残した」


「呪い…?」


「いや、呪い…は言い過ぎたが、簡単な話。御魂箱の封印を維持できるのはこの土地と獄炎の家の技術を受け継いだ者だけだってこった」


「なンだそりゃ? 要は天上京から離れらんねぇだけじゃねぇか……? 別に困るこたぁねーんじゃねーのか?」


 目を伏せた後、卜部は愛娘の先の言葉を頭の中で反復しつつ視線をやった。


()()()()()()、か。手前、本当にそれでいいのかよ?」


「?……どういう質問だ」


 嫌な父親だな、と。獄炎卜部は暗い面持で説明の遅れた封印の中身を語る。

 封印といえど何か特別な事をするわけではない。

 金色童子の呪いとは、ただ御魂箱に認められた一人の人間が天上京という土地に存在するだけで良いのだ。歴代の獄炎家の者曰く、獄炎家の技術を受け継いだ者の魔力心と御魂箱が反響し合い封印を維持できるらしい。

 つまるところ、獄炎卜部にもはや封印を維持する者としての価値は無いに等しい。

 価値があるのは獄炎火煉という少女だけ。


「……オレさまの親父がまだ生きている頃。獄炎という血筋を背負っている以上、御魂箱の封印の維持という役目は絶対。そんな大事な役目を親父が死ぬまで放っぽって…いや、全部親父に押し付けて逃げて、手前勝手な旅をした―――――お役目を担わないよう祈りながらな」


 ただそれは、獄炎火煉という少女にとって獄炎卜部と出会ったあの夜と同じ。

 自由を得る為に逃げ出したのに、気が付けば籠の中に捕らわれていたという不自由な結末。


「すまねぇな」


 頑固親父は胡坐をかいた膝に両足を付けて深々と頭を下げた。


「手前勝手な都合で説明もせず、もう逃げる事も許されず。次の御魂箱の封印を任すことになっちまうなんてよ……」


「……なに言ってんだ親父」


 深々と首を垂れる卜部の肩を火煉は叩いて笑みを見せる。


「オレは炭の匂いも鍛冶の仕事も……親父やフェイル、ダリオンドさんがいるこの都が大好きだ。今更、はいそーですかで、獄炎の鍛冶屋を引き継ぐのを止めて出でいけって言われても意地でも出でいかねーよ。―――――なんせ、オレの技量がご先祖サマに認められたんだ。これ以上嬉しい事はねぇさ」


「……そうか。手前がそう言うンならオレさまはもう何も言わねぇよ」


 火煉は満面の笑みで答え、卜部は苦みを抱えて満足して応じた。


「ふっふーん。で、ずぅっっっと気になってたんだけど、あの馬鹿みたいにデカい剣は一体何なんだ?」

 

 しみったれた話をかなぐり捨てるように置いて、火煉は神棚の後ろに刺さっている鉄板のような一太刀を指さした。


「旅をした、て言っただろ? そいつぁオレさまの親父の凶報が届く前、帝国に鍛冶屋を開いて宮仕えしてた時に作ったモンだ」


 獄炎卜部が十二歳の頃、その一太刀は造られたそうだ。


「あン時の皇帝陛下……名前は…そう、確かハイムルスだ。あの皇帝は随分と変わりモンの神の位に至った者(カムイモノ)でな? オレさまに命じたのは神も仏も何もかも殺せる剣の製造だった――――火煉、“概念武装”の話は覚えてるか?」


「確か…獄炎の者でも習得するのが難しい、っていう関連性の無い概念を刀や鎧に定着させる技術を用いて製造した武具全般を示す言葉だろ?」


「そう。もちろん、オレさまは習得してる技術。だがな、恥ずかしい限り―――――」


 鍛冶屋が長々とした謂れを話そうとすれば、得意げに言葉を紡いだのは火煉であった。


「―――――どうあがいても小さい(武具)に大量の(きな)(概念)注ぐ(込める)ことはできない……それが“概念武装”だよな?」


「ああ、つまるところだ。呪術も秘術も全てをも殺しゆる概念を押し込めた為に、余程の者じゃねぇと振る事は叶わん剣になった。言っとくが、あの大きさになったのはオレさまの不手際じゃねぇぞ二人共?」


「わぁてるよ親父。な、フェイル?」


「うん。卜部おじさんが凄いのは知ってるよ!」


 愛娘の上出来さといずれ息子になるであろうと認めた男の言葉。加えて自分の技術の様に納得して頷き、卜部は少し考え込んで剣からフェイルへと視線を移す。


「そういえばフェイル坊。今、何年だったか?」


「え。今は神人暦十七万と三五五○年だよ」


「ん、もうそんな年だったか」


 納得した語り部は頷いてから言葉を続けた。


「じゃあ話を戻すぜ……ま、言われた通りに作りに造ったが、そんで何を考えたかハイムルスは『七十二年後に取りに行く』つってオレさまが献上しようとした概念武装(そいつ)神討(カミウチ)(マガツ)』を引き取らず、突っぱねやがった。金だけ払ってな――――……なんでも時期が大事とか、よくわかんねぇ事を口走ってたのはよく憶えてる」


 卜部はその時の自身を恥ずかしながらに唸るようにして笑った。


「そン時のオレさまは反骨心ありありでな。親父の凶報も重なったことで宮仕えを蹴って、なんだかんだあってここに落ち着いたって寸法だ」


 獄炎卜部は全てを話し切り「よっこいせ」と尻を叩きながらに立ち上がる。


「さて、聞きたいことは全部聞いたな。さっさと上がるぞ。ダリオンドの野郎が顔面蒼白で心配してるだろうからな」






 ――――そうして、ちょっとしたハプニングから親父が下手に隠していた話は終わった。

 もう見ることはないだろうと。オレは思いつつ、その場を後にハシゴへと手を掛けたんだ。

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